ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■君といられる残された日々を数えているのに
 目を覚ましたら、乱菊がいなかった。
 ギンは飛び起きて、そして呆然とする。頭が働かない。壁と戸の隙間から射し込む早朝のぼやけた光に照らされた誰もいない空間を、ギンはぼんやりと眺める。
「……乱、菊?」
 膝をついたまま手を伸ばし、ギンは乱菊が寝ていた空間に触れた。床に敷いていたむしろには体温は残っていない。秋の気配を漂わせたひんやりとした空気に冷やされている。ギンは何度も、軽く叩くように触れる。かすかに埃が舞うのが見える。
「ら、ん、ぎく?」
 なぜ。
 どうして気付かなかったんだろう。
 ギンは冷たい汗が首筋を流れるのを感じた。確かに眠る前に乱菊に酒のようなものを飲まされた。このところ急に朝晩が涼しくなってきて、それなのに着物は薄かった。昨晩、ようやく手に入れたぼろぼろの厚い着物を繕っていた乱菊が、暖まるから、と言って差し出したそれを、ギンは嬉しくてよく確かめもせずに一気に飲み干したのだ。思い返して、ギンは首を振る。暖まったし機嫌良くはなったが、あれくらいで意識を失ったりはしていない。いつもいつも、乱菊の霊圧だけは感じているのに。
 そこまで考えて、ギンは違和感を感じた。確かに乱菊の姿はない。しかしギンの肌には柔らかく触れる乱菊の気配があった。ギンは慌てて眼を閉じて気を澄ませ、乱菊のいた場所に手をかざす。
 濃密な霊圧の残滓がそこにあった。
 眼を開けてよく凝らすと、薄く漂う炎の朱が見える。
「……あ」
 ギンは声を上げ、霊圧の残滓の行方を眼で追った。勢いよく立ち上がり引き戸まで行くと、そこでまた慌てたように戻ってくる。手近のずだ袋を手にとり、周囲の物を掻き集めて中に入れていく。最後に竹筒に水瓶から水を入れると、それも袋に放り込み、気もそぞろにギンはあばら屋を出ていった。


 どんどん濃くなっていく霊圧を辿って獣道を曲がると、生い茂る木々の中で倒木に腰掛けている乱菊がいた。
 乱菊は驚きもせず、
「ようやく来たのね。遅いじゃない」
と澄ました顔で言う。ギンは安堵と嬉しさで気が緩んでいた上にそんなことを言われ、つい笑った。
「ひどいわあ。ボク、慌てて追っかけてきたんよ」
「慌てることないじゃない。夕べ、ちゃんと言ってあったし、チカラを隠したりしなかったでしょう」
「そうやけど、でもなあ」
 乱菊の隣に腰掛けようとしてギンが近寄ると、乱菊は眉をひそめた。
「ちょっと、あんた、着替えてこなかったのね。繕ったやつ、枕元に置いておいたのに」
 ギンが首を傾げると、乱菊は手を伸ばしてギンの着物のすそを引っ張った。
「これじゃ肌寒いでしょ。山の上はもっと涼しくなるわよ」
 そう言って乱菊は上目遣いでギンを見上げる。ギンはすそを持たれたまま乱菊の隣に座り、満足げに笑う。
「ボク、ちゃぁんと気付いとったよ。ほら」
 ギンは背負っていた袋をおろすと口を開けて乱菊に示した。袋の中には乱雑で、乱菊は苦笑する。ただ、その一番上、竹筒の隣に乱菊が畳んだままに入れられている着物を見て口元をほころばせた。
「あんた、ホントに慌てて来たのね」
「そう言うとるやないの」
「はいはい。判ったから早く着替えなさいよ。あっち向いてるから」
 乱菊はひょいとギンに背を向けた。ギンは乱菊が繕ってくれた着物を取り出すと、少し離れて着替え始める。着物を脱ぐと、朝の冷えた空気が触れて鳥肌が立った。昼間の日差しはまだ強いように感じるのに、朝の空気も、見上げる空の高さも、秋が来たことをギンに告げている。そういえばいつのまにか、騒がしい蝉の声も聴かなくなった。
「涼しゅうなったね」
 声を掛けると、足下の花をつついていた乱菊は顔だけ上げた。
「そうね。雨が降ると寒いかなって思うけど、過ごしやすくなったわ。夜、暑苦しくて目が覚めることもなくなったし」
「そうやね」
「夕べ、あんたもよく眠っていたわよ。珍しく寝顔見たら、おかしくなって笑っちゃった」
 言いながら思い出したのか、小さく笑う乱菊の背は揺れる。その揺れを横目で見て、ギンはおおげさに溜息をついてみせた。
「乱菊が一服盛ったんやないの」
 ギンの言葉に乱菊がくすくすと笑う。

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01月15日(火)
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