かっしーのつぶやき
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| 2007年06月30日(土) |
気がつけば夏至も過ぎけり終電車 |
なんかそんな今日この頃>標題 サービス残業午前様コースが3週間以上続いているので伊●園の缶の裏レベルまで人格が落ちてます、すみません(苦笑
TV版の「地球へ…」すら周回ならぬ週回遅れくらいでなんとか見こなして行くのが精一杯な日々です。 今日やっと先週の見ました。でも、子供に帰っちゃったサム・ヒューが♪かみんほーむ、とぅーてーらー♪と口ずさんでいるのを聞いてももはや驚いたり怒ったりする気力もない…
あー、あと「モビー・ディック」ね。「ミュウの白鯨」ね。 …昔そういうネタ、『OUT』のアニパロ投稿欄で見たことあるよ俺…(遠い目)
♪ふらーいとぅーざむー、あこがれへとびーたーてー、ふらーいとぅーざむー、きーみーは、とべーるんだー♪ 「きみは自分でここまで昇った!きみがミュウだという証拠だ」
…。
そういういろんなSFやアニメのパロディの愛らしい散りばめ方(きっと私が気付いていない「お遊び」が他にも沢山あるんだろう)や、ジルベスター7改めナスカのエピソードの改変の数々を見るにつけても、なんというか、TV版スタッフはもしかしたら私が思っているよりもずっとずっと心がまっすぐで優しいひとたちがおおいのかな、なんてふと思ってみたり。 原作の『地球へ…』って、本当に冷徹で熱く鋭いお話だから。 TV版は、あんまりおっかないお話には、したくないのかな、なんて。
それはそれでいいと思うよ。 何をもってオリジナルとするのか、ってのはそれだけ難しい問題なんだと思うし。 私だとて木の股から生まれて独りで生きてきたわけじゃないから、自分の有機的な身体も人生の記憶も自分の完全なオリジナルだなんて言い張れないし。
なんにせよ、TV版のエラ女史の 「仕方のない選択。…誰もが疲れていたわ…」 って台詞がなんか心に堪えてしまった私に、もはや反駁の気勢は残っていない…。
…。
あっ、でもひとつだけ!(残ってたよ>反駁の気勢)
おヤエさんはあんなミニスカは履かんのじゃないかと小一時間! 60年代テイストで履かせたと解釈するにしても、じゃあ体型はもっと可愛短くミドル昭和女子的ベティさん足風なほうがよかったんじゃないかと小一時間! 顔だけおヤエさんで首から下は今風フィギュア体型なのでなんか変なアイコラみたいでキモチ悪かったよう、しくしく
20年後の宿泊学習。(…小説のタイトルにはあんまりなれそうもないなあ…)
ここ何週間かずっと仕事で残業続きで、6月入ってからは9時前に退社した日がない&2週目からはほぼ毎日日付が変わってから帰宅、という日々を送っていたので、疲労度はげしく上昇中のこの時期に温泉つきの旅行をいれておいたのはほんとうによかったようなきがします…(バタリ) そういう状況だったので酔い止めの薬がバリバリに効いてしまい、各交通機関の中ではその都度、手摺からがっくりとずり落ちる位に昏倒しっぱなしでした。とほほ。
でも、起こされて車窓から見上げた初夏の富士山の姿は、ほんとうにあざやかで美しかった。 20年前も今も変わらない、それはまさに「凍りついた銀」(by手塚治虫『陽だまりの樹』)。 富士山を見ると思わず手を合わせて拝みたくなる、というのは、真実だったです。
そして、そんなありがたい富士山の見える露天風呂に並んでつかりながら、
「『常陸風土記』に出てくる富士山と筑波山のお話だと、なんと富士山が意地悪キャラなんだよねー。お金持ちのお高く止まったお嬢さん、みたいな」 「対する筑波山は、田舎ものだけど心があったかくていい娘ラインなんだね」 「イマドキの美少女ものだったら、富士山もツンデレキャラとして案外人気が出たかもしれないねー」 「今も昔も人はその時代ごとの萌えどころを探しておとぎ話を作るのねー」 「うん、高橋虫麻呂も万葉集で萌えポエム詠みながらそう言ってる」
というようなまことにくだらない話をしたのが楽しかったです。
| 2007年06月18日(月) |
優しく雨ぞ降りしきる |
どこまで続く「地球へ…」話。
TV版では、ジョミーの成人検査の折にテレパシーを中継したナキネズミが、原作よりもちょっと可愛らしくカスタマイズされてミュウの人々のマスコットとなっているんですが、そのナキネズミ君に対して 「レイン」 と名前をつけるエピソードがありました。 これがなぜか妙に心に引っ掛かって、で、それから何日かして、ふと思い至りました。
ああ、「優しく雨ぞ降りしきる」。
レイ・ブラッドベリの『火星年代記』。
ナスカ、地球によく似た赤い星、レッド・スター、赤い瞳、火星、ナキネズミは火星の生物…。
ところがこれはTV版視聴者への一般公募で決まった名前らしいと知ってまた驚愕。 今までTV版の中でいろんな作品のパロディを見てきたので、すっかりこの(唐突な感じの)名前も、TV版スタッフが『火星年代記』に思い至ってつけたもんだとばっかり思ってましたよ。 …。 いかん、なんだかTV版については、何を見ても「これって元ネタがあるんじゃないかなあ」って疑心暗鬼なキモチで見てる自分がいる…とほほ… ごめんなさいねヨゴレたオトナで。
…。
こうなったら、TV版最終回のタイトルは「百万年ピクニック」でお願いします。 最後に生き残った家族が、滅びたはずの地球人(ミュウでもいいけど)に会いにいこうって出かけていって、運河の水面を覗きこんで 「そうら、そこにいるよ」 って…
…なんか笑えなくなってきた…
| 2007年06月16日(土) |
ピーターパンがアリなら白雪姫だってアリだろう |
まいど「地球へ…」話ばっかりですみません。 仕事が忙しすぎて二次元キャラネタでも考えておらんと気力体力が持たんとです。
さて今日放映のTV版見て 「ソルジャー・ブルーが死んでないよ!眠りつづけてることになってるよ!どゆこと!」 とtimutaんに泡食って主張したら、
「だってピーターパンがアリなら白雪姫だってアリだろう」
と冷静に切り返されてしまいました。
それならミュウの長老達は白雪姫にかしづく七人の小人か、って、ギャー!それじゃ誰がキスしてソルジャーを起こすの?やっぱりフィシス?それともジョミー?でも私としてはどうせなら白雪姫ちゃんブルーを起こすのは“黒王子”、キース・アニアン推奨でお願いしたいです!
…。
すみません仕事が忙しすぎてそんなアホ話でも考えておらんと気力体力が持たんとです…。
| 2007年06月10日(日) |
かならずここへ帰ってくると |
今日放映のTV版「地球へ…」第10話における宇宙戦艦ヤマトのパロディについては、ヤマトヲタの我が兄に指摘されて知りました。
兄曰く 「いやー、俺、見てて思わず爆笑しちゃったよ!宇宙機雷で「船尾損傷!」って言うからさー、おいおいこれってヤマトじゃん、その後のセリフはまさか「シアンガス発生!」って言うんじゃないだろうなと思ったら本当にそのまんま「シアンガス発生!」って言わすんだもん!誰だこんなことして遊ぶの、ってクレジット見てたら、そしたら案の定、い○ぶち本人が脚本書いてるんだもんなー!いやー、笑った笑った!」。
えーと、
「地球へ…」って、鑑賞中に「爆笑」が起こるような作品では(少なくとも原作は)決してないと思うんですけど…
…。
いいんです、それがい○ぶち先生や我が兄にとっての「地球へ…」なら、それはひとつの真実なのでしょう。<オトナな対応
実際、そうやってひとしきりウケていた兄は、やがて「どうしようかな、やっぱり俺もちゃんと原作買って読もうかな」と言い出しやがりました。たとえどんな形であれTVアニメ化というコマセはこのように一定の効果は産む(こともある)のです。うちの兄のような、ヲタを自称してるくせにこれまでの人生の中で読んだことがある少女マンガは成田美名子の「エイリアン通り」だけなんていう田舎マッチョメカヲタ男が、いかな理由であろうと“自発的”に竹宮惠子作品を買って読みたいと言い出したのですからこれは実は素晴らしいことなのではないかと思います。そういう意味では今回は本当にありがとうございましたい○ぶち先生。<オトナな対応
なので私としてはここぞばかりに、おう買え今買えすぐに新装版全3巻買って読め、読み終わったら私の持ってる『ジルベスターの星から』も『エデン2185』も貸してやるから更に続けて読んで勉強しろ、とたたみかけておきました(そして私はオトナなので「読んで少しはその田舎マッチョな考え方を反省するといいと思うよ!」とは言い添えてあげずにおきました)。
…。
| 2007年06月09日(土) |
たぶんその最後の輪を閉じることはできないだろう |
白い--- ぬけるように 白い---ジル
---澄んだ 赤い目…
(竹宮恵子「ジルベスターの星から」より トニオ・アロウ・ディッシャーの独白)
●
TV版「地球へ…」でのナスカは「ジルベスター星系」において過去「テラ・フォーミング」を放棄された赤色惑星なのか。 ああそうか、だからTV版のソルジャー・ブルーは髪もマントもラベンダー・ホワイトで、瞳の色は澄んだ赤だったのか。
と、い○ぶち○たか先生脚本の今回の話を見てやっとそれに思い至る私。 嗚呼、不明ここに極まれり。
「ジルベスターの星から」という話は「地球へ…」の原型のひとつのような話で、それは角川書店刊・竹宮恵子全集の『地球へ…』第3巻の巻末に収録されているのを読んだときからずっと心の中にそれこそ「地球へ…」と入れ子のようにして「置いてあった」感覚だけれど、今あらためてこうして絵においてミックスした形で見せられると、やっぱり虚を衝かれるというか… …というかね、そこまで正攻法というか正面突破で来てるとは実は今日の今日まで思ってなくて…(うなだれ)
そういうことならシド・ヨーハンだって出てくるのかも。だってニナやおヤエさんが出てきてナスカの空は青紫色(ラベンダー)でソルジャー・ブルーの瞳は澄んだ赤なんだもの、それなら『私を月まで連れてって』と原作上で実際につながってる『エデン2185』だって取り込んどいてほしいじゃないですか。コンピュータ・“地球”の名前は「ゴドリー」?(ああいつ読んでもシド・ヨーハンはかっこいい、ジョミーとキースとの「理想的な混血」)、どうせだから「魂(スピリット)」やミスターだっても出しちゃえ、ていうか、もうこうなったら、たとえイルが出てきたってアタシ驚かないから!
…。
わかりました、それならこちらもそのつもりで仕掛けられたもの全部を受け止められるように、性根を据えて見通しましょうとも。 どんなにどんなに倦んでも、怒っても、驚いても、それでもやっぱりそれはまるごと、私にとって“も”、愛しき『地球へ…』なのだから。
そしてまた一層エラ女史化する私(苦笑)。
| 2007年06月08日(金) |
ウェンディ改めエラ女史 |
あの日のウェンディのままじゃいられなかったの、ごめんねピーターパン。 とか先日はメロウに書いてみたりしましたが。
今日、ふと思いました。
今こうして毎週TV版「地球へ…」を見てはむきになってあれはイイここがイヤと自分内ダメ出ししてやきもきしている自分の、その姿勢は傍から見れば、まるであのミュウの長老達の中のひとり、エラ女史みたいではないかと。
初めて『地球へ…』を読んだ10代の頃はエラ女史を「イヤミなおばさんキャラ」としか思っていませんでしたが、今になってそう思って見方を変えて読んでみると、エラ女史の言動は「そう言いたくなる気持ちはわかる」みたいなことが多いです。
彼女は長い年月、ソルジャー・ブルーとともにミュウの歴史そのものを生きてきた数人の中の一人。長く苦しい過去を知っているからこそ、「後から来たピュアな人」の存在やその考え方を受け入れることがなかなかできない。それでも、その強靭な(彼女にとっては「無礼で野蛮な」)推進力がなくては大望は果たされないのだということも心のどこかではやはり解っていて、だから、ジョミーの言動に眉をひそめたり諌めたり怒りをぶつけたりしながら、それでもミュウ全体としての地球への帰還をめざして、最後までともに歩む。彼女は女神でもソルジャーでもないから、いつだって前線の戦況や突出した才能の変転に翻弄されてあれこれ悩んで嘆いて、結局いろんなことが解らないままで終わってしまうのだけれど、それでも。
…そういうエラ女史の立ち位置に、なにやらいろんな意味で共感を抱きつつある今日この頃の私です。
UVERworldの「endscape」(TV版「地球へ…」のオープニングテーマ)のCDを購入した私に、timutaんが不思議そうに
「あれ?どうしたの、ファンになったの?」
と。
…。
いや…、 だってこれ、「地球へ…」のオープニングの曲だから… 買っておかないと、って…。
なんか素で照れました。
…竹宮先生…、私の覚えている『地球へ…』は、これほどまでに理想的です…
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