単独ライブ  -音楽と日常の独り言-
me-mi



 tomoはロゴスで、私は家で座禅

部屋の扉のガラスを割った。
配送してきた野球部の卒部記念品が大きな箱で、その梱包を開いて品物を出そうとしてバランスを崩した。
このままでは転倒してしまう!
と、とっさによっかかった先が壁だった。
閉めた戸のちょうどガラス部分に肘がはまった。
奥の壁に遮られたのでガラスは飛び散らずに済んだ。

でもまだ肘が痛い。

先が空間だったらガラスが刺さっていたかも?
したたかに打ったってことだろうな。
血が出なかっただけ良しってことだな。

壊れたものはもとに戻らない。
引き戸は開けたままなので、特には困らないけれど。

亡くなった彼のお母さんは強いひとでした。
いただいた返事に私のほうが勇気をもらった。

彼もほんとうに頑張った、強かったと思います。

弱い自分が情けない。
一生懸命生きなければ。
それが亡くなったひとに対してできる唯一の誠実。


tomoがZAZEN BOYSに行ってきた。
私は家で静かに亡くなったひとを偲ぶ。

ナンバーガールの曲も3曲ほどやったらしい。
「ベース良かったよ〜」
「ドラムはもちろん!」
「お客さんを舞台に上げて歌わせよった」
「"MATURI ストゥジオからMATURI セッションを経て" 、何回もいいよった」

「市役所前(ミュージックシティ天神)のときより動く(ノル?)人が多かった」
というtomoに
「前のときはみんな戸惑っとった感じやったもんね。アルバム出たし、見るほうもこなれてきたって感じやないと?」と私。
「でも、ナンバーガールの時の曲のほうが盛り上がっとった。ザゼンでは"この曲でなんで盛り上がらんのん?って思うときもあったのに」

だそうで。

前から3列目で見たらしい。
開演前、ふと横を見たらいつもライブ会場で会うお嬢さんが!
tomoからしたらお姉さんですね。
54-71の時に会ったかたも来てたって。
あと白☆星も!

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まあ3人一緒に居たのかもしれないけどね。

2004年01月15日(木)



 

昨日仕事場に携帯を忘れた。
気づいたときには時間も遅かったのでそのまま携帯は仕事先に一泊した。
仕事をしだして初めてのことだった。
忘れかけたことはあったけれど、それは家に帰る途中だったり、一度取りに戻ったことはあったかな。

パソコンが常時接続になったのもあって、家に居るときにはあまり携帯を必要としなくなったのもあった。

10日以上音信のないひとのことが気になってメールをしようと携帯を探して、忘れてきたことに気づいた。
パソコンからでも送ることはできるのだけれど、相手は携帯なので、もし返信していただくときにも携帯のアドレスからのほうがいいかな、と思って明日にしようと思った。

とてもお世話になっているかた。
直接やりとりをするようになってから1年半が経つ。
私より少し年上で、最初はその子どもさんを知ってから繋がったのだけれど、彼女のほうははHPを見てらして3年近く前から私のことを知っていた。メールをいただいてからはお母さんとの繋がりが強くなった。
相談に乗ってもらったし、私の子どものことでも励ましていただいた。

電話でもずいぶん話をさせてもらった。こんなにメールの間隔があくことは無かった。

そこのお子さんが昨日亡くなったと聞いた。
闘病の末だった。
去年末から状態が悪かった。だけどきっと回復するって信じてた。
何度も危ない状態になって、彼はそれに克ってきたから。
今度もきっと乗り越えると思ってた。

でも、彼女から連絡がなかったら、「どうですか?」ってメール出すのが怖かった。
便りのないのは良い知らせだと思ってたのに。
夕方別な友人から訃報を聞いた。

笑顔の素敵な明るい子だった。
直接顔を合わせたのは数回ほどしかなかったけれど、いつも話を聞いていて、羨ましいくらいまぶしいって思ってた。
うちの子たちにはないものを持っていて、病気と闘いながらなおも強い生命力を放っていた。

この1年、ずっと死というものを考えていた。
彼のこと、自分のこと、親のこと。

死んだらすべて無くなっちゃうんじゃないと思う。

残されたものはつらいけど。
お父さん、お母さん、兄弟の気持ちを考えたら、とても堪らない気持ちになる。
愛するひとをなくした気持ちは計り知れないことと思います。

私はまだ現実を受け止め切れずにいます。
ずっと彼のことを考えている。
混乱した頭で書いちゃいけないと思いながらも、書くことで気持ちを落ち着かせようとしてるのかな。

なにもすることができない。
なにを言っても言葉が滑り落ちて行きそうで。

ありきたりな言葉にさえ抵抗感がある。

そういえば、昨日夢を見た。
その夢には、彼は出てこなかったけど、
彼のお兄さんが出てきた。
内容は忘れてしまったけれど、出てきたんです。

2004年01月14日(水)



 セッション

TV好きのkouhei(小学6年生)が新番組を見たがる。
別に見なくていいんだけどさー『ファイヤーボーイズ』
そしてその後の時間に『僕と彼女と彼女の生きる道』

先週あまりの可哀想さにチャンネルを切った。
断片的にしか見てなかったけど
離婚したいと子どもを置いて家を出る母親。
仕事人間でこれまで家庭をかえりみてなかったのに突然子育てまで背負って混乱する父親。
大人の事情でひとり放置される子ども・・・

もう可哀想で可哀想で痛々しくて。
「なんでこんなドラマ見らないかんのん?」
ってkouheiに言ったら
「いいやん、みんな見よっちゃもん!『僕の生きる道』もみんな見よったとよ!俺だけ見てなかったっちゃけん。見らんやったら会話噛み合わんやん」
と御託を抜かす。

おいおいおい。今どきの子どもはどーしちゃったっていうんだい?
「お前なー、お父さんが子どもの頃はアニメも見せてもらえんかったぜ!」
とsanちゃん。
「えっ!?そうなん?」
驚愕の表情のkouhei。

「ビックリするなよー、お母さんだって見せてもらってなかったよ」と私。
「だいたいがご飯食べるときにTVは消すのが常識やったんやけん」
「ええええっ!?TVが無かったら食卓が暗いやん」
「なにいいよんね?TVを消して、みんなで話をするのが晩御飯の食卓やん」

まあ、うちの食卓には平日父は居ないけどねー。

結局今週は絶対見る!と押し切られて『生きる道』を見る。
きっと、多分、回を追うごとに草薙くんは父親としての情に目覚めて行くんだろうけどさ。

見てたら、家族の食卓も、キャッチボールの経験もない役どころだった。
そうでなくても仕事人間の父親だったら、子どものことは母親任せなのに、"そんなのTVの中の作りごとですよね"って言うような人間に愛情は判るまい。

あーこりゃ親子愛は遠いな、って思ってたら、英語の家庭教師さんに
「教えてください。僕はまずなにをすれば良いんですか」と。
前向きな展開があってよかった。

けど、小雪ちゃん、他人の家の暗がりに立ってるなんて怖いよ!(笑)

草薙くんが父親になろうと最初にしたことは、ハーモニカのセッションだった。
キャッチボール、一緒に演奏、共有は基本ですか。
言葉じゃなくても心は通うてことかな。
横に座るんじゃなくて少し離れた後ろに座ったことで不器用さ、愛情をうまく表現できない様が見える描写だったね。
取り合えず光が見える終わりかたで安心。


15日にロゴスでZAZEN BOYS
まだチケットを買ってなくて今日tomoが買いに行きました。
へたするともう回収してるかな?って思ったんだけど、まだローソンチケットにあったらしい。
ロゴスは定員800ぐらい?

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福岡はやっぱりミュージシャンには辛い場所だなぁ。
バックホーンもまだ余ってるもんね。

2004年01月13日(火)



 pogo

今朝方は雨が降ったのだけれど、正月明けてから晴天が続いた。
お店でも「去年は寒かったし、インフルエンザでひどい目にあったよね〜」っておっしゃるかたが多い。

それに比べて今年は、だ。
そんな小春日和の日々だった。

朝、きらきらした日差しの中を自転車で通勤する。
そういえばすれ違う人の顔ぶれも多少変わったなあと思う。
中学校、小学校の脇を通るのだが、新学期前だというのに小さな男の子が通学途中のようだった。
ルーム(仕事をしている家庭のための放課後の教室)に向かっているのだと思う。

多分1年生。それも小さいほうだろう。男の子だ。
その子が横断歩道の脇でぴょんぴょん跳ねていた。
その動作は、定められた動きとは全く違う、体の中から湧き上がる衝動のように映った。
もちろんその子も、決められた時間を守って学校へ向かってはいるのだけど、通勤のために走る車や、道路工事の人たち、目的のみの動きをしている大人とは確実に違うなにかで動いていた。

その姿を見て、可愛らしいと思い、切ないと思う。
そしてその自由さに憧れる。
人目を気にすることなく、というよりも彼の中に人目という概念は無い。
子どもにとって、中心は自分なのだ。
そして意識しない限り周りは存在しない。
世界は自分と、自分が必要な親だとか友達だとか先生とか、それだけ。

そういやしたのこも、ついこないだまでそんな感じだったなぁ。
したのこは、我が家のなかではしゃべる類に入る。
勝手にしゃべってよく私とtomoから「うるさい!」と言われる。
歌を歌っていて、tomoから「歌うな」と言われたときに、
「だって歌ってしまうっちゃもん」と言った。

その単純に湧き上がる衝動。
大きくなるにつれて少なくなって、やがては消えていく衝動。

消えない者だけがなにかを生み出していけるのかな?
分別なんて創造には邪魔なのかもしれないな。

きらきら光る朝の日差しを自転車で走りながら、創造するひとのことを考えた。止むに止まれぬ衝動に突き動かされて出来上がる何か。
それは他人に強要されることでなく、他人を動かそうとすることでもなく。
だけれども見る人の心を強く動かす。

それは、もう、私にとって向こう側の世界なんだろうか?
思いを巡らす前に仕事場に着いた。

2004年01月07日(水)



 もう新しい歌はいらない

今日で休日は終わり。
したのこと父は今日から野球始め。うえのこは遊びに行った。私は寝てた(笑)
肩がいたいー。年末たくさん働いたツケか?
布団新しいのに変えてからかなぁ?
まえのめっちゃせんべいだったので、新しいの買ったのに、やわらかすぎるのかなぁ?結構固め買ったんだけど。

結局たくさん寝てたお正月でした。
夜寝るときに明日起きること心配しなくて良いことに幸せを感じる。
夜更かししても目覚ましで起きなくてもいいって思ったらなんにも用事ないのに起きていたくなる。
土曜も仕事、日曜はさらに早い時間に野球なので、私の辞書から朝寝の文字が消えた。
去年は熱出して寝込んでたから、朝寝って感じじゃなかったしね。
けど元日はやっぱり時間通りに目が覚めた。

が、次の日からは、慣れて(笑)朝寝。
今日は野球だったから6時半には目が覚めた。
なんだーたった3日だけの朝寝だったのね。

結局念願のチャットもできず、ネットに年始の挨拶も回れず今日になっちゃったなぁ。
でも夜はお酒を美味しく飲めたのでよしとしましょう。



で、いきなりマイナス思考なタイトルだけど、これは私が中学・高校ぐらいのときに好きだったアマチュアミュージシャン 秋吉恵介さんの曲のタイトル。
以前も書いたことあると思うけど、地元のアマチュアバンド出演ラジオとか 照和 とか出てらして、私はとっても惚れこんでたひと。

それは置いといてー。
新年だからってことで去年を振り返ってみた。
・・・が、去年聴いたのは、THE BACK HORN 『イキルサイノウ』 しか思い出さなかった・・・。
音楽は巷に流れているので、なにも聴かない日はないはずなんだけど、自分からそれを流した、何度も何度も聞きたくなったってのが、バックホーンだけしか思い出さなかった。

よくよく考えたら毎朝目覚ましCDでは54-71 『true men of non-doing』 THE JERRY LEE PHANTOM 『HIGH★SCHOOL★DISCO』 が流れてるや。

この三つはライブにも行った。

あとはナタリーワイズ 『フィルム・サイレンス』
これは結構聴いた。あとはスネオヘアーとかスキマスイッチとかキセルとかー。

そういやASIAN KUNG-FU GENERATIONも聴いたぞ。 『君繋ファイブエム』 ってアルバムに入ってる「君という花」はかなり好きだった。

もちろんSPARTA LOCALS 『セコンドファンファーレ』 も買ったんだけど・・・。
あ、「黄金WAVE」はそーとー好きでした。私内ベストテンにも確実に入ってる。世間的にもこのアルバムは評価されてるんでしょ?

で、結局SAPPUKEIとか聴いてて、やっぱ凄いなぁーとか思っちゃってる自分が居て、ムーンライダーズとかトーキングヘッズとか、学生の頃聴いてた曲を引っ張り出したり。

なんか、アルバム買って1年間飽きなかったジェリーリーファントムの『00.0MOVIE』とか何回も何回も聞き込んだスパルタローカルズのカセット『Golden Age』『PINK SONG』とか、
そんな風に熱中できる音楽に出会えないものか?
私が年取っちゃったからなのかなぁ?

そんな寂しい心に流れた歌

浮かんでは消える 泡のような
命短い 歌でしかないなら
もう新しい 歌はいらない


作り手の側から書いた歌詞だろうが、音楽が溢れてる毎日には長く心に残る曲は出てきにくいよね。
だからって、『いらない』なんて思ってないよ。
今すり抜けちゃってる曲だって、20年後にまた繰り返し聴きたくなるかもしれないし。
今年も心躍る曲に巡り逢いたいなあ、と痛烈に思います。

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私内ベストは誰? なんて、 書くまでも無かったですね(笑)

2004年01月04日(日)



 検索機能が付きました

2004年になりました。あけましておめでとうございます。
掲示板に遊びに来てくださったかた、こんな途切れ途切れな日記を見てくださったかた、どうもありがとうゴザイマス。

お借りしている日記サイト「エンピツ」が新しくなって、検索機能が付きました。

たとえば、『SPARTA』で検索したときと『スパルタ』では違いますね。
カタカナ表記のほうが多いのね。

多分スパルタローカルズとバックホーンが多いと思う、私の日記。

今年はどうなることでしょう?
今年は、もう少し書けると良いなと思います・・・。

今年もよろしく。



2004年01月01日(木)



 なんとかペンタゴンから転がる我が家の音楽事情 

結局私もちょっと熱を出す。tomoは今日も欠席。
もうインフルエンザ?と思ったけど違いました。

最近楽しみに(?)してるネットのCDレビューがある。
あの(どの?)『なんとかペンタゴン』(誰!?)のかたが書いてらっしゃる
「CDは株券ではない-菊地成孔の今月のレビュー&売上予想」 
知的な皮肉に溢れた文章が素晴らしい。
そこにタイムリーに椎名林檎嬢のことが書かれてあったのでtomoに見せる。
笑いをまじえてつらつらと読んだ後にtomo
戸川純 って誰?」
菊地なにがしさんは戸川純をお好きだったと書かれてある。

ゲルニカGUERNICA IN MEMORIA...ってのをやっていてー。昭和的な歌を歌ったりー、ニューウェーヴ時代のー、パンクで芝居がかってて・・・」
ええい面倒くさい!
"百聞は一見にしかず!"ってんでビデオを見せることに。
つーか問われたら出てくる恐ろしさ(笑)←笑うところ

個人的には追っかけた記憶はないのですが、周りに居たんですよねー熱狂的にお好きな方が。
でも見たのはヤプーズで、p-model平沢進がギター弾いてるやつ。
あっ、「夢で逢えたら」だっけ?ウッチャンナンチャン・ダウンタウンが出てたTV番組の「バッハスタジオ」出演のときのもあります、ビデオ。
なんかレギュラー陣が毎回ゲストの曲を演奏とかすんだっけ?


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だよね。
って、イマドキのワカモノは誰も知らないかー。

2003年12月05日(金)
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