翠の日記

2003年12月31日(水) 良いお年を

 年の瀬も押し迫って参りました。というより、あと1時間もせずに新年です。
 日記をご覧の方はご存知かと思いますが、先日祖母がなくなりましたので、喪中ということで、新年の挨拶は控えさせていいただきます。
 この喪中…、何親等までなのかと調べたら、1親等以外は個人にお任せなんですね。実の祖母ということで、家族の中で母と私と妹だけ喪中とすることになりました。
 家としては喪中ではない、ということで、もし年賀状を出した方がいらしても、お気になさいませんよう。(お返しは寒中見舞いとなりますが;)
 何せ、家の入り口には門松も飾ってありますから。(笑)

 久しぶりに部屋の掃除をしたら、ちょっとだけ綺麗になりました。やっぱり本を片付けると違います。単に場所を見えないところに移しただけですが、掃除は見た目ですよね。

 去り際バタバタと電車を降りてしまったので言えなかったAちゃん、そして、サイトに立ち寄りくださいました皆様へ
「良いお年をお迎えください」



2003年12月30日(火) いつもお互いがいる世界が

 新曲の「ね、がんばるよ」をMC後とアンコールの2回歌ってくれました。とってもドリカム色の強い歌だと、私は感じましたね。特に「僕はいくよ」のフレーズが!リズムとりながら歌ってる姿が浮かびます。

「君が言う『がんばって』を 皮肉に聞こえないような 大きな男になるよ」

って歌詞が男心を判ってるというコメントでしたが、これって男女問わずですよね。

「がんばって」を使ってはいけない職場にいる人間が近くにいるせいか、あまり私自身も使わない言葉…、あれそうでもないかな?
 気軽な励ましとしては、結構使ってるかもしれませんね。
 励ましの言葉って、言う人と言われる人の関係で、どうにでも転びますから、大事なのは言葉よりも信頼関係ですね。

 歌詞があまり具体的ではないので、恋人同士というよりは、人と人同士の励ましの歌に取れて、色々な妄想が膨らんでしまいました。

「いつも(いつか)お互いがいる世界が、かけがえない大事な場所だ」

お互いがいる世界って、今は別なんでしょうかね?
それとも同じ場所なんでしょうか?

 別なら、それでも同じ大切な場所があるっていうことになるし、同じならその場所がそのまま大切な場所ってことになるし。

 私は別の方が、どちらかといえば好みでしょうか?
 違う場所でお互いがんばっていて、それでも大切な場所はひとつだよって何だか素敵じゃありませんか?
 というより、ソレに萌えます;

 ラストで、もっと高みを臨むように「僕は行くよ」(「僕はやるよ」)っていうのも、「だから君も行こう」って聞こえてくるような気がします。
 イメージとして、天に昇る階段の途中で、振り返って手を差される感じでしょうか?
 もちろん、教会の白い階段でもOKですよ(笑)

 コンサートが終わった後の感想は、「美人を見た!」でしょうか?
 大塚寧々以来の美人度アップだと思ったんですが、どうでしょう?
 引かれちゃっても、良いです。私の目にはそう映りましたから。



2003年12月28日(日) 冬の思い出

 友人の手伝いで冬の漫画市(間違ってはいない;)に行ってきました。  ネットで小説を読む機会が増えたせいか、視力が大幅にダウンしてしまったので、最近はネット自体も控えていたんですよ。
 その反動がきたのか、長編の小説が読みたくてしかたなくなり、思ったよりも購入していましたね。
 図書館で借りられる本ならそんなに漁ったりはしないんですが、市場にはあまり出回らない本ですからね。
 ところで、今回は珍しい日程だったので、何の問題もなく行くことができたのですが、友人は銀行関係者なので、翌々日までまだ出勤で落ち着かないと言っておりました。

 以前はクリスマス近辺に開かれていたのですが、いつから変わったんだろうと記憶を辿れば、はっきりと走馬灯のごとくその当時が思い出されました。
 何故なら、年末になった途端に、私は行くことができなくなったからです。
 家業の手伝いをしなければならず、その日家を空けるくらいなら、家出した方がマシという殺気立った空気が漂っているんですよ(怖っ)

 で、もっとも家の近い友人と駅で待ち合わせて、友人たちに宛てたお詫びの手紙を託したのでした。
 ところが、前夜に仕事で疲れた身体に鞭打ちながら書いたその手紙が、「おまえは円谷幸吉か!」と言われるくらいに大ウケしてしまいまして。

 慣れない仕事が辛いとか、行けなくてごめんなさいとか、自分ではせつせつと訴えたような気がするんですが、
 私の人生であれほどの笑いを取った事はありません。今後もあるかどうか怪しいでしょう。いや…たぶんない;
 今となっては、大変貴重な良い思い出です。

 どんな内容だったか興味のある方はこちら
 ↓
 
 円谷幸吉の手紙

 思うに人は、切羽詰ると本当に頭に浮かんだものをそのまま表現してしまうのでしょうね。
 円谷幸吉もきっと家族を思い出し、そこから連鎖して頂いた恩を思い出し…、
 本人は、限りなく真剣なんですが、どうしてそれが出てくるのと言いたくなるような手紙ですよね。
 そういえば、ドラマ出演の感想を山口智子が語っていた「向田邦子の恋文」もたしかそんな内容だったような…?



2003年12月26日(金) リアルタイム

 読売新聞の2004年の紙面改訂に「難しいカタカナ語を減らし、より読みやすく」というのがあったのですが、その語群の例が

アメニティ→快適環境・心地よさ
 (思いっきり私ってばバカだ、と思ったのは、この単語…水周りだと思っていました。だって、住宅販売のチラシとかでよく見るじゃありませんか!?)

シミュレーション→模擬実験・想定実験・模擬行動
 (子供でさえ使うシミュレーション。年配の方には難しいってことなのかしら?)

セクター→部門・区域※第三セクターは使用可
 (第三セクター以外でも使うのかが疑問です)

他にも、イノベーション・グランドデザイン・モニタリング等々
そして

リアルタイム→即時・同時・同時進行

………?


 リアルタイムって、あまり読まないのでわかりませんでしたが、新聞でも使っていたんですね。
 テレビでは「LIVE・ライブ」を使いますよね。
 でも、よくよく考えてみるとこの言葉って、TVの番組や雑誌連載を「リアルタイムで見てた」っていう使い方しか私はしないんですが、他にどう使うんでしょう。
 これって、大人買いと同じくらいオタク用語だと思っていたんですが、
…新聞で使用されていたってことは日常用語になっていたんですね。本当かなぁ…。言い換え語を見ると、「リアルタイム」をそういう意味でわざわざ使っていたとは思えないんですけど??? 



2003年12月25日(木) クリスマスコンサート

 辛島さんのクリスマスコンサートに行ってきました。
 FCでの申込が9月だったので、最近はチケットを取っていなかったのですが、今年はたまたま予定が空いて、尚且つe+のメールマガジンで追加募集してたのでラッキーでした。
 席がバルコニー席だったので、目の前にオーケストラが並んでいて、生演奏を聞いている気分でした。その分辛島さんの声がちょっと遠く感じましたが、いつものコンサートとは違う雰囲気で楽しかったです。

 一部は青い蓮(?)の柄のついた真っ白なドレスで、二部は真っ赤なドレープをたっぷりとったドレスと、どちらも白い肌に映えて素敵でした。
 そして、今回初めて生でニ胡の演奏を聴きました。本当に人の声のような響きなんですね。ニ胡のあとにバイオリンを聴くと、妙に甲高く線が細く感じました。
 ギターが古川さんだったので、クリスマスコンサート以外の公演も見てみたかったと思いましたが、近場(といっても電車で2時間)のホールは12/13だったので、どちらにしても行けなかったのでした。
 クリスマスコンサートだと、演奏がオーケストラ主体なので、ギターやピアノは脇役なんですよね。へたをすると、辛島さんさえ霞んでしまいますから(苦笑)
 その中で、「ララバイ」はホールなのに生声のアコースティック。伴奏はギターとメトロノームだけで、その演出にびっくりしました。

 本当にクリスマスプレゼントを貰った気分でした。



2003年12月23日(火) 冷気

 寝床が布団ではなく、ホットカーペットの上と化しているので、さすがに身体に悪いだろうと、1ヶ月ぶりくらいで布団に寝に行ったのですが、何故か顔に冷気を感じるのです。
 確かに障子は(断熱効果を考えると)押し入れや襖よりは寒いだろうけど、こんなに冷たい空気を感じて良いのだろうかと、布団の中から周囲を確認したりして、なかなか寝つけません。(ちなみに枕元・左側が障子で、足元が床の間、右側が襖)
 枕元と左の障子の合わせ目を見ても、ちゃんとしまっているし、霊感などないはずなのに…、と寒さを堪えつつようやく寝たのですが、翌朝起きた時に、もしかしてと思い、頭上のタンスの影になっていた障子の角が、3cmほど開いておりました。
 やっぱり霊感とかじゃなかったんだ、と少しだけ残念に思いながら、その晩はちゃんと閉めて寝たのですが、やっぱり冷気が顔を通っていくんです。
 なぜ…?
 同じ部屋で寝ている妹は、襖側でくかくかと寝ていて、ちょっとムカついたのですが、起こすのも可哀想だと、またがまんして寝に入りました。

 翌朝、雨戸を開けに来た母の言葉がまた、
「妹は紅い顔して寝てるのに、なんで姉は青い顔して寝てるの?」
でして……。

 私が聞きたいよ;
 念のためもう一度タンスの後ろを見てみたら、笑っちゃうことに、閉めた障子と90度の障子が3cm開いていました。
 私もまさか2ヶ所も開いているとは思わなかったんです。昨日母が障子の外の廊下を掃除したとかで、そうなってしまったそうです。さらに、それがちょうど障子の枠と同じ幅だったために、暗い部屋の中では気づきにくかったんですね。
 もちろんだから青い顔で寝てたのかと笑われました;
 
 やっぱり、たんなる冷気だったんだと、残念だったのと、隙間風ほど寒いものはないってことを実感したのでした。



2003年12月22日(月) 冬至

 毎年この時期は、どこぞのホテルでかぼちゃのポタージュとか飲んでいたんですが、今年(から?)は豪華ディナー(笑)はおあずけのようです。
 ということで、かぼちゃの煮たものが食卓に上っておりました。
 ゆず湯はちょっと省略して、バブのゆずの香りになりました。

 入浴剤で今までで一番好きだったのは、スキンケアバスクリンの「シルクプロテインホワイトローズの香り」なんですが、この商品もうどこにも売っていないんですよね。
 スキンケアバスクリン自体がなくなっちゃったみたいです。バブのローズの香りも好きでしたが、これもちょっと見なくなりました。
 ああいう入浴剤ってやっぱり家族向けだから、バラって定着はしないんでしょうか。
 「さくら」は桜餅の香りなので、家ではかなり不評でした。ゆっくり浸かりたい風呂で、仕事を思い起こさせるからですね;

 冬至ということで、TVで日の出の時間を出していましたが、7時近かったような…。すでに、ワタシは電車の中で再び眠りについている時間でした。
 



2003年12月20日(土) 青い鳥

 毎回毎回ライブに来るたびに、可愛いなあと、つくづく思います。
 登場したときには、逆光で真っ黒な天使に見えたんですが(笑)、よくよく見れば、青でした。幸せを連れてくる青い鳥…。でも、しっぽは黒なんですよ! マイクスタンドにはお約束の白いファー(羽根?)が取り付けてあるし。

 悪魔が化けてるっていうのも面白いかも。殺した天使の羽根で作った戦利品状態…、なーんて、ちょっと妄想に入ってしまいました。昔から羽が似合っていたから、ついね。でも、私の中ではどちらかといえば天使のイメージ。負より正ですね。

 最近はどのライブに行っても映像が付くようです。もはや照明と同じ扱いになってますよね。しかも、今回はライブビデオ(DVD)を作るというので、カメラを13台入れたとか。新しいライブハウスだから、設備がものすごい。ライブハウスにクレーンのカメラが入っていいのかと、思わず突っ込んでしまいたくなります;
 ミラーボールもホールのサイズの割りには巨大でした。途中でボールが降りてきてそれを片手で支える振りをしたりするんですが、なんだか、昔の白い巨大風船を思い出してしまいました。「もっとでっかく〜」とかね。(わかる人だけわかるネタ)

 今回びっくりさせられたのが、
 「なんて言ったらいいか悩んでることがあるんです。実は、12月27日に結婚、」

えーーーー!!!

場内からは、ものすごい声が上がりまして、私はといえば、びっくりはしたものの、『まぁそういう年頃だしなぁ。CD出せたから、落ち着くのか』としみじみと感慨にふけっていました。
さすがに驚いたので、おめでとうという感情は湧きませんでしたね。
しかし、続いた言葉が、

「式にお呼ばれしまして、歌を歌ってくれって頼まれたんだよね。ごめんごめん、ちょっと愛を確かめたくなっちゃったんだよ。まだみんな、僕にときめいてくれたりするんだね。ありがとう」

………。
そういうオチかいっ!

 まんまと乗せられてしまい、ちょっと悔しかったりしましたが、ほっとしたのも事実。なんだかんだいっても「まだ、ときめいたりする」んだなぁと再確認したりして(苦笑)

 4月に発売予定のマキシシングル(といっても数曲入りとか)の新曲を歌ってくれ、来年はこれをはじめに、3枚ほど予定しているとか。
「これで、勝負をかけます。ダメだったら、やーめたっ」と本気とも冗談とも付かないコメントをしていましたが、踊れなくても、歌えなくても、死なない限りは生きているんだよなぁ…なんて暗い考えが浮かんでしまいました。
 いや、死んだことがわからなくなるのは嫌だなぁという意味で。でも好きな人って、いつまでも生きていると思っていた方が幸せでしょうかね。

 アンコールは、再出発をするときにはこの曲という「TRY AGAIN」でしめ繰りまして、歌詞の「きっと飛べるさ〜」でまた、始まりの青い鳥を思い出して、やっぱりいつまでも飛んでいてもらいたいものだなぁとしみじみ会場を出ました。

 それにしても、新木場の会場周辺の道にはどうして路上駐車が多いのか謎です。周りに何もないので360度プラネタリウム状態ですが(明るいので見え方はイマイチ)、止めた車の中の人はどこにいるんでしょう…?
 さすがに怖くて(色々な意味で)車の中を覗いたりはしませんでした。
 



2003年12月19日(金) つい、うっかり!

 何が?って、大根を干していたんですが、うっかり昨日の夜にしまい忘れてしまいました。(注:父が) 今年はなかなか陽が射さなくて、風も吹かなくて、ほんとに乾きの悪い年だったみたいです。霜が折り始めると、シートを掛けておかないと、一晩で凍ってしまって、そうしたら、全てが水の泡なんですよね。それでも、無理やり漬けて食べた年もありました;
 幸い今朝は霜が降りていなかったので無事でした。

 最近はさすがに減って、70本くらいになりましたが、これが春にはなくなるんですよね。お腹の中に。もちろん、親戚にも配りますけど。半分以上は4人で食べちゃいます。へたをすると1日一本くらい。
 特に冬は、白菜とか大根とか豊富ですから、家では漬物のない日はありません。
 
 本当に書くことがないらしい。私って、食べ物ネタが多いわ…。

 そして、(この接続詞はあきらかに違うだろう;)もといっ
 ところで、ダイアリーボタンからのリンクが切れていたことに、全く気づきませんでした。指摘してくれたHさんありがとうございます。
 ダイレクトに書き込んでいるので、うっかりすると、年が明けても気づかなかったことでしょう。早速、直しました。



2003年12月18日(木) 健康相談

 夏の健康診断でイマイチの評価をもらった人が受けるものです。
 私が引っ掛かったのは、貧血でした。
 5月に献血に行った時に比重が足りなかったので、気をつけようとは思っていたんですが、ちょっと手抜きをしてしまったために、引っかかってしまったんですよね。
 この場合「気をつける」とは、検査1ヶ月くらい前から、テツタブを療法通りに食べることです。これをきちんとすると、まず引っ掛かりません。本当にその場しのぎですが、治療してもその場しのぎの治療にしかならないので、同じことなんですよ。
 数年前から、どうにも慢性的に鉄欠乏性貧血となりまして、初めて検査に引っ掛かった時には、ちゃんと医者に行って鉄の錠剤とか飲んだりしたんですが、飲まなくなると元に戻っちゃうんですよ。意味なし……。
 もう、これが基礎体温と同じように、これが標準値となっていると思うんですけど…。
 訪れた保健婦さんと、食生活とか話していても、食べる量は普通だし、好き嫌いはないし、何が問題なの?と、あちらも何も言うことがないようで、とりあえず、鉄を作る食品群の中で、毎日取るものの中に上がっていた「乳製品を取る」ことで、落着いたのでした。



2003年12月13日(土) 麗らかな陽気の中で天に

 先週末に見舞いに行った祖母が亡くなり、今日見送りが終わりました。
 訃報を聞いた瞬間、見舞い行って会えて良かった〜と思う反面、見舞いに行ったからか?とも思ってしまいました。
 おそらく私は、この一月で近隣に住んでいながら見舞いに行っていない、最後の人間だったような気がします;その間母は毎日、妹は4度ほど、私と1.2位を争う父すら行っていましたから; やはり、ムシの知らせってことでしょうか。
 でも、従兄弟は更にすごくて、仕事先で花(しかも大輪の白百合)が売っていたのでそれを何の気なしに買ってきたら、部屋に祭壇が備えられる前の祖母のための花になってしまったそうです。入院した日も同じように、病室の花になっていたそうで、「おまえの花は、またばあちゃんための花になるなぁ」と、言われたとか。

 葬儀は土地によってしきたりが様々なので、微妙な近さの親戚だと気を使うのですが、今回驚いたことが少々…。
 日取りも決まって、さあ寺に坊さんを頼もうとしたら
「通夜はともかく、葬儀の日は大掃除が始まりますので、午前中は人を避けません」
と、寺から返事がきたとか。さすが、初詣にかけてる寺は言うことが違う;
さらに、
「クラウンか同等以上の車3台で迎えに来てください」
はあぁぁ〜〜。んなに何台も車を用意できっかいっ!! 
一人で良いから朝来てくれ! と言ってみると、
「そういうわけには行きません。格式というものがあります」
………。 
ちなみに、町内に駅すらない、田舎の農家ですから;

しかし、そんなすったもんだも去った後、麗らかともいえる今日、数人の導師さまの荘厳な声に送られて、ちんまりと可愛らしく薄化粧された祖母は、空へと旅立ったのでした。



2003年12月10日(水) ものもらい

 火曜の夜から圧迫感があったのですが、とうとう、痛くなってきたので、瞼を捲ってみると、プチっと白いものができていました。
 朝は少しの痛みだったのが、夕方になると顔や頭まで痛くなってきたので、さすがに帰りがけに、会社の最寄の眼科に行きました。
 最近前髪が目を刺すので、切ったばかりだったんですよね; 時既に遅し…。バイキンが入ったとか。あまりに原因がわかりやす過ぎて、泣けちゃいます。 そして、この眼科には3年ぶりに行ったのですが、目の検診をしたらやっぱり、視力が落ちたことを指摘されました。
 とりあえず、目薬だけで治せる段階で、ほっとしました。
 それなのに、どんどん痛くなってくるんですよね。でも、痛みに対して目は腫れていない。腫れて欲しいわけではないんですが、なんか一致しないものってもやもやしてしまいます。
 よく、お酒の席で酔っているのに顔に出ないために、どんどん人から勧められてしまう、そんな気分でしょうか?



2003年12月09日(火) 原画展&ジュエリー展

 表参道の2ヶ所で開催されていたのは知ってはいたのですが、土日に行きそこなったので、会社を早退して行って来ました。ジュエリー展が今日の17:00までだったんです。
 ジュエリー展の方は、高田明美さんの作ったシルバーアクセサリーと、書き下ろしの原画が数点が飾ってありまして、翼モチーフのものが、わりと好みでした。やっぱりファンタジー好きだから。
 サイト発表時にマジカルステッキと書かれていたものは、ハートクロスに名前が変わっていましたが、やっぱりマジカルステッキの方がなじみ深いんですよね。魔女っ子世代だから(笑)

 原画展はノエルノベルズと題しているだけあって、ノベルズの挿絵中心で、こういった原画は今までイラスト集でしか見ることがなかったので、とても面白かったです。特に「朱天童子」のシリーズは、いつも見ているキャラクターものや、オリジナルの優しい雰囲気とはまったく違う世界だったので、印象深かったです。
 今回は原画の販売も行っていました。といってもスイートバレーハイシリーズのノベルズの挿絵と口絵なので、わりと小振りでさっぱりした絵でした。私は買う気はなかったのですが、他に人もいなかったので、スタッフの方と少しだけ話したりしました。

 今回の原画は版権元の出版社がもう存在していないので、売ることができたということですが、キャラクターものだと、特に版権問題がうるさいということで、版画にすることもなかなかできないとか。
 そういえば、以前お菓子のおまけにアニメのキャラクターを使った箱を見たら、
原作者・漫画家・出版社・アニメ制作会社・TV局・広告代理店とCマークの後ろにかなりの数の名前が並んでいたのでした。

 この方は、版画制作販売会社にいたこともあったそうで、挿絵が版画と同じくらいの値段で売っているのに、驚いていました。版画でも数十万があたりまえ、なんですよね。
 この手のものって、本当に需要と供給で値段がつけられるから、欲しいな、と思うものはやっぱり高い; だからとても手が出なかったりします。しかし、飾る場所もないのが哀しいところです。
 やっぱり額装した絵って、クロス貼りした壁とかに飾りたいじゃないですか?
 今家にあるその手のもの(それも、欧州風景の油絵)は、押入れの長押の上とか、違い棚の上とかに、居心地悪そうにしています(苦笑)



2003年12月07日(日) 蟹にするか、牛にするか

 毎度ボーナス時期になると、我が家では娘が食材を仕入れて、家族に振舞います。ここで、家族そろって外食!にならないところが、出不精な家族の表れです。
 妹は11月初旬から自分が頼んだ蟹が到着するのを、今日か明日かと待ち構えておりまして、本日めでたく宅配便が到着したのでした。
 こういうときには惜しみのない性質なので、大きいとは思っていたのですが、直径3cm長さ50cmほどの両足は、さすがに冷凍庫に入るはずもないので、すぐにその日の晩の食卓行きとなったのでした。そして、当然ながら、1度では食べきれず、残りは翌日持ち越しです。

 ところで、間の悪いことに、今朝は市場に行った父が、牛すじ肉を1kgほど買ってきまして、蟹の到着を待ちながらも、これも冷凍せずに調理してしまおうということになり、牛シチューを作っていたのでした。
 分けるのも面倒なので、適当に切った肉1kgを大鍋に入れて、煮ていたのですが、下準備はすべて妹です。私がしたのは、朝から昼まで吹きこぼさないようにと、火の心配だけでした。
 一人暮しから戻って以来、すっかり家事から遠のいて、後片付け専門になり下がっています。しかも、火の番だけですから。子ども並です(苦笑)
 夕方になってから、肉の量に合わせて、その他の野菜(じゃがいも除く)を入れ再度煮込み、結果レシピの分量を見ると、16皿分の牛シチューができたのでした。
 でも蟹が待っていたので、これは明日の晩からのお楽しみです。そして、いくら食いしん坊の家族でも、さすがに半分は冷凍庫に入れたのでした。



2003年12月06日(土) 舌が痛い;

 たまに口の中に頬ばり過ぎて、鈍くさくも舌を奥歯でかんだりするのですが、今回は思いっきり犬歯で噛んでしまいました。
 しっかりしたイクラが、口の中で逃げ回ったので、目測(?)を誤って、舌先を噛んでしまったんですね。しばらくご飯が食べられないくらい痛かったので、鏡をみてみると、皮がめくれて赤い肉が見えてました。でも出血はすぐに止まったので、かなり安心しました。
 ちなみにイクラは買ってきてから10日以上経つのに、まだ元気です。市場で生イクラを1kgほど買ってきて家で醤油で付けたものなので、初日は食べ放題気分が味わえて楽しかったのですが、翌日以降は、朝大匙1杯ほどで満足してたので、今日まで残っていたのでした;

 ところで、今日はようやく外祖母の見舞いに行くことができました。おそらく自他ともに認められているほどに、親族中もっとも薄情な私なので、行ったら最後、お別れになるような気がしてしまい、自然、足も遠のいてしまうんですよね(ちょっと、言い訳)
 1週間が2週間になり、3週間から今年いっぱいになったので、まだ表情色も良く、ほっとしました。
 そんな伯父曰く、
「思えば、孫(=跡取)が結婚するまでから、ひ孫を見るまではになって、弟のひ孫を見るまでから、(結婚した)孫の子どもを見るまで、がんばったなぁ。残りは、おまえたち(含む妹)の行く先だけが心配って言ってたなぁ…」などと、言われたりしたので、それはまだまだ、当分先まで大丈夫ってことだよと、答えて帰ってきたのでした。



2003年12月02日(火) 5分の熟睡

 いつも帰りの電車は、座るために始発まで5分戻るのですが、今日はその5分で熟睡してしまいました。
「もしもし、終点ですよ」
という、心優しい女の人の声に起こされまして、いや、もう、まったく気がつきませんでした。多少寝不足の感はあったものの、我ながら驚きです。
 そして、寝ぼけていたので、その人の顔など覚えていなくて、ただただ、感謝とともに、改札を出る後姿を見送ってしまいました。
 私が寝ていた電車は折り返すと、違う路線に行ってしまう電車だったので; 本当に危なかった;
 当然のように、電車の中でも再び寝こけてしまったのでした。


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