ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■雲の向こうの遠雷が呟きさえも掻き消すから x-2
「さあ、ルキア。よろしいのですよ。婆は怒っているわけではありませんからね。夕餉にしましょう。お腹が空いたでしょう?」
と少女の背を撫でた。少女は顔を上げ、大きく頷いた。
「明日は居を移しますから、今夜は早く休みましょう」
「なにかあったのですか?」
「まだ獣が他にいるやもしれぬそうで、危ないからここを離れるよう退治して下さった方々が仰ったのですよ」
「だいじょうぶですよ、ばばさま。そんなけものがきたら、このあいだみたいに、またわたしがやっつけてさしあげますっ」
「ふふふ、ルキアは強くなりましたものねえ」
じっと身動ぎもせずに見ていたギンは、三人の柔らかな会話を背にすると、音も立てずに離れた。そして完全に気配が遠のいたところで、走り出した。後ろを振り返らずに全力で走り、やがて霊圧を消すことをやめ、瞬歩で更に速く走った。森は瞬間的に遠ざかり、地平線の向こうに消えた。
肺が張り裂けそうに空気を欲し、心臓がこれ以上は動けないというところまで鼓動を速くしたところでギンは立ち止まった。周囲の草が風圧で揺れた。
ギンは空を見上げた。満月が天頂に近づこうと南東の空を昇っていた。見上げたまま、ギンの体は膝をつくようにして崩れ落ちた。だらりと落ちた腕の先で、手が肌に触れた草を握りしめた。
「あの子やな……浦原さん」
虚空に向かってギンは呟いた。
「あないな子に入れよったな。剥き出しにしとるわけあらへん。婆さんでも爺さんでもあらへん。何も知らんままでおる小さい子に崩玉入れたやろ。なあ、浦原さん。そうやろ……そうやな」
手がぶちぶちと草を引きちぎった。青い匂いが立ち上り、風が全くないからただ真上にあがりギンの鼻孔をくすぐった。ギンは草から手を離し、そしてまた握りしめた。
「誰も、何も知らん。それ知っとったら、爺さんらはあの子を一人にしぃひん。誰も知らん。あの子ん中に何あるか、誰も知らん。何も言わんまま、あんな重いもん任せよったな。あんな爺さんと、婆さんに。あんな子に」
ギンは眼を細めて月を見ていた。満ちた月はあますところなく開けた草原を照らしていた。冷たい光がギンに降りそそぎ、ギンの髪は更に冷たく輝いた。
「……外道やなあ。そらそうや。外道に対抗しよ思うたら、外道になるしかあらへんよなあ。皆、みぃんな、外道や。浦原さんも、藍染隊長も……ボクも…………いややなあ。とうに道から外れておったのに、そないなこと知っとったんに、なんで」
月は明るく、大きかった。過去を月光に照らし出されたように、ギンははっきりと遠い昔の、幼い姿の乱菊を思い出した。ぼろぼろの小屋の前で、乱菊は干してあった柿を一つ一つ丁寧に籠に入れていた。そしてギンに向かって笑いかけた。確かに、笑いかけていた。
あのままでいられたら、あの老夫婦のようになったのか。
あのままでいられたのなら、二人で共に朽ち果てられたのか。
そう問いかけている自分に気づき、ギンは小さく笑った。
「いややなあ。そないなこと、無理やてわかってたやないの」
ギンは笑い続けた。乾いた声で笑い続けた。
月が天頂を下り始めるまで、ギンは冷ややかな月光に照らされて笑っていた。
戻ってきたギンの報告を聞いたとき、藍染は目を光らせた。
「ほう、握菱がいたのか」
「目新しいもん何もありませんでしたけどな。ボク、見てまわりましてん」
藍染の前で、ギンはテッサイが採集して廻っていたという地区を全て調べてきたことを詳しく伝えたが、戌吊での出来事だけは黙っていた。藍染は椅子に深く腰掛け、両手を膝の上で組み合わせて聞いていたが、ギンが話し終えると大きく息を吐いた。
「結局、何もなし……か。彼らも慎重だな」
「握菱さんはあちらこちら行きはるから、どこに何かあってもよう判らへんわ。とりあえず今回は、握菱さんが言うたところ見てきてんけどなあ」
ギンは薄く笑いながら、そう言って口を閉ざした。藍染は眼を伏せて考え込んでいるようで、ギンの様子には気を止めていないようだった。ギンは薄くうすく笑った。これ以上、何も言わなかった。
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07月09日(日)
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