2007年05月31日(木)  泣きじゃくる 子を抱きしめて 我思う


『母子臨床と世代間伝達』

という本を今読んでいる。簡単に内容を言うと、赤ちゃんの持つ問題はお母さんとの間に原因があるということと、それが母から子へそして孫へと受け継がれてしまう。それを何組もの症例を挙げて具体的に説明している。結構専門的な内容だけど、素人にもわかるように簡単に説明されていてわかりやすい。

これを読んでいると、まなティが生まれてから今までに困ったこと、例えば、新生児の頃ぜんぜん泣き止んでくれなかったこととか、人見知りや母親への執着を示すのがちょっと遅かったこととか、そういうすべての原因に心当たりがあって、1ページ読むにも心にズドンとくるので、休み休みしか読めない。


今日のまなティは今までにないほど機嫌が悪くて、今風邪を引いているってのもあると思うけど、それにしても泣き方が尋常じゃない。さっきも横隔膜にくせがつくほどのけぞって泣いて、あっちの部屋に行くと言っては泣いて、戻ると言っては泣いて、抱っこと言っては泣いて、降りると言っては泣いていた。何か訴えることを探して泣いている風で、その材料はなんでもいいみたいだ。今は泣き疲れて寝てしまったが、ときどき寝ぼけて泣いている。

実は、2日前、私はまなティの目の前で母親と大喧嘩してしまったのだ。いけないいけないと思いつつ、理性が吹っ飛んで止められなかった。私が取り乱してるところを見せたことがなかったので、その場ではなんともないという顔をしていたまなティも、心の奥深くで傷を負ってしまったのかもしれない。それが今日になって出てきたんじゃないかと。


相方は考えすぎだというが、あの本を読んでいると、考えすぎとは思えなくなってくる。

子供というのは、その場では平気な顔をしていることが多くて、親は大丈夫だろうと高をくくってしまいがちだが、子供の小さな心はなんの防御もなく、ストレートにすべてを受け止め簡単に傷を負ってしまい、それがその場では出ずに、まったく違った形で突然表れるのだそうだ。人を噛むとか、便秘とか、痙攣とか、そういう本当に全く関係ないように見える形に発展することもあるらしい。

だからこそ、親は自分の行動を省みるきっかけを失う。そればかりか、人を噛んだ子供を頭ごなしに叱ってしまうだろう。そうやってドップリと悪循環に漬かってしまうのだろう。

特に3歳くらいまでの乳児は、親やほかの大人と自分の心の波長が合っている(これを情動調律というらしい)ことで安心感を得る。子供は大人の目を見て、その人の目だけでなく心までもが自分の方を向いているか、波長を合わせてくれているかまで見抜くのだそうだ。

だから、上っ面だけ取り繕っても無駄である。子供のことを思って子供の周囲の環境を整え、あらゆる機会を作ってやり、必要なものはすべて与えても、親の心がその子を向いていなければ何もならないのである。一生懸命な親ほど、「こんなにしてるのに、なんで?」と思うだろう。


そういうことを真剣に考えれば考えるほど、子育てに対する自信を喪失していく。それじゃあ子のためにはよくなかろう。しかし、自分の行動を省みることと、自信を持って子育てしていくことのバランスを取るのは本当に難しいと思う。

特にこの本には、親にちゃんと愛されなかった人は子供に同じことをやってしまう、というようなことが繰り返し書いてあり、その連鎖を断ち切ろうともがいている私のような人間には確かに勉強にはなるが、「じゃあ、どうすればいいんだ」という気になってくる。

確かに私も、この本に書いてあるように、泣いている我が子を見て、泣いても助けてもらえなかった子供の頃の孤独感を思い出す。そして、そんな気持ちを我が子には味わわせないように努める。しかし、この本を読むと、結局その連鎖を断ち切ることはできないのだ、という元も子もない気持ちになってくるのだ。


こんな思いつめたことを書いているが、日常の私は至って普通に生活しているのでご心配なきよう。ただ子を持って確かに言えるのは、かくも心の広範囲を占め、かくも真剣に取り組んだことが今までにあっただろうか、いやない、そしてこれからもないかもしれない、ということである。


つづく。


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・今日で5月ともおさらば。ウェルカム6月。

2007年05月29日(火)  機嫌よし 拒絶の仕方 覚えたの


まなティ、首を振って『ノー』を表せるようになった。今までは、何かを拒絶したいとき、例えば、食べたくないものを口の前に持ってこられたときとか、目の前のものを振り払うか、ギャーッと泣いたりして訴えていたが、首を振ることを覚えた今では、スマートに物事を拒否できるようになった。ブンブンと首を振りさえすればいいんだ。これは大きな一歩だ。

つい最近の日記で、「まなティ機嫌悪し」と書いたが、やっぱり、脳の発達と自分ができることのギャップにいらだっていたみたいで、『ノー』を表せるようになって少しは納得したのか、最近はずいぶんと機嫌がいい。


まなティは昨日で1歳半になった。子供の成長って突然やってくるもので、この週末、まなティの中で何かが起こったらしく、ひと皮むけた感じだ。

まなティは私の父親のことを「じいじ」と読んでいたが、誰も教えてないのに、金曜から「じいちゃん」と呼び始めた。さらに、ボールもボタンも帽子も全部「ボッボ」と言っていたのに、土曜に突然「ボーリュ」「ボタン」「ボーシ」と3つとも言えるようになっていた。

そして、今まではいけないことをしてちょっとでも「コラッ」などと否定的なことを言われるとギャーーーッとなっていたが、この週末からいたずら顔でニヤニヤしながら走って逃げることを覚えた。精神的にも少しゆとりが出てきたのか。


問題は、そんなまなティのテンションだ。まなティって、朝目が覚めたそのときから寝るまで、ノンストップでずっとものすごいテンションなのだ。まさに「躁状態」である。よくおりこうに黙ってベビーカーに座ってたり抱っこされてたりする子がいるが、まなティにはあれが不可能だ。普段はズゥーーーーーーーッとしゃべって走り回っているし(一日中ほとんど座ることがない)、抱っこされても手をブンブン振り回したり体を揺すったり歌を歌ったりじっとしていることがない。お友達と遊んでいても、明らかにまなティだけテンションが違う。

自分の知ってるモノの名前を1日中言い続ける。「ニャンニャン、ワンワン、ボーシボーシ、ビーン(飛行機)、オボンオボン(ズボン)、アイシャアイシャ(傘)、カワイーカワイー、クッククック(靴)、オッキイオッキイ(大きい)、バッグバッグバッグ、ジーチャンジーチャン……」と冗談じゃなく、本当にそんな感じだ。それだけならちょっと騒がしいだけでいいんだが、それを指差して大人に見てもらい「ニャンニャンだねー」などと復唱してくれるまで「ニャンニャン、ニャンニャン、ニャンニャン! ニャンニャン!!」と言い続けるので大変だ。よそ見してる暇がない。

思えば、まなティがまだ私の腹の中にいた頃、腹の皮を突き破ってエイリアンみたいに出てくるんじゃないかと思うほど一日中動き回っていた。よくドラマで、「あ、動いた!」ってシーンがあるけど、私はあれが実感としてわからない。まなティの場合は、「あ、動いてない!」だった。まなティは腹の中から躁状態だったのだ。


ちょっと落ち着きがないが人の話は真剣に聞くので、元気が良すぎるだけで、これでよいのだろう。

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塾立ち上げの支払いが済んだと思ったら、不動産取得税だの固定資産税だのの請求がきた。日本、税金の種類多すぎ。何かにかこつけて、国民から金を巻き上げすぎ。

金がない、金がない、と言っていたら、母に「文句言ってる暇があったら稼げ!」と一喝された。確かに。やる気さえあれば稼げるのが個人事業。何も言い返せない。生徒獲得に関してサボっている今日この頃だが、夏に向けて本腰入れるか!


つづく。


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・金曜から6月ですぜ! もうすぐですぜ!

2007年05月24日(木)  気を遣い 手土産持参の 1歳児


どうもまなティは、かなりの「気ー遣いー」だ。良く言えば「気配り上手」、悪く言えば「人の顔色をうかがいすぎ」。

ほかの子供もいるところに行くと、まずは全体を見回し誰がいて何をしてるかを把握する。そして、その中の一組にソロソロと近づいて行って、その辺にある積み木などを1つ拾って「ドウゾー」と言いながら相手に手渡し、仲間に入れてもらう。まさに、「誰かに会うなら手土産を」という感じだ。一緒に遊んでいても必ず相手優先で、「ドウゾー」「ドウゾー」と何でも譲ってしまう。

滑り台なんかの遊具を順番に使う場面になって自分の番になっても、後ろにほかの子が並ぶと、すぐに「ドウゾー」と譲ってしまうので、いつまでたっても自分の番が回ってこない。子供のことは子供が解決する、というのが私のスタンスなので、そんなまなティを私は口出しせずにいつも遠くから眺めているのだが、胸がギューっとなって涙が出そうになる。

この前なんて、デパートにあるベビールームの子どもが遊べるところに行ったとき、大きく「2歳程度まで」と書いてあるのに、明らかに小学生と思しき女子が2人遊んでいた。その2人は積み木で何かを作っていたのだが、まなティは仲間に入りたいので、いつものように積み木を1つ持ってニコニコしながら「ドウゾー」と近づいて行ったわけだが、こともあろうに、2人は顔を見合わせ、変なのが来たとばかりに「行こう」と言ってまなティを無視して別の場所に移動してしまった。

「テメーラーーーーー!」と心に青筋を立てながら、取り残されたまなティがどうするのか遠巻きに見ていたら、ニコニコ顔で歌いながら踊っていた(!)。その後も、4度くらいチャレンジして4度とも無視され、挙句の果てには、走り回っている2人の足やら、振り回している遊具が顔や頭に当たってシリモチついたりしているのに、それでもニコニコしながら立ち上がり遊んでいる姿が健気で健気で。かあちゃん泣きそうになってしまった。「こっちにおいで」と言ってギューーーッと抱きしめてしまった。

まだ無視されるということが何なのかわかっていないようなので、ニコニコしていられるんだろうが、そのうち凹んだりするようになるんだろうな。私みたいに。


「気ー遣いー」の性格はうちの血筋だ。「気ー遣いー」には小物が多い。だけど、それは親に叱られて育った場合で、褒めていいところをたくさん伸ばしてあげれば、人の気持ちをくむのがうまく、しかも伸び伸びと自信を持った人間に育つんじゃないかと思っている。

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毎日塾で使う教材を書きまくっている。つくづく、私は教材を書くのに向いていると思う。今まで某出版社のために書いていたときは、世の中に広く出回るものなので誰が見ても誤解のないように書かねばならなかったし、出版社の看板を背負っているので、ヘタなことは書けなかったが、今は何の気兼ねもなく好きなように書けるので、楽しくてしかたがない。例えば、下品でふざけたキワドイ例文とか。

キレイにまとまった教材というのは面白くない。物事には例外というものがあるので、ズバッと言い切ってしまうと誤解を招く危険があり、どうしもやんわりした表現になってしまうのだが、今書いているのはどうせ授業で説明するので、例外は授業で説明するとして、教材はズバズバとはっきりとした口調で書ける。刺激がある方が頭に入るし、記憶に残る。


つづく。


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・私もなかなか早く布団に入れませんな。
 思ったんですが、Aさん、五月病では。
 うちの生徒でも、五月病っぽい人が何人かいます。
 意味もなく落ち込む、と言っていましたよ。
 もうすぐ6月なので、浮上しますよ、きっと!

2007年05月22日(火)  真っ白で 殺菌消臭 当然です


アンパンマンのことを小さな子供が「パンマン」とかわいく呼ぶのはよく聞くが、まなティは「アンパン」と言う。確かにアンパンだが、どうなのこれ。

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世の中、無菌無菌無臭無臭だ。どこでもかしこでも、二言目には「除菌!」
「殺菌!」「抗菌!」「消臭!」「隅々までキレイ!」「真っ白!」でうんざりする。


「最近は知らない菌も増えてるし」って、逆に知ってる菌があるのかと問いたい。「モイスチャーミルク25%配合」のモイスチャーミルクって何? 合成界面活性剤? 「大切な人には真っ白な服を着てもらいたい」って、そのまぶしいほどの白は蛍光塗料の白ですけど。「家族思いの妻は、液体洗剤に変えた」って、どこが家族思い?

この前、通販の番組でも洗髪のときにマッサージする機械みたなのを紹介してて、普通に洗っても頭皮の油は全部取れないということを強調していたけど、そもそも頭皮の油って全部取っちゃダメだろ。普通の合成界面活性剤が入ったシャンプーを使ってるだけで、頭皮の油が取れすぎていて、逆に余計に油が分泌したり、ハゲたり、臭いを発したりする原因になってるというのに。(薄毛が気になるそこのオヤジ! シャンプーを見直せ!)


こんなアホなCMに踊らされる消費者もどうかと思うが(依存症ではないかと思う)、こんなことを何かの呪文みたいに毎日毎日聞かされたら、菌=悪、白=美 という構図が脳の中にできあがるわな。

殺菌する必要があるのかとか、そこまで白い方がいいのかとか、モイスチャーミルクって何? という「そもそも」の部分にはまったく触れずイメージだけでその気にさせて何かを売りつけようとする企業に腹が立つ。

でも、少しも自分で考えようとしない消費者がいるからこそ、企業が好き放題できるわけで、消費者にも責任はあると思う。

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月末恒例、金欠祭り。早く、早く、給料を、月謝を、振り込んでくれ!


つづく。


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・朝日を浴びるというのはとてもいいらしいですよ。
 朝日を浴びると体内時計がちゃんと機能して、
 夜ちゃんと眠くなるというのを聞いたことがあります。
 特に膝の裏とか背中とかに浴びるのがいいらしい。
 本当かどうかわかりませんが……。
 23時就寝いいですよねー。
 私もその位を心がけているんですが、
 なんとなくズルズルと12時半に寝られればいい方という感じです。

2007年05月21日(月)  早起きで ウツは治るが 夜眠し


まなティの生活、涙が出るほど規則正しい。毎朝5時50分に起きる。相方は平日はこの時間に起きることにしているので(私は6時半)、目覚まし代わりでいいんだが、子供には平日も土日も関係ない。何が悲しくて日曜の朝の5時50分に起きんといかんのか。

朝早く起きるだけならダラダラしていればいいのでまだいいんだが、まなティは起きた瞬間から腹ペコなので、すぐに朝食作りに取り掛かり(相方がだが)6時半には朝食を開始しないとまなティの機嫌は底に落ちる。

妊娠中は体質から早起きになったが、今は普通にツライ。なかなか目が開かない。だから私だけ起きる時間が6時半なのだ。まなティと相方が起きる5時50分から、まなティに乗っかられたり、布団を剥がれたり、耳元で「アッチ!アッチ!(『あっちで遊ぼう』の意)」と叫ばれたり、コメカミにおもちゃを打ち付けられたりしながら6時半にやっと浮上する。確実な目覚まし時計。

かつては夜の12時なんて活動真っ只中(家に帰ってないこともしばしば)だったので、10時頃すでに眠くて、睡魔と闘いながら仕事をしている自分が悔しい。最近は、「転寝⇒布団に移動」のパターンが多くてだらしない。

私はもう10年以上も気合の入った超夜型人間だったので、毎朝6時半に起きるなんて奇跡だ。今思えば、確実に夜型がウツの大きな原因だった。ウツの治療には早寝早起き規則正しい生活が不可欠というが、身をもって理解した。

でも、朝起きるには理由がないと、夜型人間はそう簡単には起きられない。しかも、その「理由」は相当デカクないと無理だ。そういう意味で、「子供が早起き」というのはいい。まなティに感謝。


つづく。


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2007年05月19日(土)  ピッピちゃん わかっているが 床へチョロ


まなティのトイレトレーニングを始めたことは始めたんだが、シッコチョロ出しまなティなので、どうにもうまくいかん。トイレトレは、おしっこの間隔が2時間になってから、と育児書の類には書いてあるので、まだ早いんだろうか。まなティは20分置きくらいでチョロ出ししている。

おしっこやウンチをしている感覚はちゃんとあるみたいで、出たら教えてくれるし、オマルですることもわかってるみたいなんだが、どうも照れがあるのかなんなのか、普段はオマルに座ったりして遊ぶくせに、おしっこしたそうにしてるときにオマルに誘導してもモジモジして座らず、取っ手を反対側から掴んでオマルの外にジョロジョロとしちゃったりする。

昼間はオムツを履かせずノーパン状態にしておいたりするんだが、もう何度も床にした。そのたびに、「おしっこ出たね。今度はピッピちゃん(オマルにつけた名前)でしようね〜」と言うと、了解!みたいな顔をするがやっぱり了解じゃないらしい。

うちの兄は13ヶ月で、私は18ヶ月で取れたらしいので、17ヶ月のまなティもそろそろ、という気になるがまだ早いんだろうな。焦りは禁物。ノンビリ行こう。

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ところで、ベランダガーデンニングの話。

始めた頃は、花が咲いている苗を買ってきて寄せ植えにしたりして楽しんでいたが、今はごく若い小さな苗や種から育てることを楽しんでいる。本やネットを参考に、肥料や土にも凝ったり花をたくさん咲かせるために芽を摘んだり(摘心という)、手をかければかけるほど元気に育つので楽しい。

どんな世界も扉を開けば、予想だにしないほど広い世界が広がっていて、すでに先行くたくさんの人の心を鷲掴みにしている。一人の人間が一生のうちで垣間見られる世界なんてほんのちょっとだろうが、死ぬまでにできるだけ多くの扉を開いてみたいものである。その中で、奥の奥まで踏み込んでいける世界は果たしていくつ?


つづく。


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2007年05月14日(月)  優先は まずは自分の 気持ちから


今朝まなティが、ウンチしたあと初めて教えてくれた。洗濯物を干していた私のところに「ママ!ママ!」と言いながら寄ってきて、困った顔をして履いているオムツをポムポム叩いていた。いよいよ来たか、トイレトレーニングの時期が。

そんなまなティは昨日、風疹麻疹混合の予防接種を受けた。流行中らしいので。風疹って、感染中の人と通りすがっただけで移るんだってさ。恐ろしい。

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最近読んだ本に書いてあって納得したこと。

 自分の気持ちを大事にされて初めて
 人の気持ちを大事にできる

おお〜、まさに! これは、「自分が幸せになって初めて人を幸せにできる」というのに通ずるものがあるな。自分の子供を思いやりのある子に育てたかったら、まずは親が子供の気持ちを大事にしてやれ、ということだ。子供を見れば親がわかるとはよく言ったもので、子供の思いやりのなさを嘆く前に、親は自らを省みなければいけない。

その本にこんなようなことも書いてあった。

 人は自分の気持ちを具体的に言葉で表現することで
 自分の気持ちをコントロールできるようになり
 延いては人生を思いのままにコントロールできるようになる

自分の気持ちを「サイコー」とか「チョーサイアクー」などと表現していたんじゃ、一生引きずられ人生のまま。自分の気持ちを具体的に表現しようとすればおのずと自分の気持ちを具体的に理解できるようになり、コントロールの仕方も見えてくる。自分の気持ちをコントロールできる人が一番強いと最近感じることが多いので、妙に納得。

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もう少し大きくなったら、まなティをインターナショナルスクールのプレスクール(幼稚園の前に入れる保育園のようなところ)に入れようと思っている。

英語が話せるように、なんてことは二の次で、目的は、世界には色んな人や宗教や考え方の人がいるということを、幼い頃から肌で感じて欲しいから。このほぼ単一民族&言語の日本で、世界の多様性を日々肌で感じるのは難しい。英語なんてものは後からでもなんとかなるが、考え方の根幹になる部分は養うなら幼い頃からがよいと思う。

インターナショナルなんて名ばかりで、フタを開けてみたら日本人しかいなかった、なんてことも多いらしく、そうなると私たちの目的は全く達成されないので、よくよく調べてみないといけない。それじゃあ子供英会話スクールだ。意味がない。偶然にも近くに定員の3分の1は必ず外国人というところを見つけたので、見学に行こう。

問題は費用である。年間最低でも100万円、東京のど真ん中の大使館が並ぶ地域ではへたすると300万円くらいかかるところもあるみたいだ。え?? 幼稚園に300万? なんだそりゃ。だ。とにかく

 働くんだ、私たち!


つづく。


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2007年05月09日(水)  大泣きで ピンクパンサー 腰抜かし


まなティ、機嫌悪し。

最近まなティは、自分の主張を通すのに泣いて訴えるようになった。泣かなくてもいい状況で、むずかるむずかる。水筒のストローを出してくれ、とかそういう泣かなくてもいい些細なことで泣く。彼女の中で何か精神的な変化が起こっているのだろうか。精神の発達と言語の発達のズレがもどかしいのか。『天使の1歳児』から『悪魔の2歳児』への過渡期か。とにかく何が不満なのか、よく観察しよう。

ここんとこ子育てについて考えて、これだけは死守しようと決めたのは、子に「見捨てられた」という気持ちを抱かせないことだ。大人になって現れるいろんな心の歪みは、この子供の頃の「親に見捨てられた」という小さな気持ちが積もり積もって現れるんじゃないか、というのが私の仮説。しつけのために厳しくするときでも、放っておいて好きにさせるときでも、とにかく「見捨てられた」と感じさせない、というのを鉄則にしようと思う。こっちはそんなつもりはなくても、子はそう感じ取ることもあるだろうから、常に子の立場になって考えなくてはいかん。


ところで、まなティは怖いものナシのバチコイ系かと思っていたら、最近違うんです。ぬいぐるみとかもコワイらしい。デパートのオモチャ売り場にかわいいぬいぐるみがたくさんあったので見せてあげようと思ったら、顔を強張らせて「コワイ、コワイ」と言いながら後ずさっていた。ピンクパンサーなんか大泣き。腰を抜かして大慌てで這って逃げていた。

実は、私がこれだったのだ。スズメで大泣きだった。突然飛び立つ恐怖。しかも幼稚園に行くくらいに大きくなってからも。着ぐるみが特に大嫌いで、あんなもの「顔の見えない人間」にしか見えなかった。猫なんてずっと怖かったもんな。犬は未だにちょっと怖い。突然飛び掛ってきたり突然吠えるんじゃないかという恐怖。

私はこの「突然○○」というのが怖くて、コンセント(バチッと電気が流れる恐怖)、打ち上げ花火、雷、静電気、ライター、ゴキブリ(突然飛び立つ恐怖)なんかも未だに苦手。

まなティには余計なものが遺伝しちゃったなぁ。


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話は変わるが、ロデオボーイ系の乗馬マシーンを買おうかと検討中。腰痛に効くらしいので。妊娠&出産&育児で腰痛持ちになった。姿勢もよくなるみたいだし、この腹も少しはへこむといい。あんまり高くないみたいだし。

ロデオボーイ供▲蹈妊キング、ロデオクイーンあたりで迷い中。週末に試乗しに行こう。持っている人、感想聞かせてください。


つづく。


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・子供ができると価値観が変わるので、
 今まで見えなかったものが見えてきたりして大変ですよね。
 うちも妊娠中、産後とよく喧嘩しました。今も結構してます。
 私の場合、腑に落ちないこととか、ちょっとでも違和感があることは、
 徹底的に訴えて、相方になんとか理解してもらいます。
 それでよく大泣きします。(まなティと同じレベルですな)
 男の人ってちょっとオムツ替えたりしただけで、
 俺はやってる、と勘違いしますよねー。腹立ちますよねー。
 うちのダンナは最初から育児はかなりやる方ですが、
 それでもやっぱり私の受け皿があると
 心のどこかで思ってるようだったので、
 それがものすごくイヤでよく喧嘩しました。
 例えば、まなティの朝ご飯は相方の担当なのに、
 「寝坊したから今日はお願い!」ということが続いたときは、
 「寝坊したからなんて子供には関係ないよ。
 仕事に遅刻してでも食事は作ってね」と言ったら、
 寝坊が本当になくなりました。寝坊なんて気持ちの持ち様ですよね。
 朝ごはんの準備をしてから寝るようになったりして、変わりました。
 「どうせやってくれる」と思わせないことが大事ですよね。
 The Secret 面白そうですね! たぶん好きです。探してみます。

・私はすぐに自信がなくなったりするんで、よくないです。
 特に子育ては、そんな不安定なことじゃ子供によくないですよね。
 グルグル考えたり、相方と話し合ったり、本を読んだりして、
 少し自信を取り戻しつつあります。
 これからも前向きに頑張ります。

・1歳2ヶ月ですか。Tさんですよね?
 いやはや、お互い時が経つのは早いですな。

2007年05月07日(月)  揺るがない 我が家の柱 どっしりと


ゴールデンウィーク終わったな。

前半はモデルハウスめぐりをしたりしてたが、後半はまなティが久々に風邪を引き、家で3人と1匹でゴロゴロ&ベランダご飯&家のまわりを散歩&ちょっと買い物、という4日間だった。本当は動物園など行く予定だったが。

あー、あと、私は苗や種を買ってきて、夏の花壇(プランターだが)を作ったりした。朝顔の種も植えた。小学校以来だ。今は終わりがけの春の花と、夏に咲く花の苗が混在している。楽しみだ。

特に趣味のない相方が、「趣味があっていいなー」と言うので、「一緒に園芸やろうよ」というと、「それはイヤだ」だって。なんだよ。

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子育てについて色々悩んだりしたけど、もう大丈夫だ。今のところは。

今もまなティは気に入らないことがあると、キーーッとなって私を叩きにきたりするが、それに対して怒るのは逆効果なのでもう一切やめることにした。叩こうとする手を掴んで「食べちゃうぞー」と私の口に入れたり、お腹をくすぐったり、抱きしめて揺さぶったりして気をそらしている。そうするとまなティも機嫌が直る。肝心なのは、気が立ってるまなティと同調しないことだ。


私はよく自分の心の歪みについて書くけど、世の中のほとんどの人はどこか歪んでるんじゃないかと思う。そんな中で、相方という人間はどこまでも真っ直ぐだ。前に書いた『生への自信』を持っている人だ。かと言って、人の心の痛みがわからないかと言えばそうでもなくて、結構波乱万丈な人生を歩んでいるのであちこち頭をぶつけ、しかもよく本を読み頭もいいので、人の気持ちをくむのがうまい。人間の厚みがあるので、いつも新鮮で面白く飽きない。

ぐらんぐらんと不安定な私も、相方という真っ直ぐな支柱を得て安定してきた。いつもどっしりと安定している人がそばにいてくれるというのは心強い。本当はこの役目は親がするんだろうが、うちの親もぐらんぐらんだった(本人は気づいてないが)ので、今相方がその代わりをしてイチからやり直しという感じだ。

そういうわけで、まなティは大丈夫だと思う。相方がどっしり構えていてくれるし、私も強く真っ直ぐになってきたし。これからも子育てで悩むこともあるだろうが、ゆっくり考えよう。

私の人生で大成功だったことをひとつ挙げるなら、迷わず「相方と出会ったこと」だ。あのときから私の人生は大きく好転し、少しずつだが何もかもがよい方へ進んでいると思う。相方には感謝してもしきれない。大事にしよう。


人って案外柔軟だと思う。自分の幸せのイメージを強くもてれば、そこへ到達するために、時には自分が今まで頑固にしがみついてきたことを勇気を持って捨て、時には変えられるところはどんどん変え、変えられない部分は納得し受け入れ、知識をつけ、勉強し、努力し、そしたらどんどんよい方に向かうと思う。

ちょっとずれるけど、最近思うこと。

 自分のやりたいことをやるのは リスクが伴う
 そのリスクを独りで背負えないなら
 腹をくくってやりたくないこともやる
 リスクを独りで背負えると思っても
 実際に失敗してリスクを負う段になると
 たいていは自分だけでそれを背負ってはいない
 まわりのみんなに迷惑かけてる
 苦しんでる姿を見て まわりも苦しんでる
 それを忘れずに
 
 まわりのみんなに迷惑かけるのも悪いことじゃない
 むしろまわりのみんなもその迷惑を喜んでいる
 だからどんどんチャレンジするといい
 だけど、その迷惑が愛する者を悲しくさせるなら
 そのチャレンジは間違った方に行っている
 きっと逃げちゃいけないことから逃げている
 自分を含めた愛する者を
 悲しくさせない
 それが
 人生の
 道しるべ


つづく。


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