ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■きみが泣かないことを願うよりも
 昼とも夜ともつかない薄明るい空の下、ギンは一人、岩場を歩いている。
 しばらく歩くと、ようやく喧噪から離れる。藍染の研究が終わりをむかえ、他の者達は皆、それに群がっている。その空気に耐えかねて、ギンはそっとそこから抜け出して歩いていた。どこか湿った、重く温い空気がゆるりと動く。ここには時の流れというものがないのか、季節も、昼夜の区別も定かではない。
「つまらんなあ」
 小さく呟いて、ギンは地面に直接座り込むとなだらかな岩にもたれる。そうして上を見上げても、そこは乳白色のはっきりとしない空しかない。
 岩に体を預けると、どこかに潜んでいた疲れが顔を出す。眠気が瞼におりてきて、ギンは素直に目を閉じた。
 ここでは微睡むことしかできない。
 しかし、ギンは深く眠ることもそうなかったし、深く眠ることを恐れていたから構わなかった。深い眠りの底で何を口走るか分からない。常に働いている警戒心が、ギンを眠りの底までは沈ませなかった。
 それに。
 ギンは微睡みを感じてわずかに笑みを浮かべる。
 夢現の狭間の微睡みはもう今は遠い人を見せてくれるから、ギンは気配に耳を澄ませながらもゆるゆると微睡みに落ちていく。

 瞼の裏にちらちらと浮かんでは消えていた光が、しだいに風景を映し出す。

 乾いた草原と、点在する森。青い空。
 横の崩れそうな小屋の入口でまだ幼い乱菊が座り込んで草履を作っている。山吹色の髪はまだ肩の上で揺れていて、太陽の光を反射して煌めいている。ギンは横に座った。乱菊の、小さな、けれど細い指が丁寧に刈り取って干した草を編んでいる。乱菊の横には血に汚れて鼻緒のとれた草履が転がっていた。
「もう少しで新しいのができるから。あんたは傷を洗ってらっしゃい」
 そう言われて自分の腕を見ると、斬られた傷があった。足をみると小指の爪が剥がれている。
 ええよ。痛ない。ここにおる。
 まだ高い声で、ギンが言うと乱菊は眉を寄せて振り向いた。
「見てるあたしが痛いわ。ごめんね、ギン。あたしを庇ったから」
 謝ることあらへん。ボクがそうしたいんや。
「……ギン、あたしのことは気にしないで」
 乱菊は呟くように言う。そういえば、よく言われたように思う言葉。
「大人相手なら、あたしは殺されそうになることはそうないから。だからまず自分を守って。あたしは大丈夫なのよ」
 ギンは顔をしかめた。こう言われるたびに顔をしかめたことをギンは思い出す。ギンは乱菊の言っていることの意味が分かっていて、だから余計に気にした。
 きれいな少女だった乱菊は、すぐに殺されるようなことにはならなかった。襲ってきた人間はほとんどが男で、彼らは一様に乱菊を嬲ることを考えるから。
 全然、あかん。大丈夫やないわ。
 ギンは乱菊の目を見てはっきりと言う。
 ボク、絶対に嫌や。潰されんでも何でも、乱菊が怪我負うのもむかつくことされるんも嫌なことおうて泣くのも全部嫌やからな。
「でもね、ギン。殺されさえしなければどうにかなることも多いと思うのよ」
 ギンの言葉に嬉しそうに微笑みながらも、乱菊は静かに言った。
「どんなに酷い目にあっても、それで心が潰されても、それでも死んでなければいつか何とかなるんじゃないかなって」
 だってあたしはあんたに会えたもの。そう小さく呟いて、乱菊はきれいに笑った。
 鈍い音がした。
 乱菊の額に赤い血が流れる。
 周囲は真っ暗な夜中の道で、闇を凝らした黒い男達の低い声が何かうるさく喚いていた。暗闇の中、乱菊がゆっくりとゆっくりと崩れ落ちていくのが見えた。ギンはただ呆然と眺めていた。
 ……らんぎく?
 乱菊は何も言わずに地面に倒れ伏した。側頭部から血が流れ出している。血が額を流れ落ち、地面に染み込まずにゆるゆると広がっていく。
 らん、ぎく?
 乱菊は動かない。
 ギンの全身がすうと冷えた。
 ら、ん、ぎく?
 乱菊はぴくりとも動かない。ギンは幼い手を握りしめると目の前の黒い男達を睨みつけた。握り拳に巻き付くように風のような霊力がぎゅるぎゅるとねじれた音をたてて集まり、すぐに巨大な力の塊になる。その大きさに男達は一歩下がった。

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01月13日(日)
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