ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 11
男子学生と女子学生の退学の事件はしばらく囁かれていたが、いつのまにか消えていった。物事は流れゆき、大小にかかわらず日々新しいことが出てくる。夏が去り、秋が訪れたころには人々はそんなことがあったことすら忘れていた。ただ一部の人間の中にだけ、しこりを残しただけだった。
窓の下の方から虫の声が聞こえている。
乱菊は寮の自室で寝台に寝転がり、頬杖をついて教科書を読んでいた。胡桃染めの小袖の裾がめくれあがっている。窓から流れ込む空気は涼しく、どこか乾いている。色づいた枯葉が一枚、風に乗ってひらひらと床に落ちた。
扉を軽く叩く硬い音がした。
「乱ちゃん、いいかな」
乱菊は顔を上げ、寝台から滑り降りると扉に歩み寄った。外開きの扉を開くと、それを避けるようにしてリンドウが立っていた。紅花で染められた小袖を着ている。
「どうしたの。まあ、入りなよ」
体をどけて乱菊が招き入れると、リンドウは後ろ手で扉を閉めて入ってきた。寝台の上に広げられた教科書を見てリンドウが笑う。
「勉強中だったのね。そうね、試験は明後日だものね」
「範囲が広すぎ。さすがに勉強するわ」
「そりゃそうねえ。私もしてる」
そう言ってリンドウは微笑み、乱菊が教科書をどかした寝台に腰掛けた。乱菊もその隣に座り、リンドウの横顔を見つめる。それはどこか俯き気味で、乱菊は明るめの声で話しかける。
「どうしたの。一緒に試験勉強って感じじゃないけど」
「うん、そうじゃないわね」
リンドウは顔を上げると、眉を困ったときのように寄せて笑ってみせる。そして、さらりと、
「今日、市丸君にふられちゃった」
と言った。
一瞬、乱菊は言葉に詰まる。しかし頭の中は静かだった。そして、目の前の壁に顔を向ける。何故かふいに、決して忘れ得ないあの、入学前の夜のギンが思い出された。乱菊は眉をしかめる。
「そっか」
「あまり驚かないね、乱ちゃん」
「驚いてるよ」
「ううん。驚いてないよ。……気づいてた?」
リンドウもまたじっと壁と床の境目を見つめて動かない。乱菊は俯いた。
「……なんとなく」
「そっかあ」
敷布の上に両手をついて、リンドウは仰け反るようにして天井を見上げた。俯いている乱菊の眼に敷布の上のリンドウの爪が見える。その歪んだ爪は淡く透明に紅く染められ、紅く光っていた。
リンドウが乱菊の視線に気づき、爪を見下ろして笑った。
「……この爪ね、本当は現世でこうなったの」
「流魂街での生活じゃなくて?」
「うん、現世で」
リンドウは再び天井を見上げた。その向こうの夜空を見ようとするかのような遠い目に、乱菊は黙り込む。
「私、現世ではちょっといいとこの家にいてね。弟が跡継ぎで、私はのんびり暮らしていたの。そのうちに家のために嫁ぐんだろうってくらいしか考えてなくて、何の疑問もなく、それでいいと思ってた。私が文字を読めるのは、そういう家で育ってたから」
「うん」
「でもね、家臣に反乱起こされちゃって」
乱菊は横のリンドウをそっと窺った。リンドウの横顔は真っ直ぐ天井を見上げたまま、懐かしそうに眼を細めている。そこに激しい感情は見あたらず、乱菊はまた前を向いた。
「お父様とお母様はどうなったのか知らない。多分、殺されたと思う。私と弟は牢に……っていっても、庭の外れにある単なる浅い洞窟みたいなものなんだけど、そこに閉じこめられたの。私、どうしても弟を逃がさなきゃって思って、壁を掘ったの。道具なんてないから、手で」
自分の目の前に腕を伸ばして両手を広げ、リンドウはそこで軽く笑った。
「無茶だなあって今なら思うんだけど、でもあの頃は夢中でね。弟は跡継ぎではあったけど、体が弱かったから、あたしがやらなきゃって思っていた。手でずっとずっと掘って、爪が全部剥がれた。外までもう少しかなってところまで掘って、見つかったけどね。掘った穴から引きずり出されて、それで一緒にばっさり斬られたの」
目の前の両手を握り、膝の上に置いてリンドウは俯いた。
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06月14日(水)
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