2003年03月31日(月)  柳に風。
そんな心配するなよ。案ずるより産むが易しという言葉が、あるじゃないか。
 
冷静に考えるとね、結果として現実にそれが起こるか否かという事実よりも「それが今に起こるのではないか」という予期こそが僕たちの抱く「恐怖」というものの正体なんだ。それを理解していると、結構楽に生きていけるものなんだ。ホントだよ。
 
例えばね、今戦争やってるでしょ。敵機が来襲したときに鳴り響く空襲警報というものが存在しなかったとしたら、僕たちはどうすると思う? あっ! 飛行機の音が聞こえたような気がする。わっ! 遠くで爆撃音が聞こえたような気がする。気がする。気がする。って常に何かを気にしながら戦々恐々と過ごしていくことになるでしょ。
 
だけど空襲警報があるお陰で、僕たちは来るべき空襲に備えることができる。具体的に言うと家財道具を整理したり、防空壕に避難したり。ね。ということは、空襲警報が鳴らないとき以外は「安全」だということになる。そうでしょ。空襲警報が鳴ったときだけ、あっ! すげぇヤバいかも! なんて思えばいいことでしょ。そういうことなんです。キミが今、思っていることは、取り越し苦労なんだよ。
 
わかる? こういうものはね、空襲警報が鳴ってから危機感を感じたらいいんだ。さっきからそんな、漠然的な理由で「私たちもうダメかもしれない」なんて、僕はどう助言したらいいんだよ。どだいキミたちはとても幸せそうじゃないか。骨折り損のくたびれもうけ。ね。夫婦喧嘩は犬も食わぬだ。気にするなよ。案ずるより産むが易しという言葉が、あるじゃないか。
 
僕たちの浮気は絶対に気付かれないよ。
2003年03月30日(日)  赤いソファー。小さな椅子。
友人と家具屋に行った。新居で使うソファーとテーブル。
 
「ねぇ、これこれ、可愛いでしょー」
「うん。可愛いね。これにしようか」
「ねぇ、こっち来てよ。これいいんじゃない?」
「うん。これいいね。これにしようか」
「わぁ、見てよ。これすごい安い!」
「うん。安いね。これにしようか」
「アンタもうちょっと自分で考えなさいよ!」
 
いつものように主体性・積極性共にゼロ。だいたいあんなにいろんな種類のソファーがあったらどれでもよくなってしまう。先日東京の不動産屋に行ったときも何十件もの物件情報を見せられて、最初は真剣に探すのだが、ページをめくってもめくっても住みやすそうな物件が出てくるので、面倒臭くなってしまって、あぁどこでもいいや。住めたらいいや。雨さえしのげたらいいや。などと極論的思考に陥ってしまってどうでもよくなってしまう。
 
「ボクのソファーお姉さんのソファー♪ ゴロゴロ父さんのお昼寝ソファー♪」
「恥ずかしいから大きな声で歌わないでよ! それにこの店の歌じゃないんだから!」
 
ローカルCMで流れている家具屋の歌を歌っていたら友人に止められた。僕の中でソファーの選定はとっくに諦めていて、友人が「もうこれにしなよ!」と言うときをずっと待っていた。友人がソファーを決めたら、実際購入して部屋に置いてみて、なんかしっくりこなくても「しょうがないや。あいつが決めたんだし」と自分の中で言い訳ができる。
 
「さぁ、次はテーブル探そっか」
「ってどれに決めたのよ!」
「いや、わかんない。えっと、それでいいや。それいくらですか」
店員「28000円です」
「わぁ。高いね。随分高いね。ワニ皮ですか?」
店員「いや、ワニじゃないと、思います」
「そうですか。じゃあ、その隣のやつでいいや。それいくらですか」
「ちょ、ちょっと! なんでそんなに投げ遣りなのよ! 真面目に考えてよ!」
「え、いいじゃん。僕が買うんだし」
「そんな問題じゃないでしょ! ほら、部屋の雰囲気とか考えて……」
「そうだよね。雰囲気大切だよね。えっと、じゃあそれください」
店員「かしこまりました」
「えー!! 決めちゃうの!? ちょっと待って。ちゃんと話し合おうよ!」
「何を?」
「私たちの未来を」
「へへ」
 
なんて調子で迷惑そうな店員をよそにソファーの選定は続く。流行なのかどうなのかわからないけれど、やけに赤いソファーが目につく。単に色が目立つだけなのかもしれない。
 
「赤いソファー多いですね」
店員「はい。結構人気ありますよ」
「ワニ皮ですか?」
「どうしてそんなにワニ皮にこだわってんのよ!」
 
それから店内を3周くらいまわってようやく1人掛けのソファーに決めた。
 
「なんかすごい赤くない?」
「赤いね」
店員「赤いですね」
「ホントにこれでいいの?」
「じゃあ違うやつにする」
「あぁ、ちょっと、もうこれでいいよ」
「じゃあこれにしよう」
「うん。これにしましょ。ちょっと赤いけど、可愛いし」
「だけどなぁ……」
「どうしたの?」
「ワニ皮じゃないんだよなぁ」
「馬鹿じゃないの! 欲しくもないくせにそんなことばっかり言わないでよ!」
 
掛け合い漫才のような男女2人のやりとりに綺麗な店員のお姉さんも気に入ったらしく、ソファーの色に合った小さな椅子をプレゼントしてもらった。
 
店員(綺麗)「これ、どうぞ使って下さいね」
「えっ、ホントにいいんですか?」
店員(綺麗)「遠くに行かれるそうで。引越し祝いです」
「あ、ありがとうございます。この椅子に座るたびにお姉さんのことを思い出します」
店員(綺麗)「フフッ。彼女のことを思い出してくださいね」
「か、彼女じゃないですよ!」
「そ、そうよ。彼女じゃないですよ」
店員(綺麗)「フフフッ」
 
帰り道。車の中。
 
「たまには不真面目を装ってみるのもいいもんだね」
「アンタいつも不真面目じゃん」
「えー。僕はいつでも真剣だよ。ソファー決めるのに2時間かけるくらい真剣だよ」
「アンタ最後のほうずっとマッサージチェアに座ってたじゃない」
「それにしても得したね。小さな椅子」
「うん。すごいセンスいいよね。あのお姉さん」
「うん。座るたびにキミを思い出せだなんて、無謀なことを」
「馬鹿。だけどアンタだったらどこででもそんな調子で生きていけそうな気がした」
「ふぅん」
「うん。生きていけるよ」
 
うん。生きていくよ。
2003年03月29日(土)  それいけぼくらの。
「アンパンマンはキミさー♪」
「……」
「元気を出してー♪」
「……」
「アンパンマンはキミさー♪」
「おい」
「力のかぎりー♪」
「おいって」
「あ、はい、なんですか」
「仕事中に何歌ってんだよ」
「アンパンマン体操です」
「そういう意味じゃなくてどうして仕事中に鼻唄なんか歌ってるんだって聞いてるんだ」
「あ、そうでしたか」
「そうだ」
「アンパンマンはキミさー♪」
「……」
「勇気を出してー♪」
「……」
「アンパンマンはキミさー♪」
「おい」
「信じることさー♪」
「おいって!」
「あ、はい、なんですか」
「なんですかじゃないだろう。さっきから何歌ってるんだ」
「だからアンパンマ」
「ン体操ですってそういうことじゃなくて!」
「じゃあ何ですか」
「理由を聞いているんだ。仕事中に鼻唄を口ずさむ理由を聞いているんだ」
「先輩が」
「僕が?」
「そうです。先輩が」
「僕が?」
「最近、太ったんじゃないかなぁって」
「太ってねぇよ」
「ホッペがアンパンマンみたくなってるなぁと思って」
「なってねぇよ」
「いや、絶対太りましたよ先輩」
「太ってねぇよ」
「絶対太りました」
「絶対太ってねぇよ」
「太りました!」
「太ってねぇよ!」
「あ、そうですか。じゃあそうして下さい」
「なんだよ! その含みのある言い方はよ!」
「先輩は太ってません。僕の間違いでした。アンパンマンじゃないです」
「畜生。ムカつく後輩だ」
「イタッ! 何するんですか!」
「あぁ、ゴメンゴメン。ムカついたからつい手が先に出っちまった」
「痛いなぁ。アンパンチ」
「今何っつった!」
「痛いなぁって」
「そのあと!」
「切ないなぁって」
「そんなこと言ってねぇだろ! 嘘つくなよコノヤロ!」
「く、苦しい! 何するんですか!」
「あぁ、ゴメンゴメン。ムカついたからつい首を締めちまった」
「苦しかったなぁ。アンロック」
「え? 何? 今何っつった?」
「苦しかったなぁって」
「そのあと!」
「侘しいなぁって」
「そんなこと言ってねぇだろ! アンロックっつったろ! なんだよアンロックって! アンパンマンそんな技使うのかよ!」
「アンパンマンの話なんてしてないじゃないですか」
「してんじゃん! さっきからしてんじゃん!」
「物事に固執しすぎるとろくな大人にならないですよ」
「後輩に言われたかねぇよ! アンロックって何だよ!」
「あぁ、お腹空いたなぁ」
「話題を変えるなよ!」
「先輩」
「なんだよ」
「頭食べていいですか」
「ぶっ殺す!!」
 
久々に体重計に乗ったら5キロ太っていた。
2003年03月28日(金)  群集心理。
戦争やってますね。バグダッドからライブカメラで中継してるじゃないですか。すごい世の中ですよ。戦争生中継。日本人は風呂上がりにビール片手に21型テレビから流される生中継を眺めるわけです。すごい世の中ですよ。それを不謹慎とも思わない。自覚していない。対岸の火事ですよ。ガソリンとか、高くなったら困っちゃうって、そんな悠長な。ライブカメラ、何? 何もやってないじゃん。爆発とかしてないじゃん。なんて言ってチャンネル変えてプロ野球の開幕戦。まぁ、平和。平和だねぇ、日本は。桜も満開だし。群集は、肉をつつき酒を煽るのだ。平和だ。あの頃は平和だったなぁ。なんて思い返すこともなく、これからずっとほぼ永遠に平和なのだ。
 
今日は群集心理のお話です。群集とは、ただ一時的に同じ場所に居合わすことによって、偶然に生じる人間の集まりであります。大きな意味で、「日本人」。ライブカメラを漠然的と眺める日本人。ね。これも群集に位置付けることができるのです。しかし群集にも2種類に別れています。3種類だったかな。3種類だったような気もする。2種類で、いいじゃないか。乱衆と、聴衆。この2種類。
 
先述の日本人。乱衆と、聴衆。どちらに位置すると思いますか。はい、左の列の後ろから2番目の僕と目が合ってすぐに逸らした人。まず教科書を開きなさい。そんなに怯えるのならば最初から教科書を開いていなさい。しっかり起立して発表しなさい。隣の人に目配せを、するな。解答を求めるな。自分で考えなさい。自分の頭で考察しなさい。乱衆と聴衆。正解は2分の1の確立なんだから、言うだけ言ってみなさい。乱衆? はい、不正解。2分の1の問題も外すなんて、ロシアンルーレットでもしたら死んでるよキミ。と、まぁ、日本人は、群集の中の聴衆に位置するわけであります。
 
聴衆とは、受動的な群集であります。例えば? はい、もう1回キミ。やっと教科書を開いたキミ。宝くじなど一生当選しないであろうキミ。受動的な群集とは、例えばどのようなものでしょうか。わからない? わからない? どうなるのかー。ってキミは工藤静香ですか。受動的な群集、これは映画を見に映画館に集まった群集とか、火事を見に集まったやじ馬のような集まりです。おい、まだ座っていいとは言ってないよ。人々の注意が一定の対象に向かっていること、そこに集まった人々の間に抗争がないこと、関心の対象が危険ではなく、攻撃的行動とか防衛的行動に出る必要がないこと。このような条件の元に集まった人々のことを群集というのです。わかった? 座ってよろしい。
 
それに反して、乱衆。「モッブ」ともいいます。イラクとかアメリカとか、あれはモッブですよ。危機的場面における群集。それを、乱衆。モッブですね。危機的場面というのは、今回の戦争ですよ。ブッシュの戦争。難しいことはよくわからないけど、フセインの戦争ともいうらしい。あの、よくテレビで出てくる群集ね、あれが乱衆。活動的で、凶暴性と非合理性、しかも無分別で、情報を軽々しく信じがちになる。そして一定の対象に対して、危害を加えることを目的としている。ね。なんとなくわかるでしょ。こんなものなんとなくわかればいいんだ。半分聞いとけばいいんだ。なんだか面倒臭くなってきた。帰りたい。今日は、給料日なんだ。帰りたい。気が散ってしょうがない。あー。また書く気がしなくなってきた。いつもこれだ。ここまでの文章は勢いで、ものの15分程度で書いたんだけど、一度手が止まると、もう駄目だ。もう書きたくない。非常に申し訳ないけど、もう終わり。
2003年03月27日(木)  左遷。
実は3日前より、外来から病棟勤務に移動となって、残り1ヶ月、これぞ看護の真骨頂! といわんばかりに仕事に励んでいるわけですが、やはり病棟は良いです。看護の真骨頂です。外来で「ヤマダ様〜、診察室へお入りくださーい」なんて妙に高い声で言わなくてもいいし、注射と点滴と処置と調剤と事務的なお仕事、並びに蛍光灯の交換、そしてトイレ掃除。うちの病院は検査技師がいないので、僕はレントゲンだって撮影するんです。外来サヨナラ。僕はもう「面倒臭い仕事はヨシミくんがなんとかやってくれる」という雰囲気を打破する為に、病棟へ移動を申し出たのです。残り1ヶ月、看護というものを見直してみたい。という建前のもと、1年振りに病棟に復帰。看護婦さんたちは「左遷」と言って僕を罵ります。知るか。
 
それにしても病棟は、良いです。僕はやはり病棟向けの看護師なんです。患者さんの肩を揉んで「はーい。交代」なんて言って今度は僕が肩を揉んでもらう。患者さんに膝枕をしてもらいながら耳掻き。もしこんな場面を院長に見られたらまさしく左遷です。いや、左遷でもいいんだ。どうせあと1ヶ月だし。僕はもっと、こう、人間的な触れ合いをしたいんだ。耳掻きしてもらって、何が悪い。
 
現在、全国の病院で「患者さんは患者様と呼ばなければいけない」というような風潮が強くなってるけど、ねぇ、それってすごく表面的だと思わない? 看護の過程では「ラポールの形成」って信頼関係の形成のようなものがすごく大切なんだけど、患者様って言ってる間はずっとラポールは形成されないよ。「様」をつけることでどれだけ双方に壁ができるかわかっているのか。机上の空論。糞食らえ。事件は現場で起きてるんだ。僕が織田裕二だったらそう叫ぶね。裕二。祐二。どっちだ。どっちが正解なのか。どっちがカンチなのか。どっちでもいいや。カンチー。セックスしよっ! って言われてみたいやら言われてみたくないやら。
 
ちなみに東京ラブストーリーのあの保母さん役だった人は、僕の中で永遠に東京ラブストーリーの保母さん役なので、永遠に嫌いです。あの日あの時あの場所で、君に逢えなかったら、僕らはいつまでも、見知らぬ二人のまま。うん。考えてみれば当然です。この世にはあの日あの時あの場所で、逢えなくていつまでも見知らぬままの人がごまんといるんです。えっと、何の話をしてたんだっけ? そうそう。退職金。退職金で、旅行に行きたい。新婚旅行に行きたい。
2003年03月26日(水)  もうすぐ最終回。
あぁ眠い。今日は疲れているのです。疲れた疲れたといくら日記に書いてみても、やはりそれは主観的な問題なので、実際は全然疲れていないのかもしれませんよ。いや、メチャクチャ疲れてるんだけど。本当に疲れているんだけど、僕にはまだ寝る前にやらなくてはいけないことがいっぱいあるのです。まず、この日記。これを書き終えてから全てが動き出すんです。「日記を書かなければいけない」という猶予を自ら与えつつ、面倒臭いことは引き伸ばし先延ばし。あーあーあー。日記を書いてます。今日記を書いてますので、必然的に、他のあらゆる行為は抑制されますの。悪しからず。
 
こんなに疲れているのは、今日はソフトボールの試合があったからなのです。僕はもうそろそろ引越しますので、ソフトボールの監督にも「お世話になりました。メジャーに行っても大活躍してきます」なんて挨拶をしたというのに「人数が足りないから」という小市民的な理由の元に、僕は再びユニホームを着てバッターボックスに立っていたのです。
 
今日は内野安打と、センター前ヒット。2打席2安打。打率5割。5割だよ。2本に1本はヒットを打つという事実を数字が立証しているのですよ。あぁやめたやめた。ソフトボールの話なんてして喜ぶ奴がどこにいるってんだ。もっと、こう、みんなが喜びそうな話題を書こうと思います。うん、あんまり思ってないけど。日記なんて全て自己の中のみで完結されるんだ。僕がよければそれでよい。文章なんてエゴイズムの結晶なんだ。僕は寝るよ。本当に寝るよ。雑誌のコラムの締め切りが今日だというのに! 僕は引き伸ばし先延ばし。
 
しかし隔月だけど雑誌にコラムを書いていると、それなりに反応もございまして、中には厳しいご意見も戴きますが、そういうのは優しく無視。温かい眼差しで黙殺。そもそも文章なんてエゴイズムの結晶なんです。僕が何を書こうが構わないじゃないか。そうじゃないのか。そうでもないのか。うん。そうでもない気がする。しないでもない。たぶんしない。ビバ。キミの言う通り。ゴメンなさい。精進します。しますぜ。してやりますぜ。キミのお望み通りの文章を書いてやりますぜ。見事期待に沿えてみせますぜ。プッ。今のは、屁の音です。僕は顔では反省しきった顔をして、その表情を維持したまま屁が出せるのです。
 
さぁ、もうこのくらいでいいでしょう。だいぶ、書いたでしょう。あとは、そっとさせて下さい。今から部屋の灯りを消して、昔を思い出したり未来を想像したりしながら雑誌のコラムを書くのです。僕はA型なので締め切りはしっかりと遵守するのです。「えー。O型っぽくない?」ってキミはいったいABO式の何を理解しているというんだ。無責任なことを言うもんじゃない。然り。これは僕自身にも言えることです。無責任なことばかり書くんじゃない。反省。
 
好色一代男。もうすぐ最終回。
 
この発言の真意。僕は文章を通していろんな人を試しているのです。
2003年03月25日(火)  ムダ毛処理。
私は毎晩何かに憑かれたかのように、そう、何かに吊られたかのように腕を挙げてムダ毛を処理する。「毎日なんて異常でしょー」なんて梨香は驚いて「そうだよねーそれっておかしいよねー」と私は同意を装うけど、それは表面的な装いで、相手の言葉に同意する。という会話のルールを保たせているに過ぎない。私の気持ちなんて誰も理解することができない。ずっとそう思っていたし、これからも永遠にこの気持ちは変わらないような気がする。私は、今夜も、強迫的に、何かを宣言するような格好で、ムダ毛を処理する。
 
―――
 
ムダ毛処理の話を始めたのは隆一からだった。あの日は水曜日で、平日に休日が多い私と、週末しか休みが取れない隆一が、珍しく平日の昼間から私の部屋のベッドで一緒に寝転がっていたときだった。私は退屈な午後のワイドショーを見ながら代官山マダムだのファッションチェックを漠然と眺めていて、隆一はやはり退屈そうにベッドから手を伸ばせる距離にあった「JJ」を口を半開きにしたままページをめくっていた。
 
「うーん。女って大変だよねぇ」
「ん? うん。ゴメンね。せっかくゆっくりできる日だったのにね」
「違うよ。そんなんじゃないよ」
 
彼氏と一緒に過ごせて舞上がってしまう夜ほど、皮肉にも手元にあるのはコンドームじゃなくて、ウィスパーだったりする。
 
「違うの? ふふ。まぁ生理も大変なんだけどね」
「そりゃ大変でしょ。同情するよ。だけど女は男に比べて大変なことが多すぎる」
「えー。例えば?」
「これ、この記事」
 
隆一は顎で「JJ」の記事を指した。『全部解決! 失敗しないムダ毛処理!』
 
「女は毛を剃らなきゃいけないって誰が決めたんだろうね」
私は中学校の頃から、そう、ムダ毛に関して悩み始めた頃から毎日考えていた疑問を呟いた。誰が決めたんだろう。
 
「そりゃお前、男だよ」
「うーん。やっぱりそうなのかなぁ。神様じゃないのかなぁ」
「ははっ。バカだなぁ。女のワキ毛を気にする神様なんてなんだか心細いじゃないか」
「そりゃそうだよね」
「そうだよ。男が決めたにきまってるよ。哺乳類1心の狭い動物は人間のオスなんだ」
「ふふ」
「毛が生えてるだけで交尾どころじゃなくなるんだ」
「ワハハッ」
 
―――
 
狭いユニットバスの湯気でぼやけた薄暗い灯りの中、胸の辺りにシャワー当てながら、ぼんやりと隆一のことを思い出す。哺乳類1心の狭い動物を思い出す。
  
―――
 
「いや、別に、そういうわけじゃないんだ。ただ……」
「ただ何なのよ! はっきり言ってくれないとわかんないじゃない!」
「いや、ゴメン。本当に、僕が悪いんだ。僕だけが、悪いんだ……」
 
隆一は言葉を濁してその言葉をまた濁して言葉そのものの意味を深い泥土の中に埋めようとしていた。私はその言葉が、その真実が黒い泥の中に埋まってしまわないよう、必死に隆一の中から引っ張り出そうとしていた。目に見えて閉ざされていく隆一の心を必死に開こうとしていた。私は力の限り最後まで抵抗して、やがて力を出し尽くして隆一の「別れよう」の言葉と共に、永遠に真実は泥の中に沈んでいってしまった。呆気なく、その恋は終わった。
 
―――
 
……・・・。……・・・・。……・・・・・。
シャワーの音はいつもあの日の雨音を思い出させる。毎日入らなければいけないシャワーの中で、毎日あの日が想起される。あの日の記憶は毎日いとも簡単にシャワーの音によって追憶される。
 
「そうだよ。男が決めたにきまってるよ。哺乳類1心の狭い動物は人間のオスなんだ」
 
あの日の、水曜日の退屈な午後の、隆一の言葉。
 
哺乳類1心の狭い憐れな動物の為に、私は毎晩何かに憑かれたかのように、そう、何かに吊られたかのように腕を挙げて、何かを宣言するような格好でムダ毛を処理する。女性用カミソリで、我が身を削る思いで。
2003年03月24日(月)  【歪み冷奴の真実】の真実。
僕の誕生日に誰から貰ったか忘れた腕時計のデジタル表示が18:00に変わる。「もう6時だよー」僕は電車の中で他人事のように向かい側に座っていたいけじょさんに話し掛ける。「走るわよ!」改札を抜けて猛ダッシュ! だって待ち合わせ時間は17時30分。ちなみにこれは昨日の出来事の日記です。場所は池袋。歳は26歳。右足痛い。いけじょさんもう見えない。それが僕。待ち合わせの相手は葉月けめこさん。「モンゴメリー」管理人。いけじょさん、綺麗。けめこさん、美麗。小野小町、楊貴妃、クレオパトラ。世界3大美女。小野小町と楊貴妃はいらない。いけじょさんとけめこさんを入れたらいいんだ。なんて。
 
初対面なのに、すぐに苛められるのは、僕に欠陥があるのに他ならないけれど、それわかった。理由わかった。男はね、すぐゴメンなさいって言ったらいけないんだ。ギリギリまで謝っちゃあいけない。むしろ謝る状況になっても「オレ悪くねぇぞ!」なんて逆ギレするくらいがいいんです。それが男ってもんなんです。すぐに謝っちゃあ、いけない。「結婚しましょう」とか簡単に言っちゃあいけない。「僕はもうダメです」なんて深刻ぶっちゃあいけない。だいたい僕は全然ダメじゃない。右足が少し、痛いだけなんだ。ね。
 
まぁしかし初対面なんだけど、初対面らしからぬ感じがするってのは、やっぱり前世とか、運命とか、ね、そういう言葉、そういう詩的で文学的な言葉は、日常では使ってはいけない。これは僕の悪いところです。男のくせにロマンチストなんです。わぁ。腹ヘッタ。
 
「歪氏何食べるー?」
「あー、何でもいいですよー」
「ほらやっぱりーー!!」
 
もう熟知してるわけなんです。ある程度僕の返答を予測しているんです。やっぱり日記で、日頃感じていることを素直に記していると、実際会うと思考回路が筒抜けになるんですね。真っ裸で外歩いているようなものですよ。隠すところがなくなっちゃう。すなわち無防備になっちゃうんですね。だから気遣わなくていいんですね。日記の欠点というか功名というか。
 
「特許許可局許可局長!」
 
僕は酔っ払うと饒舌になる代わりに早口言葉が得意になるんです。ね、けめこさん。ちょっと言ってみてよ。
 
「特許許可コクコカコク長!」
「うへへ。うへへへへ。いけじょさん、言ってみてよ」
「特許コキャ局コキャ局長!」
「うへへ。うへへへへ」
 
ってもう最低男ですよ。僕は最低です。ダメなんです。早口言葉なんてどうでもいいんですよ。東京最後の夜に許可局長なんてお呼びじゃないんですよ。バスガス爆発なんてどうでもいいんですよ。しかし楽しい。
 
あと、文章について。ね。けめこさんはライターを本職にしていますので、アドバイスが的確なんですね。すごい勉強になりました。つい数日前の日記で文章は起承転結が大切だなんて言ってた僕はバカだと思いました。あの部分は消したいと思うくらい恥ずかしいのです。
 
まぁ、今回のオフ会についてはけめこさんのサイトで詳しく書いてます。と書きたかったけど、けめこさんのサイトではもう【歪み冷奴の真実】というテキストが出来上がっていて「たぶん歪氏の日記でもうちっと詳細がわかるでしょう(笑)」なんて先に書かれていたので、もう少し詳細を書くことにします。
 
店を出て、駅に向かう途中に、けめこさんが若いツバメを捕まえて記念撮影を頼んだんですよ。「僕ハタチなんです」なんてテメェ年齢聞いてねぇよ。無言でシャッター押せばいいんだよ。なんて思いましたけど、気の良さそうなお兄さんなので、僕も笑顔ですよ。感情のこもっていない0円スマイルですよ。「じゃあ撮りますねー」なんて言われて記念撮影。両手に華ですよ。東京って、スバラシカ! なんてなぜか心の中で博多弁ですよ。で、僕たち3人の撮影が終わってから、なぜかその少年までも記念撮影することになって「僕ハタチなんです」ってテメェさっきも言ったじゃねぇか! なんて思いながら僕も笑顔で「ハーイ撮りますよー」と言うわけですよ。大人ですから。26歳ですから。ハタチのツバメに寄り添う2人。「オイ! テメェ! あんまくっつくなよ!」なんて素になって罵声を浴びせる僕。大人じゃないのは何を隠そう僕自身でした。
2003年03月23日(日)  八王子モラトリアム。
引越しは衝動的でも突発的でもなくて必然的なんです。そして意外と悲劇的。自体は結構深刻。いや、それほど深刻でもないのだけど。そもそも深刻って感情は主観的なものだしね。モノは考えようでどうにでもなるんです。よし、引越ししよう。アパマンショップできっと見つかる。いや、意外と見つかんない。どうしよう。東武東上線とか、わかんない。いったい蜘蛛の巣のように張り巡らせた東京の沿線はどうなっているんだい。ちっとも合理的じゃないじゃないか。田舎者への嫌がらせなのか。きっとそうだ。残念です。春なのに、コンクリートジャングとかJRのインフォメーションのお姉さんとか、すごく冷たい。
 
東京にいけじょさんが住んでいなければ、僕はきっと今頃八王子にいたと思う。まぁ、八王子ってのは、いろいろあって、ほら、家賃意外と安いし。だけどいろいろ不便らしい。何よりも僕が不憫らしい。思い立ったら吉日で行動したはいいものの、なかなか大変です。まず、新宿駅西口。え? 何? ここって地上じゃないの? って思って歩いてても「地上入口 →」とか看板が出ててワケわかんない。新宿トリックだ。わぁ。泣きたい。だけど泣かない。だって今日はいけじょさんがついているんだもの。
 
やっぱり都会の女性は違います。具体的に言うと、山の手線とか、中央線とか、多分、目を閉じたまま乗れると思う。埼京線とかより、歩くの早いと思う。なによりも心強い。まさしく鬼に金棒だね! って言いたいところだけど、鬼に金棒って意味は、強いものがさらに強くなるって意味なので、僕は何もわからずに右往左往するばかりで、鬼だなんて形容できるわけじゃなく。じゃあ何に形容すればいいんだって話になるんだけど、いや、なんないんだけど、別にそんなこと考えなくてもいいんだけど、形容するならば、三輪車にカーナビ。これだね! すごく稚拙的!
 
しかし東京とかいっても安いところは安いんですね。探せば探すほど出てくる出てくるトイレ、風呂なし、ワンルーム。いやん。トイレ共同だなんて。うんこくらい1人でさせて頂戴よ。風呂は混浴でも可! むしろ必須項目! なんて。わぁ。ゴメンなさい。真面目に探します。おっ! 電車の窓から畑が見えてきたよ! 東京にもこんなのどかな田園風景が残ってたのですね。やはり文明の基礎は第1次産業なんですね。わぁ。のどかだ。ここは何て言うところですか。そうですか。埼玉ですか。東京都埼玉府。埼玉府は家賃安いのですね。ここに住もう。ここでゼロからスタートします。再起を図ります。破壊なくして創造なしの精神で。
 
いけじょさんは赤いトレンチコート着て「今日いっぱい歩くと思ったからカカト低い靴を選んできたの」って言ってるわりにはとても可愛くてややカカト高めの靴を履いて颯爽と歩くわけです。「ねぇ、大丈夫? 疲れない?」と何度も声を掛けようと迷ったけど、当の僕がもうクタクタなんですね。みっともないんですよ。すごい惨め。右足とかつっちゃって、もうどうしようもない。九州男児面目立たず。
 
東京に来るたび、いけじょさんには迷惑を掛けっぱなしで、いつも帰りの羽田空港で、次こそは、男らしさと頼もしさ、あと一つ加えるならば自分らしさ。確固とした自分を持って、アィディンティティーなんて確立しまくりの精神で。少し、悟りなんかも開いちゃったりして。友人に、仙人なんてあだ名付けられちゃったりして。うん。頑張りますよ。これは、3月23日の日記です。3月24日にかいてます。実はもう鹿児島に帰ってきてます。新着メール38件。返信できないのでしばらく泣いてから、お風呂に入って、寝るのです。雑誌のコラムの締め切りとか、迫ってるみたいだけど、あえて無視の方向で。わかってますよ。ちゃんと書きますよ。
 
あぁ、そうだ。忘れてた。いや、忘れてないんだけど、昨夜は「モンゴメリー」の葉月けめこさんとも会いまして、いけじょさんと、けめこさんとオフ会を開催したのです。いや、違うんです。ずっと怒られっぱなしだったから書かないってわけじゃないんです。文章が、長くなりましたので、明日の日記に書くんです。明日の日記って言っても、これ書き終わってからすぐ書くんですけど。「日記のお題! 『ムダ毛処理』!」なんてありがたいお題頂戴したんですけど、それは明後日書きます。今からオフ会の日記書きます。文章って、素晴らしいですね。
2003年03月22日(土)  堕落論。
今回、5日間の東京生活のうち2日間は通信大学のスクーリングという誠に不毛な時間に拘束されているのだが、それも今日でおしまい。勉強おしまい。試験サヨナラ。次回のスクーリングは4月か、5月。どっちでもいいや。どっちも行かないや。僕は自由を手に入れたのだ。看護主任という座を捨て、厭世感の名の元に自由という翼を手に入れたのだ。カラスかっつの。それにしても講義はきつい。いや、僕が通っている学科は、おおまかに福祉と心理学。もう心理学系の講義は水を得た魚のようにペラペラと口からデタラメですよ。周囲の人からも、わぁ、スゴイ。なんて言われて天狗になっているわけですよ。実際、8年も精神科に勤めているだけあって、いくら口からデタラメ言ってもそれはそれでまぁ、真実っぽいように感じるんですよ。ね。だからそういう講義は余裕なんです。余裕のヨシコちゃんというか余裕のヨシミくんですよ。僕の本名ですよ。
 
さてしかし、今回の2日間は福祉系の講義。僕は興味のないものに対しては微塵も関心を示さないたちですので、最初からやる気なし。隣に座っていた金髪の女性の言葉を借りるならばやる気ナッシングでございます。やる気ナッシン! 講義は朝9時から始まるんですよ。初日、起床、8時40分。やる気ナッシン! 2日目、起床、8時50分。やる気ナッシン! まぁ、ホテルから走って10分ばかりの距離なんですが、なにしろ福祉系の講義なので走る気力も起こらない。悠々とファミリーマートに寄ってカロリーメイトと、缶コーヒー。「しゃーせーん。遅れっしたー」なんて悠長に登場。髭も剃らずに。教科書も持たずに。「キミ、テキストはどうしたんだ」「忘れました」「どこに」「鹿児島に」などと呑気に郷土ギャグ。教室内の笑いを一通り誘ったら講義を抜け出し煙草タイム。
 
「ったくやってらんないっスね」なんて馴れ馴れしく話し掛けてきた短髪の男と、学校入口の階段に座ってしばし対談。
「鹿児島っスか!? スゲェ! 常夏っすか?」
「いや、まだ普通に寒いよ」
「うちもまだ寒いっスよ」
「え、どっから来たの?」
「北海道っス」
「僕たち南北じゃん」
「俺たち南北っスね」
などと意味のわからない会話を延々と始める。
「鹿児島も雪とか降るんスか」
「当たり前だよ。ジンギスカンも食えるよ」
「えっ、マジっスか」
「いや、よくわからないけど」
「俺、鹿児島行ったことあるんスよ。阿蘇山とか」
「それ熊本だから。僕も修学旅行で北海道行ったことあるよ。ナマハゲとか」
「それ岩手だから」
教室では未来の福祉についてのディスカッションが始まっているというのに、僕たち南北育ちは東京の冷たいビルディングの階段に座りながら誠に不毛な会話をしているのであります。
 
それにしても東京は寒い。1月に名古屋に行ったときも寒かったけど、3月の東京も寒い。昨日は暖かかったんだけどなぁ。昨日は小春日和で、昼休みに近くの公園でクラスで適当に仲の良くなった人達と適当な話をしながらブランコに乗ってコンビニのお弁当を食べました。そのなかの一人にツヨシという、結構スクーリングの日程が僕と重なる湘南育ちの男がいるんだけど、そいつなんて昼間から公園でビール飲んでました。やっぱスクーリングはビールっスよね。なんてどう考えてもやっぱスクーリングじゃないことを言ってました。ちなみにそのツヨシは、午後2時くらいに「ちょっとウンコ行って来るっス」なんてわざわざ僕の席のそばまで来て排便の意思がある旨を僕に伝えて教室を出て行って、講義が終わる5時になっても帰ってきませんでした。今もまだトイレに座っているのかもしれないね。
 
というわけでスクーリングは今日でおしまい。実に下らない講義でした。ずっと小説読んでました。2日間で2冊読みました。講義中に「本、好きなんですね」と隣に座っている金髪の女性が話し掛けてきたので「いや、ほら、見て、あの左から2列目の前から3番目のコ。僕はあのコの方が好きなんだ」と出鱈目を言ったら「わぁ。あれ私の友達なんですぅ!」なんてやけに舞い上がってしまってその次の休憩時間には「ハジメマシテー! よろしくねー!」なんてやけにハイテンションな女性が話し掛けてきたなと思っていたら、そのコは左から2列目の前から3番目のコで、僕はあの時は適当に言っただけで、後ろ姿しか見てなかったわけで、顔も知らなかったわけで、別に、そんな、本心から好きだって言ったわけじゃないし、困ったな。と思ったけど、なかなか話が合っちゃって、話が合ったというのは、そのコもプロレスファンだということで、東京でプロレスファンに! しかも女性の! なんて僕も感動しちゃって、7時に待ち合わせして、僕の隣の金髪のコと、左から2列目の前から3番目のコと、本当はウンコから帰ってきていたツヨシと、ご飯食べて、カラオケに行きました。
 
そして現在午後11時。普通に帰宅。いや、何かイヤらしいことを期待していたわけではなく。プロレスファンのコと、ベッドでコブラツイストだなんて、そんな。
2003年03月21日(金)  売春婦とヒョウ柄のパンツについて。
さぁ、池袋2日目の夜。物騒極まりない。さっきホテルの裏通りにあるコインランドリーに行ってきたんだけど、売春婦がね、肩を擦り寄せてくるんですよ。マッサージ今ナラ1万円ヨ。なんて言ってなかなか離れないわけですよ。僕の歩幅と同じ感じでいつまでも付いてくる。肩を擦り寄せて。恋人のように。耳元でささやいて。決定的に恋人と違うとこはマッサージ、1時間1万円、キモチイーヨ、パンツクロイヨ、クッタラハナサナイヨ。などという物騒な言葉をささやかれているということ。僕は無視を決めこんで歩く歩く。そして駐車してある自転車に激突。あの娼婦が必要以上に肩を擦り寄せてくるものだから僕は歩きながらもどんどん歩道の脇に追いやられて、気が付くと目の前に自転車。時すでに遅し。「ゴメンなさい」とやけに素に戻って謝る娼婦とドミノ倒しにあった数台の自転車を立てる始末。そんな池袋の夜からこんばんは。今日は先日の空港での出来事を書きます。
 
手荷物受け取り所といったらいいのかしら。回転寿司の手荷物版みたいなところあるでしょ。あそこですよ。ね。あれで運ばれてくるやつ。言葉が、思い出せないや。ゴンドラじゃなくて、リフトじゃなくて、ほら、あれ。んもう。気になる。まぁ、とにかく空港で手荷物を受け取る場所ですよ。そこでね、自分のバッグが運ばれてくるのを待ってたのです。あれは、どういうわけか昔から僕の荷物は最後の方でようやく姿を現すんですよ。たいていの乗客が手荷物を受け取って次々にゲートから抜けて行くなか、僕の荷物はいつまで経っても姿を現さないんですよ。あぁ、何かの手違いで僕の荷物は千歳空港あたりに運ばれたのかもしれないってもう思考がネガティブ。なぜか自信がないんですよ。で、もう駄目だ。千歳空港もしくは伊丹空港だ。今日の風呂上がりのパンツが、ないや。なんて泣き出す寸前になってようやくノロノロと僕の荷物が運ばれてくるわけですよ。久々の旧友との再会の如く僕は心の中で歓声を上げるのです。あぁ! 僕のバッグだ! あれは、どこから見ても上から読んでも下から読んでも僕のバッグだ! ってね。
 
しかし、僕のバッグに予想外の出来事が!
 
ってここでテレビだったらCMに入るのですが、これは、個人サイトの単なる日記ですので、もとい、バナー広告でもあったならば、読者はここで広告をクリックして、見たくもない英会話教室の入会金やら眺めて早く日記の続きが見たい! なんて自分なりにヤキモキ感を演出することも可能なのですが、この日記はバナー広告さえついていないので、感動も激動も躍動もなく淡々と文章の続きを書かなければならないのです。
 
というわけで続き。上の段落の文章が、その、CM中のヤキモキ感に値するのですが、その効果はいかほどのものか。まぁ、いい。僕のバッグに予想外の出来事が! あの手荷物受け取り所はU字型になっているでしょう。僕はそのU字型の「J」の形に位置する場所に立っていたのです。で、「し」の形に位置する場所に立っていたオヤジ。あの初老のオヤジがよ。予想外のことをしでかしたんです。あ、荷物は「し」の部分から流れ出して「J」の部分で終わる「U」字型になっているのだけど、僕の書いている意味がわかるかしら。わからない人は電話下さい。知らない電話番号であれば出ません。
 
そのオヤジ、おもむろに僕のバッグを取り上げるじゃないですか。あ! テメェ! それオレのバッグだよ! と心の中で叫ぶわけですよ。どっから見ても僕のバッグなんだから。でも、僕も大人だし、あのオヤジだって僕よりもっと大人なので自分のバッグの形くらいわかっているはずです。平静を取り戻した僕は、早くバッグを元に戻しなさい。それオジさんのバッグじゃないですよ。と半ば温かい眼差しでオヤジを見つめるわけです。誰にだってミスはするのです。しかしオヤジ、あのオヤジ、僕のバッグのジッパーをおもむろに開けるじゃないですか! おい! オヤジ! 見りゃわかんだろ! オレのバッグだっつの! あー! それオレのパンツだっつの! という具合に僕のパンツまで引っ張りだして、それでも飽き足らず仔細に他のパンツまで確認を始めるじゃないですか。パンツをバッグの一番上の部分に収納した僕が馬鹿だった。と、そういう問題ではなく、何も、手荷物受け取り所で僕のパンツを見られるかもしれないなんてことを前提に旅行の準備をするはずないのだから、どこにパンツを入れようと僕の勝手なのだから、僕は僕の意思で、ていうか無意識に近い意思でパンツをバッグに詰め込んだわけでありますが、大失敗。ていうかオヤジの馬鹿。いい加減気付けよみたいな。
 
しかし僕はそれでもオヤジに声を掛けるわけでもなく、静かにその場面を見守っていたのであります。オヤジは「し」の形に位置する場所に立っていて僕は「J」の形に位置する場所に立っている。オヤジが立っている場所までの距離は約5メートル。なんか面倒臭い。どうして僕がわざわざ歩かなければいけないんだ。オヤジが僕の所まで歩いて来いよ。ていうかゴムの部分がヒョウ柄の僕にしては悪趣味なボクサーパンツを広げているオヤジに向かって「それ、僕のですけど」と言うのも恥かしくて、ヒョウ柄のパンツなどバッグに詰めた僕が馬鹿だった。と、そういう問題ではなく、何も、手荷物受け取り所でヒョウ柄パンツを広げられるかもしれないなんてことを前提に旅行の準備をするはずないのだから、僕がどんなパンツを履こうとも僕の勝手なのだから、僕は僕の趣味で、ていうか趣味ってほどでもないんだけど、それでもこのパンツを購入するとき、このパンツイイ! なんて少し感動して購入したのでありますが、大失敗。ていうかオヤジの馬鹿。いい加減返してくれみたいな。
 
で、本当にそれは長い時間でした。遥か中東の国がこれまた遠い米の国にタイムリミットを与えられて決断を迫られているとき、僕はヒョウ柄のパンツを広げられてブッシュ大統領のように思いきった決断に踏み切ることもできず、ただ悶々とオヤジの一挙手一投足を見守っていたわけであります。そしてややあって僕の元にバッグが帰ってきたのであります。今回の旅は荷物を少なく! を目標に、几帳面且つ合理的に詰め込まれた僕のバッグの中身も、スカッドミサイルを撃ち込まれたかのような荒廃模様。電子レンジで温め過ぎたコンビニの弁当のようにパンパンに膨れ上がった見るも無惨なバッグを抱え、うっすら涙を浮かべつつ、僕の5日間の東京生活が始まって、2日目に売春婦に肩を擦り寄せられて自転車がドミノ倒しされていく様子を呆然と眺めているのでありました。
2003年03月20日(木)  メガネの女の子。その他もろもろの不毛なお話。
何かネタになる事態が起きてこそ、日記を書く文章も進む、もといキーボードを叩く速度も上がるってものです。今日の空港の出来事だけで、ちょっとした短編小説だって書くことができます。あぁこの世には実にいろんな人がいるものです。
 
まず、メガネの女の子のことから書こう。鹿児島空港発羽田行きエアマークスカイライン302便 E−19番。窓際の席に僕は座りました。シートベルトを締めて、って。この飛行機のシートベルト。不測の事態に備えて締めるのでありますが、不測の事態が起きたらまず死ぬと思います。この頼り気ないたった1本のベルトで人の命なんて救えることはないと思います。が、ベルトを閉めないとスッチーに注意されるので、もとい、シートベルト? やってらんねぇよ。ほら、オレ締めてないし。どう? スゴイ? オレって悪い? なんて修学旅行のヤンキーのような意味のないところで体制に反抗する年頃でもないので締めろと言われれば素直に締めるわけであります。と、まずメガネの女の子のことから書こうと言ったのにすでに脱線。脱輪。失墜。墜落。文章は起承転結。これを忘れてはいけない。メガネの女の子のことを書くと言ったらメガネの女の子のことを書く! 肝に命じて、メガネの女の子のことを、この池袋の薄汚いビジネスホテルの一室で思い出しながら、って、さっきからここは何故か風鈴のような音が聞こえる。気のせいで、ありたい。
 
さて、僕の座席の横に座ったメガネの女の子。非常に落ち着きがありません。僕は文庫本を読んでいるのだけど、さっきからコソコソコソコソ何かやっているので、本の内容がちっとも頭に入らない。メガネの女の子といっても、多分、僕とそんなに歳は変わらないと思う。いよいよ飛行機が動き出すと、その落ち着きの無さが一層増して、身を乗り出して窓から見える景色を覗こうとする。窓際には文庫本を読んでいる僕が座っているわけで、そこに彼女が身を乗り出すものだから、文庫本の文章の少し上あたりに彼女の鼻や口、ならびにメガネが僕の視界に入るわけであります。純情可憐な女性の鼻や口、ならびにメガネが視界に入りつつ、文庫本の世界に没頭しようなど、どだい無理な話で御座います。離陸した今、「座席変わりましょうか」なんて言えないし、言える状況だとしても別に言おうとは思わないけど、まぁ、とにかく困ってしまう状況なのであります。
 
そして機内アナウンス。「救命胴衣の着用方法を説明します」などとうそぶきながらスッチーがフゥー。フゥー。って上品な仕草で救命胴衣を膨らますジェスチャーを始めるわけであります。これが私達の仕事なのよ。と誇りある決意を胸に小指を立てながらエレガンスに救命胴衣の紐を引いたりしてるわけであります。馬鹿馬鹿しい。死ぬよ。もう、そういう事態が来たら死ぬんだから。そんな往生際の悪いことはよしなさい。と思っているわけですよ僕は。そしてメガネの彼女。スッチーの一挙手一投足を見逃さぬよう食い入るように眺めているわけではありませんか。僕の分まで生きてくれと思いました。
 
さて、この彼女、窓から見える景色が青い空と白い雲ばかりになってからようやく落ち着きを取り戻して自分の座席の然る場所に然る姿勢で座ったのでありますが、それでも時折、チラ、チラ、と、いや、グイッ、グイッっと、おもむろに首を動かして窓から見える景色が気になるようであります。もうね、窓の外には空と、雲しか広がっていないんですよ。至極無機質な景色なんですよ。UFOでも飛んでいないかぎりそこには事件も、ロマンスも生まれないんですよ。だけど彼女は窓を見る。時折彼女の鼻や口、ならびにメガネが僕の視界に入ってくる。あぁウザい。これが男ならばひっぱたいて「男が空など眺めてどうする!」などと罵倒してやるのだが、相手は女性。しかも若い。メガネをとると、いや、メガネをつけていてもなかなか可愛い。彼女が身を乗り出すと同時に栗色の髪の毛がなびいて、とてもいい匂いがする。情状酌量の余地がすごくある。だから許す。僕は我慢する。
 
って思いながらしばらく我慢していたのでありますが、次第にそれも我慢できなくなって、いや、その状況が僕の忍耐を削ぐような結果になってしまったのです。「機体は只今上空何千メートルを飛行しております」なんてだからどうしたんだ的な機内アナウンスが流れるわけであります。例えば山の手線の電車の機内アナウンスで「えー。只今時速70キロで走行しております。次はシンジュクー、シンジュクー。お出口は右側でございます」って言うのも、だからどうした的なんですよ。だからどうした的の無意味さを知っているから山手線は時速何キロで走っておりますなんていう不毛なアナウンスは流さないのであります。だけど飛行機は不毛といいますか、オレすげぇ高いとこ飛んでるんダゼ! みたいなことを伝えたい出しゃばりなところがありますので、いちいち不毛なアナウンスを流すのであります。
 
と。窓の外。上空数千メートル。どこまでも青い空が広がって、太陽を遮る雲でさえ、僕たちの目前に広がっている。雲の上はいつだって晴天なんだ! ヤホォ! 洗濯物とか布団とか、干し放題! なんて僕は馬鹿じゃないから喜ばないわけですよ。しかし窓からは望んでもいない太陽の光が絶え間なく差し込んでくる。まぶしい。暑い。遮光カーテンを閉めたい。しかしメガネの彼女がしきりに窓の外を気にするものだから閉めるに閉められない。この遮光カーテンを閉めたと同時に、彼女の夢をも閉ざしてしまうことになりかねない。なんて尊大なことまで考える始末で、僕は顔いっぱいに太陽の恵みを授かりながら目を細めて文庫本を読んでいたのであります。
 
と、まだ続きがあるのだけど、もうメガネの女の子の話はおしまい。早く次の事件、手荷物のオヤジの話を書きたくてしょうがない。しょうがないけど、こんなに長く書いてしまったし、実はさっきから、さっきからというのは3段落目の機内アナウンスの話を書くあたりから小便に行きたくてしょうがなかったので、今日はもう終わりにします。、しかしさっきからこの池袋の薄汚いビジネスホテルの一室は何故か風鈴のような音が聞こえる。気のせいで、ありたい。壁に掛かっている絵画の裏を覗かないで、そもそもそんなものなかったかのような心意気で、小便に行って、寝てしまおう。
2003年03月19日(水)  偉大なる指導者。
所用で明日から5日間ほど、東京へ行きます。実際、今はもう東京にいて、池袋のビジネスホテルで有料のAVを見るか見ないか迷いながら書いている次第ですが、これはまだ、3月19日の日記なので、3月19日はまだお仕事をしてたので、お仕事のことを書きます。だから舞台設定はまだ鹿児島。
 
まず2日前に戻します。3月18日朝8時30分。お仕事スタート。クリーニングしたての白衣を身にまとい、今日も注射器片手に右往左往。いや、不適切な表現でした。注射器片手に東奔西走。ね。主任さんは頑張ってるのです。調剤の方に新たに2名新人さんが入ったのです。薬剤師さんは只今長期休暇中ですので、僕が調剤の指導をするのです。僕は薬学に関しましても、少々たしなみが御座いまして、ね。これが噂の副作用の少ない精神薬物リスペリドンと、オランザピンですよ。薬価高いのですよ。慎重に扱いましょうね。これはSSRI。またの名を選択的セロトニン再取り込み阻害薬。抗鬱剤ですよ。鬱になったら飲むですよ。僕も飲んでるですよ。へへ。冗談。僕は抗不安薬を飲んでいた時期が、ありました。本当です。意外と気が小さいのです。現在は不眠症です。睡眠導入剤を飲むよりも、ビールをいっぱい飲んだ方がぐっすり眠れます。本当ですよ。
 
などと相変わらずいい加減な指導者ぶりを発揮しているのでありますが、僕は本来看護師。患者がいてナンボの世界で働いております。薬の調剤は調剤部に任せとけばいいのであります。だけど、指導者が不在なので、僕が指導者になっているのであります。少なくとも偉大なる指導者ではありません。金正日なんて人が偉大なる指導者と呼ばれてるみたいですが、じゃあテメェが調剤の方法説明できるか。って問うとこれはまた脱線甚だしい筋違いの話でして、何が言いたいかって申しますと、ぶっちゃけ指導ウザい。僕の仕事ができない。
 
というわけで新人さんの成長と反比例して僕の仕事は増えていくわけですよ。今夜は夜勤なんです。うちの夜勤体制は少し変わっていて、朝8時30分から翌日の午後12時30分までという前時代的な地獄のスケジュールなんですが、暇な時は仮眠だってできちゃうんです。ていうか労働基準云々法の関係で仮眠は必ず取らなければいけないのです。だけど眠れなかったのです。別に忙しくなかったんだけど、深夜1時くらいから早朝4時まで、ナースステーションで後輩と神経衰弱をしていたのです。トランプなどという前時代的な遊戯をたしなんでいたのです。これがまた意外と楽しくって。
 
で、翌日朝10時。もう眠気がピークですよ。フラフラですよ。昨夜ぐっすり眠ってきたであろう新人2名は「あのー、これはどうするんですか?」「すいません。この薬効教えて下さい」などと、僕は一睡もしていないのに新人ときたら疑問ばかり沸きやがって。疑問の泉かってんだ。テメェの疑問はテメェで考察してテメェで解決しろってんだ。などと思っていても決して口には出さず、懇切丁寧に指導するわけですよ。人の気もしらずにこの阿呆が。などと思いながら、優しく説明するわけですよ。
 
そして12時30分。仕事終了ですよ。スマイリー菊池顔負けのスマイル復活ですよ。「じゃ!」なんて颯爽と手を上げてナースステーションを後にして更衣室へ小走りですよ。そしたら僕の背後から婦長さんも小走りしてくるじゃありませんか。「午後から脳波が入りました」なんて淡々とした口調で言うわけですよ。脳波。脳波の測定ね。機械の操作すごい複雑ね。脳波機の操作は、院長と、僕しかできないわけですよ。で、院長は多忙なので、たいてい僕が測定するわけですよ。おっ、α波が出現しました。おっとβ波に戻っちゃいました。ここで光刺激! おっとスパイクアンドウェーブの波長! こ、これはっ! あぁ今度はθ波が出てきました。熟睡してますね。ほら、もうδ波が出てきちゃってる。なんてことをするわけですよ。患者さんの頭に何十本ものコード付けて。すごい時間かかるんですよ。僕はもう、お仕事終わってるわけなんですよ。家に帰ってお昼寝したいのですよ。ね。婦長さん。お察しを。「患者さんは2時頃来院予定です」なんてまた非情な口調で話すのです。だーかーらー! 僕の仕事は終わったの! もう帰るの! 院長が測定すれば済む話じゃんよー! などと思っているけど決して口には出さずに「わかりました」なんてあっさり一言で返事を返す僕は筋金入りの馬鹿なんだと思う。
 
結局脳波測定ならびにその他もろもろの雑用が終了したのが午後5時。僕はざっと計算して33時間も職場に拘束されていたことになるのです。僕は4月いっぱいで仕事を辞めるのです。ね。辞職の理由。おぼろげながらわかってきたでしょ。
2003年03月18日(火)  不眠。小便。ラジオ体操。なんだか、漠然的。
昨夜、一睡もできなかった。一睡もできなかったというのは決して誇大表現ではなく、本当に一睡もできなかった。我ながらビックリ。何度寝返りをうったろうか。何度天井を凝視しただろうか。昨夜は記念日になりました。不眠症発症記念日。全然嬉しくない。ついに恐れていた不眠症が僕の体を蝕い始めたのだ。
 
で、何をしたかというと、6回小便に行きました。数えました。6回。とりあえずトイレに行ったら眠れそうな気がするという淡い期待なのか的外れの想像なのかわからないものを抱えたままトイレに行って、4回目くらいで、もう、出ないよ。うんこなら、出るかもしれない。と思ってズボンを下ろしたけど深夜4時にうんこなんてしたことがないので、突然の強制的な排泄行為に胃腸ならびに肛門がビックリして「出ねぇよ!」と叫び声が狭いトイレに響いたので、ズボンを上げて胃腸ならびに肛門にゴメンなさいと謝って布団に戻ったけれど、やはり眠れず、テレビをつけると、延々と天気予報が流れていて、それは繰り返し流れているので「次は曇りだ。降水確立は30%だ」などと暗記してしまう始末でいよいよ眠れず、そのうち目覚まし時計が鳴り響き、朝だ。朝が来た。新しい朝が来た希望の朝だ。否。絶望の朝だ。喜びに胸を開け大空仰げー。
 
ラージオーの声にー。健やーかな夢をー。このかおる風に開けよー。それ1・2・3。などとラジオ体操の唄を口ずさみながら歯を磨いて、シャワーを浴びて、足の爪を切り始める頃にやっと眠たくなってきて、あぁ、そんな気がしてたんだ。今、布団に戻れば必ずぐっすり眠れる。断言できる。誰に? 僕に。婦長さんにだって言える。婦長さんに電話しようかしら。「眠くなってきたので今日お仕事休みます」って。こんな道理が通っていたら世の中メチャクチャだよなぁ。切実なんだけどなぁ。仕事行かなくちゃ。今日からまた2人新人さんが入るって言ってたしなぁ。
 
「顔色、悪いよ」
婦長さんが、僕の様子を見て話し掛ける。よし。成功。朝礼の時から「なんだか元気がないビーム」を出し続けていてようやくそのビームが婦長さんに直撃したのだ。よし。ここぞとばかりに話そう。漠然的な身体の不調感を、この世の不幸を一気に背負ったような顔をして話してみよう。「今日は、朝から、なんだか、ダメみたいです」ポイントは「なんだか」すごい漠然的な言葉。相手はその「なんだか」に適当な意味を埋め合わせて合理化しようとする。その「なんだか」は「貧血」であったり「風邪」であったり「精神的不調」であったりするのだ。ね。婦長さん。今日は、朝から、なんだか、ダメみたいです。
 
「ふぅん。気のせいよ」
 
「なんだか」の適当な意味を、婦長さんは「気のせい」という言葉を埋め合わせてしまった。
失敗、大失敗。嗚呼「気のせい」なんて漠然的な言葉、この世から消えちまえばいいんだ。
2003年03月17日(月)  社会勉強。
後輩が仕事帰りに釣具店に行くと言ったのでついて行った。
 
「先輩も釣り始めるんスか?」
「いや、釣りするんだったらまだ千葉ロッテのキャッチャーになった方がましだよ」
「比較の仕方がよくわからないんスけど」
「今日は、何を買うんだ」
「先輩に言ってもわかんないと思うんスけど、ガン玉とか……」
「ほぅ、ガン玉か。知っている」
「じゃあどんなやつか言ってみて下さいよ」
「なんだその見下した言い方は」
「言ってみて下さいよ」
「千葉ロッテのキャッチャーになった方がましだよまったく」
 
と全く噛み合わない会話をしながらやってきました釣具店「海遊館」うん。海遊館。もし僕が釣具店を開店することになっても「海遊館」と名付けると思う。そのくらい普遍的なネーミング。海遊館。
 
「なんかベタな名前だなぁ」
「先輩声大きいっスよ」
 
そう言われて気付いたのだけど、釣具店はうちの近所の図書館より静けさに溢れている。波の音すら聞こえない。当然だけど。波の音はともかく、店員の威勢の良い声とか、客同士の情報交換とか、そういったものが皆無なのだ。皆、釣具を目の前にして、なんだかウンウン唸っているようだ。
 
「ほら、見てみろ。全て孤独の中で解決される趣味なんだ。釣りなんてのは」
「先輩意味わかんないスよ。そんなイヤだったら帰って下さいよ」
 
後輩もなかなか孤独の世界へ入っていけないのでイライラしている。そのうち別行動を始めて、後輩は孤独の世界へ入っていって、僕は釣りの時に着るウェアーやキャップ、サングラスなどを見ながら「これはダメ。これもダメ。これは百歩譲って着れる。これは案外お洒落。これなど言語道断」などと街で歩いて着ることのできる服が何種類あるか考えていた。サングラスはすごい前時代的な形をしてたのでどれもダメだった。
 
後輩が何やらエサが山積みされたコーナーで考え込んでいる。
 
「どれ買おうかなぁ」
「これなんてどうだ」
「わぁ。なんスかそのサングラス。早く返してきて下さいよ」
「どうだ」
「似合わないっスよ」
 
―――
 
「返してきた」
「いったい何しに来たんですか」
「ファッショナブルに釣りなどできないものかと考えていた」
「余計なお世話ですよ」
「それを、買うのか」
「そうですよ。チヌのエサです」
「キミの家の犬の名前か」
「どうして釣具店で飼い犬のエサなんて買わなきゃいけないんですか。黒鯛ですよ」
「黒鯛のことをチヌと言うのか」
「そうです。常識ですよ。僕は明日チヌ釣りに行ってくるんです」
「勝手に行けよ」
「なんかさっきからすごいムカつくんスけど!」
 
後輩はチヌのエサと、その他もろもろ(あとは忘れた)を物静かな店員に差し出し、沈黙の中、購入した。海遊館。沈黙の海遊館。やっぱり僕が釣具店を開店するのならばもっと賑やかなお店にしたい。釣具店「竜宮城」ポイントが溜まったら玉手箱贈呈! なんてね。
 
「このエサには何が入ってるんだ」
「えっと、おし麦とか入ってます」
「おし麦?」
「そうです。チヌはおし麦が好きなんです」
「どうして海の中の生き物が麦なんてものが好きなんだ」
「知らないっスよ。好きなものは好きなんス」
「おいおいおい。問題をあやふやにするなよ。これは結構重要な問題だと、思うんだけどなぁ」
「じゃあ先輩が考えればいいじゃないスか」
「え、僕が? 釣りなんてしないのに?」
「考えればいいじゃないですか」
「え、麦が? チヌなんて知らないのに?」
「ワケわかんないっスよ」
 
という社会勉強を仕事帰りにしてきました。
2003年03月16日(日)  まこちそげなもんもしらんとや。
「それでは最後の質問です。あなたが知っている野菜の名前を言ってみて下さい」
 
心理検査室。僕とお婆ちゃん。僕の手にはHDS-R。いわゆる「長谷川式簡易知能評価スケール」(2月26日参照)最後の質問。「知っている野菜の名前を言ってみて下さい」お婆ちゃんは天井に目を向けて、自分の畑を思い出す。畑で栽培しているものを思い出す。
 
「きょいたっきたばっかいやったっどなぁ」(今日畑に行ってきたばかりなんだけどなぁ)
 
―――
 
お婆ちゃんはこてこての鹿児島弁で話をする。この鹿児島弁、県外の人は全く聞き取れないという。谷崎潤一郎が鹿児島弁について「台所太平記」という小説でこう述べている。
 
「南蛮鴃舌と云う語がありますが、正にその通りで、これでは全く英語やフランス語以上です」
 
僕は時々神戸に住んでいる女性に電話をするのだけど、故意にわかりにくい鹿児島弁を使う。
 
「ふんのこちまこち いけんすいもんかねぇ」(本当に困った。どうしたものか)
「もー! やめてー。ムカつくー」
 
とその女性も怒る。一言も意味が聞き取れないらしい。もっともだと思う。僕は生まれも育ちも鹿児島だけど、病院に勤め出して高齢者と接する機会が増えて、昔ながらの鹿児島弁に触れる機会も増えた。僕だって新米の頃は、患者さんが何を言っているのか全然わからなかった。わからなかったけど8年も勤めると、
 
「うにゃ、わっぜぇこえ、もじろかいねぇ」(あぁ、とっても疲れた。帰ろうかな)
 
なんて見事に感化されて、大正生まれの高齢者と対等に会話できるようになった。
 
「あにょにむくろいきがられたぁお」(お兄さんに思いきり怒られました)
「まこちぐらしもんじゃ」(本当に可愛そうですね)
 
もう本当に英語やフランス語以上です。
 
―――
 
「野菜の名前だったら何でもいいんですよ」
僕はお婆ちゃんに優しく問い掛ける。急かさないように、ゆっくりと顔を傾けて問い掛ける。
 
「でこん」(大根)
「そうですね。大根がありますね」
「にじん」(人参)
「うん。人参も野菜ですね」
「からいも」(さつまいも)
「はい、さつまいもね」
「けっきゅう」
「え?」
「けっきゅう」
「は、はい、けっきゅうですか。けっきゅう……あ、あとは何がありますか?」
「カンラン」(キャベツ)
「あぁありますね。カンラン」
「花カンラン」(ブロッコリー)
「そうですね。花カンランもありますね」
「にがしっ」
「え?」
「にがしっ」
「え? 何ですか」
「にがしき」
「にがしき? あぁ、にがしき……」
 
僕は検査を終えてからすぐ病室へ行き、高齢の患者さんに問い掛ける。
 
「ねぇ、『けっきゅう』ってどんな野菜ですか」
「けっきゅうちゅえばこげなもんよ」(けっきゅうといえばこういうものですよ)
と言って何やらジェスチャーを始める。よくわからない。そもそも野菜をジェスチャーで表現できるはずがない。
「はぁ、まぁ、わかりました。それでは『にがしき』ってどんな野菜ですか」
「にがしっつちゅえばにがしっよ」(にがしきといえばにがしきに決まってるじゃないか)
全然答えになっていない。
 
もしかすると僕は逆に検査されている立場なのかもしれない。
2003年03月15日(土)  陽だまりの星空。
西日が差す病室は、いつも明るくて、暖かかった。彼女はカーテンを閉めずに、いつもその陽だまりの中に佇んでいた。3年前の夏。仕事を終えて彼女が入院している病院に行っても、外はまだ明るかった。あの時の光景が、セピア色になのは、思い出の所為ではなく、あの陽だまりの色だった。
 
「ただいま」
「おかえり」
 
僕は毎日病室のドアを開けて「ただいま」と言った。彼女はいつも半分起こしたベッドに寄り掛かり「おかえり」と言ってくれた。それから細い指をいつも唇の元へ持っていき、無言で、静かな笑顔で、キスをねだった。僕は静かで短いキスをして、日に日に細くなっていく彼女の手を握った。
 
「今日は、何したの?」
 
彼女は遅れ髪を耳にかきあげて、僕の話を聞こうとする。その仕草はいつも無意識で行われ、僕は胸を締め付けられる。
 
―――
 
「聴力の低下?」
 
入院前日、僕は彼女の口から衝撃的な事実を聞くことになる。
 
「うん。耳がね、どんどん聞こえなくなっちゃうんだって。ほら、最近あなた、私に何度も同じこと話し掛けてたでしょ。あれね、アナタの言葉がどっかに吸い込まれちゃったみたいに、聞こえなくなってたの。最初は気のせいかなって思ってたけど、耳鳴りもひどくなって」
「耳鳴り?」
「そう。私ね、去年くらいからずっと耳鳴りが聞こえてたんだ。最初は小さくて気にするほどでもなかったんだけど、最近なんて毎日私の周りでセミが鳴いてるみたいなの」
「病院には?」
「もちろん行ったわよ。で、脳の写真撮られて、フフ。入院だってさ」
「病名は……」
「聴神経鞘腫」
「え?」
「ちょうしんけいしょうしゅ」
「何? 初めて聞く病気だね」
「アナタは看護師さんなんでしょ。しっかり病名くらい勉強しなくちゃダメよ」
「そんなこと言ったって……」
「大丈夫、死にやしないから」
 
その日僕は家に帰るなり日頃見向きもしない医学辞典を開き、緊張した指先でその病名を探った。

神経鞘腫【しんけいこうしゅ】
神経を取り巻いて支える鞘(さや)から発生する腫瘍で脳・脊髄腫瘍の一種。一般的に、まれな悪性神経鞘腫を除いて良性の腫瘍で、手術で完全に摘出できる場合は治癒が期待できる。
 
―――
 
「今日はね! 仕事に遅刻しちゃったんだ!」
僕は彼女の耳元で大きな声で話す。手術は成功といえたが、聴力の著しい低下という、腫瘍が存在していた神経の機能障害が残った。僕が大声で話してる間、彼女は目を閉じて、少し眉間に皺を寄せて精一杯、僕の言葉を拾おうとする。
 
「まぁ、寝坊だけはいつまで経っても治んないのね」
 
彼女はそう言って、いつもの不思議な笑顔で微笑む。あの手術は、聴力の低下と、顔がたるんで反対側がひきつったように非対称になり、まぶたが閉じられなくなるという顔面神経麻痺の症状を残した。それでも手術は成功だった。成功だったと医者は言った。
 
そして彼女は、徐々に音を無くし、笑顔を無くし、心を閉ざしていった。
 
もう僕の声も聞こえない。おそらく聞こえているのはセミの鳴き声のような音だけ。もう僕の仕草にも笑わない。彼女が閉ざした心の鍵は、音を消し、表情を殺し、胸の奥深くに隠されてしまった。もう、僕の手が届く距離ではなかった。愛で、この世に愛の力があるとすれば、あるとしても、彼女にとってのそれは、赤子の力くらいの影響力しかなかったのかもしれない。
 
 
 
そして
 
 
 
手術から1年経ったあの夏の夕方、彼女は病室から忽然と消えた。思い出したように投げ出された薄い毛布に、いつものように西日が差してセピア色に染めていた。
 
それから僕と、彼女の両親、あと仕事の延長のような態度の看護婦とで彼女を探した。音を失い、感情を失った彼女を探した。やがて西日が隠れて、周囲が闇に覆われてきた。
 
病室に戻ると、いつものように、僕たちの喧騒をまるで知らないかのように、彼女は静かにベッドに眠っていた。いつもベッドの陽だまりの中に佇んでいた彼女。僕はその細くなってしまった腕を握った。窓の外には都会には不釣合いな星空が広がっていた。いつも西日が差し込んでいた窓からも星空が広がっていた。たぶん、今は夜だから、西日も差し込まないから、陽だまりもできないから、彼女の手は、こんなに冷たくなっているのかもしれない。いくら叫んでも目を開かないのかもしれない。
2003年03月14日(金)  ボランティア。
「何度言えばわかるんですか!」
 
ナースステーションにこだまする怒声。2週間前に入ってきたばかりの新人と、足掛け8年で主任の僕。肩をすくめて泣きそうな顔をしているのは、なぜか僕。今日は新人さんに、怒られました。
 
「ねぇこの点滴、202号室の患者さんだよね」
僕は新人さんに確認を委ねる。医療ミスを犯さないためにも、この「確認」が重要なのだ。
「そうです」
新人さんはカルテを開きそう応える。とても綺麗でけなげなので、もっと話がしたくなる。
「ホントに?」
「そうです」
新人さんは再びカルテを開き先程よりも確信を込めた口調で応える。けなげだ。
「じゃあ点滴行ってくるね。20……」
「2号室です」
「あぁ、そうだった。202号室。この点滴は、202号室の患者さんだよね」
「そうですって」
「ふむ。点滴に行ってくるよ。それからタバコを吸ってくるよ」
「吸わないで下さいよ。忙しいんだから」
「じゃあタバコは吸わない。点滴に行ってくるよ。えっと、20」
「2号室です!」
「そうかい。へへ。お尻が、痒いや。点滴に行ってきてよ」
「主任さんが行ってくるって言ったじゃないですか」
「言ったかなぁ。あぁ、言ったような気がする。じゃあ行ってくる。お尻も、痒い。で、何号室だ?」
「何度言えばわかるんですか!」
 
とまぁ、いつものように僕は故意に人を怒らすことが好きというか、もはや趣味の範疇に入るのだが、勿論本当に怒るような人にはこのようなことは言わない。こういう会話は、お互い楽しんでこそ成り立つのだ。「へへ、へへへ」「んもう!」このやりとりが醍醐味なのだ。お尻を掻きながら、へへ、へへへ。ヤベ! 婦長さんだ。「いったいどうしたって言うのよ」婦長さんが威厳を込めた口調で話し掛ける。僕は恐縮して、お尻を掻くこともやめて、もっとも最初からお尻なんて痒くもなかったのだけど「あぁ、婦長さん、ご機嫌用。天気が良いじゃないですか。あれ? 口紅、変えたんですね。僕にはわかります。春が来たようだ。コスモス畑のようだ。いけねぇ、コスモスは秋の花だった。僕は、今から点滴に行くんです。新人さんにも、教育してたんですよ。へへ」僕はのらりくらりとした口調で話す。婦長さんは、婦長さんなので、僕のことは何でも知っている。親知らずの残りの本数まで知っているんだから! 「ハイハイハイ。わかりました。で、どうしたの?」と僕の話を適当に捌いて新人さんに話し掛ける。「もう! この主任さん、同じことばっかり話し掛けてくるんです!」と、もう小学校の教室状態。僕は逃げるようにナースステーションをあとにしようとしたその時、
 
「しょうがないですねぇ、あの主任さんはいらないストレスばっかり抱えていて、少し可愛そうな子なんだから、ね、ボランティアだと思って、相手してやって下さい」
 
さすが婦長さん。僕が一番傷付く方法を知っている。
2003年03月13日(木)  ハヤクカエレ!
午後5時。アパートのドアをノックする音。「こんにちは後輩です」そんなの言わずともNHKのオヤジでも宅急便の兄さんでもなく後輩だった。メガネの後輩。「歩いてきました」後輩は雨に濡れたジャンバーを脱ぎながら言う。後輩のアパートから僕のアパートまで歩くと多分30分以上かかる距離だと思う。車で来ればいいのに。「どうして歩いてきたの?」という僕の問い掛けを期待してそうだったので、敢えて無関心を装って「もうすぐ戦争始まるぜ」なんて強制的な話題変換。
 
おもむろに靴下を脱ぎ始める後輩。「これ捨てていいっスか?」と言って雨に濡れた靴下をゴミ箱に捨てる。「代わりの靴下下さい」と言うので代わりの靴下を渡す。「もっといいやつ下さいよ」と言うので、後輩のメガネを取り上げて僕がかける。目の前が歪んだ異次元になる。こいつはこんな異次元メガネから世間を眺めてるからなんかムカつくんだ。メガネをかけたままメガネ音頭を踊る。「なんスかそれバカにしてんスか」と後輩泣き声で訴える。訴えを退けて僕はメガネ音頭を踊り続ける。
 
メガネ音頭が一段落していよいよ後輩が真剣に落ち込み出した頃、仕事を終えたもう1人の後輩が登場。こいつはなかなか物分かりがいい後輩なので重宝している。「タバコが、ないや」と言うや否や「あ、買ってきましたよ」とポケットからタバコを取り出す。できた子だ。メガネの後輩といえば、やっと自分の元へ帰ってきたメガネを再び外して床に置いて「メガネ、メガネ」と横山ヤスシをやっている。僕はそれを再び取り上げメガネを装着しメガネ音頭を踊る。踊るメガネに見るメガネ。同じメガネなら踊らにゃ損々。
 
ややあって先輩登場。今日は、何の日だ? どうしてみんな僕の部屋に来るんだ? おい、メガネ、今日は何の日だ。「今日はサンドイッチの日です」なんだよそれ。意味わかんないよ。「3月13日で1が3にはさまれてるからサンドイッチの日なんです」嘘つくなよメガネ。メガネぶんなよ。「ちなみに今日は今田耕司の誕生日でもあります」知らないよ。メガネはメガネらしくちょっとした雑学博士なのでたいていの質問をこのように的を外した答えで返してくれる。サンドイッチなんてどうでもいいんだ。今日は、どうして、みんな仕事帰りにうちに寄るんだよ。あ、先輩、どうも。冷蔵庫に、缶コーヒー入ってますから適当に飲んで下さい。
 
男4人6畳1間。プレステ2。実況パワフルプロ野球。ゲーム大会かよ! しかも僕の承諾なしで! あっ、盗塁すな! 汚ねぇ! バントかよ! あっ、盗塁すな!
 
意外と盛り上がりに欠けたので、近所の中華料理店に晩飯を食べに行く。「8年間、お疲れ様でした。次の職場でも頑張って下さい」また送別会ネタ。もう飽きた。それから再びアパートに帰ってきて、後輩と先輩はまたゲームやってます。僕はこうやって日記を書いてます。さっきから頭の中でオールスタンディングで帰れコールを連呼しているのだけど、いかんせん、そのコールは頭の中だけでこだまするので、後輩や先輩の耳には届かないのです。ハヤクカエレ!
2003年03月12日(水)  正真正銘。
ここ数日、彼女の妊娠の話ばかりしてて結局ウソでしたなんて一日約200人もの人たちがこの日記を読んでくれているというのに、結局ウソでしたなんて、僕だったら怒るよなぁ。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。ってね。怒る怒る。歪さんは人を欺いて高笑いしてそうな人間なので、嫌いです。なんてメール書いちゃう。しかも妊娠だなんてやけにリアリズムのある話題。いつも危ない橋を渡っている、というのは避妊云々ではなく、なんだか全く真剣味のない恋愛をしている僕への、戒めを込めて、今日は真実を書きます。
 
ぶっちゃけ……ぶっちゃけって言葉は時代と共に色褪せてしまいそうな言葉なので嫌いなんだけど、ぶっちゃけ陽性でした。
 
陽性というのはね、妊娠判定キット、ね、薬局で買ってきたやつ。おしっこかけてリトマス試験紙みたいな胡散臭いものがね、変化するんです。ホルモンの分泌量で、妊娠か否かわかっちゃう。神様の授かり物の詳細が事前にわかっちゃうという、なんとまぁ神の領域を780円でいとも簡単に侵しちゃうという代物。「性交渉のあった日から計算して、早ければ11日目から妊娠陽性となります」って書いてあるからね、逆算したわけですよ。逆算。3月11日、10日、9日……って具合にね。僕は馬鹿だから逆算するわけですよ。3月11日の11日前はいったい何日だ。ってね、3月1日ですよ。逆算しなくてもわかる問題なんですよ。で、3月1日、何をしていたかというと、妊娠判定キットに書いてあるとおり、いわゆる「性交渉」をしていたわけですよ。せっせせっせと腰を振っていたわけですよ。
 
なぜか僕はセックスの途中で面倒臭くなることが多くて、あぁ、つらいなぁ。面倒臭いなぁ、途中でやめちゃだめかなぁ。眠いなぁ。イッたフリでも、しようかしら。なんて風俗嬢が考えるようなことを考えてるわけなんですよ。セックスとはただ気を遣い、いらぬ体力を消耗するだけだ。って、そういうふうに思っているんですよ。猿かと、獣かと、まさに性という行動を用いて交渉するわけですね。交渉。
 
努力して、その努力が実った結果は、喜びもまた、格別なものがあるでしょう。だけどね、僕は努力なんてしていないんです。ただ面倒臭くて、暗闇の中の壁掛け時計を身ながら、そろそろかしら。もういいかしら。そろそろ終わっていいかしらなんてことを考えていて、頃合を見計らって射精して、これでやっと眠れる。夢の中くらい1人にさせてくれなんて思いながら彼女が細々とパンティーを履いている頃には高いびき。僕が彼女だったら間違いなく殺意を抱くでしょう。だけど僕は僕であって彼女ではないので高いびき。
 
その結果、陽性ですよ。僕の意と反して、着床。僕のオタマジャクシが、DNAが、着床。男のリビドーが女の宇宙へ着床。いや離陸。どっちでもいいや。陽性。妊娠判定キットには「+」と表示されます。ビックリしました。
 
民法第772条「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」
推定するだって! 断定じゃないんだ! あぁ! 全然関係のない話!
 
恋は人を盲目にするというが、妊娠は視力を戻してくれる。
 
 
 
どうしよう。
 
 
 
……あ、そうだ。大事なことを書くの忘れてた。今日の日記は正真正銘の嘘です。真実は民法第722条の条文だけです。正真正銘の嘘なんて、潔いじゃないか! ね。怒んないでね。
2003年03月11日(火)  マンネリズムの回避手段。
目の前に、女が一人。頬杖をついて、煙草をふかしている。そしてこのノートパソコンをはさんで、火のついていないタバコをくわえた僕が座っている。退屈な夜。妊娠してなかったからよかったものの、してなければしてないで襲ってくるのはマンネリズムの堆積。「ワイン、飲む?」「ビールが、いい」女は僕の要望を無視して、2つのグラスにワインを注ぐ。「さぁ、始めましょう」僕は彼女の投げ掛ける言葉に対し、これから1行ないし2行の文章で答える。退屈しのぎの下らない遊戯。マンネリズムの回避手段。さぁ、始めましょう。
 
「タバコ」
1日1箱吸います。イライラしてるとタバコの本数が増えると言うけど、なぜかキミを見ているだけでもタバコの本数が増えるのです。
 
「ティッシュペーパー」
愛の消耗品。電気を消す前に、その場所を確認しておかなければならない。あとで、ひどいことになる。
 
「靴下」
これは、あまり意味がない。靴下に脱臭効果を望むのであれば、それは間違い。臭い足のにおいを靴下が吸収して、靴下が臭くなる。意味がない。それとキミの部屋は、靴下なしでは歩けない。
 
「巻き髪」
キミのヘアスタイルを褒めるとでも、思っているのか。風呂上がりのキミは、晩年のサザエさんを想起させるね。
 
「ブーツ」
ジーパンをブーツの中に入れるのは、よしなさい。その姿をカメラに納めるな。10年後に、顔を赤くして、泣くことになるぞ。
 
「コンドーム」
やはり一時の性欲に身を委ねるべきではないね。もう、10代の真似事をするのは、よそう。
 
「夜」
怖いね。たしかに怖い。化け物が存在するとしたら、それは夜の闇と朝の霧とキミの胸の中にいる。
 
「ニヒル」
キミは僕を、ニヒルとでも思っているのか。もとい虚無主義は僕の趣味ではない。僕は孤独を愛しているというのも嘘になるし、キミ以外誰も必要ないと言えば詐欺になり、皆を愛していると叫べば犯罪になる。
 
「針葉樹」
シンヨウジュ? 針の葉の樹の針葉樹? 日本の針葉樹といえば杉と松。この部屋の針葉樹といえばあの男のジャケットと、時計。早く捨ててしまいなさい。趣が、ありすぎりる。
 
「初恋」
そうだね。どれが本当の初恋なのか、もとい、どれからが恋というものなのか、その境界線がはっきりしないけど、断言できることは、僕の本当の初恋の相手は、キミだということだ。「またまたまたぁ」ってキミは喜んでいるけど、もちろん嘘だよ。
 
「表彰状」
僕に、くれるのかい。
 
「精神年齢」
神への冒涜は、よそう。
 
「マーマレードジャム」
クンニと一緒で、大人になっても、慣れないね。
 
「条件反射」
それは、僕が風呂から上がった瞬間、キミが携帯を閉じるということです。
 
「私のこと」
キミを一言で表すならば、シベリアに咲くヒマワリ。確かに綺麗だけど、どこか、間が抜けている。
 
「魚肉ソーセージ」
懐古主義だね。時代錯誤だね。魚肉ソーセージときたか。1960年代生まれには欠かせない……って知ってるよ。キミが70年代生まれだってことは。ただ言ってみただけだよ。そんなに年齢に固執するものではない。
 
「タッキー&翼」
ほほぅ。僕はそんな手には乗らないよ。タッキー&魚肉。
 
「ナンパ」
ああ言葉の虚しさ。饒舌への困惑。
 
「謝肉祭」
キミはよくそんな言葉を知ってるね。カーニバルだねカトリックだね。よぉし今夜は謝肉祭だ。キミの肉体に謝り続けるんだ。僕とキミの体の相性は、残念ながらゴメンなさいという具合にね。
 
「好都合」
え? 何が?
 
「大人」
ミルクを飲めること。僕は元来ミルクを飲むとお腹を壊しちゃうからね。ミルクを飲める大人に憧れるんだ。酒なんて、腰に手を当てて、朝から一気のみさ。もとい、牛の乳よりキミの乳。いかんせん小さすぎる。嘘。メグミルク。この部分はあとで訂正するからね。
 
「地平線」
望みたければまず部屋の掃除を始めることだ。
 
「インテリア」
キミの口から、出る言葉ではない。
 
「女性セブン」
女性シックスでもエイトでもきっと浜崎あゆみのファッションチェックばかりやってる雑誌。
 
「眠くなってきた」
僕が先に言うべきだ。キミに付き合っているのに、いつもキミが僕に付き合ってあげてるって具合になってしまう。非常に僕は、損をしている。
 
「飽きた」
実にいろんな意味でね。
 
「陽性」
ドキドキするから、もう言わないでくれ。
 
「ロマン」
恋のロマンシズム。金のリアリズム。キミのエゴイズム。
 
「楽しい?」
だからもうやめようって言ってるのに。
 
「好き?」
納豆の次くらいにね。
2003年03月10日(月)  彼女が妊娠しました。
「わーっ!」
 
昨日の続き。彼女の部屋。ワンルーム。すごい汚い。MDコンポの上にブラジャーとか電子レンジの上に靴下とか置いてある。すごい汚い。だけど僕は彼女のことを愛している。何よりも、エッチが上手い。だけどそれも今日が最後。僕は部屋でタバコを吸っている。彼女は妊娠判定キットを持ちトイレへ行った。そして「わーっ!」遂に、判決が下った。審判の時が来た。
 
僕の気のせいかもしれないけど、彼女の顔色は少し蒼ざめていた。顔色を窺うだけで、その結果は明白だった。
 
「出たわよ」
「ふむ」
「……陽性」
「!!……ファイナル……アンサー?」
「ファイナルアンサー」
「ちょっとテレフォン」
「どこに!」
「じゃあオーディエンス」
「だれに!」
「じゃあ不正解」
「陽性だって!」
 
彼女が妊娠した。非常に困ったことになった。先ほど彼女のことを愛してると書いたばかりだけど、その「愛してる」っていう意味は、俗に、セックスの対面座位の時に彼女の潤んだ瞳を見つめながら「愛してる」って呟く種類の「愛してる」であって、そんな、妊娠だなんて、日常に密接した「愛してる」という概念など、今までの僕の生活には皆無だったので、かなり困ったことになった。さて「どうしよう」
 
「どうしようって、どうする?」
「とりあえず産婦人科行って、ちゃんと調べてもらおう」
「うん、そうしましょう。で、どうする?」
「どうする? って?」
「どうするってどうするってどうするって?」
「どうするってどうするってどうするってどうするって?」
 
お互いもういい歳した大人なのに、混乱していることは火を見るよりも明らかだった。
 
「ていうかそれ嘘だったりして」
「こんなときに嘘言うわけないでしょ!」
「本当に?」
「本当に嘘じゃないってば」
「本当に本当?」
「だから本当だって」
「本当は嘘でしょ」
「嘘は嘘だって」
「ということは本当は嘘ってことだね」
「うん。嘘は本当」
「じゃあ本当に嘘ってことだね」
「うん。嘘は本当」
「本当は?」
「嘘」
 
嘘でした。
2003年03月09日(日)  判定の刻。
そうだ。酔ったふりをすればいいんだ。馬の耳と酔っ払いに念仏。何を言っているのかわからんよ。僕は、酔っているんだ。ヒック。爪楊枝を、取ってくれないか。しかしキミの家は枝豆しか置いてないのか。若しくは栽培しているのか。ガーデニングをしてるのか。ベランダを、拝見。この雨ざらしの雑誌の類を、捨てたまえ。ベランダは、ゴミ捨て場じゃないんだ。かといって、星空を眺めて愛を語る場所でもない。あ、ほら見て、流れ星。南無阿弥陀仏。
 
「ビール1本で酔えるわけないじゃない!」
 
いやいやいや、そう言うけどね、ビール1本で酔いたい夜だってあるんだ。キミは部屋の掃除を、したことがあるかね。否。あったとしても、キミは至極掃除が下手糞な人間だ。このテレビ台の下。これはサハラ砂漠かね。僕のオアシスは何処にあるんだい。蓋し僕のオアシスはキミの部屋には存在しない。
 
「意味わかんないことばっかり言わないでしょ!」
 
言わないでしょ? 言わないでしょ、って何かね。断定の語句。是不適切。それこそ意味わかんないよ。言わないでよ! と言いたかったキミの艶っぽい唇は、思わず噛んでしまって、言わないでしょ! 言わないでしょ! 僕は揚げ足を取ることがすごく得意なんだよ。得意なんだしょ!
 
「もーーーーっ! 真剣に考えてよ!」
 
よし。真剣に、考えよう。果たして明確な答えを導き出せるのかしら。年齢の話をするのはよそう。まず、キミは31歳。僕は26歳。年齢の話をするのはよそう。年齢なんて何の指標となるのだ。キミ31。僕26。年齢の話をするのはよそう。僕はキミより5つも年下なんだ。愛に年齢なんて関係ないんだ。これは一般論というより理想論。机上の空論。否。ベッド上の空論。いわば床上の空論なんだね。キミは、閉経を迎えたのかもしれない。
 
「失礼ね! そんなワケないでしょ! 本当に生理が来ないのよ!」
 
僕に言ったって。
 
「アナタに言うしかないでしょ!」
 
……。よし。こうしよう。薬局に行こう。あそこの薬局は11時まで開いているはずだ。大事をとって、2回用を買おう。2回調べよう。ということは、キミは2回おしっこに行くことになるけれど、2回の排泄で至上の安堵を得られるならば、さして苦痛でもないだろう。いいよ。今夜は寒いし、僕が買ってくる。大丈夫、逃げやしないよ。言っておくけど、僕はA型なんだ。いや、あとあと、問題が出てきたために一応言ってみただけだよ。昔から備えあれば憂いはないと相場は決まっているんだ。いってきます。さようなら。冗談だよ。帰ってくるよ。
 
―――
 
ただいま。寒かった。マフラーも、巻いていくべきだった。買ってきたよ。2回用を2個買ってきたよ。疑り深い男は、どうもいけないね。1回の判定を信じられるのならこの世はどんなに住みよいだろう。猜疑心というものは、どうもいけない。自己嫌悪の種のようなやつだ。もっと目に見えるものを素直に信じてみたい。さぁ、ポカリスエットでもたらふく飲んで、便所に、行ってきなさい。そしてクイズミリオネアでみのもんたが答えを言う、あの何ともいえない間というものを味わってきなさい。僕は観客席で回答者のお母さんのように手を合わせて祈ってるよ。しかしたかがクイズで母親を連れてくる奴はどういう神経をしているのか。と思うけど、今はそれどころじゃなかった。早く行っておいで。そしてお互い安心して、ベッドで肩を寄せ合って、冗談なんて言いながら、再び性欲の炎に身を焦がそうではないか。ほら、コンドームも、買ってきたよ。
2003年03月08日(土)  マフラー。
鹿児島の夜はもう、マフラーはいらない。随分暖かくなった。今日は3月8日ということで38(ミツバチ)の日らしいではないか。どうりで春が近く感じられるはずだ。ミツバチが蜜と一緒に春の匂いと幸福と僕の至福を運んでくるに違いない。鹿児島の夜はもう、マフラーはいらない。
 
「え? 外寒いの?」
石油ファンヒーターとホットカーペットで過度に温められた部屋で彼女は僕に訊ねる。僕はまた年上の女性を寝取ってしまった。寝取るだなんてとてもいい言葉ではないが、読んで字の如く、この女性を寝取ってしまった。罪と堕落への道は夜の街を歩けばいくらでも転がっている。そして僕はいつもの如く、罪と堕落への石につまづいてしまった。またしばらく戻れない。
 
「寒いよ。寒い。しかし、この部屋は、暑いね」
僕はマフラーを取りながら言う。彼女は、数ヶ月前は別の男にそうしていたように、僕のジャケットとマフラーをハンガーに掛ける。僕はそういう家庭的なことをされると、少し照れてしまう。僕は女性にジャケットをハンガーに掛けさせることができる人間ではないのだ。ひどく打算的で、付き合いだしたその日から別れたがっている。
 
彼女の部屋はワンルームで、まだ、前の男の名残が残っている。週刊SPA! と週刊ゴルフダイジェスト。ラッキーストライクの空き箱。ビートルズのLP。ハブラシもそのコップも、僕の物ではない。そのスリッパも僕には少し大きすぎる。だけど僕は気にしない。僕はひどく打算的で、付き合いだしたその日から別れたがっているのだから。
 
「そのマフラー、いつも身に付けてるのね」
彼女は意地悪な質問をする。僕はいつも「だって寒いじゃないか」と言ってその質問の明確な答えを誤魔化す。鹿児島の夜はもう、マフラーはいらない。随分暖かくなった。彼女はこのマフラーが手作りだということを知っている。同時に、どうして僕が手作りのマフラーをいつまでも身にまとっているかをも知っている、はずだ。
 
午前2時。僕は彼女の部屋を後にする。「また今夜」玄関で、軽いキスをする。そして数ヶ月前は別の男にそうしていたように、僕の腕にジャケットを通す。そして「これは、自分で巻くよ」マフラーは自分で首に巻く。いつも彼女はその時に一瞬だけ悲しい目をする。僕にはそれがわかっている。彼女もそれがわかっている。僕は彼女のその瞳を確かめた後、彼女の部屋を後にする。鹿児島の夜はもう、マフラーはいらない。だけど僕にはまだ、この手作りのマフラーが必要なのだ。
2003年03月07日(金)  3つの大罪。
舌の下に口内炎ができた。舌の下にできることないと思う。酷い仕打ちだ。痛くて何も食べる気が起こらない。あと鼻のてっぺんの吹き出物。それとてりやきマックを食べてから続いている下痢。いや、てりやきマックが悪いというわけじゃないんだよ。人は何かと関連付けて物事を納得のいく形で解決させようとするんだ。てりやきマックが悪いわけじゃない。たまたま下痢をする前にてりやきマックを食べたというだけだ。てりやきマックが悪いわけじゃない。しかし僕は昔からてりやきマックを上手に食べることができない。レタスだけ先に食べちゃったり、最期に残っちゃったりする。ビッグマックなど言語道断。あんなもの丁寧に食べれるはずがない。そもそも口の開きの許容量を越えているのだ。
 
あぁ痛い。口内炎。なんなんだこの仕打ちは。医学的に、考えてみよう。口内炎と、下痢と、吹き出物。きっと何かの関連性を発見できるはずだ。やっぱり、よそう。僕はこと医学的な知識に関してはさっぱりなのだ。看護師などやっているのに、内科的な知識に関しては実習生にも及ばない。やっぱりあれだ。ロマンス。これだね。わかんないことは全部ロマンスにすればいいんだ。ロマンスとか神とか便宜的な言葉を用いて説明すればいいんだ。現実逃避とも、いう。
 
神は罪を犯した人間に、3つの罰を与えた。口内炎、吹き出物、下痢。ほら、ロマンス。僕は3つの罰を同時に背負ってしまった悲劇の主人公なのだ。この3罪を克服するために薬局に赴き、ビタミン剤と下痢止めを買いました。ついでにティッシュペーパーが198円だったので、それも購入しました。そもそも僕は神から罰せられるような罪なんて犯していない。思い当たりは、ないでもないけど、たまたま看護婦さんの着替えシーンに遭遇してしまったくらいで口内炎なんかになってしまったら体がもたないよ。あれは、アクシデントだ。
 
あぁ痛い。食べても飲んでも喋っても痛い。おまけに暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つような鼻になっているので外にも出たくない。トナカイだなんて季節外れも甚だしい。恥かしい。あと、下痢。なかなかどうして止まらない。これはてりやきマックを食べてから続いているのだけど、てりやきマックの所為ではない。ナゲットかも、しれない。やはりマックチョイスで、サラダをチョイスしとけばよかったんだ。という問題でもない。マックチョイス。あれはおかしい。ハンバーガーにパンケーキをチョイスするやつなんていないと思う。炭水化物に炭水化物。ご飯のおかずにピラフを食べるようなものではないか。違うか。違うのか。あっそ。
 
マックといえば僕は昔マックでバイトしていて、あ、マクドのことね。どっちでもいいや。ッテリア。あ、ロッテリアのことね。そうそうロッテリアでもバイトしてました。でね、あそこは縦社会なのね。士農工商みたいにランク分けされるのね。マックはトレーニー、いわゆる見習いって身分が与えられるのね。で、Cクルー、Bクルー、Aクルーと昇進していくわけですが、僕がAクルーのときの話。仲のいいBクルーの高校生がいたのね。18歳。で、新人トレーニーが「今日からよろしくお願いしまス」なんて入ってきたわけですよ。23歳、だったかな。で、Bクルーの高校生、トレーニーの23歳に指示だしたんですよ。「ちょっとジュース取ってきて」って。その一言でトレーニーぶち切れですよ。なんで俺が年下の奴のジュース取ってこなけりゃなんないんだ! ってね。ぶん殴ったわけですよ。みぞおち辺りを。いやいやそんなわけじゃないんだよ。倉庫のジュースを補充しててくれって意味で言ったんだよ。勘違いするなよ新米。なんて僕がなだめようとすると僕にまで殴りかかってこようとするんですよ。導火線すごい短い。ないかもしんない。で、こういうときは上司に報告するわけですよ。とんでもない奴が暴れ出したってね。マネージャーマネージャー! ってマネージャーを呼ぶわけですよ。しかしさっきまでそこにいたマネージャーが消えてしまった。怖じ気づいたのかも、しれない。騒然とする厨房。ややあって、マネージャー登場。「ごめんごめん。トイレに行ってました。下痢が、ひどくてね」なんて悠長に登場するわけ。
 
えっと、えーっと、何話してたんだっけ。えっと、マックと下痢の関連性について話ししてたらマックのマネージャーの下痢の話になってしまいました。文章はただ書けばいいってものじゃない。起承転結。ね。起句でうたい起こし、承句でこれを承け、転句で趣を転じ、結句で結ぶ。これ一般的なルール。僕の文章は何なんだ。こういう文章を書いてしまったのは口内炎の所為ですなんて結句で結んで今日の日記はおしまい。
2003年03月06日(木)  新人離れ。
僕は気が向いたり、経済的に切迫した状態になると自分で弁当を作る。今日は気が向いたのでお昼は自作の弁当。経済的にはまだ切迫していない。ウィンナーの賞味期限が迫っていたということと、冷凍庫を開ける度に許容量を越えた冷凍食品が落ちてきてウザいということ。簡単に肉と野菜を炒めて、サラダを作って、あまり好きではない悲劇的なチャップスパゲティー。弁当箱の空白を埋めるためだけに開発されたといっても過言ではないケッチャップスパゲティー。不憫だと思う。
 
「自分で作ってきたの?」
昼休み、隣で弁当を食べていた新人さんが話し掛けてくる。先週入ってきたばかりのホヤホヤの新人なのだが、指導係の僕にだけタメ語で話す。新人さんと言っても、それ以前に他の病院で働いていたということと、僕と同じ歳であるということと、僕よりたぶん頭が良いということ。新人さんの僕に対する潜在的な侮りが表面化してそれはやがてタメ語になって「今度私にも作ってきてよ!」なんておい、職場の指導係、ましてや主任に向かって弁当作ってきてとはどういうことか。言語道断とかではないのか。根本的に間違えているのではないのか。「だって美味しそうなんだもの」そう? そう? ヘヘ。明日作ってきてあげるね。
 
というわけで今日は新人さんの為に、弁当を作ってきた。男性から女性へ。主任から新人へという図式的にどう考えてもおかしいが、美味しいって言ってくれるんだし、なんだか綺麗だし、お洒落だしで、今後の展開を考えると差し当たり損でもないなという裏工作があるんだけど、差し当たり僕は4月で仕事を辞めるので、今後の展開はあまり楽観視できるものではない。むしろ新人のために弁当を作らざるを得なくなった状況というものを嘆くべきだ。憐れな男を愁嘆すべきだ。
 
「美味しーい!」
そうかい。へへ。美味しいかい。へへへ。ウィンナーの味付けが、一味、違うんだ。ただフライパンで焼けばいいってものじゃない。って、オカズの説明とか始めると、なんだか迷惑そうな顔をしだしたのでしょんぼり黙って新人さんの弁当を食べる様子を横目でちらちら観察する。「ご飯が少し、固いわね」なんて言われて素直にゴメンなさいと謝る。今度は柔らかめに作りますので。
 
「ありがとう。とっても美味しかった。明日から辞めるまで毎日作ってきてね。ハハハッ」
こういうのを「新人離れ」とか「規格外のルーキー」とか形容するのかもしれない。
2003年03月05日(水)  切腹マニア。
去年の今頃の日記を読み返していました。えっと、去年の3月2日。僕は何をしていたかというと、彼女と、彼女の妹と、彼女の母親と食事に行っていたんです。初めて彼女の母親とご対面したのです。料亭なんか行っちゃって、あぁ、このまま結婚とか、してしまうんだ僕。なんて眩い希望と潔い諦めを持って、料亭の大きな座布団に座ったのであります。そして約2ヵ月後に別れたのであります。その日の朝は「明日ワタシのうちで焼肉パーティをするんだ」なんて言ってたのに、同じ日の夕方に「あなたとはもうやっていけない」と一方的に別れを告げられたのです。まさしく朝令暮改。女心と梅の花。あっという間に散ってしまいました。
 
それから彼女らしい彼女もつくらず現在に至るわけですが、これからも暫く彼女をつくろうなんて気はございません。結婚はしたいですけど。恋のエゴイズム愛のフライング哀しみのアンソロジー。よし、歯を磨こう。歯を磨いて寝よう。
 
電話。
「迎えに来てー」
「えぇー。今どこにいるの?」
「明石」
「え」
「明石」
「え、明石? 明石ってどこ? 神戸県だっけ」
「馬鹿ねアナタ」
「馬鹿ねってめちゃくちゃ県外じゃん」
「ねぇ」
「何」
「結婚しましょうよ」
「今は無理」
「どうして?」
「今から歯磨きすんの」
「あっそ」
「まぁ、検討しときますよ」
「死ね」
「んぁ?」
「死んじまえー」
「それでは地獄で逢いましょう」
「おやすみ」
「おやすみ」
 
現在はこんなにふざけた恋愛をしています。これを恋愛と定義していいものか。多分ダメだ。こんなんじゃダメだ。去年の今頃を思い出すんだ。あの悲壮感漂う決意と愛情。僕は彼女を愛していた。だけど彼女は愛してくれなかった。逆のような気もするけど、どっちだっていいや。覆水盆に帰らず。恋の火は、時として友情の灰を残します。僕たち今では友達同士。エッチもたまにしかしません。嗚呼不純。僕は今でも無垢への憧れを持っています。愛する事を教えてくれたあなた。今度は忘れる事を教えて下さい。……。……んぁ? よし、歯を磨こう。シャワーを浴びよう。風呂上りの我が身を鏡に映し嘆いてみよう。矛盾した思考を暴力的に合理化して今夜はホステスに猛アタック! しからばゲッツ!
2003年03月04日(火)  「深層記憶媒体」に ついて。
最近やけに流行ってるね。深層記憶媒体。もうね、何だあれは、と。植物なのか生物なのか、と。マリモか、と。ね、深層記憶媒体。胡散臭いですねぇ。きな臭いですねぇ。あんなのに騙されちゃあ、ダメだよ。
 
まぁ、考えようによってはマイナスイオンと同類だと思います。人は目に見えないものに幻想を抱きやすいのです。マイナスイオンと深層記憶媒体とメル友の素顔。これみんな一緒です。根底に流れているのは独善的な幻想でございます。深層記憶媒体とトレイキャビネットとその他オプションセット付きで19800円。これを安いとみるか高いとみるか。マスメディアに踊らされてはいけない。藤原紀香に騙されちゃいけない。冷静な所懐と見識を持ってブラウン管を凝視してごらん。
 
藤原「わぁ、これがあの深層記憶媒体ですかぁ。初めて見ました!すごいちっちゃい!」
広報「これはインド洋セイシェル島沖で採取された特上の深層記憶媒体なので、一般のものより一回りほど小さくなっております」
藤原「へぇー。インド洋の深層記憶媒体ですかぁ。この触覚のようなものが他の深層記憶媒体と違ってすごく滑らかですね」
広報「そうです。インド洋セイシェル島産深層記憶媒体の特徴はこの触覚にあります。人体に効果を及ぼすのに3日程かかりますが、その効果は絶大であります」
藤原「例えば?」
広報「まず、更年期障害。もっともこの深層記憶媒体ブームはアメリカ、ミネソタ州の小さな婦人会が発祥だと言われています。漁師のご主人がたまたま網に掛かった深層記憶媒体を土産替わりに自宅へ持って帰って、奥さんが花キャベツと間違えて調理してしまったのです」
藤原「これを!?」
広報「今では考えられませんが、まぁ、花キャベツに見えなくもないですよね」
藤原「そうですよねー。私はブロッコリーに見えるんだけど」
広報「そして、調理したそれを口にした途端」
藤原「例の、媒体相乗効果ですか」
広報「そうです。媒体相乗効果が出現して、更年期障害が劇的に快方へ向かったのです」
藤原「そういう歴史があったんですかぁ。じゃあ早速私も試してみます! えっと、この触覚のようなものを」
広報「こう、斜めに」
藤原「はい、えっと、斜めに、うんっ……と。結構手応えがありますねぇ」
広報「そうでしょう。カリブ海産は、これがちぎれやすいんですよね」
藤原「しかし、これは、なかなか、うんっ……と。慣れるまで少し大変かもしれない」
広報「慣れると毎日する人だっていますよ」
藤原「これを毎日!? え、山崎さん(広報の人)もこれ毎日やってんですか?」
広報「ハハハ。僕はせいぜい3日に1回ですけどね」
藤原「3日に1回でもすごいじゃないですか。うんっ……っと! できた!」
広報「そして肩を縮めてください」
藤原「あのCMのポーズですね。えいっ。こんな感じかしら」
広報「そうそう。なかなか上手いですねぇ」
藤原「小池栄子ちゃんには負けられませんよ」
広報「アハハハハッ」
藤原「それにしても、なんだか、あぁ、肩の付近が熱くなってきた。効いてきたみたい」
広報「そうです。それが媒体相乗効果です」
 
ってね。嘘つくなよ。藤原紀香。及び広報山埼。層記憶媒体の効果が出るのは3日くらいかかるって言ったじゃないか。どうして藤原紀香だけあんな短時間で効果が出るんだよ。嘘つくなよ。消費者を舐めるのか。しかしトレイキャビネットとその他オプションセット付きで19800円かぁ。これは、安いかもしれない。最近疲れやすいことだし、買ってみようかしら。
 
というわけで、ついに本日クール宅急便で届きました。インド洋セイシェル島産深層記憶媒体。テレビで言ってた通り、既存の記憶媒体と違って、触覚の感触がすごい。なかなかクセのある動きをするけど、慣れてくると意識しなくなるらしい。3日後が楽しみだ。きっと、すごいことになっていると思う。
2003年03月03日(月)  夢が膨らむ日専連。
今日は商品券について。商品券。一言でいうと愚鈍。あれは愚鈍だよ。ひどく間が抜けている。僕は商品券を貰った事はあるけど、買ったことはない。あぁ! 商品券! 商品券買おう! と閃く思考回路を辿ったことがない。あぁ! 商品券! と思う人はどういう種類の人たちなんだろう。
 
『贈り物に日専連全国共通商品券をどうぞ。日専連マークのある専門店やデパートなど、全国どこでもご利用いただけます。お中元やお歳暮、お祝いなどにもどうぞ』
 
いやよ。そんなのいやよ。キャッシュでいいじゃん。敢えて日専連マークのデパートを探さなければいけない試練をどうして与えるんだ。『気の利いた品が見つからないときのお使い物として必ず喜んでいただけると思います』なんて、それはね、貴方のセンスの問題ですよ。気の効いた品が見つからねぇよ! 僕って気が利いてないよ! って自らのセンスをね、商品選びのセンスをね、否定してるわけじゃないですか。放棄してるわけじゃないですか。しっかりね、考えなさい。あの人に何を贈ったら喜んでくれるだろう。ってね。葦なんだから。考える葦なんだから。家畜じゃないんだから。買い物上手なのは日専連じゃなくて消費者じゃなくちゃいけないんんです。
 
『お祝い・お礼・快気祝など いろいろな用途でご利用戴けます』
 
あっそー! 回りくどいよ! 金くれよー! いろんな用途で使ってやっからよー! という具合にね、僕は商品券に憎悪さえ感じる嫌悪感を持っているわけであります。口調だって荒くなります。現在、僕の手元に5000円の商品券があります。もちろん貰ったものだけど、あまり嬉しくないんですね。むしろ臭いです。人間臭いです。商品券は建前とか打算とかそういう便器の中で水が流れない場所にウンチしていつまでもこびりついているような、そういう臭いを漂わせています。
 
もしこれがね、5000円の商品券じゃなくて、2000円の現金だったらね、そりゃあ嬉しいですよ。そっちの方が嬉しい。1000円札の発行元はね、日本銀行なんだもの。日専連じゃないんだもの。嬉しいでしょ。日本銀行。まさに全国共通。女の子だって買えちゃうんだから。
 
あのね、面倒臭いんですよ。あぁ商品券貰ってしまった! 5000円! 5000円のお買い物をしなきゃなんない! って変な使命感が生まれるんですよ。使命とか任務とか目的とか目途とか、そういうのうんざりなんですよ。私生活でね、使命感が生まれて、それに向かって、行動する。この場合は車に乗って日専連マークのデパートに買い物に行くってことがね、面倒臭いんですよ。私生活くらい静かに過ごしたい。商品券程度で精神の平静を乱されたくないんです。デパートも精神の平静を乱されるし。百貨店という名は掲げど正味は至極表面的じゃないか。 
 
チュッパチャップスって幾らすんの? 30円? 50円? まぁいいや別に。僕は5000円の商品券持ってんだし。ね。チュッパチャップス1個。マンダリンオレンジ味。これくださーい。ニーコニーコ聞いちゃった♪
 
「申し訳ございません。商品券をお使いになりますと、釣り銭という形ではお返しできないのですが」
 
いいよそんなの! チュッパチャップス1個で充分だよ! 5000円でチュッパチャップス1個。いいじゃないか。粋じゃないか。夢が膨らむ日専連じゃないか。僕はね、人間の暗いところに渦巻く様々な思惑通りに動きたくないんだ。バーカ。いったい誰にバカと言っているのかわからないけど、漠然的にバーカ。
2003年03月02日(日)  独占欲という名の刹那に基づく商品券。
ある女性から風呂上りの甘い声で「独占欲について書いて〜」なんて言われたけど、僕は独占欲という欲求が希薄なような気がするので書かない。知らないものについてなど書けない。虚偽を拵えて真実から目を逸らしてどうなるというのだ。なるというのだ。どうなると。どうにもならないではないか。独占欲。難解極まる欲求。僕にはわからんよ。相手を自分のモノにしようなんて、思ったことないよ。僕は僕、キミはキミ。僕は恋愛なんてできない人間だから自ずと独占欲も沸かないということなんだ。恋愛は親和欲求と援助傾向と独占欲からなるんだ。僕にはわからん。一つもわからん。
 
全然わからないので独占欲については、また今度。結婚とか、離婚とかしてから、そういうことを我が物顔で語ろうではないか。10年後10年後。待っててね。僕はまだ未熟です。青臭い青二才の小童です。相手を独占する身分でもなし。
 
だから商品券。今日は商品券について思うことを書こうと思う。思ったけれど、やっぱり独占欲も捨て難いなァ。しかし実感のないものは文字で表現しても泳げないくせして「今日は海に行きました」なんて夏休みの絵日記のような有様になってしまうもんなァ。独占したいなァ。キミを。キミの全てを。だけどなんだか乗り気じゃないんだよなァ。どうせ誰かに取られちゃうだろうし。不毛な争いなんてまっぴらだしね。
 
というわけで商品券。僕は今日、商品券について語ってみようと思います。これは、3月2日の日記です。今は、3月3日の午前2時です。僕は1日遅れて日記を書こうとしている横着者です。独占欲などあるわけがありません。商品券。これは救いがあるなァ。商品券について書きます。平和に悠長におおらかに、世の中に対して文句が言えます。商品券の生臭さについて。ね。独占欲は、ない。これでいいじゃないか。独占欲については金輪際語りません。独占欲は、ない。よし。決めた。商品券は、欲しい。刹那を感じる。コスモとかは、あまり感じないけど、商品券には、なぜか刹那を感じる。
 
あぁ午前2時。明日は高校生の女の子に携帯電話を買ってあげる約束を果たしに行くのです。auショップにね。携帯電話買ってあげるよなんて言わなければよかった。高校生に携帯電話なんて、考えてみろよ。農民が刀を振りかざし権威を振るい、商人が鍬を持ち田畑を耕し、高校生が携帯電話。畜生。口は災いの元でした。あのコには携帯電話なんて必要ないような気がする。商品券。ね。すっかり忘れてた。商品券について書きたいのに、携帯電話とか、高校生とか、独占欲とか。独占欲は、もう考えないことにしたんだった。僕の辞書から【独占欲】について記されたページは白ヤギさんでも食べちゃって黒ヤギさんが実は女子高生。なんてね。わぁつらい。刹那だね。独占欲も携帯電話も女子高生も、勿論、商品券にも、刹那を感じる。
 
商品券については明日書く。もう何もかもが面倒臭い。太陽なんて昇らなければいいのに。
2003年03月01日(土)  唾の結晶。
みんなああいうときってどうしてるんだろう。ほら聞いたことあるでしょ、パーソナルスペース。自分と他人との間にできる空間。コミュニケーションをとる相手との物理的な距離。パーソナルスペースには個人差があって、例えば外向的で対人関係に積極的な人は狭い。それだけ他人を近くまで近づかせることを許しているということで、逆に内向的で対人関係が苦手な人はそれが広い。
 
とまぁ別にいいんだパーソナルスペースなんて。そんな概念的なのか具体的なのかよくわからない事柄についてなんてどうでもいいんだ。パーソナルスペースの広い人は外向的で狭い人は内向的。それでいいじゃないか。別に。エレベーターとか、満員電車とか、そりゃ誰だって多少息苦しいですよ。 
 
しかし確かにこの世の中にはパーソナルスペースが狭い人間が存在する。やけに顔を近付けて話をする人。周囲に1人はいるでしょ。それはね、パーソナルスペースの問題じゃなくてただ目が悪いとか耳が聞こえないとかそういう単純な理由なのかもしれない。別に理由なんてのもどうだっていいんだ。今日の日記はそこから発生する悲劇について。
 
人と会話しているとね、あぁこの人やけに顔近付けるなぁ。いやだなぁ。馴れ馴れしいなぁ。少し離れて話をしてくれないかなぁ。そんな大きな声出さなくても聞こえるんだけどなぁ。なんて思いながら話を聞いているわけですよ。いつの時代だって悲劇は計画されたものではなく、天啓の如く稲妻の如く青天の霹靂の如く訪れるわけであります。
 
ピッ。ってね。ピッ。って小さな小さな音を立てて悲劇が訪れるのです。ピッ。ってのはね、他でもない、相手の唾ですよ。唾というか、その、唾の結晶? まぁそういうやつ。辛うじて肉眼で確認できる大きさの唾ですよ。相手のその唾の結晶がね、顔にピッ、って付着するんです。あっ! こいつの唾が僕の顔に飛んできた! なんてびっくりするわけですよ。会話中に。だけどね、そんなこと言えるわけないじゃないですか。「コホン。失礼。会話を、止めたまえ。もはや周知の通り、キミの唾が僕の頬と目尻の間の箇所に飛んできた」なんて言えるわけないじゃないですか。だから僕は唾なんて飛んできても平気な人間なんだよ。と甚だ寛大な心を持って会話を聞き続けるんですよ。
 
もし、相手がね、自分の唾の結晶が相手の顔に飛んでしまったと気付いた場合ね、これはなかなか面倒なことになるんです。唾を飛ばしてしまった人は、あぁ、唾が相手の頬と目尻の間に飛んでしまった。恥ずかしい。凝視すると白い気泡まで見えてしまうようだ。どうしよう。しかし相手は自分の顔に唾が付着したことなんて気付いてないようだ。どうやら鈍感な人間のようだ。馬鹿かも、しれない。ってね! 気付いてるよ! 気付かないわけがないよ! だけど会話を遮ってまでそれを伝える意味がないからこうやって気付かない振りしてヘラヘラ笑ってるだけなんだよ! だいたいテメェ近付きすぎなんだよ! もっとこう、あっち行けよ! 喫茶店でテーブルをはさんだ距離くらいに離れろよ! 来んな! 唾、すげぇ気になる!
 
と双方の思いが互いに意味もなく言葉もなく、頭の中で静かに、熾烈に、行き交うわけであります。僕はもう頬についた唾の結晶のことばかりが気になって、会話なんてほとんど耳に入っていません。唾を飛ばした相手だって自分が飛ばした唾の結晶のことばかりが気になって、もう、会話だって支離滅裂になってきました。甚だ不毛でございます。それもこれも、唾がいけない。唾を飛ばしたキミがいけない。僕は相手の唾の結晶が自分の唇に付着しただけで狂い死にしてしまうような人間なのです。

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