ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■神は自粛をするか (1-5)
「気を付けますね」
「お願いします」
 そして勇音は作業に戻ろうと再び腰を屈めた。荻堂もまた手にした紙切れを見て壁際の棚を探し始める。そして何気ない声で荻堂は視線を棚から動かすことなく、
「あ、副隊長。こちらのことはお気になさらず唄をお続け下さい」
とさらりと言った。勇音は弾かれたように振り返る。荻堂は背を向けたままだ。思わず勇音は頬に手をやる。
「き、聞こえていたんですか」
「小さくですが」
「あ、うわあ、いえあの」
「何でしたらご一緒しましょうか」
 荻堂は振り返りもせずに言う。捜し物が見つからないのか、棚を順繰りに見ている頭の動かし方。
「あの唄は小さい頃に唄っておりましたので」
 勇音は少しきょとんとした。その顔にすぐに柔らかい笑みが浮かぶ。
「私も、そうです。よく妹と唄っていました」
 視線を備品の箱に戻し、勇音は遠慮がちに小さな声で唄を口ずさみ始めた。その旋律に少し低い声が重なる。




蝉を食らう蟻

「どうなさいました」
 弓親の問いかけに振り向いたやちるは、どこか遠いところを見ていた。視線が合わない。弓親はやちるの隣に屈み、やちるもまた膝を抱えて視線を戻した。
 視線の先には、蝉に群がる蟻があった。
「ああ、夏も終わりますね」
 蝉はまだ生きているのか、機械仕掛けのような細い脚を動かしている。しかし蟻は列を成してやってきては生きた蝉を食らう。弓親は冷めた目でそれを眺めた。自分の、幾分か輪郭がぼやけた影がその上に落ちている。もう季節は移り変わろうとしている。
「副隊長、戻りますよ」
 弓親はやちるの肩に手をのせた。やちるは無言で振り返る。
「副隊長?」
 やちるは顔を上げた。
「別に、こんなこと、毎年のことだって知ってるんだよ」
「そうですね」
「可哀相だとも別に思わないし、そんなものだよねって思うだけなんだよ」
「ええ」
「ただ、哀しいね」
「何がですか」
「生きるって哀しいね」
 弓親は言葉を続けられずにただ口をつぐむ。やちるの眼は何の色もなく、ただそう感じたのだと言っている。弓親は両手を伸ばすとやちるを抱え、立ち上がった。
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれませんよ」
 そう答えたときに、ぶぶぶと震える音がした。
 二人ともその方向を振り返ると、蝉が羽をならしてのたうち回り、僅かに飛び上がった。狂ったように回転しながら叫びのような音を立てながら、傍の茂みに落ちていく。
 生きるのか。
 弓親はその軌跡を見送り、そして背を向けた。




思い出と変わらない場所

 並ぶ墓標を背に恋次は風に吹かれていた。目の前の、記憶と同じ風景を眺め、微動だにしない。遠い向こうの空はわずかに茜色に染まりつつある。そろそろ帰路につかないと、いくら速く走れるといっても、先に戻っている仲間達に追いつくのには明日の朝になってしまうだろう。考えた末、恋次は溜息をついた。そして墓標を振り返る。
 墓標は、三つ。
 薄暗い木立の中で、開けた風景と空を眺めるように立っている。
「もうお前らも、ここにはいねえんだろうな」
 低い低い声で恋次は話しかける。
「なのに、ここも、ここからの眺めも全く変わってねえよ」
 ここを去ったのは数十年も前のこと。任務で訪れた久々の”故郷”は、全く、本当に全く変わっていなかった。恋次は目の前が揺れたように感じる。過去の風景は同じままだというのに、自分の隣には誰もいない。気配も、残り香すらもなく。
 この場所があまりに変わらないから。
 自分達の変化を痛烈に感じてしまう。
「……もう少しだ、もう少し。そうしたら……あいつも連れてくるから」
 恋次は硬く眼を閉じて、言い聞かせるように呟く。
 返事はない。ただ、風が吹いて、墓標の上の枝を揺らした。




まな板の上

 細長い、窓から流れ込んできた温い風に黒髪が揺れた。

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02月07日(木)
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