ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 4
 二日間で全ての準備をし、住人全員に挨拶をした。乱菊に言い寄っていた二人も、ギンに対しては苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、乱菊には抱きしめんばかりに別れの言葉を告げていた。全員に見送られて、早朝、二人は出発した。
 森の入り口まできて、乱菊は振り返った。もうここに戻ることはないだろうと思う。けれど、いい人達だった。乱菊の眼から涙がこぼれる。
 寂しいけれど、なんだか、やっと前に進めているような気がした。
 胸がきゅうと痛くなって前を歩くギンの腕に抱きつくと、ギンは「あらら」と言って乱菊の頭を撫でた。
「なんや、甘えたさんやね」
「そうよ。知らなかったの」
 乱菊が上目遣いにギンを見上げると、ギンは柔らかく笑っていた。
「知ってたわ」
 そう言って乱菊を自分の前に引き寄せると、ギンはぎゅうと抱きしめる。甘い匂いがギンの鼻をくすぐる。乱菊はおとなしく抱きしめられたままにしている。
「ねえ、ギン」
「なんや」
「もう、これからずっと一緒にいるのよね、あたし達」
 乱菊は少し緊張して尋ねた。こんなことを訊くのは初めてのことだ。これまでずっと、返事を聞くことが怖くて言えなかったことだ。ギンの腕の中でギンの鼓動を聞きながら、乱菊は自分の心臓の音もこんな感じだろうかと思う。ギンの鼓動はとくとくと速かった。
 早朝の森に小鳥のさえずりが響き渡っている。まだ涼しい空気がゆっくりと木々の間を流れ、下草が揺れていた。水と草と木々の匂いがする。
 顔を上げて辺りを見回した後、ギンは俯いて乱菊の髪に顔を埋めた。視界が山吹色に染まる。
 抱きしめる腕の力を僅かに強めてギンは囁いた。
「ずっと一緒や。ずっと」

 旅はとても幸福なものだった。

 山は高く、渓谷は切り立ち、樹海は深かった。数字の大きな間は、地区に入ると、住人達に狙われた。夜は大樹の枝の上で眠り、昼は森の中を移動した。草原を渡るときには不眠不休だった。それはとても厳しい道なき道だった。
 それでも二人はとても満ち足りていた。
 乱菊は、ギンの足取りに迷いがないのを見て、ギンがこれまでに何度もこの道程を通ってきたことを知った。その目的が何だったのか、本当のところは乱菊には分からないが、それでも、今はこうして二人でその道を歩いている。これを幸せというのなら、自分は今誰よりも幸せだろうと乱菊は思う。そしてこれからは二人でずっと一緒にいられる。そう思うと、乱菊はとても安らかな気分になった。たびたび、乱菊はふっと微笑みを浮かべる。
 そんな柔らかな表情をして厳しい道を歩く乱菊を見て、ギンは安心感に包まれた。これからは何の不安もなく一緒にいられるということが、ギンをこれまでになく安らかにしていた。早く気づけばよかった。早く言えばよかった。たったそれだけでこんな巨大な幸福を味わえるのか。こんな希望を手に入れられるのか。ギンはそう感じるたびに後ろから乱菊を抱きしめた。
「そんなことすると歩けないわよ」
 そのたびに乱菊はそう呟くが、ギンに微笑んで振り向いた。お互いの体温が心地よく、お互いの重みのある存在感が安心させた。
「もうすぐ、ボクが入ったことない地区に入るんや」
 乱菊の耳より少し上からギンが囁いた。
「そっから先はボクもよう分からへん。けど、だいぶ安全になってきてるさかい、用心してれば大丈夫やと思う」
「うん、わかった」
 ギンの腕の中から顔を上げて、乱菊はギンの目を見た。その目は、いつになく穏やかに細められていた。

 旅は続いた。

 やがて気候は穏やかになり、川に近い平地には田園風景が広がるようになった。集落は大きく、まるで村のようだった。人々から色々と話を聞いた。豊かな集落は西の大路に沿って存在していると聞き、二人は、関所から離れているときには、西の大路を歩いた。その道幅はやがて広がり、整備されている道になった。大路が石畳の道になったとき、ギンも乱菊も周囲を窺って、人が歩いていることを確認してから、歩き出した。やがて案内板が道脇に立つようになった。宿屋が並ぶようになった。
 何もかもが初めてだった。

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03月28日(火)
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