ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 6
ギンの眼に最初に飛び込んだのは、蹲る男の体の脇から伸びる、細く白い脚だった。次に、驚いて振り返る男の影から、こちらを呆然と見ている、乱れた髪の乱菊の姿が目に入った。着物の裾は太股まで捲り上げられ、猿ぐつわを噛まさ
れた、
乱菊
の
姿。
時間が止まったように全てが止まり、捩れた音がした。動かない目の前の光景の中に、雪のような白銀の狐がいた。
ギンはその狐を知っていたような気がした。
どないするんや。
狐はギンに問う。
こいつら、これまでの男達より強いで。
「どうするもこうするも、乱菊助けて虫を殺すだけや」
ギンが、乱菊から目を離さずに答えた。狐は頷く。太い尻尾がふくらみ、幾つもに分かれた。風が巻き起こる。
ほな、俺を呼び。
「名ぁ知らんわ」
お前もう知っとるはずやぞ。言霊と一緒に、名ぁ呼び。ほれ。
ずるりと空間が動き出す。ギンが脇差を抜き、構えた。背後に、顔の横に狐の気配が濃く漂った。ギンの薄い唇が開いた。
呼び起こす言葉を。
「射殺せ」
俺の名を。
「神鎗!」
空気が震えた。激しい音が炸裂した。
気づくと、乱菊の目の前の男が、ギンから伸びた刀に胸を突き抜かれて壁にへばりついていた。男の目は何も映していない。体はかすかに痙攣し、口からだらりとのびた舌から血と唾液が滴っている。そして風を切るような音がして刀が縮むと、支え失った男の体は崩れ落ちた。
誰も動けない中、ギンが乱菊の横に跳んでくると、手首の縄を斬った。斬るときにギンの霊圧が膨れあがり、縄が耐えきれないかのようにぶつりと勝手に切れた。ギンは縄を斬るとすぐに乱菊を背にして男達に向かい合う。男二人は、状況が飲み込めていないのか呆然とした表情をしてこちらを見ていたが、慌てたように刀を構えた。
「乱菊、逃げ。もうすぐ朝や。このまま試験に行き?」
振り返ることもせず、前を睨んだままギンが小声で言った。なんとか猿ぐつわを外した乱菊が小さく声を上げる。
「いいから。ボクもすぐ追うさかい、頼むさかい、早う、ここを東に逃げ」
乱菊はふと昔のことを思い出した。遠くなった過去に、同じようなことがあったように思う。あのときから、あのときから何かが変わってしまったのではなかったか。
動かない乱菊の気配に、ギンはもう一度、静かに声をかけた。
「試験会場で会えるんやから、頼むわ、乱菊……。ここに戻るな。行きぃな!」
ギンの左手の霊圧が高まったかと思うと、ギンが左手を壁に叩きつけた。もろい壁が大きな音を立てて崩れ、そこに穴が開く。煙が舞い上がる中、乱菊は一瞬だけそっとギンの左手を手に取り、微かに唇を触れさせて呟くと、すぐに穴から外へ飛び出した。そこは森の中で、まだ暗かった。乱菊は厚い葉の隙間からかすかに覗く星から方角を確認して、東へと駆けだした。
乱菊の触れた左手にギンはそっと唇を押しつけた。ごめんなさい、という乱菊の細い声が耳に残っている。なぜ謝るのか、ギンには分からない。ただ乱菊が無事でいてくれればそれでよかった。
乱菊の霊圧が遠ざかる。その行方を確認して、ギンは目の前の男達を見据えた。二人はもう、霊圧を隠そうともせずに刀を構えている。
「潰し合いやな」
ギンもまた、自分の刀を構えた。
「得意分野や」
背中の方でギンの霊圧が爆発的に膨れあがるのを感じながら、乱菊はただ走った。試験会場へ行けとギンは言った。乱菊はギンの言葉を繰り返す。試験会場で会えるから、会えるから。ギンは必ずそこへ来るから。
木々の影に隠れるようにしながら乱菊は走っていたが、やがて獣の走る音が進行方向から近づいてくるのが聞こえた。かなり大きい獣だろうと思われて、乱菊は木の上に飛び移る。
茂みが揺れた。
かと思うと、巨大な猪が現れた。その上に人影が見える。
猪は乱菊の隠れた樹の根元で止まり、やり過ごそうとしていた乱菊は途方に暮れた。どうやって逃げようかと考えていると、突然、猪の背に乗っている人影が乱菊の隠れている方に向かって声をかけた。女性の、けれど低めの掠れた声だった。
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04月04日(火)
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