セピア色の思ひ出
目次|未来
| 2002年11月30日(土) |
**私の忘れた時代** |
昨日の日記を完筆しましたので、もし途中の方がいらっしゃいましたらご覧下さいm(__)m
今夜は家庭教師のバイトへ行ってきた。
二時間はお勉強で、その後は類にもれることなく、もう二時間、中一の香織ちゃん(仮名)と楽しいトークタイム。
家庭教師は週一だけれど、日本料理屋は週四。 普段、どうしようもない大人(?!)を多くみている私にとって、 週に一度、無垢そのものといった中一の女の子に会えるのはなんだかとっても嬉しくなる。
勉強が終わると、中学校の話を沢山聞いた。
給食の話(懐!)
友達の消しゴムにその子の好きな人の名前を書いてあるのを見てしまって、もうそのおまじないは効かなくなってしまったんだという話。
友達が授業中に机に覆い被さるようにしてノートに何かを書いていたので、気になって覗いてみたら、そのノートには紙面いっぱいにその子自信と、好きな男の子の相合傘がおっきく書かれていた話。
などなど。 私から見ると、かわいくって思わず微笑んでしまう内容ばかり。
お返しに、私は実家での自分の幼少時代の小話を少々|電柱|ー ̄)ニヤリ
保育園の頃。 秋、おやつの時間の前にスミレ組(私の年長さんの頃の組の名)のみんなで 田んぼ道へ繰り出し、みんなそれぞれイナゴを捕まえて保育園へ戻り、 その日のおやつはイナゴの佃煮を食べたんだ、という話。(普段は普通のおやつでしたヨ)
小学生の頃。 肺炎にかかっていたのに、小児科ではただの風邪だと誤診され、 その頃から医者への不信感が募っているという話。
中学生の頃、体育館の裏側に自分の相合傘が書かれていたが、相手の男の人は知らない人物だった、という話。 などなど。
香織ちゃんの話を聞いて、また、自分の昔の話をしていたら、義務教育時代がとっても懐かしくなってしまった。
人間は歳を重ねるに連れて、頭に色んな情報を蓄える。 必要なことも、知らなくてよい事も。
けれど、例え情報が多くなくても、大事なことだけを心に留めていられれば 歳を重ねる必要はないんだ。
私はここ数年、知らなくてもよいようなことばかり頭に溜めている気がする。 頭の中には不純物ばかり溜まっているのではないだろうか…。 たまには頭の中にろ紙を設置して、スッキリ「ろ過」してみるのもいいかもね◎
バイトが延び、御前様になってしまった。
日本料理屋。
私は座敷係という役目。 レストランでいうウェイトレスの仕事なのだけど、 着物を着て料理を運んだり、お酒をおつぎする。 そして、店内は全室座敷なのだが、仕事がないときは座敷の隅で正座をしていなくてはならない。 でも、お客様に勧められた場合、料理やお酒が少し口にできる。 (私はお酒はあまり飲まないけれど) お客さまによっては沢山食べ物を勧めてくれ、たらふく食べられることも… (*注:怪しいお店ではありません)
昨日私が付いたお部屋は二部屋。 最初の部屋は、会社は分からないけど、これまた皆様大会社の上役ばかり、六人。 (基本的にこのお店は年収一千万以上の方が多く見える)
そしてそこにいらした一番偉そうな方がこうおっしゃっていた。 「年収二千万以上だと浮気ができて、 三千万だと愛人が作れる。 そして四千万円だとカコエル。」 と。
う〜ん・・・浮気するのと愛人を作るのは何が違うのかよく分からなかったし、 カコエルの意味もはっきりと掴めていない私(汗) でも、なんだかうなずいてた。 というか、お金がある人はみんな浮気してる、みたいなニュアンスがあって、 チョットこわい言葉だなぁと苦笑い。
しかし、いい年の男性はお酒が入るとすごい。 内容の殆どは仕事のことだけれど、下ネタと駄洒落が出るわ出るわ。 しかも、たまに話を振られると、ホント参ってしまう(+o+)
ワタシハシモネタ、ダメナノネェ。
最初の部屋のお客様が帰られた後は、 常連さんらしきどこかの会社の会長さんと、その部下二名、というお部屋へ。 この会長さん、気難しい方で、こちらはもう辟易でした(トホホ)
けれど、フグ雑炊とボージョレ・ヌーボーがいただけ、 ワインはよくわからないけど、雑炊は美味しかったo(^^o)(o^^)o
会長さん(推定50歳)はまず、自分の身に付けている装飾品の自慢話から始めた。 次は二十歳下の奥さんと生後四ヶ月の娘の自慢。 とにかく、自慢話。 う〜ん、とにかくずっと苦笑いを浮かべてしまいました。私。
そして、「浮気は男の甲斐性」と言うけれど、 この会長さんも、ご家族を大切にしていそうな割には、 女遊びの話もかなりしていた。 まったく、男ってぇやつは。としみじみ感じちゃった。 そして、なんだか悲しくなった。
今日のバイトの結論: 世の中、愛が一番!金より愛だ!という人は お金持ち、または出世頭との結婚はやめましょう…。
昨日はバイトから帰宅したのが23時。 そのあと、なんだかんだで就寝が25時半になってしまい、 五時間半くらいしか眠れなかった。
私の適正睡眠時間は八時間半。 ん〜。よって、今日はかなり眠たげな自分。
一般的には、人間は1.5時間の倍数の睡眠時間が一番いいと言われているけれど でも実際はそんなこともないらしく、適正睡眠時間は人によって様々。
昔は、六時間睡眠がいいと聞いてそれを信じ、実行していたけど 結局自分の体内時計には合わなかった。
三〜四時間睡眠でも平気というナポレオンばりのタフな人もいれば、 かの有名な天才物理学者、アインシュタインは十時間眠らなければ 翌日普通に生活することができなかったという。
睡眠って、本当に大事だ。脳の働きは睡眠によって支配されているかのよう。
そう言えば私の知る有名な学者達は、皆、規則正しい生活を送っている。 例えば、サイエンス雑誌「Newton」の編集長である東大名誉教授の竹内 均氏は、 21時に就寝、早朝4時起床、という生活リズムを小学生の頃から崩したことがないという。 彼は現在八十歳を超えられているから、70年近く同じ生活を営んできた。 その規則正しい生活が脳に好影響をもたらしたのだろうか。 事実、彼は地球物理学において、一つの歴史を築いてこられた。
だとしたら、私も規則正しい生活を是非実践したい! …と意気込むものの、現代人にはムツカシイことのように感じられてしまう。
何かを犠牲にしないと(アルバイトだったり、アルバイトだったり、アルバイトだったり)規則正しい生活は中々実践できないカナァ…
| 2002年11月26日(火) |
**ショ〜ックな一日** |
トイレで、便器の中に、ピルを一粒落としました………
学校で、私は度々トイレの個室でピルを飲んじゃってます。 なんだか普通に飲むのは、微妙に恥じらいを含みますゆえ(照) でも、ついに今日、恐れていたことがおこってしまった…!Σ( ̄ロ ̄lll)
今日一日、どうもぼ〜っとしていた私。そのせいかとっても厄日。
学校の図書館で館外持ち出し禁止の本を閲覧し、その後何を思ったか自分のバックにそれを入れて帰ろうとしてしまいました―(T_T)→ すると、図書館を出る際、出口のところでビービーと音が鳴り響き、(書物を無断持ち出ししようとすると、警告音が鳴るシステムなのです)カウンターのおじさんに謝って、恥ずかしいのなんの。
チョットしょんぼりo( _ _ )o
しかも今日は偶然私の時間割の授業が全て休講になっており… それを一つも知らず、朝一に学校へ出向いた私。
ん〜しっかりしようね、自分!o(・_・)○☆
日本料理屋さんでのアルバイト初日(/--)/ 仕事場でニューフェイスの私としては、やや恐縮気味にお仕事をして参りました。
仕事内容は主にお客様にお料理をお出しすることなのだけど… 必要とあらば、お酒をおつぎしたり。 面接の時から驚いていたのだけど、そこはかなり高級なお店のようで。 予約されているお客様は、取引先との接待だとか、社長さんどうしの食事会だとか、弁護士さんの集団だとか… ちょっと最初の想像とかけ離れて…というか、私の住んでいる一般階級とは全く次元の違うようなお客様が見えられるので、初日から緊張しっぱなしの私でした…。
正直、仕事で着物がきられるという軽い考えで始めてしまったのだけど、 ええぃ!もうやってしまえ!というわけで、明日も行ってまいります(-∧-)ナムー
| 2002年11月24日(日) |
**日曜日のお約束** |
日曜の夕刻は、「笑点」「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」の三本柱はかかせない。 それは、小学生の頃からの習慣で。
この三本の番組に共通して言えるのは、「笑い」がある、ということ。 そして、どことなく懐かしさを感じることができる。
「笑点」 放送開始当時からほぼ変わらないメンバー達。 幼い頃から、彼らには笑わされ、時には考えさせられ、寄席の素晴らしさを学ばせていただいてきた。(実際には生の寄席は一度しか行ったことがないけれど(汗)) そして、普段寄席に行くことができない人たちでも、日曜の夕刻、テレビのスイッチをぽっちと押すと誰でも見ることができる。 生の雰囲気を体験することはできなくても、日本の伝統を少しでも感じられる。
生の寄席、見に行ってみようかな?
「ちびまる子ちゃん」&「サザエさん」 この両者は、一昔前の日本を感じさせてくれる。 女性が社会進出することがまだ当たり前ではなかった時代。 だから、まるちゃんのお母さんも、サザエさんも家事を専門とする。 核家族でもなく、大家族。
私の実家も、母は働いていたけれど、祖父母と一緒に暮らしていたから、あの雰囲気がちょっと分かる。(小さい頃は曾祖父母も存命だった) 今日、まるちゃんが友蔵(?)さんと一緒に寝たように、私も祖母とよく一緒に寝ていた。 私が一歳の頃に灼熱のお風呂に落ちて大火傷を負った時、最初に駆け付けて私を助けてくれたのは、曽祖母だった。
家族はみんな繋がってる。 ちびまる子ちゃんと、サザエさんは、東京で二人暮しをしている妹と私に、そんな家族の温かさを、笑いと一緒に届けてくれる。 私はこれからも、そんな温かさを求めてこの番組を見ていく。
大学出たら、実家に戻ろうかな?
| 2002年11月23日(土) |
**一年で一番大切な日** |
彼と付き合い始めて、まる二年を迎えました。
出会って四年半。 仲良くなって二年半。 付き合い始めて二年。
元々、近くの高校で同じ陸上をしていた先輩と後輩の間柄だった。 私の地元では、市内の高校の陸上部は皆、市営の陸上競技場で毎日練習していた。 私が高二になった頃、彼は一年生の新入部員として、その競技場にやってきたのが最初の出会いだった。
高校の頃は、彼とは毎日その競技場で顔を合わせていたけれど、当時はあまり会話を交わしたこともないほど薄い関係だった。 ただ、私の高校と彼の高校の部員はみんな仲が良かったから、週末になるとよく団体でカラオケなんかに行ったりして、年齢・性別関係なくぎゃぎゃー騒いで。 みんなでつるんだあの頃。すごく楽しかったな…。 そして当時は、彼はつるんでる仲間の一人、っていう感覚しかなかった。
それが、私が高校を卒業して上京した年の六月、突然彼(当時高三)からメールが来たんだ。 そのメールが全ての始まりだった。 内容は他愛のないものだった気がするけど、とにかくそれから全てが動き出した。
それからまもなく電話をするようになり、夏休みに私が帰省した際には会ったりして、私は彼にどんどん惹かれていった。 そして彼に告白したのが二年前の今日。 彼は地元に、私は東京にそれぞれいたから、電話での告白だった。
あれから二年、いろいろあった。 でも一番嬉しかったのは、彼が、病気を含め私のこと全てを受け入れてくれたこと。
私が病気になったのは付き合い始めて1ヵ月後のことだった。 年末年始に実家に帰省していた際の、突然の発病。 急遽、地元の大学病院に入院することになった。 そして、自分がいわゆる「難病」に…しかも二つも…かかったことが分かって、 一番最初に思ったことは、病気を背負った私と付き合ってゆくことで彼に迷惑をかけてしまうのではないか、ということだった。 だから私は彼に別れ話を何回も何回も持ち出した。
でも私の病気は問題ではない、それよりも病気のことを二人で一緒に考えてゆくのが、付き合ってゆくってことなんじゃないかな…彼はそう言ってくれたんだ。 そして入院していた二ヶ月間ほとんど毎日、彼は足しげく病院へ通ってくれ、私を励ましてくれた。 病気になり、入院し、彼からの気持ちがとても伝わってきた毎日だった。
あれから二年、私たちはまだ遠距離恋愛中。 彼は今、地元で二浪しちゃってるんです。 けれど、それももうすぐ終わりになる(はず) 来年の四月になれば彼は東京の大学へ来る(はず)
彼は今度の受験に全てをかけている。だから勉強一筋。 今は一日2〜3回のメールと、月に三回の電話のみの関係。 それでも私は一日に何度も彼のことを考える。 そして静かに彼を待つ。 それだけが、今の私が彼にできること。
| 2002年11月22日(金) |
**初めての家庭教師** |
今日から家庭教師のアルバイトがスタートした。
ご近所の家なので徒歩で行く。 生徒さんの家は、住宅街の少し入り組んだところにあったのでやや道に迷いながらも何とか到着!!
ちょっと緊張してインターホンを押す私。 すると、お母さんが出ていらした。
両者、やや緊張モードの初対面。 形式的な挨拶をしていると、二階から生徒の女の子(仮名:香織ちゃん)が降りてきた。 次は香織ちゃんとご挨拶。 そして二階の香織ちゃんの部屋へ。
香織ちゃんは中一の女の子。 部屋にはカミセンのポスターが!若いナァ。
来週は中学での定期試験があるので、今日は初回だったけれど大忙し。 私の受け持ちは「英・数・国」だけれど、今日は五教科の要点を全て網羅する授業を展開。 数学→方程式 国語→故事成語 英語→I my me mine の表の暗記 歴史→飛鳥時代〜平安時代 理科(一分野)→圧力、音
理科ではまず、「一分野」という響きに懐かしさを痛感!
香織ちゃんは物分りのよい子で、とてもスムーズに教えることができた。 指導時間は二時間だったのだけれど、指導時間が終わった後はプラス二時間香織ちゃんとお母さんと三人で世間話をして、ちょっとくつろぐ。 そして、何故かお母さんととっても仲良くなっちゃた私。 初回の人間関係は二重マルでした◎
香織ちゃん、テスト頑張れよぅ〜!
| 2002年11月21日(木) |
**一日の始まり** |
今日、朝起きてまずしたこと
⇒足のツボオシ。
現代人は疲れているのですね◎
| 2002年11月20日(水) |
*アルバイト決定〜!* |
今日面接に行って、日本料理屋さんの座敷係のアルバイトとってきました◎ (^^)(^^ )(^ )( )( )( ^)( ^^)(^^) ワーイ!!
時給も1200円と、中々のもの◎ 来週の月曜日から出勤です。 着物を着ます!(着せてもらいます(汗))
でも面接の際の仕事の説明で、 お客さんのお酒をついだりしなくてはならないというのを聞いて、 その行為は微妙にキャバクラチック????!!!と小心者の私は考えっちゃったのだけど、よく考えたらそんなことないですよね?ね? だって、外観は普通のお店ですから。。。
とにかくとにかく、頑張るぞ〜!
| 2002年11月19日(火) |
*アルバイト、ダメでした…ょぉ* |
先週面接に行った病院のアルバイト、不採用の電話がきてしまったょ…。 原因は、私の病気のせいだ。
面接をしてから数日連絡がこなかったから半分は諦めていたのだけど、 それでも毎日電話の前にメモ用紙とペンを用意して待っていたんだ…。 いつでも電話がきて、出勤時の詳細をメモれるようにって。 でも、いざ電話がきてとってみると、メモなんていらなかったなぁ…
電話をとった瞬間、先方の人事担当の方が言いにくそうに、そしてすまなそうに切り出したから、結果は即座にわかった。 人事の方は私の体を一番に考えての結論だ、と言っていたけれど、 でも実際、病気だと告げられたら雇う気はしないだろうなぁ。 私が雇う側でもそう思ってしまうだろう。
せっかく診断書とってきたのにな。 三千円もしたのにな(そういう問題ではないけれど)
自分の力不足で不採用が決まったのならまだ諦めがつくかもしれない。 でも、病気が理由だとどうも切ない。やりきれない。 私の病気は治らないもの。どうしようもできない…。
私は病人だけど、でも症状はすごく軽いし、体力には自信があった。 高校の頃は陸上の県大会で2位だったこともある。 でも、病人が「体力あります!」って言っても真実味がないんだろうなぁ。
というわけで、いつまでもメソメソしててもラチがあかないので、さっそく次のアルバイトのことを考えた。 次は日本料理のお店で、明日面接でぃ!
| 2002年11月17日(日) |
*金正日の髪の毛・マイケル・ジャクソンの顔面* |
金正日の髪は、植毛かカツラらしい…
と、テレビでやっていた(サンデージャポンだっけ?) だからどうした!という話なのだが。
去年の映像では、明らかにてっぺんに二箇所、肌が露出していた部分があったはずなのに、今はフサフサ。 いやぁ、映像って恐ろしい「(≧ロ≦)
ちなみに、あの作業服のようなベージュのジャンパー、 あれは彼の美的センスによりコーディネートされているらしい。 なんでも、TPOにあわせて15着ほどを着まわしているんだとか (おぉ 私はてっきり一着しか持っていないんだと思っていた。 しかも、タプタプのお腹がより際立って実にみぐさい<方言→みっともない
マイケルジャクソンの顔にもビックリしてしまった。 法廷の場で、素顔をあらわしたマイケル。 度重なる整形手術のために鼻はよじれ、口も原型を失っていた。 遺伝子組み替え食物もそうだけど、やっぱり天から授かった姿かたちが一番だ! と、マイケルをみて妙に納得させられてしまったshihoなのでした(@_@)
今、ホームページをアップロードしました。 もしこの日記をお読みになった方は是非訪れてみてください(’-’*) そして、足跡残してくださいね〜(* ̄Θ ̄*)
まだまだできていないコンテンツがたくさんなのですが…。 本当はこんな中途半端なことはやっちゃいけないんだろうけど はやる気持ちを抑えられなくてアップロードしちゃいました(汗)
これからもっともっと充実させてゆきマッスル! よろしくデス。
家庭教師をすることになった。
お相手はすぐ近所の、二丁目に住んでいる中一の女の子。(私は一丁目に住んでいる) 高校の頃から、進学したら家庭教唆をするぞ〜!っていきがっていたので、 今その夢が叶って嬉しいな♪
来週から、週一で指導するのだけど、 問題は生徒とのコミュニケーションもさることながら「親」とのコミュニケーションだ。 家庭教師をつけるくらいだから、多少は教育的であるはず…… その親とうまくやり、尚且つ生徒さんの成績向上に一役買わねばならない。
ん〜がんばるぞぃ!
今日、現金書留で給料が届いた♪
私もこの二ヶ月間、何もしていなかったわけではなくて…。 実は先月、塾の受付のバイトを二日間したのでした。 しかし、その受付の場所というのが窓際にあり、日光過敏の私は仕事をすることができないので、たった二回の勤務で辞めることになってしまった。
というわけで、その二回分のお給料が今日届いたの♪ ん〜久しぶりにみた自分のお金♪
あぁ…早く新しいアルバイトにつきたひ…
| 2002年11月13日(水) |
*私が今の学校へ入学した理由* |
私は今、某私立大学で法律を学んでいる一年生。 しかし、今年の受験期まではバリバリの理系だったのです。 しかも女の子が極端に少ない、理学部の物理科が私の志望だった。
でも…やっぱり日光過敏を持っている私には、 普通の学校生活はリスクが高すぎた…らしい。 昼間の教室は充分なほど日光が降り注いでくるのだもの。
そんなわけで一時期は進学を諦めてしまったのだけど、でも、今の大学はまだ新しくて 全教室にブラインドが設置されており、しかも地下の施設も充実しているものだから、 日光過敏の私でも何とか普通に学園生活を送れるだろう…。 そう踏んで、今の大学を受験した。 理由はそれだけだ。 紫外線から逃れるため。
でもやっぱり、自分の行きたい大学に入れなかったことは今でも時々悔やまれる。 しかも今とは全く別の学問なのだもの。
そして、自分が全く興味のなかった法律を学んでいることを 疑問に思うことすらあるんだ。 本当にこれでいいのかな?って。
でも、乗りかかった船だ。 もうどうしようもない。 私は、頑張るしかないんだ。
前のアルバイトを辞めてからニヵ月半が経った。 その間、無収入(悲) 親からの仕送りがあるから、生活は人並みにしているけれど、 でも交際費や服、靴、バックなどのお金は 自分のお金から支払うのが私のポリシー。 でもお金がないから服が買えないよぅ…。服が買いたいよぅ…。
これからどんどん寒くなるから、厚手の上着やニットやブーツ、マフラー、 それから私は日光過敏症だから冬物のかわいい帽子だって欲しい!
ん〜!アルバイトをしなくっちゃ! でも、昨日の日記にも書いた通り、中々すんなりと決まりそうになく… 取り敢えず明日医師の診断書を貰いに行く所存でございます(礼)
今日、家庭教師のアルバイトの登録をした。 とにかく、これから働きまくるのだ〜!
先日大学の掲示板でアルバイトを探していたら、 某大学病院の看護アシスタントというバイトを見つけた。
仕事内容は主に病棟の患者さんのお世話。 食事の配退膳、患者さんの車椅子での搬送等等。
私は昨年地元の大学病院に二ヶ月ほど入院していて 病棟の看護婦さんたちの仕事を見ていたから、仕事の雰囲気は大体つかめる。
というわけで、ちょうど二ヶ月バイトを何もしていなかったから その大学病院でアルバイトをすることにした。
そんなこんなで、本日は面接を受けてきた。 でも、内容はすんなりいってはくれなかった。。。 わたしはシェーグレン症候群という疾患を患っていてその症状の中に 「日光過敏」→紫外線を浴びることができない→日中外へ出られない (紫外線を浴びると直ちに皮膚が赤くなり、更に長時間浴び続けると火脹れになる) というものがあるためだ。 勤務では、建物間の移動のために外へ出ることもあるという。 また、病室の中には窓を通して多少光が入ってくる。 なので、主治医にバイトの許可を得、更に診断書をもらってから 再度面接、ということになった。
う〜ん…しかし私の主治医の専門は「血液」だ。 (私は再生不良性貧血という、骨髄の病気も患っているのです。) でも今回の論点は「紫外線」。どちらかというと皮膚科寄り。 だから、主治医に紫外線の話をして分かるのかなぁ・・・ いや、分からないだろうなぁ・・・
でもアルバイトはしたいし… とりあえず明後日は主治医の外来診察日だから一応病院へ行って話してみよう… というか、主治医に相談しなくてもバイトはできると思うのだけどナァ…。
つい先日も、決まりそうだったバイトが日光過敏のために辞退することになったばっかり。日光過敏になってから、私の人生は狭められたものになってしまったょ…
この歳になっても、NHKの週間子供ニュースをよくみます。。(vv )
理由その� .縫紂璽垢硫鮴發�分かりやすく丁寧で、面白いから。 理由その�◆ ^貊鬼屬離縫紂璽垢�一度に分かるから。 理由その�� 土曜の夕方は毎週家にいるから。
そして最後に…お天気おじさんこと、気象予報士の渡辺さんのファンだから!
昨日もプリチーでした(><)好感度抜群!? 蛙の着ぐるみを着た渡辺さん。 蛙言葉(語尾に「ケロ」をつける)で年輪の説明をする渡部さん。 本人も楽しんでるそうで、いやぁいいです、渡辺さん!
つい先日も改めて思ったことなのだけど、いくらなんでも今の世の中暗いニュースが多すぎる。 二日前、各局(テレ東以外)ニュース番組を放映する18時代。 ふとテレビのスイッチを入れると…ヤミ金融業者の特集、残酷な事件のクローズアップのコーナーなど、どの局のチャンネルを回しても胸がむかむかする、いかにも不況が背景にある内容ばかりで、結局犬猫病院緊急二十四時(?!)の特集をみることになった。
でもこんな時代でもお天気おじさんのような、心をのほほ〜んとさせてくれる癒し系の存在は本当に重要!
来週はどんな着ぐるみを着用されるか楽しみにしています、渡辺さん(# v。v)o
| 2002年11月07日(木) |
*友人へ、リスペクト!!* |
地元から遠く離れた、T県の国立大学へと進学した友人と久し振りにメールをした。 彼は、腹を割って話ができる、高校時代からの異性の友人だ。
お互い高校を卒業してから第一志望の大学へ進学することができなかったから、最初の頃は、二人して今の学校をやめて再受験をしようという内容のメールをほぼ毎日していた。 そして私は一年で当時通っていた学校を辞めて、今年から再び「一年生」をしている。 方や彼は、そのままT大学に残り一生懸命勉学に励んで今では主席の地位を獲得するまでになった。彼は大学へ入りなおすことではなく、志望の大学院へ入ることで夢を叶えることを選んだのだ。
主席である彼は、勿論教授にも一目置かれている存在。だから、院への推薦はバッチリ◎というわけだ。東大の院を狙っているという話も聞いた。彼には是非頑張ってほしいな…。
学歴社会が浸透している日本では、大学ってある意味将来を左右する場所。 そんな世の中でも、ただ学歴のためだけではなく自分のやりたいことを追いかけて勉強をする。そんな彼を応援してゆきたい。
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