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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ノンマルトの後裔/映画『ウルトラマンコスモス ファーストコンタクト』ほか
でも主人公のムサシだけは「ウルトラマンは本当にいるんだ!」と信じているという……ギャ、『ギャラクシー・クエスト』!(笑)
そうなのだ。主人公の男の子、こいつ、イッちゃってるオタクなのだ。
まず、ここで乗れるか乗れないかで評価は全く分かれちゃうだろうなあ。非オタクは「何こいつ、気持ち悪い」とか思っちゃうだろうし。
で、ムサシの前に、バルタン星人との戦いで傷つき、森に落ちてきたウルトラマンコスモスが現れると。……あ、『アイアンジャイアント』!
飯島監督が『アイジャイ』を見てたと言うより、誰でも思いつくネタなのだよな、あのネタは。
まあ、このバルタン星人との宇宙での戦いもねえ、コスモスもバルタン星人も、星の間を猛スピードで飛びまわってたりしてるんだよ。お前ら、身長が10光年とかあるんかよって。それともあのキラキラ光って星々に見えるもの、何かの星間物質か?
ムサシが覗いてる望遠鏡、月が映ってるんだけど、あれだけ大きく拡大してたら、月は必ず移動して見えるはずなんだがなあ。しかもそこをコスモスが一瞬横切るんだけど、ピントがピッタリあってたってことは、ほとんど月と同距離にコスモスはいたわけだ。
……なるほど、コスモスの顔は月とほぼ同じ大きさなわけだな。
一応、コスモスの姿は「信じるものにしか見えない」し、言葉も「ウルトラマンを信じるものにしか通じない」ということになっているので、そこまで巨大でも誰にも見えなかったのだろう、と。辻褄が合ってはいるがねえ。
でもまあ、この辺は瑕瑾なのである。
何だかなあ、絶句しちゃうのは怪獣に対抗する組織が、SRC(科学調査サークル)っていうんだけどさあ。サークルなんですよ、サークル。つまりこいつらみんな、ボランティアなのだ。
すごいぞ、教師やったり、自動車修理工やったり、ケーキ職人やったり、どう考えてもたいした給料取りいねーのに、「トロイトータル」みたいなメカ作っちゃうんだから。
しかもこいつらの目的、怪獣を倒すことじゃなくて、怪獣を保護したり宇宙人と平和的友好を持つことなんだよねえ。『ウルトラマン』があくまで架空である世界の中で、よくそんなことやってたよなあ。
だからこそ、こいつらだけはムサシの「ウルトラマンは本当にいたんだよ!」というセリフを信じるのである。
うひゃあ。オタクの仲間はオタクだけというミもフタもない論理。こんな身につまされる設定、作んないでくれよう、寂しくなっちまうよう。
もう、あとはねえ、その「怪獣を傷つけずに捕獲」するためのトロイトータル、戦闘機じゃないからってことで、ミサイルは積んでいなくて、ボクシングのグラブみたいなので怪獣ドンロンを叩いたり、バルタン星人に対しては「音楽は宇宙共通の言葉だから」ということでシューベルトの子守唄を流して眠らせたり。ああ、バカの集まり。へ(゜∇、°)へ ……『ウルトラマンタロウ』がこんな感じだったなあ。
大分ネタバラシしてしまったが、落ちもまたスゴイのである。それまでの呑気な展開と全く変わって、ある意味「救いのない」結末。
多分、飯島監督、最初のウルトラマンのころから40年近く経って、たくさんの仲間を失い、どんなに希望を示す映画を作ろうと思っても、どうしてもペシミズムが混じってきてしまうのだ。
かつて、怪獣を倒すウルトラマンを、大江健三郎が「アメリカの核の笠の下で守られている日本」になぞらえ批判したことがあった。恐らく、そのことに一番臍を噛んで悔しがったのは、ウルトラマンの生みの親とも言える、返還前の沖縄出身者である故・金城哲夫ヤ上原正三であったろう。
バルタン星人に蹂躙される街を見ながら、ムサシはウルトラマンコスモスを呼ぶ。しかし、コスモスは来ない。以前の飯島敏弘ならば、そんな複雑な展開にはしなかった。典型的な怪獣退治もの、ストレートなエンタテインメントを飯島監督は得意としていたからだ。
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08月27日(月)
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