ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 5
 埃っぽい床に寝転がり、顔をつきあわせて二人は道中に手に入れた小話集を開いた。馬車の護衛を引き受けたときに、読み書きの出来る商人にこれを貰って、文字を習っていた。
 窓から射し込む月明かりだけで、二人は文字を読んでいたが、目的地に到着して気が緩んだのか、乱菊は自然に寝入ってしまった。冬の気配が緩み始めたとはいえ、まだ寒い。ギンは乱菊にあるだけの筵をかけると、自分は入り口の戸にもたれかかって眼を閉じる。
 試験まで、あと二日の夜だった。


 試験前日の夕方。
 ギンは乱菊の待つ空き家に向かって走っていた。朝、ギンは乱菊を置いて試験の準備のために家を出た。乱菊を置いていくことは何よりも嫌だったが、目立つ乱菊を連れて歩き回ると、彼女が目を付けられるかもしれない。思い悩んだギンは、結局、目を付けられることを恐れて乱菊を置いていくことにした。いろいろな人間に姿を晒す方が危険が増すと判断したからだった。乱菊もそのギンの考えに頷いた。
「小屋の中じゃなくて、昨日みたいに木の上にいることにするわ」
 乱菊は空き家のすぐ傍にある大樹を指し示した。
「霊圧も押し殺して静かにするから心配しないで。確かに、あたし目立つから彷徨かない方がいいと思うし。枝の上で読み書きでもしてる」
 そして乱菊は首を傾げて、軽く眉を顰めて言ったのだ。いつも一人でいろいろさせてごめんね、と。ギンは首を横に振った。乱菊がいないとギンは何もできなかった。
 着物や食料の調達をして廻り、そこで試験の情報を新たに得ると、ギンは筆記用具を求めて走り回った。二人はいつも埃や地面に指で書いて文字を覚えていたが、試験には筆と墨が必要だった。一地区に到着するのに思いの外時間がかかったことをギンは反省した。準備が悪いと、こう慌てることになるのだ。そして乱菊を長い時間一人にする。ギンは休みもせずに走っていた。
 そして全て準備するのに夕方までかかり、ギンは家路を急いでいた。せめて日が沈む前には戻りたかった。やっと眼に空き家と乱菊の登っている樹が飛び込んできた。ギンはほっと息をついた。
 しかし近づくにつれ、ギンの心臓は不安な音をたてた。
 どんなに乱菊が隠しても自分は感じる彼女の霊圧が、全く感じられない。近づいても全身を澄ましても感じ取れない。そればかりか、何か、空気中に焦げた臭いが微かに漂っている。
 空き家の前まで来て、ギンの全身は凍りついた。
 焦げて折れた枝。二人が教本としていた小話集。それらが散乱する地面には数人の、大人と思われる大きさの足跡がわずかに残っていた。
「……乱菊」
 震える声でギンは乱菊を呼んだ。声を絞り出すようにして何度呼んでも、そこに返事はなかった。


 ギンが家を出た後、乱菊はおとなしく木の上で読み書きをしていた。常緑樹の緑に覆われて完全に姿を隠し、霊圧も極力押し殺して、乱菊は用心してギンの帰りを待っていた。ときおり、人が通過したが、誰も乱菊には気づかなかった。
 そして日も暮れようとする頃、下の道を少女二人が小走りで森へ入った。
 お揃いの着物を着た、姉妹かと思われる少女達は、辺りを警戒しているのか、足音を消して急いだように森の中へ走っていく。手には木刀を持っていたが、霊力もなさそうな二人が、乱菊は少し気になった。
 少女達が通り過ぎて、すぐにかすかな悲鳴が上がった。
 最初に思ったことは、どうしよう、ということだった。ギンの顔が思い浮かんだ。けれど、樹の下を少女の一人を抱えた男が走るのを見て、乱菊は反射的に右手に霊力を集めた。
 男がこちらを見上げた、と同時に遮る枝を無視して乱菊は霊力の塊を撃ち放った。そしてすぐに枝から飛び降りると、男の腕から離れた少女と男の間に割り込んだ。ばらばらと折れた枝が落ちてくる中、もう一度霊力を男に撃ち放つと、乱菊は少女を押しやった。
「逃げなさい!」
 怯えて真っ青な顔をした少女は無言で走り出した。乱菊はもう一度霊力を撃とうと男を振り返り、男が蹲っているのを見ると、少女の後を追って走り出した。
 と思った。
 霊圧を感じた瞬間に、背中に酷い衝撃を受けて、乱菊は地面に倒れ込んだ。
「追っ手に気づかれるぞ!」

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03月31日(金)
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