ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■雲の向こうの遠雷が呟きさえも掻き消すから x-2
残りの地区を廻ってくるというテッサイと別れ、ギンはしばらく走っていた。すでに日は落ち、空は群青から色を深めていた。やがて地区境が見えてくると、ゆっくりと霊圧を落としていき、やがて完全に霊圧を消すと、ギンは踵を返してこれまで来た道を駆けだした。瞬歩を使って風のように走るギンの姿は、一瞬のうちにかなりの距離を移動して動いていった。
先程の森に飛び込むと、ギンは表情を険しくして足を止めた。そして音も立てずに木陰を移動していった。既に死覇装に着替えていたギンは殆ど闇にとけ込んでいた。上を見上げても、厚い木々の葉に遮られて星の光も届かなかった。暗闇をギンは進んでいた。
向こうに火の明かりがちらちらと瞬いていた。
ギンは更に息をひそめた。気配も、霊圧も完全に消し、闇のようにギンは灯りに近づいた。人の気配がした。声もはっきりと聞こえ始めた。
「明日の朝のうちにここを出ていきましょう」
先程の老女の声がした。その声に答えるように、しゃがれた老人の声がした。
「うむ。今度はもう少し集落の傍に住むことにしようじゃないか。人に紛れていた方が良いのかもしれぬ」
「そうですね。姫様もお許し下さるでしょう」
二人は古い小屋の前で、桟に吊してある果物を取り外しては袋に入れていた。もうずいぶんな年寄りの姿をしていたが、先程は感じられなかった微かな霊圧がギンの肌に触れていた。身のこなしも軽やかだった。ギンはその二人の姿を幹の影から覗き見て、小さく笑った。微笑み合いながら体を動かしている二人の姿を、ギンはもう完全に思い出していた。
もう数十年も前、四楓院家の私的な庭に彼らはいた。
あの日、四楓院家の庭では花見が催されていた。護廷十三隊の隊長はそれぞれ招待されていたが、藍染は急用でやむなく欠席することとなり、そのとき既に副隊長となっていたギンは詫びの品を持って四楓院家を訪れていた。その帰り、広い敷地内をぶらぶらと歩いていたギンはいつのまにか裏庭に入り込み、そこで庭の手入れをする老夫婦を見かけた。二人は穏やかに笑いあいながら、手を休めることなく働いていた。それは朗らかで、のどかな光景だった。
庭木の影から彼らを見ていたギンは、道を教えてもらおうと声をかけようとした。しかし、その前に背後に人の気配を感じて振り返った。
「どうなさいましたか」
きれいな身なりの男が立っていた。
「綺麗な庭やなあ思うて歩いとったら、道に迷いましてなあ。怪しい者やありまへん」
ギンが笑ってそう言うと、その男は慇懃に笑みをみせた。
「承知しております。五番隊副隊長、市丸ギン殿でございますな。こちらは一族の私的な庭でございますゆえ、皆様ご存じありません。御迷いになるのも仕方ないことでございます。どうぞこちらへ。ご案内致します」
「よろしゅう頼みますわ」
そう頭を下げて、ギンは木々の向こうの気配が消えていることに気がついた。ギンの、きょとんとした顔に気づいたのか、男が問うような眼差しを向けた。ギンが誤魔化すように笑い、
「向こうにいはった人の気配が消えてしもうたねえ。あんさんが声かけてくれはる前に、道、尋ねよ思うておったんやけど」
と言った。男はわずかに苦笑した。
「私が参りましてようございました。彼らは市丸殿と言葉を交わすことを許されておりませんので」
「どうしてやろか」
「そのような身分ではございません。しがない庭師の夫婦でございます」
男はただ丁寧に、至極当然といった口振りでそう言った。
ギンの目の前で、老夫婦は干した果物を一つ一つ、丁寧に布にくるんでは袋にしまっていた。その仕草は記憶と全く変わらず、ギンは苦笑した。あの日、夫婦を見かけた、それだけだったなら、記憶には残らなかった。ただあの道案内をした男の言葉があまりに冷ややかで、ギンは胸の内ではっきりと「何てけったいな家なんやろ」と思った。夜一への印象とあまりにも異なるあの体験が、この記憶をギンの脳裏に焼き付けていた。
「こういうことも、あるんやねえ」
口の中で呟き、ギンは眉を寄せた。自分の巡り合わせに、ギンはただ一つ、小さく溜息をついた。
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07月09日(日)
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