寺本写真館職員日報
寺本写真館

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■ き、貴様っ!

今日は朝からJR桜島線に乗ってきました。
寺本の2人で。

え?
何処に行ってきたかだって?

そりゃあさ、確かに痛いよ。
だって男2人でものすごい派手なスパイダーマン列車に乗ってたんだもん。
周囲の乗客の目線がイタイイタイ。


いやいや、USJじゃないから。

行き先は、終点「桜島駅」。
そこからさらにバスに乗って、舞州へ。
そこにあるのが今日の目的地、舞州アリーナです。

今日はね、陸上自衛隊の音楽祭だったんです。
実は、寺本は自衛隊と縁があるんです。
寺田の親戚は自衛隊にいますし、本田の高校時代の友人も自衛隊にいるんです。
…枚方まつりでも毎年お世話になってますしー。

そんなこんなで今回は、本田の友人の誘いでチケットが手に入ったんですわ。

それはそうと今回は2人とも着く前からワクワクでした。
だってさ。チケットの裏にある注意書きに
入場の際にはボディチェックをさせていただきます
って書いてあるんだもの!
一体どんなことになるんだと、もう大・興・奮。

いざ着いてみると、思った以上の人の列。
さっそくネタの匂いがぷんぷんします!
ほとんどはいいお年の人たちでしたが、中には
制服姿の女子高生やカップルの姿が。

一体どういうことだとあれこれ考えながら、待ちに待った入場。
わくわくわくわくわくわくわくわく
・・・
・・・
…
えー、持ち物検査だけかよー。(がっくり)
しかしここは寺田氏の腕の見せ所。
検査の際は、もちろん検査役の自衛官を笑わせていましたがな。

そして着席。
なんと前から3列目のセンター。
はっきり言って特等席です。

しかしなんとも目に付くのは、警備が多い!
いや、正確に言うと、広報も会場案内も設営も受け付けもみんな迷彩服だから、みんな警備に見えてしゃーない!
極めつけは白ヘルメットをかぶった通称「危険物処理班」
きっと彼らが僕らの安全を守ってくれるのだろうと、勝手に命名(笑)

そんな心落ち着かない会場で、しまわれたままのカメラ。
そう、実は会場内は撮影禁止だったんです!
いや、本田の友人は「撮っても大丈夫だって」というんですが、どうかんがえても
「貴様ら!何をしている!」
といいながら連行されてしまうと思い、ここは躊躇しました。

11時に音楽祭は始まったのですが、内容はもう迫力満点。
各地の師団の演奏あり、
いろんな太鼓の生演奏あり、
本物の空砲を撃ったり、
パイレーツのチアリーディングあり、
生・小倉優子あり。
も、もう迫力満点。

いやー、みなさん背筋が綺麗ですなー。
ほんだ的には太鼓がとても感動。
ほんまかっこよかったー。

そして満喫した後は、会場周辺をうろうろ。
もちろんちょこちょこと写真をとりながらね。
バスの混雑解消を待ちながら、
自衛隊の車を「軍の車」と呼んでみたり、
なにかと誘導係の自衛官の近くで何回も「日本陸軍」と言って見たり。
いつ「貴様っ!」と叫ばれて、強制連行されるかハラハラしました。

…。
そんな楽しい一日に、ガクガク(((゜Д゜;)))ブルブルな出来事が。
それは帰りの環状線でのこと。
何事も無く座りながら電車に揺られていると寺田氏が一言。
「ヤバイ、撮られてる。」
は?
「前、前。」
…そこには
あきらかに携帯カメラをこっちに向ける怪しいおばさんが。

ヒーっ!

もう寺本笑うしかありません。
数分間の複雑な沈黙。

2人であれこれと考えた結果、
自衛隊まつりで怪しい行動をとっていた寺本を国家権力が監視しているのだ
という結論に到達。

なにはともあれ。
楽しい一日でした。

追記:
そんなことばっかりで盛り上がっていたから、今日の家庭教師を一時間も遅刻してもーたやーん!
…こ、これも国家権力の陰謀か。。。

ほんだ

2004年02月21日(土)

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■ 1年。

去年の今ごろ、寺本は天橋立に行っていました。
今年はどこに遠征するのでしょうか。
「寺本、ニシヘヒガシヘ。」
乞うご期待。

で。
最近写真を撮りたくても、撮る機会や撮る対称が見つからなくて困っています。
なんとも風景というのは、どれも似たり寄ったりになってしまいそうでねぇ。
むむむむ、と考えているうちに今日もまた日が暮れました。
(もう2ヶ月この調子。)

どっかいい場所ない?
街の風景、村の風景、近代の風景、古風な風景。
特に近畿地方の情報を求む!

そんな今期2度目の大阪留守番隊・ほんだでした。

2004年02月18日(水)

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■ 去り行く君へ。

もうおまえの姿を見ることはできないんだ。

正直。
最初は、あんまりいい印象じゃなかった。
でも、何度か会ううちに、どんどん変わっていった印象。
気づいた時には、毎日のように会ってたな。

去年の夏は、本当におまえが支えだった。
おまえを前に延々と愚痴を言った日もあった。
この先の展望を深夜まで喋った日もあった。

でも夏が過ぎると、俺らの合う頻度は次第に減っていった。
でも忘れたわけじゃ無かった。
まだいつでも会えると信じていたから。

そんな時、急に訪れた別れ。

それからもう一週間が経とうしている。
でも、まだあの場所に行ったらおまえに会えるような、そんな気がして仕方がないんだ。
おまえがそこで待っているような気がしてならないんだ。

また、かえっておいで。
きっと、かえっておいで。

みんな喜んで迎えてくれるから。
日本中で、喜んで迎えてくれるから。




国民食「牛丼」にささぐ。

ほんだs

2004年02月17日(火)
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