ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■雲の向こうの遠雷が呟きさえも掻き消すから x-1
 そう言って軽く頭を下げるテッサイの足下には、巨大な袋が置かれていた。それに目を向けると、ギンの視線に気づいたのかテッサイがそれの口を開けて見せた。その中もまた、植物でいっぱいになっていた。草の青い匂いが袋の口から放出された。
「十日ほど、ずっと採集の旅をしておりますよ」
 テッサイはそう言って、幾つかの地名を口にした。それを聞いてギンは呆れた顔をした。
「なんや、人使い荒いなあ。えらい広い範囲やないの」
「この辺りになると力の弱い死神では危のうございますからな。私くらいしか適任がおりませんよ。まあ、あと二カ所ほど廻ったら瀞霊廷に戻る予定です」
 相変わらず、真意の読みにくい笑みでテッサイは笑い、その巨大な袋を斜めがけに背に背負った。がさがさと乱雑な音がした。
「ボク、浦原さんの部下やのうて良かったですわ」
 テッサイが採集だけでなく、書類仕事から研究の助手、掃除洗濯炊事に至るまで、浦原の周辺の仕事全てをこなしていることを知っていたギンは感心してそう言った。テッサイは明るい声で笑った。
「ははは。私はもう数百年もこのようなことを繰り返しておりますゆえ、もう慣れてしまいましたが」
「慣れとうないなあ」
「そうでございますか」
 二人で笑い合ったとき、茂みの向こうから人の気配が近づいてきていることにギンは気づいた。テッサイを見上げると、彼もまた気づいたのかギンに頷いた。事前に与えられていた情報では、虚の出現地点の周辺には集落はないはずだった。ここはまだ空間が不安定であるはずで、だから人が来るようならば近づかないように注意しなければならなかった。
 二人でその方向を見ていると、やがて茂みの奥から一人の老女が現れた。質素な身なりだが品が良く、こちらを見て驚いた表情を浮かべたが、狼狽えることもなくすぐに姿勢を正した。
「どうなされましたかな、ご婦人」
 テッサイが優しげな声で問いかけた。ご婦人は軽く首を傾げて、そして微笑んだ。
「いえ、私はこの辺りに暮らしている者でございますが、ここ最近、妙な鳴き声のようなものが聞こえましてね、先程も何か呻き声のような声が聞こえたので、様子を見に参ったのでございますよ」
 ゆったりとした口調で、柔らかく老女は説明した。その笑みを浮かべた顔を見て、ギンは首を傾げた。
「そうでございましたか。もし不都合がなかったら、ここから少し離れた場所に居を移された方がよろしいかと」
 テッサイがそう言うと、老女は首を傾げた。
「なにゆえでございましょうか」
 ギンとテッサイが横目で目を合わせた。ギンが小声で、
「……虚云々て話した方がええんやろか」
と尋ねた。テッサイは、小さく首を横に振った。
 ギンはちらりと老女を見た。老女はギンと目が合うと、先程のような笑みを浮かべた。その笑みが頭の奥でちらりとかすめて、ギンは瞬きをした。
「最近、この付近で珍しい獣が出るとの評判です」
 テッサイが腕を組んで慎重に話し始めた。老女が顔をそちらに向けて微笑んだ。今度は既視感に加えて違和感も感じ、ギンは無言で瞬きを繰り返した。
「私共はそれの確認と、見つけた場合は退治することを使命としてこちらに参った死神でございます。先程、見つけた獣は退治いたしましたが、他にもまだ残りがいるかもしれません。それゆえ、できるだけ早く居を移されるよう、お願い致します」
「まあ、死神様でございますか」
 老女は小さく驚いて、深々とお辞儀をした。その所作も上品で、ギンの中の違和感はますます大きくなった。
「それはそれは、ご苦労様でございます。仰るとおり、明日にでもこちらを離れるように致します」
 顔を上げると、老女はゆったりと微笑んだ。ギンは瞼の裏にひらめく霞んだ映像を無視して、老女に笑いかけた。
「お手間かけさせてしもうて、すんませんなあ」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
 老女は何度も頭を下げて、再び茂みの奥へ消えていった。その小さな背中を見送って、ギンとテッサイは顔を見合わせた。
「ここらでは珍しい、上品な婆さんでしたなあ」
 ギンが笑ってそう言うと、テッサイも頷いた。

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07月08日(土)
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