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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ふ、ふ、ふ、ふ○こせんせぇぇぇぇぇ!/『悪魔が来りて笛を吹く』(横溝正史・野上龍雄・影丸穣也)ほか
金田一耕助のマンガ化は数多いが、原作のムードをマンガに写し出すのはそう簡単なことではない。様式的なマンガは、ともすれば金田一を美形に描いたり、勝手に人情味や哀愁を付け加えたりと、書き手のイメージが表に出過ぎる嫌いがあるからである。
さりげない演技を表現できるマンガ家さんというのは案外少ない。個人的には浦沢直樹や福山庸治が金田一モノをマンガ化してくれたら面白いんじゃないかと思ってるんだがどうだろうか。
マンガ、横山光輝『鬼火』。
短編集だが、初期作品で、アイデア的にも単純な『ひも』『風夜叉』や、原作を特定できないけれど、確か誰かの小説で同じネタを読んだことのある『鬼火』(どうも『阿Q正伝』っぽいなあ。と言うか横山作品はパクリが多過ぎるのだけれど)を除くと、『闇の土鬼』の原型となった『暗殺道場』が一番面白い。
と言っても、これも実は元ネタは都筑道夫の『なめくじに聞いてみろ』。一瞬そうと気づきにくいのは現代小説を時代モノに翻案してるからだね。
でも、暗殺術をし込まれた弟子たちを、師匠の遺言で最後の跡継ぎが次々と殺して行く、という筋立ては全く同じ。つまり横山光輝のマンガ『闇の土鬼』と、岡本喜八の映画『殺人狂時代』とは、同じ原作から派生した双子なのであります(^o^)。
思うんだけれど、横山光輝研究家、一度徹底的に横山光輝の元ネタ探しをやってみたらどうか。つい口が悪く「パクリ」と言ってしまったが、横山さんの「換骨奪胎」ぶりは、決して「盗作」などと簡単に言えるものではないのだ。
実際、『暗殺道場』『闇の土鬼』にしてみても、都筑道夫がもともと「忍者小説」のファンであって、現代を舞台にした忍者小説としてのスパイ小説『三重露出』や『なめくじ』を書いていることを考えてみると、横山さんの忍者モノとしての翻案は、パロディを元の鞘に収めたものと解釈することもできるからである。
まあ、『七人の侍』が『荒野の七人』になるようなものかな。
『アトランティス』が『ふしぎの海のナディア』の、とか、『ライオンキング』が『ジャングル大帝』の、とか、ヘタなパクリはすぐにバレてしまうけれど、横山作品は結構そこのところがウマイと思うのだ。
『鉄人28号』の元ネタが『フランケンシュタイン』だなんて、本人が言わなきゃ気がつかないよ(^_^;)。
マンガ、いしいひさいち『ののちゃん』10巻。
何巻か買い忘れてるような気もするが『ののちゃん』もついに10巻。
でもタイトルを『となりのやまだ君』から『ののちゃん』に変えたからって、ののちゃん本人の出番はそう増えてないところがいしいひさいちのヒネクレてるとこ。さすが大坂人(^^)。
今回これはぜひとも取り上げねばならないのは(って、ご大層な)、例のナベツネ騒動の顛末がカットされもせずに収録されている点だ。
一目瞭然で暗黙の了解になってるから、誰も書いてないが、連載タイトルの変更は、以前、朝日新聞社から直接単行本を出していた時には、出版社の意向というか自主規制で、未収録作品がボロボロ出ていたせいだ。
その点、双葉社から単行本を出す以上、アサヒの意向もヨミウリの意向も関係ない。
あの「ワンマンマンは誰かのパロディなの?」「そうだ。きっとキミも誰かのパロディだ。その誰かも誰かのパロディかもしれん。でも、そう考えりゃどいつもこいつもたいしたことないから気楽だろ?」
という、いしいさんにしてはいささか野暮ったい(しかし仕方のない)解説もしっかりカットされずに掲載されている。
からかわれたり馬鹿にされたりってのは、ある意味それだけ個性的だってことだ。直接的に被害を被ったわけでもないのにオタオタするなんて大会社の会長ともあろうものがケツの穴が小さいことだと思ってたが、これはある意味ナベツネに対するいしいさんの決別宣言だろう。
今、新聞連載にワンマンマンがまだ登場しているのかどうか知らないが、いたとしても多分、以前ほどの毒はなくなっているのではないか。でもそれは、いしいさんがナベツネに遠慮しているからではなくて、芸ナシオヤジを話題にしてやる親切心がいしいさんの心の中から薄らいだせいじゃないかと思うのである。
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07月13日(金)
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