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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■八女って全国的にどの程度有名なんだ?/『ロマンアルバム・太陽の王子ホルスの大冒険』ほか
そのあたりのことを聞いてみてもよかったのだが、聞かなきゃならんということでもなかったので、会話は当り障りのないものになる。
もう少しワイドショー的好奇心が私にあれば、他人のヒミツもいろいろと探り出せるのだろうが、どうもそういう方面への意欲が湧かないのである。
「よしひとさんのこと、覚えてますか?」
「うん、今なにしとうかね?」
「ウチの劇団で女優やってますよ」
「あ、福岡に来てるの?」
「いや、北九州から通ってるんです」
Sさん、眼を丸くしていたが、まあそりゃ当然だろうなあ。
つまんない出張に終わるかと思ったら、意外に楽しかった。ホントに内容を詳述できたらいいんだがなあ。内輪のことを暴露されちゃ困るというのは、それだけ脛に傷を持ってるって証拠じゃないか。と愚痴っても仕方ないな。
退職したら、今の職場がどれだけくだらないことをしまくってたか、実名入りで暴露してやろうっと。
八女と言えばお茶である。
土産にお茶でも買おうかと思ったが、博多でも手に入る八女茶を買って帰るってのもアホらしいので、土産はナシ。
博多駅で紀伊國屋書店に寄る。
最近、結構本を買いこんでいて、しかもあまり読み切れていないので、ほんの冷やかしのつもりだったのだ。
でも、こういうときに限って、「これは!」ってものを見つけちゃうんだよねえ。
なんと、そこで。
とうの昔に絶版になっていた『ロマンアルバム・太陽の王子ホルスの大冒険』の復刻を発見!
マジで幻かと思っちゃったもんねえ。昔、買おうかどうしようか迷って、結局グズグズしてるうちに手に入らなくなって、臍を噛んでたのに。
もう、速攻で買っちゃいましたよ。内容は昔、舐めるように読んでいたので、今更、新発見もあるはずはないのだけれど、やはり数々のイメージボードに見られる宮崎駿の早熟ぶりに目を見張らされてしまうのである。
もりやすじの描く「善と悪とに引き裂かれる迷いと憂いの漂うヒルダ」ももちろん最高なのだけれど、このイメージボード通りの「男の子のように気丈なヒルダ」(もちろんこのイメージは、後の『どうぶつ宝島』のキャッシーに受け継がれる)もいいなあ。
佐藤忠男がヒルダについて「描写不足」と批評したのは眼が曇ってるとしか思えない(だいたいこいつは『七人の侍』ですら「再軍備映画」とトンチンカンな批評をしたアホなのである)。
宮崎監督に次回作が有り得るかどうか分らない今、おそらくこれが最後の復刻である。アニメファンなら、ぜひ買うべし。
マンガ、臼井儀人『クレヨンしんちゃん シロ編/幼稚園編』。
ああっ! 『オトナ帝国の逆襲』で、みさえがしんちゃんにネギあげるネタ、元ネタが原作自体にあったんだ!
しんちゃんがシロに最初に与えたエサがネギだったのである。
というか、これ、ちゃんと読んでたよ、私。
このあいだの『チビ太の金庫破り』の件といい、ホントに記憶力が減退しているのだなあ。
いずれ人間ボケるということを考えると、ココロの問題でヒトが悩むこと自体、無意味だよなあ、という気になる。
マンガ、加藤元浩『Q.E.D.証明終了』10巻。
シリーズ初の長編『魔女の手の中に』、なんと「法廷ミステリ」である。
ミステリマンガは数あれど、「法廷ミステリ」に挑戦したものはなかなか見当たらない。
やはり法廷での丁丁発止をマンガとして描くだけの紙数をなかなか与えてもらえないだろうこと、それに、絵にした時にあまりインパクトがあるとは思えない法廷でのやりとりをいかに魅力的に演出するか、よっぽど力量がないとどうしてもダレてしまうこと、その辺に理由があるのではないか。
『コナン』も『金田一少年』も逃げていたその「法廷ミステリ」に『Q.E.D.』は挑んだのである。それだけでも作者の「志」を評価したい。
前にも書いたがこの作者、決してマンガがうまいわけではない。特に口の表現が単調なせいで、表情のバリエーションを利かせられない欠点がある。しかしそれを補うだけの構成力がこの作者にはあるのだ。
舞台はアメリカ、マサチューセッツ、セーラムの町。
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07月30日(月)
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