かっしーのつぶやき
DiaryINDEXpastwill


2004年05月30日(日) ひろがる裾野

ブラック映○く○らというよりもやはりブラック栗○恵のが近いかと>つきこ

いやその、アンパンマンの映画宣伝用スチールを見ると問題のつきこタンは白タキを着用しているので彼女はおそらく娘役ではなく男役志望と推測され、ということは「同じポジションを狙いつつも憧れている」ということでだから栗○…

というような与太話はさておき。

本日はケーブルTV局のお兄さんが受信機器の点検にきてくれました。我が家で導入まもない地上波デジタル放送画面を見て、「いやーやっぱりキレイに映りますねえ」と他人事のように感心していたのがなんだか素で微笑ましかっただす。

そして、なんでも彼の担当地域の中で地上波デジタル放送を受信できるようにしているのは今のところうちだけなんだそうで、案の定聞かれてしまいましたよ。
「お早いですねえ、何かお目当てが?」

隠してもしょうがないと思って「いやー、女子バレーの試合をキレイな画面で見たくて」と白状したところ、「ああバレーボール!盛り上がってますよねえ。誰でしたっけ、あの若い子、カナ?…ともう一人、えーと」「栗原、ですね」「ああそうそう、メグですメグ!監督に叱られてなんかダメで試合に出られないかもとか言ってたのはどっちでしたっけ?」「大山、ですね」「あーそう大山、大山カナのほうね!」と話が続く続く。
聞く限りでは彼は特段バレーボールに興味がある人ってわけではないようで、それでもそういう人が単なる時事ネタとしてここまでのことを知っているのって、やっぱりそれだけ最近の女子バレーには注目が集まってるんだなあと改めて思い知りました。
&挙句の果てに、
「それにしても、どうして女子バレーはまたあんなに強くなったんですかね?」
とか素で聞かれてしまい、まあそこでいっちょう吉原知子キャプの存在意義について一席ぶってもよかったんですがそれもなんだか今さらな感じで恥ずかしかったので
「パワーのある若い子から経験値の高いベテランまでバランス良く揃えたチームを効率よく切り盛りした監督の采配勝ちってとこじゃないですかねえ」
と当り障りのないことを答えてあえてフツウのヒトを装ってみた私でした(笑)。

かくして帰り際、「受信状況もすこぶる良好ですから、どうぞキレイな画面でたっぷりバレーボール、見てくださいね!」と笑顔で言って帰っていった○-C○Mのお兄さんでした。おう、見るともさ!!(ガッツポーズ)


2004年05月29日(土) アンパンマンの今夏の映画に

宝塚歌劇月組公演「シニョール ドン・ファン」で、例の超プレイボーイ/モテモテレオ様を演じた紫吹淳様(4/17の日記参照)。
この紫吹淳様をモデルにしたキャラクター「つきのしらたま様」が、今年の夏のアンパンマンの映画でゲストキャラとしてご出演あそばされるらしいです。

なんで突然アンパンマンにヅカ系キャラが、と申しますと…
以前、原作者であるやなせたかし先生がたまたま観に行った宝塚歌劇公演が、この紫吹淳様がトップスターを務めていた頃の月組公演だったそうで、その舞台にやなせ先生はいたく感銘を受けられ、つか平たく言うとトップスターのシブジュン様にハマってしまい、イキオイ余ってオリジナルキャラ化して自作の中に登場させてしまい、あまつさえ今夏は劇場版キャラとしてまで使ってしまう、と(笑)

ちなみにアンパンマンの映画ってのはいつも2本立てで、うち1本はアンパンマンが主役で活躍する「本編」。で、もう1本の併映ってのがありまして、その時々でギャグ満載だったりメルヘン満載だったりするわけですが、今回、その併映のほうがくだんの「つきのしらたま様」がゲストキャラ出演する短編、というわけです。タイトルは「つきことしらたま 〜ときめきダンシング〜」。

アンパンマンオフィシャルサイトの映画宣伝文からすると、その映画の内容は以下のとおり。

“華やかな舞台で歌い踊るしらたま様に憧れている「つきこ」タンが、バイキンマンの悪さによって、悪の手先にされてしまう。
 悪の手先と化したつきこの心を清め、本物のスターにするためにアンパンマン達が大活躍!”

…。

これ読んで即「それってブラック映○く○ら?」とか「ブラック栗○恵?」とか連想する私は相当ココロがヨゴレているんだと思います(笑)。


2004年05月16日(日) 見事な夜

 僕ら 停電の夜に誓ったさ
 いつか見事な夜になったら
 どんな無茶でも許される
 愉快にやろうと

  今夜なら出来る 朝までにやれる
  街中が変わる みんな待ってた夜
                         (Song by アンジー 『見事な夜』)


女子バレーボールアテネ五輪世界最終予選、終了。
全日本女子の戦績は6勝1敗の堂々1位通過。正式にアテネオリンピックの出場権を得る。

とうとう全日本女子が、アテネオリンピックへの出場を決めました。
本当に、ほんとうによかった、おめでとう!おめでとう!!

みんなが掛け値なしに命懸けで、その手で、そこにあるみんなのその手で掴んだ勝利だから、
私の領分は、ただただ更なる拍手と祝福と激励を心の真ん中から送りつづけることだけ。
本当によかった、輝く夏には遠く西風の吹く女神の地まで、この熱を抱いていけるんだね。
おめでとう本当に、みんなに見惚れたまんまで、今夜は金銀紙吹雪降る夢を見て眠るよ。


2004年05月08日(土) 白星スタート

女子バレーボールアテネ五輪世界最終予選、開戦。全日本女子、初戦のイタリア戦を勝利で飾る。

「神明はただ平素の鍛錬につとめ戦わずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、
一勝に満足して治平に安んずる者よりただちにこれをうばふ。
古人曰く、勝って兜の緒を締めよ、と」 
                                (連合艦隊司令長官 東郷平八郎 訓示 / 秋山真之起草より)

がんばれ、全日本。


2004年05月07日(金) イン・ザ・ネイム・オブ・ラブ 2

気がつけば世界最終予選まであとわずか。世間様にもバレーボールな媒体がたくさんコマセのように撒かれつつあります。
いろいろとりこぼしつつ追いかけるこっちも結構心臓破りになってまいりましたが、基本はやっぱり吉原&全女へのラヴ&ガッツなエール。

■『Number』。

なぜか皇居東御苑の本丸跡の新緑の中で先日読みました。プリンセス・サーヤはご機嫌麗しゅうおわすだろうか(笑)。

ライターさんが例のバレー本『蘇る〜』を書いた吉井妙子氏だったのでわくわくしつつ読み進んでいったんですが、が、そのうち、ある一行のところで目が点になりました。

「佐々木の背中は吉原を探していた」

…。  …、 Σああああいかんいかんまたイリュージョンの洪水に押し流されて海まで行ってしまうところだった。

なんだかこの吉井さんてそういうことを突然バッサリお書きになるんで、オロカな私はその都度ウロたえてしまいますだ。
既定値なの?やっぱり既定値なの?<結局海まで行ったらしい

■フジテレビ特番「密着200日!!アテネにかける全日本女子バレー」。

「吉原選手が故・山田監督のお墓参りに行くシーンがあるらしい」というのを聞いたとき、思わず
「当然黒スーツよね?」と聞き返してしまったわたし…

黒スーツに白菊たずさえてかつての師匠の墓参り、ってそれじゃまるで大出入り直前の極道のヒトですがな。

柳本監督が栗原やら大山やらをガツンと叱ってたとこでは、反射的にぐわーっと泣いてしまった。
コチキャラの三屋さん見てた時と同じで、ああいうの目の当たりにすると私は途端にかつてのバレー少女モードが炸裂してしまって、もう、あっと思う間も無く涙がぐわーーっと出てきちゃうですよ。
でもって、ヘコんじゃった大山への、竹下選手の助け舟的(でもちゃんと厳しい)叱責がまたなんとも、切ない。
「自分の気持ちを出さないと、みんなだって解らないでしょ?」「そんなの納得いく?納得いった人がコートに入るんでしょ。なんで去年はコートに立ってたの?プライド持ちなよ!」
いっいいいい痛い痛い痛いいいい。でも一言一句もらさずまったくもってその通りで何の反論もできないいいい。並べて語るのもなんですがその昔、田舎の中学でバレー部だった時、わたしゃ人よりちょっと背が高いってんで対角レフトやらされてたんですが、そこでやる気の無いプレイとかしてると、チーム内のガッツな(たいてい人より背が低い、でも努力&実力派なタイプの)子から、似たような感じでよく怒られたっけなああ、としみじみ思い出してみたり。
竹下選手のあれは、バレーボールへの愛だと思う、つくづく。そう、そこにあるのは、愛だ!愛なんだよ大山!

で、言わずもがなだが一番ぐっさり来たのはやっぱり「だめ〜ん、イチゴ(はあと)」(笑)
やはし脂肪分が多いケーキ部分よりも、エネルギー吸収効率のいい糖分が多い果物(イチゴ)がまっさきに食べたいアスリートの皆さんなんだろか、とか素人考えしてみたり。
どんなにキツい日々でも、こういうのがあるのって本当にいいなあ。コートを出たら単純に人間同士、今日のヘコみを引きずらないで明日へ行ける、そんな感じ。

■NHKのスポーツニュース。

たたみの部屋でみんなで車座になって敵チームのビデオ見て研究。
「集中してみてね、そのためにみじかくみてるからね」
ああ何故に吉原選手の素の喋りはこんなにぜんぶひらがなできこえるのだろう。かわいすぎ。

---------------

さて連休の間にいろいろとりこぼして悔しい思いをした媒体も多く、その中でも最たるものはTBSのバレー特番です。

あの江上さんからのメッセージ、そしてそれに思わず涙する吉原選手、という画面を見逃したのはかえすがえすも残念なわたくしでした。
3/20の日記にも書いてますが、吉原選手や私が中学生だった当時の江上さんや三屋さんといえば、その存在はもう日本全国津々浦々のすべてのバレー少女にとって別格中の別格、スターの中のスター、遥か仰ぎ見る天界の人に等しかったんでしたからして。

ましてや吉原選手にとってはその後同じ日立の先輩後輩になるわけで、それこそ憧ればかりではなくて厳しい思い出もたくさんあるわけで、そういうの全部ひっくるめてきっとやっぱりあの人は「あの江上さん」なわけで、その人から今、まさにこの状況において、まっすぐ激励のメッセージを貰ってしまうのって、本当に、吉原選手はどんなにどんなに心強く感じたことだろう、と、たとえ画面を見ていなくても、つくづくグッと来てしまったわけです。

(どのくらいグッと来たかというと、以前、サヨナラ公演を病気のため休演中だった匠ひびきさんに、同じ花組の先輩トップスター・大浦みずき様がみずから手紙を書いてわざわざ遠国から送って下さったというのを聞いた時と同じくらいグッと来ましたです、はい)

そんなふうに、誰かの遺した情熱を命懸けで受け継ぐために、歯を食いしばり汗流し、爪先を血で染めながら、
今日も誰かが新しく扉を開いていくのでしょう。

がんばれ、全日本。


2004年05月04日(火) 小景異情

4月の末からこの連休の間、多忙のため記憶がマダラ模様気味です(乾笑)。

29日にいただきものの券で行ったヤ×巨in神宮観戦が既にはるか昔のことのように思えるというこの事実。月末処理&残務に追われて30日はガッツリ夜8時過ぎまで残業、1日に大荷物と土産しょって実家へ移動して、2日は益子の陶器市まで両親につきあって終日ドライブ、3日は親戚の子の初節句祝いイベントで朝から晩まで大騒ぎ、でもって本日夕方にまた大荷物しょって筋肉痛になりつつ帰宅。あー…(絶句)

今日のお昼過ぎ、実家のもろもろ行事系が一段落してふっと気が抜けた瞬間に、チューリップの咲き乱れる実家の庭を眺めながら突如として
「あー、吉原が見たい…」
と思ってしまい自分でもこれは少しヤバいのではないかと恐怖を感じ、対症療法としてその後の数時間はひたすら『伝説巨神イデオン』の記録全集を読んで過ごしたというなんだかひどく激痛なわたしです。

でもって案の定(笑)というか何というか、実際にその後深夜3時頃、睡眠中にものすごい胃痛に襲われたのでした。
背中に抜けるほどの激痛で目が覚め、しばしのた打ち回った後ヨロヨロと胃薬を飲み、なんとか落ち着くのを待ってヘナヘナと再就寝。

富野演出と湖川絵は今の私の弱った胃腸には重すぎたんだろうかとやや反省。
そしてそんなアホをこいているうちに、ああ、もう連休はあと一日で終わりです(乾笑)。


かっしー |MAILHomePage