ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491684hit]
■封印/第三舞台『ファントム・ペイン』(鴻上尚史作)/アニメ『カスミン』第1話
ラストのオッカケはまんま『キートン将軍』へのオマージュ、果たしてこれはシリアスなのかコメディなのか、けれどともかく数あるホームズ映画の中でもむちゃくちゃ面白いという稀有の傑作なのだ。
ロス監督はやはりアチラの職人監督、役者の芸に注目する目には確かなものがあったのだと思う。観てない映画もまだまだ多いし、DVDを少しずつでも集めて行こうかな。
少なくとも『サンシャイン』と『ホームズ』が出たら絶対買うぞ!
今日はよしひと嬢が泊まりに来るので、仕事から帰るなり、部屋の中を大片付け。でも対して間がなく、トイレ掃除も風呂掃除も取りかかれないまま、タイムリミット。
博多駅で待ち合わせして、私、しげ、よしひと嬢の三人でメルパルクホール福岡へ。
開場30分前に到着したが、既にホール開場を行っていた(並んでいる客が多いのでそうしたのであろう。メルパルクは、そういう配慮を殆どしないところなので、鴻上さんの指示かも)。
周りを見まわした感じでは、ジジババ(私と同年輩以上)は殆どおらず、だいたい20代〜30代のお客さんばかり。てことは旗揚げ当時は小学生以下って子供ばかりなわけで、世代交替してるんだなあと実感。
どちらかというと、カップルや女性客の方が多い感じ。
今回の公演は、第三舞台『ファントム・ペイン』。
20周年記念&10年封印公演だとか。最終公演がオハツ、というのもなんだかなあ。
デビュー当時から注目してて、鴻上尚史の脚本も『朝日のような夕日を連れて』以来結構買いこんで読み耽り、ビデオなんかでもよく観てた第三舞台だけれども、実はナマで観たのはこれが初めて。
理由は簡単で、ビデオで観た舞台の様子が、脚本から想像される面白さの半分も面白さを伝えていなかったからだ。芝居が、演出が、学生演劇の延長でしかなかったのだ……って、そりゃ早稲田の学生演劇だったんだから当然なんだけれども。
もちろん、若さゆえのパワーを感じてはいた。
それまでの演劇には見られなかった様々なガジェット、たとえばマンガ、たとえばアニメ、たとえば特撮、そういったものを作品中に散りばめることによって、「ああ、この人はボクたちと同じものを見てきている」、そう感じて共感もした(同じようなことを渡辺えり子や野田秀樹もやっていたが、鴻上尚史のほうがより我々に“近かった”)。
けれど同時に「何か違う」という思いもしていたのだ。
それはつまり、鴻上さんという人が基本的に「青春野郎」であった、ということに起因しているのだろう。
鴻上さんには、世の中にたくさんの「許せない」ことがある。それは例えば、「演劇が世間的に認められていない」なんてことも含まれるのだが、ともかく、世の中の矛盾、いい加減、適当なこと、そういうものにたいする怒りを結構露わにしちゃう人なのだ。
鴻上さんの発言は、だから時として、年下の私から見てすらとても青臭くなることがある。
教育問題について発言し、「学級崩壊を起こさないために20人学級を実施せよ」なんてことを言ったりする。いや、教育に関する発言、鴻上さんは結構たくさんしてるのだ。
……多分、鴻上さんは、演劇の道に進まなければ、教師になりたかったのだ。
『ファントム・ペイン』は、鴻上さんのかつての作品同様、様々な映画や演劇の影響を受けて作られている。
もちろん、『朝日』以来、全ての作品に影を落としているサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』は言わずもがなだが、もう一つ指摘しておきたいのは、黒澤明の『赤ひげ』だ。
青年医師が、頑固一徹な老医師の指導の下、心を閉ざした少女の治療に成功する物語。実はこの二人の関係は、医者と患者のそれと考えるより、教師と生徒のものとして見たほうが理解しやすい。
『赤ひげ』にこういうシーンがある。
青年が少女に薬を飲ませようとするが一向に飲んでくれない。
ところが、老医師「赤ひげ」が匙を差し出すと、初め同じように抵抗していた少女がやがて薬を飲んだ。
いったい、赤ひげはどんな「魔法」を使ったのか。
何も使ってはいない。赤ひげはただ匙を差し出し続けただけだ。つまり、「何もしなかった」。
[5]続きを読む
10月13日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る