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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「そうかもしれない」
ヨシコを演じる雪村いづみは、言わずと知れた昭和の歌姫です。若かりし頃の美空ひばり・江利チエミと共演した「ジャンケン娘」など、私もテレビで観ていますが、こんなに演技が出来る人だとは思っていなかったので、それにびっくりしました。発病前の上品で明るい老婦人の様子と、発病して段々童女のようになっていく様子、手づかみで物を食べ、失禁シーンまで演じた果ての、アルツハイマー特有の無表情な老女姿まで、「鬼気迫る熱演」ではなく「淡々と芯に力を込めて」演じていました。ヨシコという人が、いかに夫を愛していたか、二人の家庭を大切に思っていたか、愛情豊かな女性であったか、全て感じさせてくれました。
この失禁シーンは、本当は哀しいはずなのに、どこか暖かくユーモラスでした。排泄というのは、人の手を借りると尊厳が傷つくものです。疲れているのに、「いいんだよ」と世話をする夫に、「何のご縁であなたにこんなことを・・・」と囁き、可愛くプゥ〜とおならをする妻。私だって老いて下の世話をしてもらうなら、息子達なんてもっての他、絶対夫がいいです。夫婦とは、深い深い縁があるのだなぁと、ヨシコの言葉につくづく感じ入りました。
関西では有名な三代目桂春團治師匠は、他の地域では知名度はいかがでしょうか?豪放磊落で有名な初代と比べて、三代目は若い頃から上品でおとなしく、同時期に活躍した松鶴・米朝・文枝などの重鎮に比べ、イマイチ地味な印象の人でした。しかしそれが誠実な編集者(下条アトム)に信頼され、「私はあなたのファンです。だから病には負けないで下さい」と語る耳鼻科医(夏木陽介)の言葉に説得力を持たせ、さぞ聡明で誠実な書き手なのだろうと想像させるのに、ぴったりのキャスティングでした。確かに演技は上手いとは言えませんが、その素人くささが、一生懸命妻を介護する高山とオーバーラップし、私は文句ありませんでした。
文句あるのは、阿藤快。あまりに演技はオーバーです。淡々と時間が流れるこの作品で、完全に浮きまくり、ぶち壊しです。バラエティやレポーターの素の彼には、好感を持っている私ですが、割りと重要な役のこの作品では、ミスキャストだと思いました。
対して出番は少ないですが、上記の下条アトム、夏木陽介は素晴らしいです。烏丸せつ子も特養の職員を演じて、映画の雰囲気にあった控えめな演技で、とても良かったです。
その他、市から廻されている介護担当員の若い女の子が、元気で明るくそのことは良いのですが、セリフをいう時の間合いが悪く、ちょっとイライラします。この辺は撮り直し出来たと思うのですが、変に思ったのは私だけでしょうか?
若い彼女の励ましは、眩しすぎて心に痛いです。社交辞令ではなく、彼女の本心も入った励ましでしょうが、この状態の人に「長生きして100まで生きて下さいね」は、過酷な励ましに思えました。孫が言うなら励ましになっても、他人に言われると辛いもんだなぁと、ちょっと考え込んでしまいました。
「私たちがいっしょに作ったのよ」と、家中の埃を集める妻。その埃をばら撒くシーンは、雪のようで美しく、長い夫婦の歴史を称えているようでした。ラストの住人のいなくなった家の埃とは、全然描き方が違っています。
この作品を観て夫に「私に介護されるのと、私を介護するのと、どっちがいい?」と聞くと、「どっちでもいい」との意外な言葉が返って来ました。よく考えると確かにそうかも。もしもの時は、私が介護する方だとばかり思い込んでいましたが、この作品の妻も、いつの日か来る夫の介護のために、オムツを用意していましたが、実際世話をされたのは彼女の方。きばってもしょうがなし、未来は神様のみぞ知るところ。私もどっちでもいいや。
11月16日(木)
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