ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 10
「あの男、乱菊のことよう知りもしないくせに求婚しよるし、断られたら散々乱菊を追い回しよって、気味悪うさせて。勝手に成績落としておかしゅうなって、寮に忍び込んで退学やないの。乱菊止めたから何もしぃひんけどな、乱菊の部屋に忍び込んだんは許しとらんぞ、ボク」
「うん」
「あの女なんぞ、あともう少し救助来るんが遅かったら絶対潰したわ。今やってボク我慢しとる。あの見目と家柄だけの男のどこがええんか、さっぱりわからん。男が退学なったんは乱菊のせいやないのに逆恨みしよって。分かっとるの、乱菊。あの女、ホンマに乱菊殺すつもりでしよったんやぞ」
「うん」
「乱菊見ぃひんかったろうけどな、あの女、君突き飛ばして薄く笑うたんや。えらい醜う顔しよって」
「うん」
 乱菊は横向きになり、枕に半分顔を埋める。ギンの指から髪がするりと抜けて、ギンは所在なさげに手を乱菊の頭に置く。そして再び優しく撫でる。乱菊はその優しすぎる感触に縋りそうになって、眼を固く閉じた。
「分かってるの、ギン。あの子、本当にあたしを殺すつもりだったんだと思う。突き飛ばされたとき、すごく痛かったから。肩の傷より背中の打ち身より、ずっとあの時の方が痛かった」
 瞼の裏にあの冷笑が浮かび上がって、乱菊はより固く眼を閉じる。

 下の学年の最優秀学級との、合同演習の時だった。
 突然現れた虚に襲われていた少女を見かけ、乱菊は助けようと霊圧を解放して彼らの間に飛び込んだ。そのときにその少女が一瞬驚いた顔をしたことを乱菊は覚えている。穴が開くほど乱菊の顔を凝視していた少女は、小さく、ありがとうございますと言って俯いた。その少女を背に庇い、隙を見て逃げなさいと言って乱菊は虚と対面した。
 そして、強い力で背を突き飛ばされた。
 突き飛ばされて虚の前に転がったとき、逆さまの視界であの少女の顔を乱菊は見ていた。冷笑、という言葉しか当てはまらない笑みを浮かべ、少女は勝ち誇ったようにそこにいた。次の瞬間、虚の攻撃の気配を感じて横に避けたが、肩に爪が当たったのか痛みが走り、その一撃に吹き飛ばされて乱菊はしたたかに背を壁に打ち付けた。それとほぼ同時に、乱菊の急に解放された霊圧を訝しく感じたギンが跳んできて、その虚を斬ったのだった。

 乱菊はギンの向こうにある闇を見つめる。月の明かりは繁る葉に邪魔されて僅かにしか届かない。濃い深い緑の向こうは、ただの闇があった。
「あたし、あの激情が怖い。あの子、あたしのこと知りもしないのに、話したこともほとんどないのに、殺意を向けるその激情が分からない。それを引き起こす恋情が理解できない。寮でみんなとのお喋りに出てくる恋はそんな感じはしないのに」
「人を狂わすのが、色恋なんやろ」
 静かな声でギンが言った。その沈んだ声に、乱菊は眼を向ける。
「分かるの? ギンは」
「どうやろ」
 わずかに首を傾げて、感情のない声でギンが一言で答える。
「沢山の子と間をおかずに付き合ってるじゃないの。長くて一週間だけど」
「あれは単に勝手に期待して近づいてきて喚いて離れていくだけや。ボク、拒みもしぃひん。引き留めもしぃひん。それだけや。どうでもええ」
「そのうちに刺されるよ」
 ギンはおかしそうに笑った。
「ボク刺せる女の子おったら、それこそお付き合いするわ」
「そりゃそうか」
 乱菊も小さく笑う。ギンは背を屈め、乱菊の頭に額を付けた。銀髪がさらさらと流れて乱菊の目の前に落ちてきて、ギンの匂いがした。乱菊は眼を閉じる。
「ボクも色恋はよう分からん。でも、どうでもええ」
「うん。あたしもよく分からないし、どうでもいいや」

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06月13日(火)
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