2005年12月31日(土)  おわりよければよかったな。
 
終わり悪けりゃ全て悪いみたいな感じで今年もとうとう終わってしまうが、今年もろくな生き方をしなかったが、一軒家を購入したことだけは我ながら評価できることだと思う。長い間、実家不在という吉見家暗黒の時代に光明をもたらした実績は、もう我ながら素晴らしいと感じる。
 
先日、母が妹夫婦に手伝ってもらい新居への引越しを終えたそうだが、母の高揚ぶりはすさまじいらしく、少女のようにウキウキしていたかと思うと、突然感涙にむせんだりと訳のわからない状態だったらしい。
 
「お兄さん、お母さんすごい喜んでますよ。本当にありがとうございました」なぜか妹の旦那にまでお礼を言われてしまって有頂天。へへへ。親の為に家を買った。ローンはしんどいからできるだけ考えたくないけど、親孝行についてはじっくり考えたい。
 
引越しの夜、疲れているだろうとは思うけど、訳がわからない状態の母の声が聞きたくて電話をかける。
 
「本当に綺麗な家を買ってくれて本当にありがとう。お母さんね、居間に飾る掛け軸が欲しいの」
 
感謝しつつポジティブ。母親はこのくらい元気がなければいけない。「掛け軸って縁起物だけど、お前が選ぶのなら何でもいいの」次の日、母の言葉を思い出して笑みを浮かべながら四季の花が描かれた掛け軸を、生涯初めて買いました。
 
2005年12月30日(金)  罰当選しました。
 
最近、膝や肘の裏、わきや腹部、首の一部や耳の裏が赤くなって痒くなって、あぁ乾燥する季節だしね。と思って風呂上りに保湿剤を塗っていたのだが、日を追うごとに発赤部分と痒みが増大してきて、掻きすぎていつの間にか膝の裏はボロボロ、背中は縦横無尽に爪痕くっきりという悲惨な状況になり、これはもう絶対アトピーだ。成人になってアトピーを発症する人が増加してきてるっていうしね。二人の妹もアトピーだったし。気管支喘息は持ってたけどアトピーは発症しなくておかしいと思ってたんだよ。ほれみろ。ほれきた。罰が当たったんだ。不義の恋をしてしまったばっかりに。神は僕にアレルギー疾患という罰を与えたのだ。おおくわばらくわばら。
 
と、かなりヘコんで皮膚科を受診した。1時間待った。待ち合い室で「アトピー性疾患の恐怖とその予防」みたいなビデオが流れていて、それを食い入るように見て再びヘコんだ。僕が何をしたってんだって怒りが込み上げてくる度に、あぁ、彼女を振ってしまったのだったと納得してヘコむというコンボを繰り返していると名前を呼ばれ診察室に入り、医者が湿疹部を撫でた瞬間、「あー、これはアトピーじゃないですよ。脂漏性湿疹? 接触性皮膚炎? まぁそんなやつです」と、どんなやねんという診察を受けて、とりあえずアトピーじゃなくて安心。でも痒いものは痒い。
 
「予防法は3つです。ストレスを貯めないこと。規則正しい生活を送ること。バランスよい食事を摂ること」
 
医者の話を真剣に頷いて聞きながら無理だと思った。病棟主任になってからストレスなんて溜まる一方で発散する手段がない。私生活では彼女と別れたし。規則正しい生活を送るのも無理な話で、夜勤が多いから毎日朝だか夜だかわからない万年時差ボケのような生活をしている。そしてバランスよい食事を摂らせてくれないのは、偏った食材ばかり使っているコンビニが悪い。もうダメだ。オレもうダメだ。今の生活を続けていると全身湿疹男になってしまう。年の瀬に背中を掻きながら神様と役職とセブンイレブンを呪った。
 
2005年12月29日(木)  あとがき。
 
もうかれこれ5年以上日記を書き続け、何人もの恋人との別れも書いてきているが、別れの状況を18日間にも渡って書き続けたのは初めてで、まだまだ書きたいことはいっぱいあったけれど、さすがに失恋の場面ばかり読んでいると読者も食傷気味になってくるだろうなと思い、断腸の思いで完結させた。
 
日記は自分の気持ちを整理させるのに最適なツールで、今回のことも書いてわかること、書かなければわからなかったことがとても多くて、それは本当の自分と向き合わなければいけなくて辛い作業なんだけれど、書き遂げることができて、今ではよかったと思っている。
 
恋人同士の別れなんて珍しい話ではなく、別段興味を示すテーマでもなかったけれど、今回このように身を裂くような辛い思いをして、悲しい思いをさせて、それは結果的にどう考えてもよくないことなんだけれど、仕事もあるし原稿もあるし、現実と折り合いをつけつつこれからも解決させていかなければならないと思う。
 
来月末、僕は往年のテーマであった精神保健福祉士の国家試験を受験する。これが受かれば何かが変わると思って今まで勉強し続けていたけれど、合格発表を迎えた後、最後に「今まで支えてきてくれて本当にありがとう」と彼女に言えるように、頑張っていきたいと思う。
 
新しい彼女ができるのは、まだまだ先になるだろうけれど、5年以上書き続けて同じことばかり繰り返しているんだから、おそらく次も……と、ならないように、成長していきたいと思っている。何てったって来年は三十の大台に乗る歳なんだからね。
 
2005年12月28日(水)  私の枯葉 最終節。

彼はいつもあごヒゲを生やしています。唇の下からあごまで一本線で繋がっていたり、もみあげからあごまで繋がっていたりと様々なバリエーションがあるようですが、私はどれも好きではありません。付き合った当初は生えていませんでした。何を思ったのか、突然あごヒゲを生やすようになって、もう2年以上、同じスタイルを保っています。
 
彼はキスをする振りをしてわざと私の顔にヒゲをこすりつけます。私が裸の時は背中をヒゲで撫でます。何が彼をそうさせるのか、何がヒゲをそうさせるのか、ヒゲが何をそうさせるのか、男心はちっともわからないけれど、彼はヒゲで、ヒゲは彼でした。
 
彼と過ごす最後の日、私は彼の部屋に置いていた荷物の整理、彼は夜勤の準備をそれぞれ始めました。現実は私達を待っていてはくれません。それはとても悲しい時間だったけど、何か諦めへの猶予を与えられているような時間でもありました。私はバックのチャックを閉じ、彼は洗面所へ行きます。徐々に明確に区切られたそれぞれの時間が始まろうとしています。
 
私の枯葉。「私の彼は」と書いて「私の枯葉」と変換されて、なんだか切ない響きが気に入って、そのままタイトルに使った言葉ですが、私が書く日記もこれで最後です。私はこれからもこの日記に思い出という存在で登場するかもしれませんが、ここに書かれている私が私であるうちに書く日記は、もう訪れることはありません。

さようなら、私の枯葉。風に吹かれるがままに生きて、脆くて儚くて、静かに散っていく私の枯葉。これから訪れるであろう失恋の苦しみとは、どういうものなのでしょう。私にはわかりません。今は何もわかりません。
 
「さ、行くよ」出勤の準備ができた彼が私を促しました。私は最後に部屋を見回して、「さようなら」と心の中で呟きました。力なく座っていた私に、彼が手を差し延べてくれます。もうこの手は、優しさによって差し延べられることはないのです。私は彼の顔を見上げました。忘れられるように、刻まれるように。
 
「まぁ、こんにちは」
 
最後の台詞にしては場違いだと思いますが、咄嗟に言葉が出てきたのです。
彼は、ヒゲを剃っていました。そんな彼の顔を見るのは、私たちが出会った頃以来だったのです。
 
全てがリセットされました。
私の枯葉。あなたの後姿は、いつも震えていました。
 
2005年12月27日(火)  いいわけ 終、僕はこうして死んでいく。
 
彼女がベッドから降りてこない。部屋のベッドは下に大きな収納スペースがあるため、少し高めになっている。ベッドから降りずに今にも泣きだしそうな顔をしている彼女を見上げながら、僕は両手を広げる。いつもだったら彼女はベッドの上から僕の胸の中に飛び込んできて、僕は彼女を抱っこしてベッドから降ろす。僕は両手を広げる。彼女は首を強く振る。
 
「ここ降りるともう戻れないんでしょ……」
 
彼女は悲しみの表情を浮かべ、首を振りながら強くベッド柵を掴んでいる。もうベッドには戻れない、もうこの部屋には戻れない、このベッドを降りると、新しい何かが、強制的に始まってしまう。
 
料理もできない男だった。寝相も悪いし、イビキもうるさい。洗濯物はたたまないし、風呂場の掃除も滅多にしない。歳も離れているし、不精髭も生えている。原稿の締め切り前にはイライラしているし、夜勤明けの日はひどく疲れていてろくに話もしない。だけど僕たちは、趣味が、感じることが、笑顔のタイミングが、不思議なくらい一致していた。僕が気に入ったものは彼女が好きなもの。彼女が目を輝かせたものは僕が惹かれたもの。8つ離れた僕たちの恋愛に話を合わせようという努力は必要なかった。沈黙を恐怖することはなかった。ただ、そこにいるだけで、本当に、幸せだった。
 
僕は10年近く勤めていた鹿児島の病院を辞めて東京に出てきた。10年近く勤めていた病院の職員は皆家族のようで、毎日が本当に楽しかった。僕たちは歳を取るまでこの職場をずっと辞めずに、いつまでも仕事が始まる前に喫煙所で缶コーヒーを飲んで、昼休みにはじゃんけんをして弁当を買いに行くと思っていた。本当に幸せな日々だった。とても素晴らしい友に囲まれていた。
 
そんな職場を僕は捨てた。理由は後からいろいろつけたけど、本当の理由なんて何もない。不幸な境遇で育った者は、幸福を心から信じることができないのだ。虐待にあった女性が、再び虐待をするような男に惹かれてしまうように、不幸の中でしか、波乱の中でしか、僕は安定を見出せないのかもしれない。
 
好きな人ができた。果たしてその理由は、本当の発端だったのか。僕は、幸福に身を委ねることが、ただ不安だったのではないだろうか。「あなたはこういうことをずっと繰り返していくのよ」あの日彼女が言ったことは、こういうことだったのではないだろうか。
 
僕はベランダでタバコを吸う。彼女はベッド柵を掴んだまま、歯をくいしばって静かに涙を流す。
 
不幸を望む自分の幸福のために、幸福を望む愛する人を不幸に陥れる。数え上げたらきりがない。僕はこうして死んでいく。
 
2005年12月26日(月)  いいわけ 十一、寝相。
 
僕は寝相が悪い。腕枕は十分ともたず、毛布を剥ぎ、彼女の腹に足を載せ、ベッドから落ちそうになりながら、深夜に目覚めた彼女にいつも元の位置に戻してもらう。
 
最後の夜、腕枕をして電気を消す。
 
最後の朝、腕枕をしたまま目が覚める。
 
僕たちは深い眠りに落ちたけど、一時も離れないように、いつまでもいつまでも抱きあっていた。
 
無意識が寝相を矯正させたことが、とても、とても、悲しかった。
 
2005年12月25日(日)  いいわけ 十、クリスマス。
 
クリスマスには、もう僕たちは一緒にいないから、彼女は僕たちの最後の夜に、小さなプレゼントを渡した。
 
最後のデートを過ごした最後の夜。彼女は僕の耳元で、子供に聞かせるように、ゆっくりと絵本を読んでくれた。歳は8つ離れているけど、いつまでも僕は彼女の子供だったのだろう。聞き分けがなくてわがままで、「別れよう」突拍子もないことを言う。
 
部屋の蛍光灯は消え、温かな間接照明だけが灯る静かな冬の夜。穏やかに迎える別れなんてあるわけないのに、彼女は精一杯の笑顔を迎えて、穏やかにその時を迎えようとしている。
 
ドーナツが大好物の主人公が、唯一の友達のゾウにも大好物のドーナツを食べさせたいために、いろんな工夫をして、数々の苦労をして、とうとう作ってあげることはできなかったけど、一人しか友達がいなかった主人公は、ゾウは、その過程でいろんな友達を作ることができたという物語。
 
「僕は君と一緒にドーナツを作る過程でできた友達を、あれだね」
「またそういう取り方をする」
 
悲しく笑う彼女は、僕とドーナツを作り遂げることを望んでいたのだろうか。まだ21の彼女。君はまだまだこれからいろんな人と知りあって、いろんな恋愛をして、いろんな想いを提供し、いろんな価値観を強要され、いろんな工夫をして、数々の苦労をして、いつの日か、君と誰かが望むドーナツを作り上げることができる。僕はそう思う。人は間違っていると言うかもしれないけれど、僕はそう思う。僕に留まる理由なんて、実はどこにもない。
 
「惜しいことをしたなぁ」
「何よ、自分から振っといて」
 
これも紛れもない本心である。笑って別れようとする女性と、笑って迎えてくれる女性。僕の頭の中に二人の女性の顔が思い浮かぶ。一人は彼女で、もう一人は好きになってしまった人。二人が浮かべている笑顔は、なぜか同質のものだった。僕はこれからも、その笑顔の違いすらわからずに、ただただ、同じことを繰り返していく。
 
2005年12月24日(土)  私の彼葉 第8節。
 
私たちは引き離されました。彼はお姉さんに連れられて。私はお兄さんに連れられて。泣きやまない私を、係のお兄さんは、「もう大丈夫、何も出てきませんよ。もう大丈夫ですから」と、彼と同じことを繰り返し言っていました。男ってこんな状況になると皆同じことを言うのでしょうか。
 
別の扉に入った彼は悪霊と闘っている。今こんなことを書くと馬鹿馬鹿しくて笑えてきちゃうけど、その時は本当に彼が、周囲にいつもビクビクしていて、誰ともうちとけようとせず、愛想笑いを浮かべている彼が悪霊と闘っている。そのことが惨めで悲しくて、涙は留まることを知らず、出口の明るい光に照らされながら流れ続け、私は心から彼が悪霊を退治して戻ってきてくれることを祈りました。
 
「彼氏さんが悪霊に勝った時、そこの小さな穴から手を差し伸べてくれます。その時は、彼氏さんの手を強く握ってあげてください。最後に彼氏さんを助けるのは、あなたなのです」
 
係のお兄さんの説明を虚ろな思いで聞きながら、木の扉の小さな穴から彼の手が出てくることを祈りました。お願い。私の彼を返して。別れる覚悟は、まだ、できてないんだから。
 
ゆっくりと彼の手が出てきました。ゾンビでも悪霊でもない、左手の薬指におそろいのリングをはめた彼の手がゆっくりと出てきました。私は「さあ、彼の手を取って下さい」と言うお兄さんの言葉よりも先に彼の手を握りました。おかえりなさい。よく頑張ったね。もう離さないよ。早く、早くあの暖かい家に帰ろうよ……。
 
「ウガーーーーーーーーッ!!」
 
突然、彼の手の上に位置する引き戸が開いて、顔がただれたゾンビが飛び出してきました。涙が枯れていなかったら、一気に流れ出したことでしょう。声が枯れていなかったら、大声で叫んだことでしょう。膀胱が膨らんでいたら、おしっこを漏らしたことでしょう。確かにあの手は彼の手でした。でも顔はゾンビでした。それはゾンビのマスクをかぶった彼でした。
 
「ゴメンゴメンゴメン! やれって言われたからやっただけなんだよ。ゴメンゴメンゴメン!」
 
オバケ屋敷を出てから、遊園地の広場で私は泣き続けました。さっきまで「大丈夫、大丈夫だから」と言っていた彼は今はもう「ゴメンゴメン」を繰り返すだけです。
 
私たちの恋愛は、このようにして幕を閉じます。彼の腕にしがみついて、明るい場所が見えてきて、彼が手を差し伸べて、最後は恐怖と悲しみの底に落とす。いつか訪れる光を信じて、私は涙で視界を閉ざす。オバケ屋敷のような恋愛。私の枯葉。私はゾンビの彼を、怖がって憎しんで、とてもとても、愛していました。
 
2005年12月23日(金)  私の枯葉 第7節。
 
本当は私はこの場に、こうやって日記を書くことは許されないのかもしれません。私達は、12月21日の夕方に別れました。私は空港に、彼は夜勤に。小さく手を振って別れました。彼の後姿をいつまでも眺めていたのは、未練では、ありません。こうやって、いつまでも彼との日々を書いているけれど、もう本当に、もうすぐこの場から私が消えること、そして私が二度と現れることがないと思うと、書かずにはいられないのです。伝えずにはいられないのです。
 
オバケ屋敷は、長い長い出口を迎えました。係のお姉さんが、優しい笑顔で迎えてくれました。その笑顔は、よく見ると含み笑いでした。
 
「今から彼氏さんは、あちらの扉を開けて悪霊と闘うことになります。彼女さんはこちらの出口へ通じる扉を開いて悪霊と闘う彼氏さんを応援してあげて下さい」
 
いやっ。私は泣きながら首を振りました。「大丈夫、大丈夫だから」オバケ屋敷の中盤くらいから、彼はもう馬鹿の一つ憶えのように同じフレーズしか繰り返しません。彼だって怖くてたまらないのでしょう。彼はそうやっていつもいつも「大丈夫、大丈夫だから」と言って表面だけでも安心させようとしました。彼の悪い優しさは、こんなところにあるのです。
 
2005年12月22日(木)  私の枯葉 第6節。
 
どうしてオバケ屋敷に入ろうと思ったのでしょう。以前、ここに来た時は、彼が強引にオバケ屋敷に入れようとして、私は彼の冗談の強引の百倍の全力でこれを拒んだ。お金払って怖い思いをして馬鹿みたいと思う以前に、ただただ怖かった。小学校の就学旅行の時、みんなの荷物を持って私だけオバケ屋敷の前で待っていたという惨めさを味わったとしても、私は絶対にオバケ屋敷には入りたくない。
 
それにここは東京。入ってない私が言うのもなんだけど、小学生の時は田舎の遊園地だったからオバケ屋敷の程度もたかが知れていただろうけど、ここは花の都、恐怖の都会、コンクリートジャングル、人間模様の蟻地獄。日常生活でさえ恐怖の世界なのに、そんな日常的な恐怖に耐性ができた都会人が演出するオバケ屋敷って、きっと私の想像する恐怖を越えているに違いないわ。
 
どうしてオバケ屋敷に入ろうと思ったのでしょう。オバケ屋敷と書くとあの恐怖が伝わらないような気がする。東京のオバケ屋敷はオバケ屋敷であってオバケ屋敷じゃなかった。様々な人間心理を突いた理詰めの構造によって成り立った恐怖の館だった。って彼が言ってた。私は終始号泣しながら、下を向いて彼の腕にしがみついていた。しがみついてる腕がゾンビの腕だったらどうしよう。彼の顔がいつのまにかガイコツになっていたらどうしようって空想がどんどん膨らんでパニックになった。首を吊った死人たちに囲まれた。首のない人形を抱いた少女に行く手を阻まれた。通路に汚い布で包まれた死体が敷き詰めてあった。って彼が言ってた。私は何もわからない何も見てない何も憶えていない。
 
どうしてオバケ屋敷に入ろうと思ったのでしょう。彼の腕に強くしがみついていたかったからなのでしょうか。本当は、本当に、私はオバケ屋敷になんて入りたくなかった。彼とこのまま一緒にいられるのなら、一生オバケ屋敷に入ることはなかったと思う。私は、暗闇と静寂の恐怖に委ねて、許される場所で、ただ大声で泣きたかっただけなのです。
 
2005年12月21日(水)  いいわけ 九、喜劇。
 
「オバケ屋敷行こっ」
彼女とオバケ屋敷に入るのも、これが最初で最後。涙を流して頑なに入ろうとしなかったオバケ屋敷に、自ら誘っている。
「大人2枚」
2枚分のチケットを買い、彼女の手を引いて季節外れのオバケ屋敷の入口に立つ。
 
「やっぱさっきの嘘。入んない」
「だって自分から入ろうって言ったじゃないか」
「そんなこと私言ってない」
もう彼女の瞳には涙が浮いている。
 
この日記を書いている今、もう僕の横には彼女はいない。どうしてあの時、世の中で一番苦手なオバケ屋敷に自ら誘った理由を聞くことはできない。
 
「じゃあこのオバケ屋敷のルートの説明をしまーす」
受け付けのお兄さんが、オバケ屋敷の雰囲気に似つかわしくない声で陽気に話し始める。彼女はもう話など聞く耳を持っていない。受け付けのお兄さんそのものにまで恐怖の視線を投げ掛け、僕にしがみついてぶるぶる震え続けている。僕は彼女の肩を抱きながら、「大丈夫、大丈夫だから」と言い続ける。
 
彼女を最後に守る場所が、オバケ屋敷だなんて、喜劇にもならない。
 
2005年12月20日(火)  いいわけ 八、優しい手。

最後のデートは、東京ドーム横、ラクーアというアミューズメントパーク。昔、後楽園遊園地と呼ばれていた場所だ。
 
僕と彼女は、度々ここに遊びに行った。遊園地が好きというわけではない。ここはショッピングモールビルも併設されており、二人で買い物をして、帰りにジェットコースターに乗ったり、観覧車に乗ったりした。僕たちの思い出の場所の一つになることは間違いない。
 
「ねぇ、指輪買って」
彼女は僕の腕に絡まりながら上目遣いで話し掛ける。

「いいよ」
彼女が物をねだるのは、これが最初で最後なのだろう。別れの記念。そんな記念は存在するのだろうか。別れを象徴する物。人はそんな物を希求できるのだろうか。
 
毎年3月14日、僕たちの記念日に、ここのアクセサリーショップでペアリングを買った。今僕たちの左手の薬指にはめている指輪は2つ目の指輪。3回目の3月14日は訪れることはなく、3つ目の指輪は、ペアリングではなく、彼女がこれから辛さと悲しさと寂しさを背負っていくだけの、小さな小さな青いブルーダイヤが施された指輪。
 
「今つける?」
「いやよ。だってまだ恋人同士なんだもの」
 
彼女は新しいリングが入った袋を、お腹を撫でる妊婦のように優しく撫でた。
 
2005年12月19日(月)  いいわけ 七、いつまでもの終わり。
 
彼女はもう一日だけここにいると言うので、もう一日彼女と一緒にいられることが嬉しいのか。もう一日彼女と辛い思いをしなければいけないことが悲しいのか。
 
「どこ行こっか」と、ベランダでタバコを吸いながら彼女の方を見ると、洗濯をする準備をしている。最後の朝に洗濯をする恋人。僕の恋人は、どこまでも僕の恋人だと思った。
 
洗濯終了のブザーが鳴り、洗濯物を取りに行こうとする彼女を止めて自分で取りに行く。いつまでも彼女に甘えるわけにはいかない。彼女とのいつまでもは、今日で終わりなのだ。
 
洗濯物を取り出すと、何だか洗濯物を入れる前より汚れている。細かい紙のようなものが、洗濯物全体に付着している。彼女を呼んで、一体これは何なのだろうと問いかける。「あ」「あ」同時に気付き、同時に探す。そして洗濯カゴの中に文庫本を入れたのはどっちかと言い争いが始まる。トイレの前に洗濯カゴが置いてあり、トイレで文庫本を読んだ後、どちらかが洗濯カゴに放り込んだのだ。
 
「あ、でもね、私のブラジャーとパンツは大丈夫。ほら、生地が違うからね」
 
無惨な洗濯物の山から彼女は自分のブラジャーを探し出し、それを誇らしげに掲げる。そんないつもの朝は、明日でもう終わる。
 
2005年12月18日(日)  私の枯葉 第5節。
 
一晩泊まって帰るつもりだったけれど、もう一日泊めてもらうことにしました。彼と少しでも長くいたいという理由もあるけれど、部屋の床はなんかザラザラしてるしシンクに食器は溜まってるし洗濯物もカゴから溢れてるしで、次の彼女が綺麗好きだったらいいけれど、私がいなくなってから、この悲惨という字を表現したような部屋は、より一層悲惨になっていくような気がして、そんな現実的な理由でもう一日ここに留まることを決めたのです。
 
朝9時に目が覚めて、天気が良かったので洗濯でもしようかと思ったけど、とうとう明日、彼と迎える最後の朝が訪れると思うと、切なくて悲しくて、そんなこと微塵も考えてないような彼の寝顔を見ると、切なくて悲しくてムカついて、何が何だかわからない状態になって、洗濯物も気になるけれど、あと1時間だけベッドの中にいようと決めたのでした。彼は次の彼女からもイビキがうるさいなんて言われていやいやフリーズライトを鼻につけて寝るのかしら。
 
朝10時、彼が起きてベッドから降りました。あまりにあっさり起きたので、顔を洗いに行く彼を呼び止めて「ねぇ、明日、最後の朝がくるのよ」と言ったら、「あそう、なんか背中痒いんだけど見てくれる? っていうか明日が最後? 今日も泊まるの?」なんて眠気まなこでTシャツ脱いで馬鹿みたい。夜になると辛い悲しいゴメンゴメンと変に自虐的になるくせに、一晩明けるといつもの彼に戻ってる。そうやってずっと寝ぼけてたらいいのよ。
 
彼にもう一日泊めてもらうことを告げて、じゃあどこに行こっかなんて朝の光に包まれてベランダでタバコを吸っている。気管支喘息をもっている私の前では絶対タバコを吸わないって付き合った当初は誓っていたけれど、今では何かと弁明しながら平気でタバコを吸っている。でも私の前では絶対に吸わない。ユニットバスの換気扇の下か、こうやって12月の寒空の下、ベランダで凍えながら。こんな苦労をしてまでも吸いたいものなのでしょうか。どんな苦労をしてまでも一緒にいたい。あの日の彼の誓いも一緒に思い出しました。
 
2005年12月17日(土)  いいわけ 六、恋人の定義。
 
「恋人って何をしちゃいけないの?」
暗いベッドの中で彼女は呟いた。こんなに近くにいるのに、彼女は天井を向いているのか、声が少し遠く感じられた。
 
「まず、手を繋いだら駄目だろう」
そう言い終わらないうちに彼女は僕の手を強く握る。
「あとキスをしちゃいけない」
そう言い終わらないうちに彼女は僕の頬に唇を寄せる。胸が痛む。こんなに純粋で、こんなに愛らしいのに。
 
「もちろんエッチも駄目だ」
彼女は僕の手を握ったまま、僕の頬に唇を寄せたまま、大きな溜息を吐く。そんなことじゃない。溜息にはそんな彼女の思いが込められているような気がした。陳腐な説明は、故意に逃避しているだけ。僕はこれからどこだかわからない場所へ精一杯走って、彼女との距離を広げなければいけない。
 
「私にとっての恋人はね、安らげる場所なの。何をしても許される場所なの。あなたは無意識にそういう場所を作ってくれて……」
彼女は暗闇で小さく息を吸った。
「謝りながら自分で壊してるの。私はただ呆然とそれを見てるだけ」
 
おやすみも言わないまま、彼女は眠りに落ちた。ただ呆然と、愕然と、悲観に暮れながら、僕の手を握り、唇を頬に寄せ、静かに眠りに落ちた。足を絡めて眠るのは、僕の癖だったのか彼女の癖だったのか、今はもうわからない。僕たちはいつもこうやって一つだった。
 
2005年12月16日(金)  いいわけ 五、闇の中。

「じゃんけんで3回負けたほうからシャワーを浴びる」
 
いつものくだらないゲーム。そしていつものくだらないゲームに必ず負ける僕。そして何かと言い訳をつけてシャワーを浴びようとしない僕。その僕に罵声を浴びせる彼女。その彼女を強く抱きしめて耳元で愛の言葉を囁く僕。愛の言葉を受け止めて胸の中で咀嚼した後、再び僕を突き放してシャワーを強要する彼女。あともう一回だけじゃんけんとルールの変更を要請する僕。その要請を甘受する彼女。そして必ず負ける僕。
 
それはいつもの光景、僕と彼女との恋愛を思い返すときにさえ、思い浮かんでこないようななんでもない風景。そんな些細な一つ一つのことが、いとおしく、かけがえのないものに感じる。今日という夜は、もう訪れることはない。そんなことわかっているんだけど、そこに彼女がいる今日という夜は、もう訪れることはない。そんなことが、わからないでいる。
 
暖房が入り、ハロゲンヒーターが灯り、コンポから音楽が流れ、パソコンでニュースを読んでいた時に彼女がシャワーを浴びて、ドライヤーを作動させた瞬間、ブレーカーが落ち、真暗闇に包まれる。
 
「ハハハッ」
「ハハハッ」
 
闇の中で二人で笑う。闇の中で相手を探し、闇の中で唇を探す。
 
全てが闇の中だったら、全てが二人だけの世界だったら、きっと僕たちはずっと僕たちは幸せだったと思う。いつもの光景は、些細な風景は、あまりにも光に満ち溢れていた。
 
闇の中で、光を求めようとしない二人は、いつまでも相手の唇にしがみついていた。僕の頬に、君の頬に、何かが伝った。
 
2005年12月15日(木)  いいわけ 四、最後の晩餐。
 
「今、池袋」
 
彼女からのメール。あと10分もすれば、僕が住む駅に彼女がやってくる。僕はどんな顔をして彼女を迎えればいいのだろう。改札のそばで5本目のタバコを吸い終えたときに、彼女は現れた。いつもの笑顔で、人ごみの中で母親を見つけたような子供のように手を広げて駆け寄って、僕の腕にしがみついた。
 
彼女は、僕が電話で何度も言った話を確認するためだけに東京にやってきた。僕が答えを覆さないことは、きっと彼女だって理解している。でも僕はそんな理解している彼女の心境を理解することができない。君はどれだけ辛いのだろう。どれだけ苦しいのだろう。
 
「最後の晩餐だね」
 
最後の晩餐にはあまりにも似つかわしくない居酒屋で、二人焼酎を飲みながら僕たちの二年半の歴史を振り返る。それが別れという意味さえ持たなければ、幸福に満ち満ちた会話になっただろう。しかし、死にゆく人が走馬灯のように過去を想起するのに似た会話は、少しずつ悲しみを帯びてきて、もう少しでこの関係が終わってしまうという恐怖を呼び覚ます。
 
その恐怖は、僕の部屋に帰るまで僕の腕を片時も離すことのない彼女の細い腕の力が、小さな震えが、物語っていた。
 
2005年12月14日(水)  いいわけ 三、未来と失意。
 
好きな人ができたことについて。恋人がいるのに、なぜ他の女性に好意を抱くのか。恋人と遠距離だから? 本当に愛していなかったから? ただ気が多いだけ? 人は様々な推測を抱くだろう。そして自分が理解できるような答えを見出し、僕たちを納得の箱に押し込むだろう。
 
どんな納得の仕方だっていい。間違いないことは、僕はこれからずっと責められるべき存在になるということだ。無実の人を路傍で突然斬り捨てるような真似をした人間は、これからもろくな生き方をしないし、きっとろくな死に方もしない。僕はこれからもいろんな人に責められて、今回の一連の日記のように、わざと読者の心理を逆撫でするようなことを書いて、この穢れた身を曝け出そうとしている。何の意味もない。
 
でも僕たちの恋愛は明らかに意味があった。無意味なものは何ひとつ存在しなかった。全て光に満たされ、そこに笑顔があり嬌声があり体温があった。僕は彼女と過ごす時間を本当に愛していた。本当に、愛していた。
 
彼女を失った今、何を言っても、何を書いても、意味のある言葉は何ひとつ生まれない。ただただ後悔という二文字を表現したいがために、長々と弁明を垂れているにすぎない。好きな人ができたことについて。巷にありふれたつまらなくて切実な問題にさえ向き合う気にもなれない。好きな人との新しい未来が待っているのかもしれない。ただ、今は彼女を失った失意の方が大きかったというだけだ。
 
僕が予想していなかったのは、その失意があまりにも大きかったということだった。
 
2005年12月13日(火)  私の枯葉 第4節。
 
月に1度の定期イベントのように、深刻な口調で別れの言葉を呟く彼に呆れ果て、今日も私は「またまたー」なんて言って冗談に受け止めたけれど、私だって馬鹿じゃないので、彼の口調がいつもと違うということに気付かないわけがない。彼は本当に私と別れようとしている。冗談で受け止めているうちは、私の心の準備ができていないから。
 
でも彼はこれからどうするのでしょう。好きな人ができたって言ってるけれど、浮気なんてできるような器用な男じゃないのは、私が一番良く知っている。彼の書く文章は恋愛のこと、浮気をテーマにした物語は定番のようになっているけれど、あれはただ自分自身が浮気なんてできないから欲望なのか何なのかわからないけど、自分を投影できない部分をむやみに空想を広げて書いているだけなんだもの。未知なるものこそ空想はバラエティーを生むものなの。彼は好きな人と手を繋ぐことはおろか、まだ好意を伝える言葉すら言っていないに違いないわ。
 
原稿の締め切り前には変に気が荒れて、突然大声で歌い出したり、「ごめんなさい本当にごめんなさい」って誰に謝っているのかわからない謝罪を延々と続けたりするけど、誰があんな状態に陥った彼の頭を優しく撫でてなだめるのでしょう。
 
たたまずに放り出された洗濯物を誰が文句一つ言わずに、んー、そりゃあ私は文句の一つ二つ言っただろうけど、誰がきれいにたたむのでしょう。彼はすぐ曇っちゃう浴室の鏡を私が磨いていることを知っているのかしら。「ユニットバスなんだから浴槽は週に1度だけ洗えばいいんだ」って妙な理屈を言う彼の言葉に納得する振りして、私がシャワー浴びるたびにカビキラーで浴槽を磨いていることに気付いているのかしら。
 
カーペットの下だってあれほど掃除してって言ってるのに、「カーペットの下は外気に接していないわけだから、埃が発生するわけがない」ってこれまた妙な理屈を言って現実を直視しない彼に、「ほら、こんなにいっぱい埃がたまってるでしょ!」って説明して、「へぇー、これが石鹸かすバリアか」って頭がおかしいコメントを残す彼に誰が合わせていけるのでしょう。
 
私は心配です。彼は東京に来て、仕事関係以外の人と接することを極力避けているような気がするのです。飲みに行っても羽目を外すこともなく、病院関係では主任、ライター関係では作家という顔を決して崩さずに、引きつった笑顔を浮かべて不味い酒を旨い旨いと飲み続けて翌日に二日酔いで絶望の淵に追い込まれているような人なのです。
 
私と別れて、彼が言う「好きな人」が恋人になっても、その恋人は、本当の彼を見てどう思うのでしょうか。優しく手を差し延べてくれるのでしょうか。あの洗濯物は、浴槽は、カーペットは、これからどうなってしまうのでしょう。
 
私は心配です。心配だから、彼に会うために、東京に行きます。
 
2005年12月12日(月)  いいわけ 二、未練と反省、空虚な後悔。
 
「電話だけじゃ納得できない」
四国に住む彼女は何度もそう言った。
 
「会って話しても結論は変わらないよ」
真実から逃避したい僕は何度もそう言った。
 
好きな人ができた。好きな人がいる。好きになってしまった。好かれてしまった。好きなのかもしれない。好きになるのかもしれない。好きだと思う。好きなような気がする。好きに似たような感じだと思う。
 
彼女と話す度に、別れの決意が崩れていく。彼女が鼻をすする度、背徳の所業が胸を刺す。好きな人ができた、はず。もはや何の意味も持たない説得は、彼女の涙の懇願を、正当な主張を、より鮮明とさせる。悪いのは君じゃない。全て僕が悪いんだ。当たり前の事をうわごとのように呟き続ける僕の声は、彼女の耳に入ることはない。
 
「来週、そっちに行くから。ちゃんと話して。ちゃんと私を納得させて」
 
僕は君を納得させることなんてできない。好きになった人を、本当に好きにならない限り、僕は君を突き放すことなんてできない。
 
でも僕は、彼女と別れることを決めた。彼女と過ごした生活が、おそらく本当の幸福だったのだろう。彼女の笑顔は、本当に心から湧き出たものだったのだろう。その幸福を、あの笑顔を、自らの手で断つことに何の意味があるのだろうか。
 
きっとこれから永遠に自問の日々は続くだろう。いつも問い掛けて考えて、きっとこれから永遠に自答する日は来ないだろう。僕はいつも後悔しながら生きている。指をくわえて後ろを振り向きながら生きている。前の彼女のことを考えて胸を痛めたりする。前の前の彼女のことを思い浮かべて涙を流したりする。初めての彼女のことを考えて苦しくなったりする。未練でも反省でもない、それは何の意味も持たない、ただの空虚な後悔を、不治の病の症状のように、慢性的に抱えて生きている。
 
「あなたはそういうことをこれから一生繰り返すのよ」
 
彼女は憐れな子供をいたわるように、溜息混じりに呟く。一生繰り返す。僕のことを、僕より理解した人がそう言うのだから間違いないのかもしれない。一生繰り返す。僕は一生無意味に後ろを振り向いて生きていく。
 
2005年12月11日(日)  いいわけ 一、さようなら、好きな人。
 
―――それは彼女にとって、寝耳に水だったのか、それとも覚悟していたものなのか。
 
いつもの別れ話じゃないと彼女が気付いたのは、3度目の涙でも僕が優しい言葉を掛けなかったから。僕は彼女の流すあまりにも純粋で透明な涙にいつも屈して、不純な動機で彼女を苦しめていたことを悔やんだ。
 
「私は何も悪いことしてないのに!」
 
彼女のあまりにも純粋で透明で的確な言葉に、僕は返す言葉を失う。ただただ困ったような笑みを浮かべて、空虚な言葉を探し続ける。
 
「好きな人ができた」
 
別れ話を持ち掛けたのは、もう1ヶ月も前になる。
好きな人ができた。今思うと、それが何を意味するものなのか、深く考えることができない。深く考えようとすると、胸の奥で、瞳の底で、真っ黒に穢れた血が、涙が溢れてくる。
 
―――それは彼女にとって、寝耳に水だったのか、それとも覚悟していたものなのか。
 
彼女を失った今、僕はただただ悔やんでいる。自分の浅はかさに呆れている。己の運命を呪っている。
さようなら、好きな人。僕は再び一人になりました。
 
2005年12月10日(土)  テクテク歩いて。
 
明日は通信大学の科目終了試験といって、卒業を目前に控えた僕は結構気合入れて頑張らないといけない日なのでございますというのにですよ僕ときたら。「あ、シャッター閉まってる」なんつってテスト前日の深夜0時45分。池袋駅でうちに帰る沿線のシャッターがゆっくり降りていくのを見ながら、電車がなければタクシー乗ればいいじゃないと、パンがなければケーキを食べればいいじゃない的発想で、一緒に飲みに行った女性に言ったら、「うーん、たまには歩いて帰ろうよ」と言う。テスト前日の深夜に。
 
僕の家も、その女性の家も同じ方向で、池袋から歩いて帰ろうと思えば帰れる。歩いて帰ろうと思えば。この歩いて帰ろうと思う条件は、温かくて、酒飲んでなくて、体力が余っている時であって、深夜0時45分、外は極寒で、かなり酔っていて、体力など微塵も残っていない。僕はタクシーを使いたい。早く帰ってシャワー浴びて、んー、もう酔って試験勉強できないだろうから、せめて明日早起きして勉強する為に一刻でも早く就寝したい。でも、この女性はきっと僕と一緒に歩きたいのに違いない。僕だって実はこの女性と一緒に歩きたいのに違いない。
 
この女性の出現によって、僕と彼女は今別れの危機に瀕している。この女性が悪いわけじゃない。もちろん彼女だって悪いわけじゃない。悪いのは全部僕チンです。と、酔っているのでそんなおどけたことを考えながら、極寒の東京の星空の下、僕とその女性は、テクテク歩いて未来を思う。
 
2005年12月09日(金)  盗んだバイクを盗まれた。
 
現在通っている通信大学をどうしても今年度中に卒業したいので、ていうか卒業見込みがないと、精神保健福祉士の国家試験が受験できないので、何が何でも卒業しなければいけない。で、何が何でも卒業する為には今月中にレポートの提出を終了しなければいけない。残り3科目。レポート総数、40枚。これさえ仕上げれば卒業できる。仕上げた後不合格だったら書き直しだけど、まぁ、講師も人間だから土壇場で不合格にすることはないだろう。

と、楽観的な気持ちで朝から図書館、で、40枚仕上げた午後2時。こうやって図書館の学習室でちっこいノートパソコンでこの日記を書いている。周囲はみんな勉強している。ざまぁみさらせ一足先に卒業させてもらいます。帰りに松屋に寄って豚めしじゃなくて牛めしを食らうのでございます。卒業だから。この支配からの卒業だから。誰にも縛られたくないと逃げ込んだこの東京で、自由になれた気がちっともしない三十路前の昼下がり。
 
2005年12月08日(木)  通信大学とは。
 
通信大学のことがよくわからない人に説明すると、通信大学は必ずしも放送大学ということではなく、放送大学のように自宅や学習センターでビデオ学習などするわけではない。うちの大学の場合、ひたすら自宅で文献読んで鼻ほじりながら自己学習である。自由である。フリーダムカレッジライフである。フリーダムであるがために自己学習なんて馬鹿なことはやってられないのである。で、その結果、3年次に編入試験に合格して2年で卒業できるはずなのに、もう4年も経っている。自由とは恐ろしいものであるね。
 
単位を取得する為には、まずレポートを提出しなければならない。1科目あたりだいたい2つの設題があって、1つあたり8枚。で、それがだいたい毎月15日締め切りだから、フリーダムカレッジライフを謳歌している僕は14日の夜に泣きながらレポートを仕上げる。で、そのレポートの合否判定が1ヶ月後くらいに届き、科目終了試験というものに行くことになる。
 
科目終了試験はだいたい毎月最終週の日曜日だから、フリーダムカレッジライフを満喫している僕は最終週の土曜日の夜に叫びながら試験勉強をする。そしてその試験が合格になっても単位がもらえないあたりが本当はフリーダムじゃないところなんだけど、科目によってはスクーリングといって、大学本校、もしくは都内の姉妹校に行って、普通の大学の講義を受けなければいけなくて、これもただ出席すればオッケーというわけじゃなくて、スクーリング最終日に試験がある。なんでたった2単位取るのにこんなに試験受けなあかんのじゃー。社会人がそんな器用に二足のわらじを履けるかボケー! と、カリカリ怒っても無情に時は過ぎていくばかりなので、時には真面目に福祉や心理を学んだりして、その不真面目と生真面目のバランスがいつまでたっても上手く釣り合わないから、なんか、こんな人間になってしまった。
 
2005年12月07日(水)  別れ話ができなくて。
 
いつも日記では彼女と仲良くやっているように書いているが、遠距離恋愛の僕たちは遠距離恋愛らしい問題も時には発生するのであって、過去に2人の魅力的な女性の出現により、本気で別れを考えたことがあるということをその時の日記に書かないのは僕が卑怯な男だから。
 
まぁその2人の女性とは浮気したというわけではなく、ああ、このままだったら普通に付き合えるよなぁ。っていうかもうこれ浮気じゃね? でもキスしてないから浮気じゃないよね。でもこのメールの内容からしてもう付き合ってるんじゃね? でもエッチしてないから浮気じゃないよね。というラブ葛藤を繰り返しながら、結局元の鞘に収まっているのは、彼女が強靭な精神力の持ち主であって、多分、僕が浮気する可能性を全く考慮しないのである。
 
やっぱりそういう別の女性が表れた時は、「今ね、ちょっと気になる人がいるんだけど……」なんて別れ話の布石を打ったりするんだけど、「またまたー」なんて笑顔で返されて全く話にならなくて、やっぱり一緒にいる時間が別の女性より彼女の方が長いので、新しい好きなところも発見できたりして、結局別れ話をすることもなく、別な女性への気持ちが離れていって、結局結局、結局、結局やっぱり彼女のことが好きなんだと思ってしまうパターン2年目。
 
2005年12月06日(火)  ペコペコヘラヘラ。
 
そろそろ忘年会の季節がやってくる。パソコンが既に「忘念買い」と変換を間違うほどに、忘年会に拒絶的な反応を示しているのは、今年も僕が職場の忘年会の幹事であって、人数の把握や値段の設定、店の予約など、煩雑このうえない。
 
この忘年会ってやつは、出席したくないって人も中にはいて、そういう人は値段を言ったり、店の場所を伝えたりするたびに、そこはあんまり料理が美味しくないんだよなぁ。そこって私の家から逆方向になるじゃなーいなんて何かと文句をつけたがってもうほんとムカつく。
 
よってそんな文句ばかり言うのならお前が決めてみろよ。全員の意向をまとめることがどんなに難しいか経験してみろよ。酒も飲んでないのに無礼講じゃアホー! と怒鳴りたくもなるが、そんだけムカついても決して怒鳴らなくて「スイマセン、スイマセンネ」とペコペコヘラヘラしているのが僕であって、そういう僕だからこそ幹事に適任だって思ってる奴もいて、それに対してもムカつくけどペコペコヘラヘラ。
 
2005年12月05日(月)  別れと出会いを繰り返し。
 
新しい携帯になってから、数字のキーのスペースが少し異なるので、メールを打つときにすぐに手が痛くなる。だから短いながらも起承転結が存在するようなメールを書こうと思っても、承の部分で指が痛くなってきて、転の部分でムカついてきて、起承転のまま送信してしまうので、結局何が言いたいの? という意味の返信をもらうことが多くなってきた。
 
しかし携帯の機能の発展は素晴らしい。前の携帯は約1年前に買い替えたばかりだったが、もうその機種すらダサくて鈍臭いものと化し、えーまだファミコンやってんのー? お前んちも早くスーパーファミコン買ってもらいなよーと、川田のケン坊に侮辱された小6の昼下がりを想起せずにはいられないほど、携帯も新機種を所持、新機能を把握していなければ時代についていけなくなっている。
 
よって僕は買い替えた携帯の「おさいふケータイ」機能を十分に利用していこうと心に決め、必ず携帯に千円札を3枚はさんで外出して、コンビニなどで携帯を取り出し、はさんである札束から1枚スッと取り出して不敵に笑ってまわるまわるよ時代よまわる。
 
2005年12月04日(日)  あと12億くらい?
 
人生何が起こるかわからない。もしかすると明日、いや3分後のことだってわからないから3分後に死ぬかもしれない。というようなことを人は言ったりするけれど、そんなことあるかぁ、明日だって3分後だって生きてるに決まってるやんけあほー。と、僕は思うよー、ということを職場の福祉職のお姉さんと話していたら、「しーっ! そんなこと言っちゃダメ! 神様に聞こえちゃうでしょ!」と、真剣な顔で言うので可愛い人だなぁと思った。
 
まぁその明日とか3分後とか、そういう話はいまいち実感は沸かないけれど、だいたい心臓ってやつは20億回動いたら寿命が尽きるらしい。心臓は1回の拍動で全身に血液を送るから、体の小さいネズミなんかはすぐに血液がまわるので心臓がそれだけ早く動くから早く死ぬ。反対に像なんてのは体がでかいので全身に血液がまわるのに時間がかかって心臓もゆっくり動く。だから長生きするという理屈が成立するらしく、だったら像みたいにでかい人間は長生きするのかというと、まぁ食生活とかコレステロールとかそういう問題があって、一概にはそう言えないらしい。
 
でもだいたい20億しか動かないということは本当の話であって、3分後死ぬかもしれないということを考えると何だか馬鹿らしいけれど、20億という回数が限定されているということを知った時、ちょっとだけ死が実感できたような気がした。
 
2005年12月03日(土)  ほんとダメクソン。
 
「携帯を買い替えたから、新しい携帯番号を知らない君はもう僕に電話を掛けてこられないよ。さようなら」
 
と、買い替えた携帯で彼女に電話をしたら、「え? え? どういうこと? 何で電話番号教えてくれないの? どうして? 別れちゃうの? どういうこと? 何で買い替えたの? って、今表示されてるこの番号は何?」と、容易にパニックに陥るところが彼女の可愛いところであるが、おわかりの通り、携帯を新規で購入したのではなく、ただ機種変更しただけである。
 
僕はソニーエリクソン製の携帯、しかも着せ替え携帯を2機種続けて使用しており、ソニーエリクソンの何がいいかというと、着せ替え機能は別にどうでもいいが、ジョグダイヤルで操作できるというところが魅力的であって、ジョグダイヤルじゃなければもうメールすら打てない快適にezwebもできないと、かなりジョグダイヤルに依存してしまっており、やはり次の機種もジョグダイヤルじゃなければいかん。ジョグダイヤルじゃなければいかんかったらソニーエリクソンじゃなければいかん。たまたま新機種で着せ替え携帯が出てるから3機種続けて着せ替え携帯と洒落こもうじゃないかと、意気揚揚と購入したら、新機種は外見は着せ替え携帯だけれども、操作はジョグダイヤルじゃなくて、そういう大切な事を購入した後に気付くあたりがほんとダメクソン。
 
2005年12月02日(金)  無為自閉。
 
今年も残すところあと1ヶ月となってしまった。今年1年を振り返って見ても、大して思い返すことがないということは、僕が常日頃から無為自閉的な生活を送っているからであって、たまに遠距離の彼女がやってくる以外は特に外出することもなく、延々と部屋で原稿書いたりプレステやったりそんな変わり栄えのない生活を送ってるからほら、もう日記なんて書くのが苦痛になっている。
 
この日記も既に5年以上書き続けているが、始めの3年目くらいは、その日の日記はその日のうちに書いていた。だって良くも悪くも波乱に満ちていて、書くネタに苦労しなかったから。彼女とかころころ変わってたし。しかし最近のこの体たらくといったら。歳を取ってしまったのか、変に一途になってしまって「好色一代男」なんて日記を書いているくせに、全く好色ではなくなってしまった。
 
しかも好色ではなくなったうえに、やはり歳を取ってしまったのか、変に肌のいろんな箇所が乾燥してきて、風呂上がりにニベアクリームを塗らなければ痒くて生きていけない体になってしまった。膝の裏が乾燥しやすくてちょーやばいんですけど。
 
2005年12月01日(木)  ごめんなさい。
 
自殺の現場に遭遇したことがある。
 
仕事柄なのか恐怖心はなく、すぐに手首を握り脈を取ってみたけど、自分の激しい動悸で、生きているのか死んでいるのかわからなかった。
 
【高校側は「いじめも暴力もなかったと判断している」とコメントした】
 
最近見たニュースの一節。これを見て憤りを感じるというより、僕はどうしようもない無力感を感じた。
 
みんなみんな誰かに手を差し伸べようとしているけど、みんなみんな誰かの胸の奥なんて見ていない。それは、見えなくて当然のことかもしれないけど、本当に手を差し延べた時は、もう結末を迎えていて、その差し延べた手は、冷たくなった手首の脈を取っている。
 
「死ぬ前にサインを発していた」これはただの結果論で、自身の行動を合理化しようとする苦肉の策だ。
 
僕はあの日を忘れない。これからもずっとずっと忘れない。冷たい手首を、虚ろな瞳を、そして自分の鼓動を。誰かを救いたいだなんて大仰なことを思っているわけではない。ただただ、僕は忘れたくない。
 
ごめんなさい。
 

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