ミドルエイジのビジネスマン
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2009年05月31日(日) 奇跡の脳

さてさて、週末は町内の側溝清掃と自動車の任意保険の更新、そしてウッドデッキの上のビールで終わってしまった。後悔先に立たずだ。

そういえば、図書館に本を返しに行って、また借りてきた。自転車で行ったのに夕立に遭ったので、雨宿り気分で小さな図書館の静かな雰囲気を楽しんできた。新しく借りてきた中では、女性の脳科学者が若くして自分が脳卒中になっちゃったという、「奇跡の脳」(ジル・ボルト・テイラー著)は楽しみにしている。まだ最初の方しか読んでいないが、脳内出血のために脳が機能を弱めていく過程で、体の外と中を分けている境界の意識が薄れていき、肉体が頭脳の指令だけ動く機械ではなく細胞単位の統合体であること、あるいは自分が分子レベルで宇宙の一部であるという意識が強くなったという。肉体的には頭の中から冷たいカキ氷を食べた時のキーンという強い痛みを感じるけれども、精神的には外界と自分の境い目が韜晦していくような幸せな感じがしたという。

これらは、以前読んだ立花隆の「臨死体験」に体験例としてしばしば描写されていた現象と共通するものがある。多分そうだろうと思う。死が苦痛に満ち、暗く重いだけのものであれば、最初から「生命(いのち)」などもらい受けない方がいいくらいだから。

昔であれば、このような経験をした人は宗教家になるしかなかったであろうが、今の世は快復した後引き続き脳科学者として発言し、その内容が社会的にも受け入れられ、その後の快復過程が、リハビリに苦しむ人や病気の予備軍に希望を与える。ちょっと読んだだけで、良い本だと予感させる。


2009年05月24日(日) エナジー水補充

エナジー水を補充するため、久しぶりに埼玉県の柳田ファームを訪れた。たまたま、他に5人もの来訪者がいて、今後の「民衆運動」をどう進めていくか話し合っていた。こんなに、早く、しかも影響力や実行力のある人達が集まってくるとは思わなかったので正直驚いた。既に、店の入り口付近にトイレがあって、その臭いに悩んでいたコンビニがプラント(というほど大げさなものではないらしいが)を設置したら、臭いもなくなった上、エナジー水が取れるようになった。ただし、1槽式のため、純度は高くないらしい。

20畳ほどのログハウス(?)の2階の部屋から、雨に打たれた林の緑が鮮やかに目に入り、確かに、この辺りには人の心を爽やかにするものがある。酸素マスクをつけたときのような、どこまでも深く深呼吸をしたいような、そんな気になる。

人伝(づて)に、全国区の味噌醸造会社の人や大手スーパーの幹部の人が、あの、ひとりで養豚をやっている男を訪ねてくるのだという。


2009年05月17日(日) ナメクジ退治

土曜日は曇り、日曜日はほぼ雨、夜になって大風が吹いている。こんな天気でも、ウッドデッキに出れば楽しみもある。塗り直したので、新品のようになっている。2〜3時間で乾いてくるので、思ったより手軽だ。これからも、あまり大げさに構えず、気がついたら塗るようにしようと思う。

庭に植えたみかんの花が咲き、咲き終わった花のめしべの根元には小さな実がついている。去年は雨の日にちょっと目を離している間に、ナメクジに花を食べられて全滅してしまった。今年はネットで調べて紅茶をかけたりビールを置いたりして対策を立てた。ナメクジはカフェインが嫌いで、ビールが好きなのだそうだ。


2009年05月10日(日) グラン・トリノ

グラン・トリノはクリント・イーストウッド扮する主人公がピカピカにしてガレージに置いてある掛替えのないフォードの1972年製大型車だ。何が特別かってフォードの工場で働いていた自分自身が、部品を取り付けた車なのだ。言ってみれば、人生の栄光の象徴だ。妻を亡くしたばかりの主人公が住んでいるのは中西部の、多くの白人が引き払ってしまった住宅地。その隣の家にアジアの山岳少数民族である「モン族」一家が引っ越してきた。その家族の煮え切らない若者を何とか一人前にしてやろうとするというのが映画「グラン・トリノ」のストーリーだ。前宣伝を見て、もっと大作かと想像していたが、実際には意外と地味な小品の部類だ。

床屋や建築現場監督相手に一人前の男同士の会話や交渉の仕方を手ほどきするのも面白いし、マイノリティの若者が差別的な社会の中で身を守るために同族のギャング団に入って逆に身を滅ぼしていくことなども考えさせられる。なかなか感動的な作品で、隣に座っていた中年の女性は最後の方で鼻をグスグスさせていた。

エンドロールの背景になっている湖畔を走る立派な道路を眺めながら、ああ、これは人生の終末に近づいている男の姿と重ね合わせて、かつてはマッチョだったアメリカの戦後史と今の姿を描いているのだと思った。男は朝鮮戦争に兵士として出兵し、13人だったかの敵を倒して勲章を貰い、モン族一家はベトナム戦争でアメリカに味方したため、迫害を恐れて英語も話せないのに難民として渡ってきたのだった。あろうことか、男の息子はライバル日本車のセールスマンとなってより豊かな暮らしをするようになり、孫娘は鼻にピアスをしているような子だ。

アメリカ映画の日本公開までには時間がかかるので、多分昨年9月のリーマンショックの時には既に映画は完成していたに違いないが、色々な人を巻き込んだ俺の人生って何だったんだろうと思う、丁度そのことを今のアメリカも国全体として考えているに違いない。







2009年05月06日(水) ゴールデンウィークはデッキの上で

ゴールデンウィークは自宅のウッドデッキの上で過ごしたようなものだ。新潮文庫の「チャイルド44」というミステリーを持ち出して、ビールを飲みながら読み進める。オーニングが陽射しを和らげて眩しくはないが、裸足の足はお日様を受けて温かい。木々の緑も少しずつ、淡い薄緑色から、厚く濃い緑に変わろうとしている。

旧ソ連体制下での連続児童殺人事件が題材となっている。子供がかわいそうな目に遭うのは耐え難いので、以前、一旦読み続けるのを断念したのだが、旧ソ連体制下での暮らしや捜査方法への関心が勝った。凍てつく森や、人をも喰らわねば生き延びられない大飢饉、そして、首都モスクワでも、アパートの厳しい住宅事情を垣間見ることができる。やはり、読んでよかったと思う。

夜は、田植えを終えたばかりの田んぼから聞こえてくるカエルの声に耳を澄ます。もっと近くで聞きたいと、自転車に乗ってすぐそばまで駆けつけ、夜の闇を圧倒する大軍団のどよめきに酔う。おそらく、これこそがハッピーリタイアメントを求めた人の持つ喜び、そして感慨だろう。だが、こちらは未曾有の大不況を前に立ちすくむ小市民だ。なんでもありの政府の大盤振る舞いに、いっとき気持ちも楽観的になりかけるが、聞けば名にし負う大企業が政府の支援を仰ぎたいと堂々と名乗りを挙げている。人々の税金を自社の事業に取り込まねば存立も危ういというような企業が、果たしてその先の展望を見通せるのだろうか。政府の息のかかった電気製品の製造会社や不動産事業者っていったい何者だ。そういう会社に同業者を出し抜くような迅速な戦略が描けるのだろうか。




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