ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■雲の向こうの遠雷が呟きさえも掻き消すから 1-2
 ギンは慈乃の庭園にいた。
 ここは街の中にあるわりに夜中は人がいない。この小さな庭園は以前は中流貴族の屋敷の庭だった。瀞霊廷にはそのような庭園が数多くある。中流から下流の貴族は、死神を輩出できずにいるとゆるやかに没落していくことが多い。何か別に生活の糧を得られる職に就くか、財産を食いつぶして血を途絶えさせるか。彼らの財産は縁のある別の貴族に譲られ、その貴族もまた消えていく。管理されなくなったそれらの庭は公的機関が管理して利用することが殆どだったが、まれに譲り受けて守る力のある貴族がその庭園を一般に公開することがあった。
 この慈乃という貴族も数十年前に血が途絶えた。屋敷は壊され、調度品は売られたが、小さいながらもよく手入れされていた庭は最期の主の希望通りに一般に公開され、憩いの場となった。ギンはその貴族を知らない。だが以前、交流があったという大前田に庭が公開される経緯を聞いたことがある。最期の年老いた主を世話していた大前田家が彼の死後、大前田家が彼に貸した金の半分にも満たない全ての財産を譲り受けて、彼の望み通りに庭を公開し、管理しているとのことだった。時折、大前田が主催して花見や月見を行ったり、誰かが大前田から借りて宴会を催している。

「大前田家も親切なことしはるんやねえ」
 あれはもう十年以上前の花見だった。庭園の由来を聞いていたギンは大前田にそう軽く笑いかけた。大前田はにやりと笑みを返した。
「そりゃあ俺ん家は、極悪非道の成り上がりなんすけどね。まあそれでも、大昔に世話になった爺の最期の頼みくらい聞いてやらねえと」
「そんなもんやろか」
「屋敷にあったもんは全て売り払いましたがね。俺ん家の趣味でもなかったですし。ただ、あの爺さんの趣味だった庭くらいは残してやっておいてもバチはあたらねえでしょう」
「いやいや、良い物を残しているじゃないか」
 背後の声にギンと大前田は振り返った。藍染が桜の木の下で微笑んでいた。
「見事な桜だと思うよ。この庵は桜のために建てられたのだね」
 藍染がゆったりと歩み寄ってきた。
「そうらしいっすよ。この桜も、爺さんが植えた頃は貧相だったんすけどね。まあ立派になりましたが、それでも藍染隊長よりは若いっすよ」
「それを言わないでくれないか。年老いたように感じてしまうよ」
 大前田の軽口に藍染は苦笑した。
「まあでも長いこと生きたものだよ。それでも、美しいものを眺めるのは飽きないものさ……この桜の散る様のようにね」
 風が吹いて、藍染の背後で淡い桜の花が散った。

 その桜も今は青々とした葉を茂らせている。月光だけが照らす新緑は輪郭だけが鮮やかな緑で、それに縁取られて黒々と闇の中で揺れている。ギンは目を細めた。葉の陰から藍染が現れる。月の光に冴え冴えと感情のない笑みが照らされる。
「おや、まだ他の人達は来ていないんだね、市丸隊長」
 そう呼ばれてギンはへらりと笑ってみせる。周囲に人の気配も霊圧もないから、藍染が戯れにそう呼んでいることは確かだった。
「いややなあ、五番隊長さん。約束の時刻より先にボクを呼び出しはったんは隊長さんやないの。しかもそないな呼び方されたらボク戸惑うわ」
「君と二人きりではあまりに密談といった風情になってしまうからね。意識的に気を付けていないと人が来たときに怪しまれるかもしれないから」
 そう言って藍染は笑い、庵の縁側に腰を掛けた。ギンは桜の前から動かずに彼の軌跡を目で追った。お互いの白い羽織が月光で青白く闇の中に浮かんでいる。
「人は来ぃひんやろ。大前田君から貸し切りにしとるくせに」
 ギンは肩を竦めた。庭園の門は固く閉じられていて、ギンは瞬歩で跳び上がって入ってきたのだ。
「それに意識的も何も、藍染隊長の化けの皮、剥がれるわけないやないの。何千年それ着けてはるんや」
「何千年とは失礼だなあ。山本総隊長じゃないんだから。僕はまだちょっとしか生きていないよ。ああ、まあ、今生きている死神の中では長生きの方であることは間違いないけどね」
 柔らかな口調で藍染はギンの言葉に反論する。その口調は普段通りで、だからギンは寒気を覚える。藍染の笑みは口調に違和感を覚えるほどに冷ややかだ。

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07月05日(水)
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