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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■夫婦で暑気あたり?/『昔、火星のあった場所』(北野勇作)ほか
第4回ファンタジーノベル大賞受賞、って、あの酒見賢一の『後宮小説』の流れなわけだな。あれ、最初は受賞作を毎回アニメ化、とか謳ってたけどニ作くらいで潰れたんじゃなかったのかなあ。後書き見ると「いかに売れなかったか」とか書かれてて、なんだかかわいそうな限りである。
あのシリーズも、たしか「日生劇場」とか銘打ってて、路線的にはスタジオジブリの二番煎じを狙ってるのか、でもそれじゃ売れねえよなあ、と思ってたのだが、多分四回目ともなるとアニメ化もされてないんじゃないかなあ。
でも一読して驚いた。
ネタが去年私が書いた台本『鴉』とまんま被っている。つまり量子論的宇宙における不確定な世界の中でヒトはどう生きられるのか、というような話。
説明し出すと長くなるので、簡単に書いちゃうと、量子物理学では世界とは、観測の上に成り立つものであって、つまり私たちが「何かを見る」ことによって、それはそこにあるのだと。言いかえれば私たちが何かを見ようとしなければ、それがそこにあるのかないのかは確率的な存在でしかあり得ないと。それを「シュレジンガーの猫」と呼ぶんですね。
……この説明でよくわかんない人は専門書読んでください。あるいはあさりよしとおのマンガ『HAL』でもいいです(^^)。
そんな世界で主体的に生きることはまるで無意味だ、と言うのが私の結論。じゃあどうやって生ききゃいいのかっていう話になるんだけど、もちろん、開き直るか諦めるか笑うしかないんだよね。あるいは、最後の手段として、「どこかに戻ろうとして逃げる」。……という、オチまで似てたよ。おいおい(^_^;)。
その辺の感性が似てるのって、やっぱり作者と私が同世代なせいなのかなあ。
念のため言っとくが、盗作なんかしてないからな。
シュレジンガーの猫を私は「鴉」に置き換えたわけだけれど、北野さんはなんと「タヌキ」に置きかえている。
かつて「門」がこの世界に開いてしまった時から、あの火星は四散し、この世界は人間とタヌキの二つの勢力が争う世界となった。
……マジメなヒトが読んだら気が狂いそうになるような世界観だ。もちろん、ルーツはフレドリック・ブラウンの『発狂した宇宙』なわけだから、SFファンならこの程度の設定、軽く乗り越えて楽しめることであろう。もとの出版社である新潮社のおエラさんがたにはムリみたいだったらしいけど。
しかし、読みながら鏡を見せられてるような感覚に陥るってのは奇妙な経験だった。面白いんだかつまんないんだか判断つかねえよ。
マンガ、細野不二彦『タケルヒメ』1巻。
時代もので妖怪退治もので、となると設定的にはありきたりなんだけど、何しろ作者が細野さんだから読んだ印象はまんま『バイオハンター』。グロなの私はちょっと苦手なんだけど。
主人公のタケルヒメがちょっと知恵遅れ気味、という設定は諸刃の剣、という気がしないでもない。主人公が悩んだり成長したりってのがない分、物語としてはすっきりしてるんだけど、「知恵遅れ=純粋=破邪の資格」って図式はいくらなんでも短絡的過ぎないかな。
帯に「巨匠・初見参!!!」なんて書いてあるけど、細野不二彦がいつ巨匠になったのかとちょっと首を捻った。いや、好きな作家さんだけどさ、巨匠って祭り上げなきゃ売れなくなったのか、と思っちゃってね(-_-;)。
WOWOWでコロンボの新作、『新刑事コロンボ・奪われた旋律』見る。
新シリーズになって以来、レベルダウンの著しいコロンボだけれど(エド・マクベイン原作のやつなんて最低だった。『87分署』とじゃ世界観が違いすぎる)、今回はまあ原点回帰、といった感じで印象は悪くない。
監督が旧知のパトリック・マッグーハンで、犯人の音楽家がコロンボの前でいきなリ歌い出すような、『プリズナーbU』以来のエキセントリックな演出はあるものの、適度にユーモアを盛りこんだ適切な演出を行っている。
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07月08日(日)
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