ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 10
学院から少し離れた森の中。
常緑樹の濃い深い緑に覆われたその建物は、学院の療養施設だった。授業や実習で怪我をしたり、在学中に病気になった者はここに収容される。この施設の二階の部屋に一人、窓の脇にある寝台に横たわる乱菊がいた。鎮痛剤が効いているのか、肩と背中の痛みは薄れている。乱菊は痛みに紛らわされることなくぼんやりと外を眺めている。葉の隙間から漏れてくる光はすでに赤く、そしてすぐに闇色を帯びてくるだろうと乱菊は思う。
学院から少し離れただけだというのに、ここは静かで人は滅多にやってこなかった。基本的には立ち入り禁止であり、見舞いなども時間が限られていることもあるだろう。
ときどき、初々しい緑の匂いをふんだんに含んだ初夏の風が葉を揺らし、開けられた窓から入ってきては乱菊の髪を揺らした。
森の中が闇に満ちる頃、下の方で急に人の気配がした。その意識的な気配の発散に、乱菊は返事の代わりに手を伸ばして窓枠を軽く叩いた。その音に再び気配は消え、草や木の肌を蹴るかすかな乾いた音がした。
暗い緑の中から、ギンが現れた。
「どんな具合や」
「別に、ここにいなくてもいいくらいに元気なつもりなんだけど」
よっこいせ、とわざとらしく呟いて、ギンは窓枠を乗り越えて寝台の脇に座った。乱菊は布団から出した手で、ギンの袖口を掴む。その手首には包帯が巻かれ、ギンは気づかれないように息を吐いた。
「……何や、ボク来るん待っとったんか」
「残念でした違います……ただ、来るかなって思ってただけ」
乱菊は俯いた。
「ちょっと、さすがに考えさせられちゃって……あの女の子の処分、退学なんでしょう」
ギンは素知らぬ顔をして、前を見つめている。ただ手が、乱菊の頭を撫でるように叩いた。
「乱菊が気に病んでもしゃあないやろ」
「そうだけど、気にするなっていうのも無理な話なの」
「勝手にあの男が自滅して退学しよって、それを勝手に逆恨みしよった女がやっぱり自滅しよっただけの話やないの。乱菊はむしろ被害者やぞ。気にすることあらへん」
乱菊がよく知る昔よりもずっと大きく骨張った手が、山吹色の髪に指を絡ませながらゆっくりと頭を撫でる。幼い頃は肩の上で揺れていた髪は肩の骨の下まで伸びていて、枕の上に広がっていた。ときどき、長い指はくるくると遊ぶように指に巻き付ける。ギンは眼を細め、目の前の乱菊を眺めた。
「……あたしがお付き合いしていれば良かったのか、なんてことは思わないんだけど」
乱菊ははっきりと言い、その相変わらずの迷いのなさにギンは笑った。軽くギンを睨んで、乱菊は続ける。
「ただ、理解できないっていうことが一つ。そして気の毒だなっていうことが一つ。あと一つが、理解できないからだと思うけど、怖いなって思う。これらをぐるぐる無駄に考えていたのよ」
指折りして説明する乱菊に、ギンは小首を傾げた。
「何を理解できへんのや」
「せっかく学院に入ったのに、そこを出ていかなければならないようなことをしでかすのか、そうさせる感情が分からないのよ」
「奴ら、金持ちやないの。別にここ出ても何も問題あらへんやろ」
ギンが酷く乾いた声で言った。口元は笑みの形をしていたが、眼が笑っていない。
「切羽詰まっとらんもん、奴ら。せやから、色恋沙汰であないなことしよるんよ。ここにしがみつくことあらへん。あんな奴ら、おったところで何の役にも立たん」
乱菊は苦笑した。
「きついね、ギン」
「当たり前や。乱菊を散々困らせた男と、乱菊を殺そうとした女やぞ」
酷薄な笑みがギンの口元に浮かぶ。今、目の前に彼らがいたらギンは迷わずこの表情のまま物騒なことをするだろうと乱菊は思う。実際、あの後輩の少女が乱菊を虚の前に突き飛ばしたとき、ギンはすぐに駆けつけてその虚を斬り捨てて、即座に少女に刀を向けた。
思い出して乱菊は眼を伏せる。
「ボク、どうして乱菊が奴らを気の毒やて思うのか、よう分からん」
ギンは乱菊の髪を指で巻き取りながら、呟く。
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06月13日(火)
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