ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■中詞5題
 ギンは小首を傾げて満面の笑みを浮かべる。
「うん」
「ああもう、開き直ってる」
 乱菊は薬草を貼り付けた腕にぐるぐると乱暴に布を巻き付けた。そうしてぎゅっとほどけないように固く結ぶ。痛ぁ、とギンは呻くが、それでも笑みは消えない。嬉しそうに笑ったまま、ギンは乱菊の額に自分のそれをつけてくる。ギンの細く柔らかい銀髪が目の前で揺れて、乱菊はくすぐったそうに首をすくめて笑う。
「手当て、ありがとなあ」
「そう言うなら怪我しないでちょうだい」
「今度から気ぃ付けるわ」
 そう言ってギンは細い目を更に細めた。そうすると、普段からかすかにしか見えない瞳がほとんど見えなくなる。乱菊はその瞳の色を覗き込んで、色を確認するとふうっと笑う。
 ギンの瞳は普段は秘色に見えるが、光が当たると薄い薄い、瓶覗の色に見える。こんな地平のすぐ上にある空のような瞳が、どうしてときどき血の色を帯びるのか乱菊には分からない。分からないけれど、それでも乱菊はギンに紅の瞳で笑わせてはならないと思う。あの殺気を帯びた笑みを浮かべるギンは、それは美しいけれど同時にとてもかなしく見えた。
 この怪我を負ったときも、この瞳は血の色をして笑っていたのだろうか。そう考えると、乱菊はどこか苦しくなって、額をギンの額にぐりぐりと押しつける。
「痛ぁ。痛い痛いわ。乱菊、乱菊、ボクちゃぁんと次から気ぃ付けるから、そない怒らんといて」
 勘違いしたのか、ギンが謝りながら乱菊の頬に手を伸ばしてきた。その手の導くままに額を離し、乱菊は困った顔をしたギンを見つめると、ふうと笑った。そうするとギンはほっとしたように、柔らかに笑う。
 ほら、ギンはこうして笑う方がずうっといい。
 乱菊は淡いあわい空の色の目で笑うギンを見てそう思う。そして、せめて自分の傍にいる間はこうして笑えたらいいと思うけれど、ギンがいつも乱菊の思うその先へ行ってしまうことを乱菊は知っているから、乱菊はただ精一杯ギンに微笑みかけることしかできない。ただ手を伸ばして白く光る銀髪にふれ、優しく頭を撫でることしかできない。
「怒ってないわよ」
 そう言うと乱菊は、自分の頬に添えられている手を握って笑う。ギンがくしゃりと顔を崩して笑った。


秘色(ひそく)…明るい灰青のこと。いわゆる青磁の色。
瓶覗(かめのぞき)…淡い藍色。染色の藍の瓶にちょっとだけ浸けただけのような色。甕に水をはってそれに空の色が映った時の色との説も。覗色(のぞきいろ)ともいう。




『くだらぬ嘘のための犠牲』


 乱菊に出会うずっと前、ギンは一つの嘘をついた。
 一人でいた夜、近寄ってきた男があまりにしつこくて、殺すのも面倒だったギンは男を放っておいた。男は、ギンの無反応無表情に妙な興奮を示し、ギンから離れようとはしなかった。面倒やなあ。適当にかわしながらギンは小さく呟いた。この面倒が殺す面倒より大きくなったら殺そうと決めた。
「なあ、お前、普段はどこに住んでるんだ」
 遠くまで来てしまって野宿していたというギンの言葉を簡単に信じた男は、荒い息を吐いて何度もそう尋ねた。うっとし。ギンは、数日前に通りかかった場所を口にした。そして男が微睡んだ隙に逃げた。すぐに忘れた。
 その夜を思い出したのは数ヶ月後のことだ。
 通りかかった集落に見覚えがあった。そう思ってすぐに、あの夜を思い出してギンは顔をしかめた。そして妙に静かな集落に足を踏み入れた。
 そこかしこに死体が転がっていた。
 集落の中央にある小屋の前で、あの夜の男が座り込んでいた。何かをぶつぶつと呟いていたが、ギンの姿を見るとふらつきながら立ち上がった。
「遅かったじゃないか」
 男は粘りつくような声で言い、焦点の合わない目をにたりと細めて笑った。
「あんまり遅いもんだから、もう誰もいなくなっちまったよ」
 じわりと苦いものが広がった。苦虫を噛み潰したように、眉間にも鼻筋にも皺を寄せてギンはその苦さを飲み込んだ。
 適当でくだらない嘘はつくものではない。
 右手に力を瞬時に集め、それを解き放った。男の笑いが空中に散らばって消えた。



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02月09日(土)
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