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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「魂萌え!」
このカプセルホテルで暮らす老女・加藤治子の怪演がまた素晴らしい。落ちぶれた女の侘しさはグッと心に秘めて、それを飯の種にして詐欺まがいのことをして生計を立てるなんて、あっぱれなしたたかさです。早くお迎えが来て欲しいと愚痴る年寄りより、ずっと素敵。でも彼女のしたたかさは、頼りない甥の側に居て、見守ってやりたいという母性から来たのだと、のちのちの展開で感じるのですから、女の雀百までは母性も共に、ってか。

林隆三扮する美老人の夫の友人とのアバンチュールは、あれは「愛ルケ」のパロディだわね。年取っても女磨いときゃ、こんな美老人が老人会でモーションかけてくる事もあるかもなぁ、私も頑張ろうと思いましたが、あんまりあっさりエッチまで行くんで、えぇ?遊ばれんぞと思う私。そんなことは露ほども思わず、久方ぶりのときめきに期待をかける彼女は、あっさり裏切られます。彼女の世間知らずさを表現しているのでしょう。二回目に会って、お茶も飲まずに速攻ラブホはないわなぁ。後で食事もと思っていたみたいだけど、順番が違います。きっと林爺ちゃん、かっこいい割には女遊びはしていなかった模様。こういう時渡辺作品の主人公は、長く側に置いておきたい女なら、例え50だろうが60だろうが、たっくさんお金使うぞ。あっちこっち女が行った事ないとこ連れ歩くぞ。現実はこの作品のようなもんですね。

「愛ルケ」と言えば、ケッ!と思った菊治と違い、今回の情けなくうらぶれたトヨエツはとっても良かったです。あれは母性本能くすぐりますよ。妻に愛想をつかされ、叔母のお骨を抱いて泣く彼には、敏子の夫や林老人にはない、弱さをみせるのも男の誠実さと感じさせました。

妻VS愛人の対決シーンはなかなかの迫力。「阿修羅の如く」の大竹しのぶVS桃井かおりに匹敵するかも。昭子が年甲斐もなく、敏子にあんたの夫はああ言っていた、こう言っていたと食ってかかればかかるほど、惨めに見えるのです。昭子自身がそれをわかっていたはずです。それはペディキュアのなかった素足の爪が物語っていました。10年の夢から覚めて現実に戻ったのですね。

夢を観たかったのは、夫もいっしょだったかも。敏子は現実、昭子は夢。夢や希望を持たなければ生きていくのが辛いのには、年齢は関係ありません。お年寄りの「早く死にたい病」は、きっとこれなのでしょう。若い女は気おくれし、手じかにいたのが会社の同期の昭子だった、そんなとこでしょうか?それが思いの外関係が続いたのは、昭子が一人身だったからのように思います。彼女の寂しさが色濃い情になり、隆之を離れがたくさせたような気がします。本来なら敏子といっしょに罵倒したいはずの昭子なんですが、何故か同情したくなるのです。

しかし夫も昭子も林老人も、どうしてみーんなイロに走るの?それもいいけど、人生の成熟期から晩年に、何故それだけなの?みんな渡辺作品の読みすぎなんでしょうか?それとも会社に吸い取られて、もう他のことは考え難く、手っ取り早いから?今まで想像もしなかった現実にぶち当たりながら、ひとつひとつ乗り越えたくましく成長する敏子とは対照的です。今まで夫のため、子供のためと、誰かのために生きるのは、きっと力が蓄えられるのですね。敏子が初めて自分のためだけに生きる姿は、とても眩しく清々しいです。

私がふいに涙が出たのは、娘が結婚に踏ん切りがつかない理由が、相手が子供がいらないと言うからと言った時の敏子の言葉です。「子供いらないよね?」という美保に、「そんなことない!子供はいた方がいいよ!」と力強く敏子が言い切った時です。今は大人になって勝手なことばかりほざく子供達ですが、あの母と子の一心同体で濃密な幸せに満ちた時間は、過去のものではあっても、決して幻ではないのです。親が思うほどではないにしろ、子供達だって親のことは案じているのです。それで充分。さりげなく暑苦しくない描き方が好ましいです。

敏子を裏切った夫とて、敏子に感謝の握手を求めたのも、長男に敏子の行く末を託す電話をしたのも、全て真実なのです。愛人のことは、わからなかった女房も悪いのですよ。発覚時にこそ動揺が隠せなかった敏子ですが、幾多の経験を積んだ彼女には、それがわかったはずです。


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02月03日(土)
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