ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 15
小さな指をほどこうとして慎重に力を加えると、生命を失った、冷えきった硬さの抵抗があって、珍しくギンは手を止める。乱菊はじっと小さな手を見ている。ギンは横に頭を振って、再び力を加えた。
終始、無言だった。
冷たい指を少しずつ刀の柄から剥がすのにはかなりの時間を要した。硬直している指を折らないように、ギンは慎重に指をほどいた。乱菊は息を詰めてそれを見つめていた。
十の指全てをほどき、刀の柄がからんと固く響いて地面に落ちたときには、太陽はかなり高く天頂へと登っていた。乱菊は唐紅のたすきをほどくと、それで二本の腕を包んだ。そしてそれを抱きしめる。そして顔を空へと向けた。
空は、高く深く晴れ渡り、青く青くただそこにあった。
「昔、話したこと覚えてる? ……ギン」
空を見上げたまま、乱菊は呟いた。
「何やろ」
「空を脚の間から見ていると、まるで落ちていくようだって」
ギンは、ああと頷いて微笑んだ。それはまだ流魂街にいた頃だ。まだ、先にこんな未来が待っているとも知らず、共にある未来をぼんやりと夢見ていた無邪気な頃だ。
「覚えとるよ。空がまるで穴みたいや言うとった。地面にしがみついている手ぇ放したら、空に落ちていくんやて、それが死ぬゆうことや思うて言うたなあ」
「そう。そう言ったのよね、あたし」
乱菊は眼を閉じた。瞼を透かして光が柔らかく瞳に入ってくるのを感じて、乱菊の眼の奥がつんと痛くなる。
「いつも空はぽっかりとその口を開けていて、あたしたちは気を抜くとすぐにそこに落ちていくんだって、思ってた。そう、普段は本当に気がつかないふりをしていたのね。本当はいつもいつも頭上に、空はあったのに」
ギンは無言で、乱菊の露わになった喉を見ていた。
「もう、みんな落ちていったわ。みんな、あたし達を残して」
石蕗の花のような少女だった人はやっと入隊をしたその一年目に、魂葬の帰りに虚に出会して、仲間を庇って突き殺された。
菫の花のような少女だった人は病気の母親を看取った後に同じ病気に罹り、痩せ細って死んだ。
何人も何人も、誰も彼も死んでいった。
そして。
竜胆の花のような少女だった人は虚に体の殆どを溶かされて、腕だけを残して死んだ。
その小さな手の先の、歪んだきれいな色の爪だけを本人である証として。
「乱菊」
ギンが呼ぶと、乱菊は顔を向けた。無表情なその顔の中で、双眸の青が滲んでいる。
「ギン、あたしよく分かった。毎年毎年、学院から沢山の死神が入ってくるのに、死神の数は決して増えたりしない。そりゃそうよ。その殆どが数十年の間に死んでいくんだもの。増えるはずがない。あたし達の学年だって、あと何人残ってるのか」
「乱菊」
「みんな死んでいった。みんな空に落ちていった。あの子達は……初めての友達だったのに」
「乱菊」
ギンは両腕を伸ばすと、唐紅に包まれた腕ごと乱菊を抱き寄せた。何の抵抗もなく乱菊は腕の中におさまり、その途端、大きな眼から涙が零れ出す。
乱菊はしゃくり上げることもせず、泣き叫ぶこともせず、ただ大粒の涙を零していた。腕の中の乱菊を見て、ギンは遠い昔によく泣かれたことを思い出した。昔から乱菊の泣き方は変わらない。喉の奥にある暴れる感情を上手に吐き出せず、ただ涙からしか外に出せない。
「乱菊。ボクらが覚えとればええ。それでええ。あの子らと乱菊のこと、ボクも覚えとる。なあ、乱菊。それでええやろ」
ギンは乱菊を固く抱きしめて、頭の上で囁く。腕の中で乱菊は身動ぎもせず、ただわずかに眼をギンに向けた。ギンは苦く笑う。
「乱菊。もうあの子らは痛いことも辛いことも浄められとる。ボクらとのことも確かに洗浄されてなくしとるけど、でももう痛ないんや」
「……うん、それは、本当に、嬉しいと思うの」
乱菊はギンから眼を外さずに呟いた。
「ただ、どうしても胸が苦しい。締め付けられるよう」
ギンは眼を閉じ、そして山吹色の髪に顔を埋めるようにした。そうすれば乱菊と一つの塊になれるかというように、その体を縮こまらせた。
「……乱菊は、寂しいんやね」
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06月18日(日)
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