ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 14
ときおり、虚ではない、人間の肌が切り裂かれる音がする。それでも誰一人悲鳴も上げず、無骨な気合いだけを発して虚を斬っていく。脳内麻薬が分泌されているのか、だんだんと皆、口の端に笑みさえ浮かべて。
そのとき、裏返った悲鳴が上がった。
乱菊は反射的に振り返る。
一人の隊員が虚に左腕を掴まれていた。悶え苦しむその隊員は、意を決したように右手の斬魄刀を逆さに持つと、一息に左腕を切断した。
「な……どうした!」
一跳びでその隊員に駆け寄ると乱菊は叫ぶように訊きながら、切断された左腕を持ったままの虚を横一文字に払った。そして目の前で、消えゆく虚の掌から、半ば溶けて骨が見えている左腕が粘着質の嫌な音を立てて地に落ちた。乱菊の背で、腕の持ち主だった隊員が全員に伝えるように叫ぶ。
「虚の掌に掴まったとき触っている場所から焼けるような痛みで腕が無くなる感覚がありましたぁ! 虚の掌に掴まると溶けるようでありますぅ! いいかてめえら、掴まるんじゃねえぞこらぁ!」
乱菊は一瞬だけ背中を振り返った。腕を失った隊員は真っ青な顔をして、それでも刀を構えている。乱菊はすぐに前に向き直り、
「よくやった」
と言った。
「まず止血だ、いいね、あたしはあんたを失いたくはない。ここはあたしが守るから、まずさっさと止血しな」
「……分かりやした」
背中で傍にいた隊員が駆け寄る気配を感じ、乱菊は前に集中した。虚の両手に包まれたら、おそらく体全てを失うだろう。虚は後から後から湧き出るように、ただ群れを成している。口の中に血の味が広がった。自分が奥歯を噛みしめていることに気づき、乱菊は焦る。まだこんなものは絶望じゃない。小さく呟いて、乱菊は背を庇いながら刀を振るった。悲鳴が上がるたびにそちらを振り返り、その主がまだ生きていることを確認してはただ目の前の影を斬る。
斬り裂かれて消えていく向こうには連なる虚の影が見える。どこに果てがあるのか分からなくなるその光景に、乱菊は眩暈を覚えた。虚の、どこか空虚さを感じさせる咆哮が響き渡る。視界が色を失い、白と黒に支配されていく。
どこまで。
ちらりと乱菊の頭にその言葉が過ぎったときに。
数体を斬り裂く一陣の風があった。
斬り裂かれたその裂け目の向こうに白み始めた空が見えた。そういえば夜空も晴れていたことを思い出し、乱菊は立ち尽くす。風は続けて周囲の虚を一掃する。空気が巻き上がる音とともに虚は霧のように消える。
その馴染んだ霊圧に、乱菊は一瞬だけ全身の力を抜きそうになった。ふらつく足を踏ん張り、乱菊は目の前に現れた背中を呆然と見る。
「皆、生きてはる?」
左腕には五番隊の副官章があった。
「君らの上官さんはちょい席外してはったから、ボク来てん。遅れてしもうて、堪忍してや」
場に不似合いな軽い声でギンは告げ、けれど一気に霊圧を解放した。その圧力に虚が動きを止める。ギンは小さく言霊を呟くと、斬魄刀を始解した。
生き物のように伸びる刀が虚数体を突き刺し、横に撫で斬りされてその姿を失う。ギンは留まることなく虚の群れの中央に飛び込んだ。一息に数体を斬り裂いて、軽い、舞うような足取りで振り返り跳び上がり、または踏み込んで次々に薙ぎ払う。斬魄刀を上段に構えると空中に跳び、そのまま巨大な虚を縦一文字に裂いていく。
空間の裂け目から虚が現れる速さを遙かに凌駕する圧倒的な力の奔流に、凄烈な戦い方に、その場にいた誰もが言葉を失った。速さが違う。動きが違う。何よりも迸る霊圧の圧力が遙かに違った。
乱菊は久しぶりにギンの戦いぶりを見ていた。最後に見たのは学院での実習だったように思う。虚数体に襲われていた女の後輩を庇って戦っていたときに、やはり風のようにギンは現れて乱菊を助けた。あのとき乱菊は後輩であるその少女に背を突き飛ばされて虚の前に転がされて怪我を負った。あの、自分を殺そうとした少女はどうなったんだろう。乱菊は場違いな思いに囚われた。それはどこか郷愁にも似て、その遠さが目の前の光景をより際だたせた。
目の前では、地面に転がる死神の死体の中にただ一人立つギンの姿があった。
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06月17日(土)
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