2006年06月30日(金)  ありがとうおやすみなさい。

毎晩行っている妊娠線予防マッサージ。始めて数ヶ月経つのでもう慣れたもので、お腹の下から手のひら全体を使って優しくマッサージ。太腿あたりから尻を持ち上げるように下から上にマッサージ。膝の裏から尻にかけて引き上げるようにマッサージ。ここまではマニュアル通り。
 
あとはふくらはぎ。これは浮腫の予防。それと足の指を手の指ではさんでグリグリするマッサージ。これ僕も妻にやってもらったんだけど気持ちいいどころか痛くてしょうがない。でも妻は気持ちいいって言ってるからしょうがない。最後にお尻のくぼみを肘でマッサージして、腰痛改善の為に腰から背中にかけて揉んで終わり。30分以上かかる。
 
妻がお風呂に入らないまま眠って深夜1時頃にひょっこり目が覚めてシャワーを浴びて髪の毛を乾かしたりなんかしてると、マッサージを始めるのが2時頃になってしまい、翌日の仕事に支障をきたしてしまう。妻は夕食食べた8時頃から1時頃まで寝てたからいいけど、僕は妻が何時に起きるかわからんのでいつまでも起きててゲームをしたり詩を書いたりしている。
 
そんな苦悩の毎日。マッサージも終盤に差し掛かり、僕は妻の背中を揉んでいた。でも結構疲れるんだよね。揉むって動作。だから拳を作って背中をグリグリやりはじめたら、まぁ予想はできたんだけど妻が「痛い〜」と言う。あ、ごめんっつって再び揉み始めて、「これ気持ちいい?」と訊ねると嘘とお世辞が嫌いな妻は「あんまり」と言う。
 
残念な僕は「じゃあどうすればいい?」と訊ねると、「んー、じゃあ手で撫でてて」と、何もしないことが最上級で、まぁ手で撫でるくらいなら私も我慢できるみたいな言い方をするので、これが平生の恋愛であれば、「なんだこの野郎。俺がせっかく揉んでやってんのに」と怒るところであろうが、これは結婚であり妻は妊娠中でありお腹の中には可愛い女の子がいるのであり、妊娠中ってのは男が理解できないくらい辛いものであるので、僕は妻が何を言っても全然怒らない。
 
しかし日本が平和で当然と思っていることと同様、感謝の行為が日常を経て当然の行為へと変貌することも怖いことだ。妻はもう今夜で4回連続マッサージ終わったあと「ありがとう」と言っていない。このことについては寝る前に断固説教する。
 
2006年06月29日(木)  声が遅れて。
 
リビングで食事中に突然妻が「あー!」と叫んだので、ビックリした僕は箸を落とし、椅子に座ったままテーブルの下に体を入れて、窮屈な姿勢のままコロコロ転がる箸を取ろうとするものだからいつまで経っても箸が取れないということを書きたいのではなく、なぜ夫婦揃って楽しい食事の時間に妙な奇声を発するのだと妻に問うたところ、「私声が遅れて聞こえるんだった!」と、自分に眠っていた能力を久々に思い出した感いっぱいの顔で言った。
 
声が遅れて聞こえるとは一体何ぞやと、落ちた箸をシンクで洗いながら訊ねると、どうやらそれは腹話術師いっこく堂のネタらしく、声が遅れて聞こえる衛星放送ネタを若い頃の鍛練のお陰で遂に習得したということを忘れていて今思い出して私はすごく感動している。披露していいかということを妻が言った。
 
じゃあ言ってみてと妻に言うと、ちょっと待ってねと顔を隠して何か準備らしきものを始め、道具を使うわけでもないのにその口を大きく動かす準備がやたら長いので、僕は食事を再開してテレビを見ていると、「いーい?」と、もうこれ以上ないくらいの笑顔で振り返った妻。早く食事を進めて欲しい。食器洗うの僕なんだから。
 
じゃあ言ってみて「言うよ」うん言ってみて「いくよ」ほんとにできるのかな「できるよ」……「言うよ」うん早く言いなよ「いくよ」
 
と、いつまで経ってもニヤニヤ笑って一向にネタを披露しないのは、冗談をしようとしているのに僕があまりにも真剣に見つめているので恥ずかしくてネタが披露できないと言う。モジモジしている妻に、じゃあどうすればできるのかと言うと、妻は恥ずかしそうに「目を閉じてて」と言った。
 
「……声が……遅れて……聞こえるよ」
 
暗闇の中で、妻の声が遅れて聞こえた。
 
2006年06月28日(水)  内緒のデート。
 
ややちゃんは女の子でした。
 
「私は先生に聞く前から知ってたけどね」と言う妻に、どうしてと訊ねると、「だって自分の体の中のことなんだもの」と、これまた科学では証明できないようなことを平気で言うのだが女の子! ディズニーランド!
 
「ママにねぇ、たまにはお休みあげてねぇ、二人でディズニーランド行こうね」
 
と、お腹に向かって話し掛けると、「なんかそれ違う女の子とデート行くみたいでムカつく」と笑っている妻はとても幸せそうだ。まぁムカつくムカつかないに関わらず僕はややちゃんと二人でディズニーランドに行って、ママにはお土産買う時間なかったけど何とかママのために買ってきたよ的なドナルドダックの形をしたちっこいクッキーを買って帰る。
 
早く一緒にデートがしたい。ややちゃんどうかママに似てちょうだい。
 
2006年06月27日(火)  アイディア!
 
夕食はほとんど僕が作る。というのは、妻が料理が苦手なわけではなく、ただ単に僕の帰宅が妻より早いってだけで、妻より早く帰宅してゲームしながら妻の帰りを待っていたら神様はきっと怒るし何よりもかみさんがきっと怒る。だから僕は好きでもない料理を頑張って勉強している。でも妻は、一緒に住む以前から自炊をしていたので、妻が休日の日などは妻が夕食を作ってくれる。
 
妻が作った夕食。これがまた美味い。今日は牛肉を厚めに切って、エスニック風のドレッシングと野菜やなんやをからめて、なんやわけのわからない滅茶苦茶美味しい料理を作った。
 
お前この牛肉の厚さ、高い素材買ったから美味いもの作れるのって当たり前やんけー。と、思うわけがなく、確かに何か高そうな肉だったけど、味の決め手は妻が作ったエスニック風のドレッシングであり、こういう繊細な味を出せるところが経験の差であり、今回も実力の差をまざまざと見せ付けられることになったわけだが、世の中にはクックドゥーとか丸美屋のなんとかの素みたいなやつ。ギリギリこれ手作りっていえるような料理作れるやつ。妻が帰ってくる前にこんなやつに頼って、箱とか袋とか見えないようにゴミ袋の奥の奥の方に隠すという料理のアイディア!
 
2006年06月26日(月)  ある食卓の過失。
 
夕食を作り始めて久しく経つが、いかにレシピを見ながらといえども、料理初心者の僕が毎晩毎晩美味しい料理を作れるはずがなく、例えば今夜の鰯の照り焼き丼、あれは不味かった。
 
たしかに不味かった。照り焼きのタレの分量、醤油やらみりんやら砂糖などの分量を間違えたのか、鰯を両面焼いて、タレをからめる過程で強火にしてしまったのがいけなかったのか、食ってしまった今となってはもうわからないが、だって料理初心者なんだもの。たまには失敗するさ。失敗は成功の母というではないか。絶対に失敗しない人というのは、何も挑戦しない人のことだ。大失敗するものだけが大成功を収めるんだ。しかし何がいけなかったのだろう。
 
と、食事中の妻を見ると、テレビを見ながら何も言わずに黙々と食べている。平常であれば、「美味しーい!」とか「すごーい!」など言って僕を喜ばせて、その言葉が明日もキッチンに立つことを苦としなくなるのだが、今日はそんな言葉が一言もない。喧嘩してるわけでもないのに黙々と食べている。ごめん。ほんとごめん。不味かったんだ。不味いと言えば傷がつく。美味いと言えば嘘となる。そんな苦悩を抱えながら妻は黙々と僕が作った不味い飯を食っていたのだ。ほんとごめんなさい。しかしルソーは言っていた。
 
「過失は恥じるべきだが、過失を改めるのは恥じるべきではない」
 
そうだ僕には明日がある。妻に毎晩美味い飯を食べさせる為に、今日の過失を恥じて、過失を改める明日を迎えようと思います。ぐすん。
 
2006年06月25日(日)  ディリーティーライス。
 
時に恋愛、時に時事、時に仕事、時に人生について書き綴ってきたこの日記も、最近は新婚生活および妊娠生活のことしか書かなくなって、読者層もがらりと変わってしまったと思うが、赤ん坊が産まれたら育児日記オンリーになることは明白で、来月で6周年を迎えるこの日記も、読み返してみると、何もないような人生でも、何かと変化に富んだ生き方をしてるんだなぁ。と、感慨深く思ったりして。
 
この6年間の日々が綴られた日記は、「鹿児島編」「東京編」「結婚編」という具合に分けることができ、最近読み始めた人に、この日記のあらすじを説明すると、鹿児島で普通に生きていた青年が、都の魔力に魅せられ衝動的に上京、都会の荒波に揉まれながら射精、子供できて結婚という具合になると思うが、こう書いてみると波乱も何もない。
 
様々な女性が登場して惚れた腫れたの恋愛劇を広げるのも前半の鹿児島編のみで、上京してからというもの、気が抜けたように真面目になって、恋人と真摯に向きあい、やがて別れ、仕事では順調に出世してストレスで皮膚病を患い、夜明けまでパソコンに向かって書籍を3冊出版した(ケータイ書籍含む)という具合に、波乱とは程遠い人生を送ってしまった。
 
別に波乱を望んでいるわけではないけれど、日々数百人が閲覧するウェブ日記というものは、時に大失敗、概ね大失態という具合に、何らかのエンターテイメント性が必要であるにも関わらず、気が付けば家内のために飯を炊いたり、風呂を掃除したりという日常の中の日常。日常の中の茶飯事。日常茶飯事。デイリーティーライスなことばかり書いている。こんなんでいいのか俺。このまま「一般的な日常」というカテゴリーにこの日記をあてはめて生きていくのか俺。書いていくのか僕。毎日日記を書く時間が存在する暇っぽい男と後ろ指さされながら歩いていくのか私。そういえばこの日記、初めのころ一人称は私だったなぁ。
 
そんな普通のウェブ日記。来月から7年目に突入します。10月からは育事変に突入します。育児編に突入します。育事変。いいねこのネーミング。
 
2006年06月24日(土)  妻へ。
 
今日も一日お疲れ様でした。僕は夜勤明けなので、夕食作って待ってます。眠ってなかったらね。夕方ちゃんと起きてたらね。これがまた難しいんだ実は。夜勤明けって朝の9時半に仕事終わって、家に着くのが10時。で、朝ご飯食べてシャワー浴びて、ゲーム。ゲームするとダメなんだなぁ。すぐお昼過ぎちゃって気付けば1時とかなっちゃってる。で、眠いからベッドに入ると熟睡しちゃって3時間4時間じゃ起きれない。気付くと夜6時とかなっちゃってる。そうなるともうだめ。夕食作り始める頃に君が帰ってきちゃう。お前一日何してたんだって言われたら、ずっと寝てたしか言えなくなっちゃう。寝ちゃったかと言われれば、寝ちゃったとしか言いようがないって村上ファンドみたいな言い訳しかできなくなる。だから僕は夜勤明けのゲームを我慢して、昼寝も適度に切り上げて、ちゃんと夕食作ります。言った。書いた。
 
この日記は仕事帰りに電車の中で読んでいるのかな。いやー。しかしお腹に赤ちゃんいて働くのって大変だね。周囲の理解なんつっても、人はみんな自分のことで精一杯で、世の中には純粋な受容と共感なんてないんだから、仕事の負担が減らないってのもしょうがないのかもしれない。でもこれが現実。でも、世の中に1人だけ純粋な受容と共感をする人がいるってのも現実。僕のこと。本当にちゃんと受容、しっかり共感。だったらちゃんと夕食作れって話なんだけどね。
 
世の中に一人もいないことと、一人しかいないこと。たった一人しか違わないけど、0と1では全然違う。しっかりとサポートするから、あと2ヶ月、頑張って。辛かったらさ、明日から仕事に行かなくたっていいんだよ。世の中はね、私がいなくちゃどうにもならないってことも、いないならいないなりにどうにかなるものなんだよ。リリー・フランキーが何かの本で言ってた。「みんなまんべんなくどうにかなってる」って。どうにかなるんだ。どうにでもなるんだ。まぁ極端な話だけど、そのくらいの心意気ってことでね。そのぶん僕が働けばいいんだから。
 
妊娠中も仕事してるからって母親失格なんて思うことはナンセンスです。妊娠中仕事してなかったら母親合格じゃないでしょ。要はね、自分の体調を考えて、自分のペースをわきまえて、元気な赤ちゃんを産むことが、母親合格なんだ。逆に誇りを持つべきだよ。仕事してることに。君の仕事内容はあんまりわからないけど、僕より大変なことやってるんだから。僕なんてヘラヘラ笑ってれば一日が終わるんだから。いやホントに。
 
僕は今、君と君のお腹の子どもだけを最優先にして生きている。結婚と恋愛が違うところは道の数。いま思いついたから間違ってるのかもしれないけど、恋愛はそれぞれ二つのレールがあって、それは将来的に1本になるのかもしれないし、分かれてしまうかもしれない。でも結婚ってのは道は一つしかないんだ。まぁいずれ分かれてしまうパターンがあるのかもしれないけど、新婚だし、そんな可能性は考えないことにして、とりあえず1本なんだ。だから君が歩けば僕も歩く。君が座れば僕も座る。君が走ればお腹の子にいけないからと袖を引っ張る。これが結婚なんだと思う。
 
今日も一日本当にお疲れ様でした。夕食作って待ってるよ。部屋のドアを開けて僕がまだベッドに入っていたら違う道を選ぶがいい。言った。宣言した。僕は誰から見ても最高の夫になるのではなく、君から見た最高の夫を目指すんだ。すげぇことだこれは。あの利己的な我利我利亡者な独身生活は何だったんだって我ながらビックリするけど、これが結婚というものだ。これが結婚というものだ。早く帰っておいで。またあとで会いましょう。
 
2006年06月23日(金)  狂おしいほど。
 
ややちゃんはパパっ子である。と書くと妻に怒られそうなので、ママっ子であるとここでは書くが、ややちゃんは既に僕の声を認識できる偉い赤ん坊である。
 
最近は胎動が激しく、妻のお腹をポンポンと叩くと、高確率でポンポンと返事をする。「ややちゃんパパですよ」とお腹に声を掛けると、「そんなこと知ってるヨ」と、またポンポンと返事をする。妻が腹を出すチャンスは妊娠線予防クリームを塗る時しかないので、僕はこのクリームでマッサージする時間が待ち遠しくて仕方がない。
 
まぁ正直に言うけど、初めて胎動の感触を味わった時には不気味だった。ポンポンと叩くと、グニュッって感じで妻のお腹が動く。「ひゃっ」と驚いて、つい手を引っ込めてしまったこともあった。でも今は違う。それは生の証。それは命の絆。僕はお腹の中の神秘に抵抗なく触れることができる。でも突然ドーンってな感じにお腹が動くとやっぱりビックリしてしまう。
 
そんなややちゃん。まだ男か女かわからないのに、僕は最近「ややすけ」と呼んでいる。「おーいややすけー」と声を掛けると、ドーンとお腹を叩く音。ややすけはややすけというネーミングが気に入らないようだ。だからきっと女の子だ。ややこちゃんだ。ややこちゃん。わーいわーい。と、お腹の上で毎晩旦那が馬鹿騒ぎしているのを見て妻は何を思うだろう。そんなややちゃん。僕が夜勤などで家に不在の時は、やたらお腹の中で暴れるらしい。
 
「パパはどこだぁぁ!」って暴れてるのよ。パパはね、夜のお仕事なの。って言い聞かせるんだけど、お腹の中は昼も夜もないらしいから、「夜の仕事」って言われても何のことやらわかんないみたい。ただいつもの時間にパパの声が聞こえないのがおかしいって思って暴れてるのよ。と、ママの弁。
 
ややすけの行動とママの発想に、狂おしいほど幸せな気持ち。
 
2006年06月22日(木)  内緒の手紙。
 
妻が珍しく手紙を書いてくれた。「読んでね」と言って妻はベッドに入ってしまった。「どこにあるの?」と訊ねると、「内緒のところ」と言って眠ってしまった。
 
妻は「内緒の〜」というフレーズが大好きで、僕が夜勤明けの日、昨日の夜何食べたの? と訊ねると、「内緒のゴハン」、昨日テレビ何見てたの? 「内緒のテレビ」、何時に寝たの? 「内緒の時間」という具合に、妻のことで僕が知らないことを訊ねようとすると、すぐに「内緒の〜」というフレーズを使う。そしてその「内緒」の内容を本当に教えてくれない。
 
そんなチープな秘密を重ねている妻が僕に手紙を書いてくれた。場所は内緒のところだという。妻は寝息を立て始め、僕は手紙を探し出す。テーブルの下を覗き、棚を探り、バッグを開ける。それでも手紙は見つからない。「まっいいや明日探そっと」と、妻に聞こえるように独り言を呟くが、妻はそんな駆け引きに乗らないことは僕が一番わかっている。
 
約30分間、部屋中を探し、手紙は僕のノートパソコンを入れるバッグの中で見つかった。妻はもう完全に眠っている。僕は手紙を握りしめ、タバコを持ってベランダへ。手紙には、日頃言えない感謝の言葉や愛の言葉で埋め尽くされていた。僕はベランダでタバコを3本吸って、手紙を3回読み返した。
 
ベッドに入り、眠っている妻の横で手紙の音読を始めたら、真っ赤な顔して悲鳴と共に目覚めた妻に、僕は強く抱きしめられた。
 
2006年06月21日(水)  マタニティグッズ。
 
男にとって無関係の世界、マタニティグッズ。月日とともにせりだしてくる腹に合わせ、体型に合わせたファッション、下着、肌着、パジャマ諸々を購入しなければならない。女性はほんとに大変だ。
 
マタニティショーツって見たことありますか。パンツと腹巻が合体したようなやつ。マタニティブラって知ってますか。授乳しやすいやつ。あとマタニィパンツとか。見かけはジーパンとかチノパンだけど、ウエスト部分が腹巻みたいになってるやつ。
 
妻は結構ファッション雑誌とか買うほうで、お洒落に敏感な綺麗な女性なんだけど、マタニティグッズに関しては非常に慎重な姿勢を見せており、腹が出てきても「まだ今までのパンティとブラで大丈夫」とか、「ズボンもベルトしなければ大丈夫」と言っていて、そう言っている間にも腹はどんどん出てきて、それでも妻は「まだ大丈夫。家にあるやつで大丈夫」と気丈に振舞っている。
 
でも僕は考えた。「あるやつで大丈夫」だったらマタニティグッズなどは存在しないのではないか。何かしら妊婦に有益だからこそ存在するのではないか。今はあるやつで大丈夫なのかも知らんが別にうちは貧乏ではないわけだし、かといって金持ちでもないけどね、妻が買わないのだったら僕が買おう。
 
と、数ヶ月前、日本橋に水天宮っていう安産の神社があるんだけどね、その通りにマタニティショップがいっぱい並んでいるという情報を仕入れて一人で行きました。ブラやらパンツやらを買いに。ついでにお参りもしてきました。
 
そして顔から火が出る思いをしてマタニティショーツ、マタニィブラ各3枚、仕事着で着られるようなマタニィパンツ2枚、部屋着のマタニティパンツ1枚を購入。レジで金を支払う頃には顔から火が出っ放しで、妊婦やら若夫婦に囲まれて逃げるように水天宮を後にしたのも全部妻のため。
 
仕事から帰ってきた妻に、休日を利用してこんなん買ってきました。と、マタニティショーツを広げると、「でかパンやだーっ!」と、泣きそうな顔をする。ファッションに気を遣っている子やからね、ショックだったのしょう。でもまぁ物は試しで着てみて下さい。と、未だ火照りが取れない顔に優しい笑顔を浮かべてマタニティショーツを渡し、試着をした妻は「わー! ちょーらくちーん!」と歓喜の声を挙げた。
 
マタニティブラもラクチン。パンツもラクチン。全部ラクチン。世の中にこんな便利なものがあったなんてと妻は感動しっぱなしで、まぁ怒るよりも泣くよりも嬉しいという感情はお腹の子にもいい影響を与えるのだろうな。よしよし。もっともっと喜ばせてやろうという経緯で、以後、妻のマタニティグッズは全て僕が買い揃えている。妻はその度に喜んでいる。だから必然的に元気な赤ちゃんも生まれるってわけ。
 
2006年06月20日(火)  吸いたくなるなる。
 
一人の休日。朝7時に起きて妻と一緒に飯を食ったまでは楽しかったが、妻は可燃ゴミをぶらさげて仕事に行ってしまい、部屋には僕とテレビの「とくダネ!」の小倉さんだけになってしまった。つまらん。妻は仕事に行き、小倉さんはドイツに行っている。ドイツもこいつも。
 
午前中は結局ゲームをして時間を潰す。正午前に腹が減ったので、アジアな香辛料を振りかけた鳥の唐揚を売り出してますという内容のテレビCMが流れていたので食べたくなるなる。近所の白ヒゲの唐揚屋に行って、アジアな香辛料を振りかけた鳥の唐揚を2個食ったら胃がもたれて死にたくなるなる。
 
なぜか店内にはこれがCM効果というのだろうか、なぜかアジア地方の外国人ばかりで、店内は中国語で賑わっていて、嘘のようなホントの話だが日本人は僕しかいなかった。タバコを吸う僕しか。
 
で、鳥の唐揚食いながらタバコも吸いたい僕は、ざっと店内を眺めて喫煙コーナーを探すと、店内の右半分と左半分を仕切る天井に「喫煙コーナー」というサインボードがかかっている。しかしこのサインボードが曲者で、店内の右側から見ても「喫煙コーナー」、左側から見ても「喫煙コーナー」、要するにサインボードの両面に喫煙コーナーと書いてあるので、どっちが喫煙コーナーなのか全くわからない場合、店内の客を見て、喫煙者を探せばいいと思ったのだけれど、アジアな人たちは誰一人タバコを吸っていない。どうしよう。タバコ諦めるべきか。そうするうちに唐揚が冷めていく。でも一番食べたいのは家庭では真似できないコールスローだったりする。
 
2006年06月19日(月)  疲労メーター。
 
最近、疲労メーターの上限値が上がったので体がしんどい。
 
というのは、今まで僕の疲労メーターの上限値は10で、仕事が終わり、8くらいになったら今夜はコンビニ弁当。9になると、とりあえずソファーで深夜まで眠ってから風呂入ってコンビニ弁当。10になると、ソファーで眠って気付けば朝方、シャワーを浴びて出勤準備。という具合になるのだが、妻。僕にとって妻という存在はとてつもなく大きいんだなァ。
 
妻は妊娠7ヶ月目に入り、まだ働いている。妻の妊娠前の疲労メーターが10だとしたら、妊娠することによって5に下がってしまう。要するに、軽度の疲労でも身体に負担がかかってしまい、すぐに疲労MAXに陥ってしまうのである。
 
でも僕は妊娠していないので、疲労メーターMAXの妻を見て、とても可哀想だと思う。可哀想だと思うので、あまり負担を掛けないよう、ほとんどの家事は僕が請け負おうと思い、実行している。仕事で疲れて僕の10段階の疲労メーターはとうにMAXだけど、妻のことを思うと、こんなことでMAXになっている僕って情けない。男のくせに疲れた疲れたと嘆かわしいこと甚だしい。
 
だから妻が妊娠したことによって減少した疲労メーターの差額5段階分を僕に上乗せして、僕の疲労メーターを15段階にしたらどうだ。今まで10がMAXでメチャクチャ疲労を感じていたけど、更に5段階上乗せしたことによって多少の無理ができるのではないか。それが愛というものではないかー。はー。洗濯物はたたみました。でも夕食は松屋の豚めしで我慢しておくれー。
 
2006年06月18日(日)  生の貯金。
 
妻は毎晩11時には眠ってしまう。僕は毎晩2時に眠る。
 
「だから僕は君といても3時間は一人なんだ」と僕は言う。
 
「早寝早起きは健康にいいの。だからあなたは毎日3時間一人で過ごすけど、年を取ってあなたが死んでから、残された3時間の積み重ねの日々を、私は一人で過ごすの。それはとても悲しいことです。おやすみなさい」
 
そう言った5分後には妻は本当に寝息を立て始めるのだが、今日もなるほど妻の言葉。午前7時に起きて午前2時に眠る。起きている時間は19時間。一方妻は、午前7時に起きて午後11時に眠る。起きている時間は16時間。
 
僕は19時間活動して5時間眠る。
妻は11時間活動して8時間眠る。
 
眠りが抽象的な死だとしたら、妻は僕より毎日3時間多く死んでいるということになる。僕は3時間多く生きている。よって生きている時間が長い僕には、早く死が訪れて、毎晩3時間の生の貯金をしている妻は、生の貯金の分だけ長く生きることができる。僕は死んで妻が残る。それはとても悲しいことです。おやすみなさい。
 
ということを妻は言いたかったのだと思うが、そんな真実味のない仮説、メチャクチャな論理で僕はビビるわけがない。僕はこの3時間、話し相手はいなくなるけど、ゲームをしたり小説を読んだりと結構楽しい時間を過ごしているんだ。それをなんだ早死にするなんて。ビビるもんか。今を生きるぜオレは。と、思いながら妻の寝顔を見ていると、残される身にもなってみろという悲しい顔を浮かべているような気がして、昨夜は0時に就寝しました。
 
2006年06月17日(土)  何か買ってあげよっか。(後)
 
「何か買ってあげよっか?」
 
妻はゲームショップに来るたびにこの言葉を発する。そして僕はこの言葉になんともいえないトキメキを感じてしまうのである。何か買ってあげよっか? なんて魅力的なんでしょう。どうしてこんなに胸が躍るのかしら。と、最近この妻の言葉に関して考察していたのだが、僕は比較的貧しい家庭で育ってきたためか、親に「何か買ってあげよっか?」と言われたことがなく、しかし、何か買ってあげよっか? と言ってもらいたい欲求が潜在意識の中に残っており、それが妻の言葉によって意識の表面に浮かびあがってくるというのが仮説の一つ。
 
次に、十年以上にのぼる独居生活で、自分の物は自分で買うという当たり前のことを当たり前にしてきたため、「誰かに何か買ってもらえる」という可能性そのものを忘却していたというのが二つ目の仮説。あとは関心もないゲームショップに連れてこられてつまらない思いをしていた妻が、僕の「これいいなァ。これ面白そうだなァ」という独り言を憐れに思い、何か買ってあげよっか? と、優しい言葉を投げ掛けてくれたことが嬉しかったというのが三つ目の仮説。
 
そもそも僕は恋人に「何か買ってあげよっか?」と言われたことなどなかったし、そんなこと別段望んでもいなかった。でも、でもでも、たまには恋人に何か買ってもらいたいという欲求が、どこかに眠っていたのかもしれない。というのは代理行為で、僕はお母さんから「何か買ってあげよっか?」と言われたかったのだ。と、いささか分析が心理学的になってしまったが、例え欲しい物がないとしても、「何か買ってあげよっか?」という言葉に僕はメチャクチャときめいてしまうのである。妻に言われても、「ぃやややややや。ぼ、僕は見てるだけで充分なんだよ」と、動揺してしまうだけなんだけど。
 
2006年06月16日(金)  何か買ってあげよっか。(前)
 
たまに妻と買い物の帰り道、「ちょっと寄っていい?」と10回くらい言ってゲームショップに寄る。店の自動ドアの前まで「ちょっと寄っていい?」と妻の顔色を伺いながら言う頃には、呆れ果た妻は決まってシカトをするのだが、妻といえども二人の時間に自分の趣味嗜好を優先させてしまうことにちょっと気が引けてしまうのである。
 
そして、これいいなァ。これ面白そうだなァ。と、店内をまわり、ゲームソフトを手に取り戻す。手に取り戻す。手に取り戻す。と、買う気もないのに、というか買いたいのだけれど、独身時代のようにゲームに費やす時間に、飯を作ったり洗濯物を干したり妻の腹に妊娠線予防クリームを塗っているものだから、ゲームをする時間がないという理由がまず一つ。
 
次に、最近のゲームはグラフィックは綺麗になったが、操作方法が複雑難解で、ただでさえゲームをする時間がないというのに、説明書を読む時間などあるわけがないというのが二つ目。あとは単にノドから手が出るほど欲しいゲームがないという理由がいちばん大きかったりする。
 
結局、こうやってゲームショップを巡回する時点で僕のある程度の欲望は満たされているわけである。悲しいけれども、これが大人になるということだ。なんて格好つけて尻を掻いていると、決まって妻はある言葉を発するのだ。続きは明日。
 
2006年06月15日(木)  乙女バトン。
 
mixiをのぞいていたら面白そうなバトンがあったのでやってみる。つーか僕はバトンを誰にも渡したことがなく、受け取り方も名指しされたわけではなく、人が書いているものを見て面白そうだなぁと思っているものだけ書いているのであり甚だ利己的であり、こんなんバトンでもなんでもない。でも僕は書く。だって他に書くことがないから。
 
今回は「乙女バトン」連想される言葉を「→」の後に書いてみるというルール。たまには最後まで書いてみる! と、乙女的なガッツポーズを浮かべながら。
 
■近付きたいから? → 見守ってるわ2キロ先。
■うれしくて? → サンクスファイブニキータ。
 
■好きだから? → いま再びの奈良へ。
■愛しいから? → こりん星。
 
■かわいくて? → 目には入れてみたけれど。
■恥ずかしくて? → 城下町。
 
■もどかしくて? → ゴール前の柳沢。
■会いたいから? → マネーにもマナーを。
 
■次にこれをやってもらいたい身の回りの乙女は? → チャン・ツィー。
 
お、初めて最後まで答えてみた。自由連想法の如く、思いついた言葉をそのまま書いて、こうして自分の無意識を覗いてみると、意識の暗い闇の奥、キラキラ輝くこりん星。
 
2006年06月14日(水)  ただ切実に。
 
「すみませぇ〜ん」
 
妻は今夜も浴室から顔を出して僕を呼ぶ。僕は返事もせずに衣装ケースからバスタオルを取り出し、妻に渡す。「ありがとうございまぁ〜す」蚊の鳴くような声で妻は再び浴室の中へ消える。
 
妻はかなりの高確率で、浴室にバスタオルを持っていくことを忘れる。いつも着替えだけを持って行き、風呂から上がった時に初めてバスタオルを忘れたことに気付く。一緒に暮らして5ヶ月経つのに、妻は今夜も「すみませぇ〜ん」と、僕を呼ぶ。
 
どうしてほとんど毎日君はバスタオルを忘れるんだと訊ねると、「だって前住んでたマンションは脱衣所にタオル置き場があったからぁ〜」と、今にも泣き出しそうな声で弁明する。
 
僕が事前にバスタオルを忘れたことに気付いた時は、妻がシャワーを浴びている間に、そっとバスタオルを着替えの上に置くのだが、そういう時は、「今日は忘れませんでしたぁ〜」と頭を拭きながら浴室から出てくる。バスタオルを取ったか取らないかの記憶さえ定かではないのである。
 
今夜はちゃんとタオル持ってったな。そう思って食器など洗い始めても「すみませぇ〜ん」僕を呼ぶ声。今度は何事かと浴室へ行くと、ガス給湯器のスイッチを押し忘れていつまで経ってもお湯が出ないと言う。素っ裸で冷たいシャワーを触りながら、出てくるはずもないお湯をいつまでも待ち構えていたその姿を想像すると悲しくて仕方がなくなる。だからこれからもずっと一緒にいなくちゃいけないと切実に思う。
 
2006年06月13日(火)  好色一代男その後。
 
平日は大抵僕が夕食を作っているのだが、夕食を食べて二人ソファーに座ってゆっくりしている時に、「ねぇ、明日の夜は何食べたい?」と訊ねたら、妻は困った顔して「何でもいいよぉ」と答えて、まぁそりゃそうだろうなと思った。
 
しかしこの時僕は思い出した幼少の頃を。と、英文の和訳みたいになってしまった文章は気にしないとして、「ねぇ、明日の夜は何食べたい?」これは母親の口癖だったのだ。夕食を食べた後や朝食の後に、母はいつもそう言っていた。そして僕は妻のように「何でもいいよぉ」と言っていた。思春期の頃などは「何だっていいっつってんだろ」と、パンクなことも言っていた。しかしそれは切実だったのだ。すごく、切実だったのだ。
 
「ねぇ、明日の夜は何食べたい?」と訊ねて、何か具体的なメニューでも言ってくれたらどんなに助かったことだろう。明日は肉じゃがが食べたいと言われたら、翌日の朝は、「今日は肉じゃがの日だ。だって妻が食べたいって言ってたから」と、すごく心に余裕ができる。アサリのマリネ帆立貝のパン粉焼き添えが食べたいと言われればものすごく困ってしまうが、肉じゃがだったら余裕でできる。心にも余裕。料理にも余裕。余裕づくしの明るい人生。でもメニューが決まらなかったら、ちょっと煩わしい人生。
 
というわけで僕はあの頃の母の口癖を思い出して、お母さんはあの時、本当に夕食のメニューを言ってほしかったんだ。お母さんは、いつもいつも、苦労してたんだ。親の心子知らずも甚だしいぜ俺。だから妻もそんな俺の心境を理解して明日食いたいものの一つくらい言ってほしいぜ。ああ明日何作ろ。
 
こうして遊び人で名を轟かせた好色一代男も悲しいくらいに所帯染みていくのである。
 
2006年06月12日(月)  キックエンドダッシュ。
 
何が悲しいってよりによってワールドカップ日本対オーストラリア戦の夜に夜勤ということが悲しい。これは僕が常日頃から「オーグーリー、ナカムーラー、オガサワーラー」なんて神様ジーコの真似事をしてケラケラ笑っていた罰が当たったのだ。神様の。ジーコの。よって僕は今夜のオーストラリア戦の予想を立てることにした。
 
試合開始直後から中村と中田英の素早いパス回しで相手を翻弄。中盤の右サイドには加地に変わって出場した駒野が自分の存在意義をピッチの中で再確認すると同時に、中村の癖毛に適したヘアスタイルは一体どんな感じなんだろう。小野みたいに坊主にすればいいのだろうか。つーか三都主は大丈夫だろうか。他の国のサポーターが、日本って助っ人外人使ってズルいとか思われないだろうか。あ、ボールきた。坪井にパスしよ。って坪井も坊主だよな。
 
あ、ボールまわってきた。駒野から。なんかあいつボーッとしてんなぁ。なんか三都主ばっかり見てるし。よーしサイド攻撃に注意してカウンター狙いやー! って言ってみたはいいけども、サッカーのこと実はよくわかんないんだ僕だけじゃなく日本人ってやつは。だいたいどっちが勝っても負けてもひと月すりゃあ忘れるんだ日本人ってやつは。今年の冬季五輪の場所を覚えてますか? みたいな。は、またボールまわってきた。そりゃー、いつか決めるぜ稲妻シュートーッ! ってそん時オレはディフェンダーだった。みたいな。
 
2006年06月11日(日)  油断ならない。
 
「きっとジーコ監督って日本人はわからないと思って適当なことばっかり言ってんのよ。オレにばっかり質問すんなよ〜とか早くウチに帰って風呂に入りてぇんだよ〜とか。きっとそうよ。で、通訳の人が、初戦が大切だとか気持ちを引き締めろとかもっともらしいこと言ってんのよ」と、妻がジーコ監督のインタビューを見ながら呟いた。
 
な、なるほど、そうかもしれん。偉いのはジーコじゃなくて通訳なのかもしれん。ジーコってのは日本サッカーのシンボル的存在で、天皇が象徴で、総理大臣が世の中を動かすみたいな、そんな感じなのかもしれん。オ、オレの妻ってすごいこと考えてんなぁ。と、真剣に考えてしまったのは3秒ほどで、単に僕と妻がジーコの言ってることがわからないだけで、世の中にはジーコの言葉の意味がわかる人間がゴマンといることに気付いた。妻はそんなリアリティのある好い加減なことばかり言って度々僕を惑わせる。
 
「ジーコ監督って日本がワールドカップで優勝したらアリガトー! とか、ガンバリマース! みたいな日本語言うのかしら。この人、絶対に日本人に媚びたようなカタコトの日本語って使わないのよねー」と、真意の程は知らんが、妻は意外に冷静にジーコを見ていたりして、オーストラリアよりも油断がならない。
 
2006年06月10日(土)  どうしたものか。
 
何か考え事をしているときに「どうしたものかなぁ」という僕の口癖を真似て、妻は何も考え事をしていないのに「どーしたものかなー。どーしたものかなー」と、鼻唄をうたうように言うのでどうしたものかなぁ。妻に言わせると僕はいくつかの独特な口癖を持っているらしく、例えば「えーっとですねー」。
 
僕は妻と同じ職場で、僕が婦長さんや医者など、目上の人との話の出始めに、「えーっとですねー」と言うらしい。確かに言っている。「えっと」+「ですね」、妻はこの組み合わせがとても不自然に感じるという。モノを書くものにとって、言葉遣いが不自然だと指摘されることは少なからずムカつくのだが確かににおかしい。
 
妻は今日もかかってもいない携帯電話を持って「えーっとですねー、えーっとですねー、自分的にですねー」なんて言いながらケラケラしている。えーっとですねーは言うかもしらんが、自分的にですねーなんて言葉使ったことはない。どうしたものかなぁ。
 
2006年06月09日(金)  恋は恋は恋。
 
妻は過去のこの日記を読み返しては、「ヘコむヘコむ。本当にヘコむわ」と言いながら、決して読むことをやめようとはせず、僕が夜勤で不在の夜などに、暗い部屋でどんよりと「好色一代男」を読んでいる精神的なマゾである。
 
しかし過去の彼女たちを思い返してみても、この「好色一代男」を読まなかった人は一人たりともおらず、皆一様に「ヘコむヘコむ。本当にヘコむわ」と言いながら読み続けていた。
 
例えば逆の立場で、妻が5・6年、ウェブ日記に彼氏との生活や楽しい出来事などを書いていた場合、果たして僕はその日記を読むだろうか。読めるだろうか。きっと読まないと思う。読めないと思う。
 
相手の全てを理解することは大切だが、理解と受容とはこれまた話が違ってくるわけで、妻は「思いきりヘコむことによって、あなたのことを愛しているって確認できるの」とは言うけれど、僕はそんなまわりくどいことをしなくても妻のことを愛している。恋している。旅に出るのはツバメたち。お化粧するのはジュウシマツ。庭にはニワトリ思いを込めて、一人でタマゴを産みました。ココ、コココ、ココ、ココ、コココ、恋は恋は恋。
 
2006年06月08日(木)  カルビランチ物語。
 
雨の新宿歌舞伎町。ってお前昨日もそんな出だしだったじゃねぇかと思われるかもしらんが、昨日の日記は、昨日書いた喫茶店で書いたのであって、日記では日付が一日変わったが、昨日の日記との時間の推移は5分も変わっていない。僕はまだこの喫茶店で日記を書いている。妻は横で小説を読んでいる。用がある時間まであと30分ある。
 
外出先では横20センチ×縦10センチほどのちっこいノートパソコンで日記を書いているのだが、やはり日記を毎日書いてウェブ上に公開する奇癖を持っている者は、持ち運びができるパソコンを持っているだけでかなり充実したダイアリーライフを送ることができる上に、日記を毎日書いてウェブ上に公開する奇癖を持っている者共通である「日記を書かなければいけない」というちっとも生産的ではない強迫観念に悩まされることなく、時間さえあればパッとこのパソコンを取りだし、日々の思いを綴ることが可能なのである。
 
というところまで書いたところでボソッと妻が呟いた。「ねぇ、このコーヒーの値段って今日のお昼に食べたカルビランチと同じ値段だよね」
 
多大なるショックを受けた。コーヒーを飲むたびにこの値段がフラッシュバックするのではないかという衝撃を受けた。いわゆるポストトラウマティックシンドロームディスオーダー、略してPTSDを患ってしまった。
 
まぁ1杯950円というのは確かに法外な値段かもしらんが、まぁ世の中にはそういう値段でコーヒーを売ってる店もあるだろう。と、自分なりにこの値段を合理化していたというのに、妻ときたら、昼飯に食った焼肉屋のカルビランチを引き合いに出してセコいことを言う。
 
あのカルビランチ美味しかった。950円とは思えないボリュームであった。というのに、このコーヒー。値段の割には美味いのか不味いのかよくわからん。とりあえず行列に並んで食ったラーメンが美味しかったと思えるように、高いコーヒーは無条件で美味いとしか思いようがない。雨の新宿歌舞伎町。妊婦の妻は階段を数段上がっただけで息を切らす。どうにかしてあげたいけど僕は手を繋ぐことしかできぬ。
 
2006年06月07日(水)  珈琲物語。
 
雨の新宿歌舞伎町、妻とちょっとお茶でもしようかと入った喫茶店、コーヒーが1杯950円もする。そう、これが噂のぼったくりカフェであるわけではなく、ただ単に通好みのコーヒーを出しますよっていうコンセプトで法外な値段でコーヒーを飲ませているだけで、例えばドトールコーヒー、あすこで出すコーヒーはコーヒーである。しかしこの喫茶店で出すコーヒーは珈琲である。そんな感じ。
 
この店に入って気付いたのだけど、テーブルについてメニューを広げた客は一様に目を丸くして驚いている。中には「たかーい!」と言っている口調がこちらからも丸わかりな客までいる。でも周囲を見ると、客は文句一つ言わずに黙々と、中には楽しそうに談笑しながら珈琲を嗜んでいる。店内にはジャズが流れている。ただのオヤジもここではちょい不良に見える。
 
なんなのこのコーヒーの値段で驚いてんのもしかして私達だけ? という疑問がよぎるが、そんなものとっくのさっきに皆感じたことで、いつまでも驚きながらコーヒーを飲んでいては美味いコーヒーも不味くなる。皆、950円という意味のわからない値段を自分の中で消化して、まいっかという心境で飲んでいるのである。そして驚いていたその客も、やがてこんな値段で驚くのはきっと無粋なことなのだわ。ここは私の庭、大遊戯場歌舞伎町と、周囲と同化してしまうのである。
 
というメカニズムで店はどんどん儲かり、貧乏人はプライドにしがみつきながらどんどん貧しくなっていく。まったくもって因果なものである。
 
2006年06月06日(火)  うんうん。
 
妊娠6ヶ月も半ばに入って、妻は度々胎動を感じるらしく、最初のうちは「わっ、動いた!」と驚いていたけれど、直に慣れてきて、ややちゃんが動く度にお腹をポンポンと叩いて「うんうん」と返事している。
 
妻は胎動を感じると必ず「うんうん」と返事するのだが、忙しい時やテレビを見ている時の「うんうん」は、とりあえず感いっぱいの「うんうん」の口調で、胎動を感じることのできない憐れな父親は、その「うんうん」を見ながらとても恨めしい気持ち。僕もややちゃんの生命をこの体で感じてみたい。
 
更に、妻はいつものように「うんうん」と返事したあと、いいでしょーって感じで僕を見る時もあるので、全然悔しくない態を装いながら、自分の腹部を軽く叩き、妻を真似て「うんうん」と返事をする。
 
「誰に返事してんの?」
「夕食のあさり」
 
「誰に返事してんの?」
「つまみで食ったししゃも」
 
「誰に返事してんの?」
「ビフィズス菌」
 
と、何を言ってもややちゃんには勝てない。悔しい。というわけで毎晩妻が熟睡した後に、妻のお腹をポンポン叩いて手の平で胎動を感じる毎日。ちょー愛しい。
 
2006年06月05日(月)  愛と金・ミレニアムエディション。
 
帰郷は1泊2日と慌しいものだったが、妹夫婦や親戚、幼馴染や高校の友人などにも会い、妻は緊張の連続で疲れただろうけど、これで出産までにするべきことは後ひとつ、結婚式のみになった。
 
結婚式は世の中で指折り数えるドラマティックなイベントかと思ったけど、蓋を開けてみれば、マナーや常識やしきたりにがんじがらめにされていて、しかも今までそのマナーや常識やしきたりを全く知らなかった自分に辟易したり、両家の地域の結婚式に関する文化の僅かな相違があったり、嘘か真かわからぬ情報が氾濫したりで、面倒臭いことこの上ない。誰のための結婚式なのか度々わからなくなる。
 
よっていらぬ情報は参考程度に耳を貸すことにして、僕たち夫婦の考えを最優先して話を進めることにした。全ての意見を取り入れてたら、一歩前進するどころか、険悪になって後退する可能性も出てくる。ということを式場の担当者に話したら、「さようでございますねぇ」と、この人何言ってもさようでございますねぇしか言わない。
 
妻は仕事で、僕一人式場に来て、ウエディングプランナーに「一生に一度」という言葉を錦の御旗に、オプション料金を吊り上げようとされ、家に帰れば帰ったで、私の母がこんなこと言ってたわ。僕のお母さんなんてこんなこと言ってたよ。友達なんてこんなこと言ってたわ。と、情報の波に呑まれそうになる。
 
行き着くところは愛じゃなくて金になる。それだけは避けなければ。
 
2006年06月04日(日)  実家というもの。
 
去年の10月に、母親のために一軒家を購入して、固定資産税や住宅ローンと、毎月定期的に親孝行をしている僕が、この度初めて自分で購入した一軒家に足を踏み入れた。
 
というのもこの家、購入するまでは何度か下見をしていて、不動産屋とリフォームの相談や見積もり、畳は高いやつ買うからもう少しまけろなどの交渉、東京から鹿児島まで高い交通費かけてお宅の物件買ってやるんだなどの脅迫を得て契約に至り、お母さん、ここが僕たちの家だ。もう借家じゃない。世間的になんとなく劣っていたような生活はこれで終わりだ。万歳。住宅ローンはまだ残ってるけど気にしちゃぁいけない。毎月親孝行をしてると思えば軽いもんさ。それでは。と、東京に戻り、僕はいつもの日常に戻り、母は新居に引っ越して新しい生活を始めた。
 
そして僕は妻を連れて、この家に戻ってきた。僕が買った家に、母親が住んでいる家に、リフォーム前でも埃だらけでもない、生活の匂いがする新しい家に。
 
「1人では、ちょっと広すぎるのよね」
 
母親は嬉しそうに妻にソファーを勧め、僕に座布団を勧め、お茶の支度を始める。緊張している妻と、過剰なおもてなしを始める母を居間に置いて、僕はこの家の部屋ひとつひとつをゆっくり見てまわる。
 
流れ出た涙が乾くまで、僕はいつまでも同じ部屋の天井を見上げていなくてはならなかった。
 
2006年06月03日(土)  人生勇気が必要だ。
 
妻と僕の母の初対面の日、早朝7時池袋駅。「間に合うかなぁ」「間に合わないよねぇ」
 
羽田発鹿児島着1863便。朝イチの8時5分出発。池袋から電車で1時間。間に合わない。なぜこんな大切な日にありえない時間に池袋にいるのだろうかと自問するまでもなく、いつものように寝坊したからであって他に何の理由もないのだが、だいたい僕の人生における「遅刻」とは待ち合わせギリギリの遅刻が多く、息を切らして走ればデートの時間に間に合うし、全力で自転車を漕げば仕事にも間に合うというように、あまり致命的な遅刻というものを経験したことがない。
 
だからまぁちょっと時間的にタイトだけど、なんやかんやで間に合って飛行機の座席でシートベルトを締めながら「一時は間に合わないかと思ったけどね」なんて笑い合うパターンを予想していたのだが、今回は本当にヤバイ。
 
電車に乗り遅れたら次の電車に乗ればいい。電車が止まっていればタクシーに乗ればいい。自転車がパンクしたら走ればいい。涙の後には虹も出る。でも飛行機に乗り遅れたら次の便に乗ればいいというわけにはいかない。乗り遅れに関しましては、お客様のご負担により新たに航空券をご購入して出発していただくことになります。予約済み航空券の払い戻しはございませんと書いてある。
 
というわけで僕の寝坊によって僕の負担によって新たに航空券をご購入して出発していただくことになった。まどろみの刹那の欲望のしっぺ返しがこれだ。ひどすぎる。神様ごめんなさい。奥さんごめんなさい。と、謝ってもJALは許してくれるわけがないので、泣く泣く片道35800円を2枚、計71600円を支払い航空券を購入。71600円。これはほんとにすごい値段である。もう今月は何の贅沢もできない。涙が出てくる。でもこの失敗を糧にして今日を生きなければ。くじけりゃ誰かが先に行く。泣くのが嫌ならさぁ歩こう歩こう私は元気。
 
2006年06月02日(金)  食物繊維祭。
 
妊娠と便秘の関係は宿命的ともいえるらしく、大きくなった子宮は腸を圧迫させ、僕の妻を苦しめる。黄体ホルモンが腸の動きを抑え、僕の妻を悩ませる。ムカつくぜ便秘。忌々しいぜ糞詰まり。よって看護師の僕は妻に緩下剤の服用を勧めるわけがなく、薬に頼っちゃいかん。できることから始めようと、食物繊維が豊富なメニューを勉強することにした。
 
玄米、いも類、ごぼう、切干大根。こんにゃく、れんこん、きのこ類。海草類、豆類、果物と、看護学校では栄養学も多少かじるので、当時のAランクの知識を生かして、毎日我が家は食物繊維祭り。毎晩、食物繊維が豊富な食材を2種類以上入れることにした。
 
結果、どういうことになったかというと、毎日快便の僕が更に食物繊維を多量に摂取するものだから、一人でウンコ祭りに突入。もう出なくていいよケツの穴痛ぇから勘弁してくれよと涙ぐむほどウンコばかり出るようになった。
 
一方、妻は、この程度では便秘は解消されないらしく、時間があればトイレに駆け込む僕を恨めしそうに見つめている。まるであてつけしてるような悲しい結果になってしまった。愛情が、大きく空振りしてしまった。まぁホントに妊娠ってやつぁ一筋縄ではいかないぜ。
 
2006年06月01日(木)  しんねりむっつラー。
 
もう6年間も欠かさず日記を書いているくらいだから察するに易いが、僕は性格が根暗である。小粋でスマートで垢抜けて書を捨てて街に出っ放しのような人間は6年間も続けて日記など書かない。僕は根暗だ。陰気臭くて気難しくて内向的でしんねりむっつりだ。
 
【しんねりむっつり】心の中で思っていることをはっきり口に出して言わない陰気な性質のさま。(大辞林)
 
しんねりむっつりだ。いつもなんかしんねりしてる。むっつりしてる。だけど心の中で思っていることをはっきり口に出して言わない陰気な性質なのでストレスばかり溜まる。職場で怒られても心で泣きながら顔はヘラヘラ笑っている。喫煙所で一服しながら「うへー。やってらんねー」と、おどけた口調で独り言を言っているしんねりむっつラーだ。
 
そんなしんねりむっつラーな僕は、職場で嫌なことがあると、深夜にそっとペンを持って履歴書を書き始める。
 
ほらほらー履歴書書き始めちゃったよー。辞めちゃうよ辞めちゃうよー。いいんですか僕が辞めてもー。ほら学歴書き終わっちゃったよー。資格だっていっぱい持ってるよー。引っ張りだこだよー。キャリアだって積んでるよー。多分この履歴書を道端に落とすとヘッドハンティングの話だって舞い込んでくるよー。こないか。つーかどこに行っても多少のストレスはあるんだよ。甘いんだよ俺。弱いんだよ俺。寝顔がキレイなんだよ妻。僕はこの妻を守っていくために、この家庭の生活のために頑張らなきゃいかんのだ。さあ寝るぞと、丁寧に書いた履歴書を破り捨て、妻の傍らにモゾモゾと潜り込むしんねりむっつラー29歳。
 

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