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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■東京ドドンパ娘/葛飾柴又寅さん記念館
 江戸情緒が味わえる、という点では確かにこれは貴重な船だ。モーターボートでいくんじゃ情緒もへったくれもないと思う人もいるかもしれないが、ナニ、「田舎もんがこんなとこまで観光に来るんじゃねーよ、めんどくさいからモーターでさっさといっちまうぜ」という感覚が江戸情緒なのである。
 で、渡った向こうは千葉県(^^)。見渡す限りの山と田圃である。
 田舎もんはさっさと千葉へ行ってろ、という感じも実にいいなあ。
 更に土手を降りて川をひとつ越えて歩いていくと、『野菊の墓』の記念碑があるそうだが(そうか、あれは千葉の話だったか。つまり松田聖子は久留米の田舎から出て来て千葉で名をあげてアメリカに行きそこなってポシャったと言うことだな)、しげが疲れそうなのでそこまで歩くのは控える。
 再び矢切の渡しを渡って、東京へ戻る。今回の旅行は一都一県に渡る旅行だったな(^o^)。


 「葛飾柴又寅さん記念館」、まずは入口の寅さんが館名の看板文字をとりつけそこなっている銅像がおかしい。
 撮影に使っていた「くるまや」のセットをそのまま移設しているが、ここで団子を注文できればもっと楽しいのになあと思う。
 寅さんの映画シリーズを見ていた人ならご承知の通り、「くるまや」はむかし「とらや」だった。実際柴又には「とらや」という団子屋があり、どうやらそこからクレームがついて変更されたらしいのだが、それが40作目のこと。なにをいまさらという気がして理解に苦しむ。
 「とらさんに戻ってきてほしいからとらや」だったはずなのに、これでは寅さんがかわいそうだ。
 渥美清晩年の十作ほどは、渥美さんの病状が画面から見えるばかりでなく、映画の造りそのものが「松竹の看板作品だから」という「延命措置」がされている様子が露骨過ぎて、脚本も演出も雑の一言に尽き、余りに痛々しく、私は未だに見ていない。
 森川信もいない。
 笠智衆もいない。
 太宰久雄もいない。
 吉田義夫もいない。
 なんでこんな寂しいシリーズを続ける必要があったのか。
 私は『となりの山田くん』でジブリが松竹に大損をさせたのは、隠れ寅さんファンであるジブリの松竹に対する復讐ではないかと睨んでいる。

 記念館を見て歩く間中、こうたろう君、寅さんの真似をして「おう、相変わらずバカか?」とか言いながら、解説をしてくれる。受け答えをしてあげたいが私がさくらの真似をするわけにもいかない。
 柴又の帝釈天のミニチュア、記念館のスペースがもっと広く、これが「たてもの園」のように出入り自由だったらもっとよかったのに、と考えるのは欲かな。

 売店の「下町や」で、Tシャツを買う。しげとペアで、「労働者諸君!」「貧しいねえ、君たちは」とどでかくプリントしてある挑戦的なもの。これを着て中洲あたりを歩いていたら誰ぞから因縁をつけられそうだが、気に入ったモノは仕方がない。
 親父への土産になるものがないかな、と物色していると、こうたろう君が森田憲次のイラスト付きの寅さん標語集を「お父さんへのお土産に」と買ってくれる。
 「いや、もういいよ、それくらい自分で買うから」と言うが、「いいんだよ、親孝行の真似事がしたいんだよ」とこうたろう君。
 そう言えばこうたろう君のご両親はなくなっていたのだった。
 ち、ちくしょう、私を泣かす気だな、そんなこと言われたら断れないではないか。帰ったら親父には早速「相田みつを」を外して「寅さん」を掛けるように言っておこう。

 参道の「川千家」でうな重を食べる。福岡のより随分うす味だが、これでもこうたろう君には濃いという。私はこれくらいの味のほうがウナギの味がしてちょうどいい。ウナギをゆでただけの料理もつまんでみたが、くにくにした食感が面白い。
 ここでこうたろう君、私の昔の恥ずかしい話をしげに散々暴露する。
 エロビデオ上映会を「俺、彼女いるし」と言って見なかった話とか。青春(バカ)野郎だなあ。今なら絶対見てるんだが。
 ここでも食事をおごられっぱなしである。
 しげに「なんでさっさと出さないんだよ」と耳打ちするが「だってこうたろうさん早いんだもん」と、聞きようによってはとっても危険かつ失礼な会話をする。

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05月05日(土)
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