2003年01月31日(金)  勇気と決断。皆無と茶番。
今日は、ここ数年、いや数十年生きてきた中でベスト3に入るような勇気と決断を要する日だったので、今現在、日記なんてこれっぽっちも書く気力なんてないけど、もう風呂も入っちゃったし、晩ご飯だって食べたし、テレビはつまんないし、携帯は職場のロッカーだし、内閣支持率は下がる一方だし、ユーロ圏景況感指数の低下は経済予測修正の理由にならないしで、何がなんだか自暴自棄。もう後には引けない。サイは投げられた。1の目が出た。振り出しに戻った。
 
勇気と決断は僕が一番苦手とする種類のものである。郷に従い続ける人生を送ってきた僕にとって勇気など皆無。様々な選択肢を常に他人に委ねる人生を送ってきた僕にとって決断など茶番。皆無と茶番。僕の人生はこの言葉に集約されている。その僕が、胃が引き攣るような勇気と、後先省みない決断を、なぜしなくてはならなかったか。神のみぞ知る。なんて。神の味噌汁。
 
さて、今現在の僕の心境は晴朗且つ憂鬱。対極した感情がまるで家庭内暴力の耐えない夫婦のように、まさにドメスティックにバイオレンスに同居している。眩いばかりの希望と身を引き裂かんばかりの悔恨。もはや あぁどうしよう。などと言っても始まらぬ。今はただ前進あるのみ。だけどまだ慎重にね。そうだ。歩伏前進だ。敵に見つからぬよう。地雷を踏まぬよう。敬虔慇懃に。 
 
先述の通り、携帯電話を職場のロッカーに忘れてきたので、この漠然とした気持ちを誰にも伝えることができない。だからこうやって不特定多数の人たちに、抽象的に伝えることしかできない。僕は今苦しいんだよ。って。いやしかし気分は晴れやかだ。うん。とにかく複雑なんだ。こういう心境を混乱と言うのだろう。
 
まぁしかし、勇気と決断を要するもので普遍的なものといえば、そう、愛の告白。いや、今回の場合は愛の告白とは違うんだけどね。僕はもう愛の告白なんて一生しないことに決めてるんだから! 好きになる生き方じゃなくて好かれて生きる道を選んだんだから! 妥協の産物を貪って生きることにしたんだから! ね。愛の告白。あれは勇気と決断の象徴的な事象だと思う。しかし愛の告白をもってしても今回の勇気と決断は比にならない。
 
先述の通り、もう後には引けない。サイは投げられた。1の目が出た。振り出しに戻った。ってこと。
2003年01月30日(木)  消費の美徳。
参った。また参ったで始まるこの日記。僕は慢性的に何かに対して困っているんです。しかし参った困ったはにかんだ。いや、はにかむ必要はないだろう。ほら、カレンダー。見てみて! ね。1月30日。給料日。んなことはどうでもいいんだ。辛い過去は過去として、実感のない追憶の世界へ。昨日まで手持ちが410円しかなかったって? へ? 誰が? 僕が? この僕が? 相変わらずキミは笑わせてくれるよ。ちょっと小腹が空いただけでカスピ海産のキャビアを食べるこの僕が? 410円? うふふ。そういう冗談は面白いですね。言っちゃあなんだけど僕は資本主義の勝利者なんだ。え? 具体的に? 具体的に?って質問が抽象的だなぁ。
 
コホン。まぁいいよ。しかしね、資本主義の勝利者でも悩み煩うときがあるんだよ。ね。ほら、カランダー。見てみて! ね。1月30日。ワォ! 給料日! なんて僕は驚かない。大衆の真似しろったって無理な話だ。給料日の昼休みにATMの前に並ぶなんて野暮な真似はできない。ファミリーレストランで家族みんなでお食事なんてことはできない。
 
ファミリーレストランか。よく言ったものだよ。僕は独身だからファミリーレストランなんて大衆的な所には行かないんだ。独身貴族には独身貴族相応のディナーを楽しむ場所があるんだ。人は言う。嗚呼憧れの独身レストラン! ふん。憧れかい。人の気も知らないで。独身の独身たる所以はだね、いつまで経っても結婚できない若しくは恋人ができないってことなんだ。僕は言う。それって失恋レストラン。
 
面白くも何ともないよ。むしろつまらんよ。だからこの歳になっても結婚できないし恋人の1人もいないんだ。お母さんがね『どうぶつ奇想天外』見ながら言うんだよ。
「わぁ。可愛い赤ちゃん」
これはね、なにもブラウン管の向こうのマハレ・チンパンジーの赤ちゃんが可愛いと言っているわけじゃないんだ。勿論それはみのもんたに向けられているということでもない。だいいち、みのもんたは黒いじゃないか。真っ黒じゃないか。母親が「わぁ。可愛い赤ちゃん」と感嘆の声のその先には、僕が立っているのです。それは、僕に向けて言っているのです。「わぁ。可愛い赤ちゃん(って言ってみたい)」と言っているのです。気が滅入ってしまう。テレビ消せ消せ。僕を1人にさせてくれ。どうせ僕は「どうぶつ奇想天涯孤独」さ。
 
一向に今日の日記の核心に迫れない。僕はまだ今日言いたいことの10分の1も触れてはいない。だから僕は誓う。もう余計なことは言わない。真実は簡潔に述べる。簡潔に簡略に簡約に簡明に簡素に述べる。しっ! 静かにして!
 
パソコンのメールを整理してたんです。専用フォルダにそれぞれのメールを振り分けてたんです。これチカちゃんの。これ舞ちゃんの。あぁ舞ちゃんと会いたいなぁ。おっと間違えたこれはユカちゃんフォルダだった。ってね。で、発見したんですよ。発見したも何もこのメールは逃げも隠れるつもりもなかったんだけどね。僕にとっては発見ですよ。大発見の大失態ですよ。
 
>3月号コラムご寄稿のお願い
 
 いつもお世話になっております。
 新年を迎えてしばらく経ちますが、如何お過ごしでしょうか。
 1月号コラムですが、大変楽しく拝見させて頂きました。
 3月号掲載分につきましても、宜しくお願い致します。
 原稿は1月31日をめどにお送り頂ければ幸いです。
 また一緒に掲載する写真等がありましたらお送り下さい。
 その際の画像データは、350dpiの一辺約3cmのサイズでお願い致します。
 ご多忙とは思いますが、宜しくお願い致します。
 
僕はね、とある雑誌にコラムを掲載させて頂いてるんです。ほら、カレンダー。見てみて! ね。1月30日。締め切りは、明日。明日は仕事。ね。無理っぽい。350dpiの一辺約3cmのサイズの写真を用意するのはもっと無理っぽい。だけどね、ほら、僕って、なんだったっけ? 勝利者? そう。資本主義の勝利者なの。やるときはやるの。あれどこやったっけ? あったあったと頭に閉めたそのハチマキに記された文字は「神●風」 うん。友人から貰ったの。神風の真ん中に日の丸が描いてあるハチマキなんて今日び日本でも売ってないよ。浅草のジャパニーズショップかっての。
 
あっ! ケミストリー! てめぇこのやろ。ほら、カレンダー。見てみて! ね。1月30日。ケミストリーのアルバム返却日、1月30日。や、やや、ややや、半端な夢の一欠けらが。やばい。コラムとか、資本主義とか、神●風とか言ってる暇がないっぽい! ツタヤへGO!
 
ね。カレンダー見てから時計見て。見てみて! ね。1月30日。午後9時。えっと、今からツタヤ行ってーコンビニ寄ってー晩ご飯買ってーお風呂入ってーナオちゃんに電話してーそれからコラム書きます。なんか今日すげぇ長い文章書いたような気がする。コラム3回分は書いたような気がする。
2003年01月29日(水)  カレー納め。
自慢じゃないけど、最近、驚くほどに不健康な毎日を送っている。朝は遅刻ギリギリに出勤して、あぁ最近いつ休んだっけ? あ、あぁ、昨日休んだばっかりだ。次の休みはいつだっけ? 木、金、土……。あぁ、あと3日だ。……。木、金、土……。あぁ、やっぱりあと3日だ。なんて朝から何度も次の休日を確かめる。昼は近くの弁当屋で注文した毒々しい色の漬物が入った海苔弁を食べる。使用しているおかずは全て無添加です。ってどうやったら無添加のピンクの漬物なんてできるのよ。 ピンクなんて無添加からいちばん遠いところに位置する色じゃないか。ピンクはね、人工的な色なんだ。淫猥な色なんだ。ピンク色のネオンとか、ピンク色のサロンとか、ピンク色の……ナース服。うちの職場は最近白衣の色が変わって看護婦さんは皆ピンク色のナース服を着て注射をしたり血圧を計ったりお尻を振ったりするので気が滅入ってしまいます。いくら年季を重ねてもお尻だけは永遠に柔らかいと思います。だって、ねぇ。
 
さて、夏は氷を溶かして水に変えてしまいます。僕がもし、氷だったら、僕が夏を冷やします。
 
仕事中にこんな何の脈絡もないことを考えていると、あっという間に夜になってしまいます。困った。実に困った。昨日も書いたけどね、僕にはお金がないんだよ。いや、実はね、昨日日記に書いた時点でね、財布に2000円入ってたんだよ。これは事実だ。事実無根だ。ん。違う。間違いないんだ。確かに2000円入っていたんだ。蓋し、世の中は実に不思議な事象でいっぱいです。あれからビール買いに行ったの。相変わらず頭も痛いし、あのコンビニのお姉ちゃんの妙ちくりんな香水の匂いを嗅がない為に、最小限の、今現在僕にとって最小限必要なものをカゴに入れたんです。
 
ね。必要なもの。えっと、ビールと、おつまみと、あ、マイルドセブン1個ください。ね。2000円の範疇。いや、何故かね、どうしてかね、安いんですよ。CD-R。10枚で780円。コンビニで780円ダヨ。ね。買うでしょ。780円だったら買っちゃうでしょ。でしょでしょ。ねー。僕は悪くない。責任を転嫁するならば、その対象は、そう、ファミリーマート。略してファミマ。サークルK。略してサクケー。嘘。うちの周囲にはサークルKなんてありませんので、略し方もわかりません。ローソン。略してロン。略しすぎ。スパー。略してス……。なんでも略せばいいってもんじゃない。ちょべりぐー。
 
「1797円です」 ね。ビックリするでしょ。なんだよCD-R安いんじゃなかったのかよ。え、何、お釣り? これお釣り?何? 203円? ちょ、ちょっと待って、カ、カレンダー。何? 今日って28日でしょ。え? 0時過ぎてんの。ってことは29日? あと1日203円で。おいおいおいおいちょっと待てよ。今日び203円で何が買えるっていうんだい。明日の食事はどうするんだい。臭っ! 臭いよお姉ちゃんの香水。ね。その点に関しては鼻をつまんでやるから、この点に関しては目をつぶって頂戴。うん。まけて下さいってことです。駄目を承知です。わかってます。おつまみ返します。ビールだけ飲みます。ふりかけかけないでご飯食べるようなもんだね。残念ですよ。不幸です。一人冷たいリビングで冷たいビールだけ飲んで寝るんです。さようならおやすみなさい。
 
というわけで僕の手元には410円あります。今日のお昼はお弁当を食べました。また海苔弁。僕だって毎日毎日海苔弁なんて食べたくないよ! エーン! はい。残金30円。フフン♪ フフフーン♪ 今日のディナーは何しましょ。って!30円で! うまい棒3本食ってごちそうさまー。もう食えねー。勘弁してくれー。うまい棒がー。夢の中にまでー。侵食してくるー。なんてバカ。そんなバカ。僕ってバカ。浪費癖の糞。
 
僕はもう、死ぬかもしれない。給料日目前にして命を落とすなんてこれ以上の不幸が存在するだろうか。
「しょうがないなー。カレー、食べる?」
白衣がピンクになってからというもの、やけに看護婦さんが優しいのです。今夜は看護婦さんのマンションにカレーを食べにいきました。看護婦さんと夜な夜なお話するのではなく、カレーを食べに行きました。何日か前はすき焼きを食べさせてくれました。独身男性はこういうところにメロメロです。だけどうちは社内恋愛は禁止されているので僕は黙々とカレーを食べるのです。カレーとコンソメスープとサラダ。2杯食べました。1杯で充分だったんだけど、ちらりと鍋を見たら、カレーが発する湯気と一緒に、ね! 美味しいでしょ! だからおかわりして頂戴よ! というオーラも感じましたので、うん! 美味しい! もう一杯! なんて相変わらずの無理をしでかして、2杯目の最後の頃には、今年はもうカレーなんて食わねぇ。と思う始末で、看護婦さんには非常に申し訳ないのですが、今日が今年のカレー納めでした。
2003年01月28日(火)  頭痛、金欠、キミの脚。
あああ! 頭痛い! すごい痛い! ゴメンて! 今まで犯してきた様々な罪に対して謝罪して治してもらいたい! こんな夜は酒でも飲んで早々と布団に潜りたいけれど、カレンダー! 見える? ほら、違う、キティちゃんじゃないよ。それ、ミッフィーだよ。ウ・サ・ギ。何故か口元は×マーク。兎は言を話すべからずってことだね。違う! ミッフィーなんてどうでもいいんだ。
 
カレンダーの日付を見て! 見てみて! 1月28日。ね。僕の給料日、30日。あと2日。あ、僕の財布見る? ほら、違う。キティちゃんじゃないよ。それ、ミッフィーだよ。ウ・サ・ギ。って僕の財布はキティちゃんでもミッフィーでもないよ! いい加減なこと言うなよ! ね。1枚、2枚っと、ほら、2000円しか入ってないの。
 
だから、例えばね、僕が今からコンビニ行ってビール買いに行くでしょ。ついでにおつまみと雑誌なんて買ったらもう破産ですよ。御破算ですよ。民事再生法の申請ですよ。参った。僕は経済的に窮境にある債務者だよ。経済生活の再生を合理的かつ機能的に図らなければならないのだよ。悠長にビールなんて飲んではいられないのだよ。しかし頭が割れんばかりに痛い。涙も、出ます。
 
しかしキミ、あと2日僕はどうして暮らしていけばいいんだい。ね。キミがね、僕に対して脚ばかり開いてないで、少しでも財布を開いてくれたら助かるんだよ。いや、脚を開くなってことじゃないよ。その点に関しては僕も、感謝している。好きです愛してます。うふん。てバカ。違うよ。断じて違う。僕は可哀相な人間なんだ。経済的に満足していないとセックスもできないんだ。財布の中身と海綿体の充血は比例してるってことだね。悲しい。僕は悲しい。これだけ言ってもキミは財布はおろか、その寛大にさえ見える心さえ開いてくれない。これから用件は簡潔に述べる事にする。回りくどい男って嫌われるんだって。愛してます。だから、ご飯を奢って頂戴。
 
駄目かい。あっそう。僕はのたれ死んでしまうんだ。さっきから続くこの激しい頭痛はきっと、何かの警告なんだ。女性の善意を安易に手に入れようとした罰なんだ。ゴメンよ。僕はもっと素直になって謙虚になって、謙遜だらけの人生にして「本当のアナタは何処に居るの!」なんて言われる謎の多いクールな男になって容易に脚と心と財布を開いてくれる女と一緒に暮らすんだ。ね。その前にこの2日間と激しい頭痛を乗り切らなければ。
 
話は戻りますがね、キティちゃん。昔の彼女がキティちゃん大好きでね、まだ部屋のいたるところにある猫の残骸と著作権は全てサンリオに帰属します。なんてね。昔の彼女にも帰属するわけで、僕もキティちゃんに対してはちょっとした、ちょっとしたっていうことはスナックでこういうことを言ったら多少は驚かれて面白がられるってことだけどね、そういう知識というか雑学というかホントどうでもいいことを知っているんです。キティちゃんの身長はね、リンゴ5個分で体重はリンゴ3個分なんだってさ。至極曖昧だよね。まぁファンタジーというものは非明確で漠然としていて何もかもが不明瞭なんだ。
 
考えてみたまえ。リンゴ1個の重量を1キロとして縦の長さを15センチとする。ということはキティちゃんの身長は75cmで体重は3kgってことになる。うん。よくわからんね。こっから人間の身長やら体重をキティちゃんと比較した話題に展開しようと思ったけど面倒臭くなった。これもこの頭痛と金欠とキミの無関心がいけない。頭痛は体を駄目にして、金欠は経済を駄目にして、無関心は関係を駄目にするんだ。心得ておくように。
 
あぁ、本当に頭が痛いというのに、キミは! どうにかしてくれんかね。ね。ご飯を食べさせて頂戴。勃つものも勃たんよ。夜が、思いやられるよ。あぁ、頭に電波が当たる。これは、この頭痛は宇宙からの警告だ! ちなみに今日は「宇宙からの警告の日」らしいよ。本当だよ。1986年の今日、アメリカのスペースシャトル・チャレンジャーが打ち上げられ、発射74秒後に爆発した日にちなんで名付けられた日なんだ。僕の金欠もキミの無関心も宇宙からの警告かもしれない。僕は頭がおかしくなったのかもしれない。
2003年01月27日(月)  羨望、嫉妬、概ね嫌味。
「あなたは何やっても許されるんだから」
 
看護婦さんが羨望と嫉妬と、おおむね嫌味を込めて言った。
しかし僕はそんなこと言われる筋合いはない。だって、みんな許してくれないもの。
 
「あなたこの前ミスしたでしょ」
 
なんでそういうことまで知ってるんだろう。確かに数日前、書類の記載ミスがあって、記載ミスというか記載漏れなんだけど、いや、あぁ、ここも記載しなきゃならないよなぁ。面倒臭いなぁ。ていうか書類作成とか看護師の仕事じゃないよなぁ。たまんないよなぁ。こんなちっぽけな記入欄くらい無視しても地球は回る。
 
という事務系の仕事に関してはかなりやっつけ仕事でやっつけ放題なのだが、
先日、役所から電話が来て、「先日書いて戴いた書類に1つ記入漏れがございました」なんて、わかってるよ。それ僕が書いたんだよ。確信犯なんだよ。あ、はい、はい。婦長さん? あ、はい。ちょっとお待ち下さい。婦長さーん! お電話ですよー! なんか役所っぽーい!
 
というわけで僕は昼休みの時間を充分に使って婦長さんに怒られていました。
僕は怒られるときは一切言い訳をしない。いや、今回の場合言い訳も何も僕の確信犯的なミスの所為で怒られるのも仕方ないんだけど、例えば、僕が全然悪くなかった場合、例えば、後輩のミスとか、先輩のミスで、何故か僕の所為にされた場合、「あ、あぁそれ僕じゃないですよ。あいつ(後輩)がしてた仕事ですよ」とか
「あ、あぁそれ僕じゃないですよ。あの方(先輩)がしてた仕事ですよ」なんて
そんな、ことは、言わない。例えそれが僕への濡れ衣であっても、僕はそれを否定しない。
 
そいういうのって、何というか、例えば婦長さんが僕を怒ったとする。だけどそれは僕がしたことがないので僕は怒られる筋合いはない。という旨を婦長さんに伝える。あら、そうなの、ゴメンね。と婦長さんは言ってミスを犯した当人を探し出し、その人を怒る。ね。こういうこと。婦長さんは2度も怒らなければいけないということ。「怒る」ということは多分、ものすごいエネルギーを使うことだと思うんです。だからできるだけそういうエネルギーは最小限に抑えましょう。僕でよかったら僕だけに怒ってればいいよ。ね。婦長さん。
 
「もう、いいですか」
 
昼休みも佳境に入り、僕はまだ怒られ続けている。婦長室で弁当を食べながら、そもそもこういう姿勢がいけないと思うのだけど、とにかく怒られ続けている。怒っている婦長さんはのり弁を食べて僕はヒレカツ弁当を食べている。こういう姿勢もいけない。謙虚じゃない。
 
「よくないわよ。次回から気をつけなさい。それはそうと、温泉、いつ行こっか」
 
僕は今度、何故か婦長さんと、温泉に行くことを約束してしまったのだ。
しかも怒られている最中に、何というか、2人きりの辛い空気に耐えられなくなって、とにかく話題を、話題を逸らさなければ、僕が、昼休みが、駄目になってしまう。婦長さん、温泉行きませんか。すごい綺麗な露天風呂あるんですよ。ね。たまにはいいじゃないですか。なんて僕はちっとも行きたくないのに、ただその時間を逃れたいだけで重大な約束をしてしまう。
 
「あなたは何やっても許されるんだから」
 
看護婦さんが羨望と嫉妬と、おおむね嫌味を込めて言った。
しかし僕はそんなこと言われる筋合いはない。だって、みんな許してくれないもの。
2003年01月26日(日)  今日は朝寝坊の話です。
仕事の日は、毎日7時45分起床。8時には出勤しなければいけない。
準備時間は15分。僕はその間に髭を剃って顔を洗って歯を磨いて髪をセットして、大便は、我慢して、服を着替えなければいけない。準備時間15分で、これらの行動を滞りなく進めるなんて、物理的に不可能だ。
 
だけどこうやって毎日飽きもせず、懲りもせず、僕は不可能に挑戦し続けている。無謀というかもはや猿。いや、違う。猿でもある程度の学習能力を持っている。僕は持っていない。明日は絶対早起きするぞ! と深夜、胸に誓うことは学習とはいえない。それは展望なのだ。希望なのだ。世の中は往々にして望み通りにはいかない。ね。だから僕はキリンだ。いや、キリンには失礼な話だけどね、キリンなの。特定の部分だけ無闇に長くてあとはのんびり草でも食べるだけ。嘘。嘘だよ。ゴメンね。特定の部分だけ長いという表現は訂正します。僕はベッドの中でさえ女性を喜ばせることができないんだから! 訂正します。あの表現は誇張でした。誇大妄想でした。膨らんで大きくなった妄想でした。いっぱし妄想だけはでかいんだから!
 
ね。朝。弱いの。夜も弱いの。昼は社会に参加してるから辛いの。ね。わかるでしょ。僕が起きれない理由。朝食は車の中でカロリーメイト。ちっとも美味しくないけど食べなきゃ仕事中にお腹が空いちゃうの。2本で200kcal。ご飯1杯半くらいの栄養。カロリーメイトを口にくわえながら信号待ちしてると女子高生と目が合っちゃったりして。何見てんだよ。キミはこれから学校に行って授業中に隠れながらそんなもの休み時間に話せよ、っていう内容のメールばかりうって、ほどなく昼休みがやってきて「私ダイエット中だからー。菓子パンとー、サラダとー、オレンジジュースとー、ポテト! ポテトはね、食物繊維がいっぱい入ってるからダイエットにいいんだってー」なんてそんなものちっともダイエットになってないよ。ふん。僕はね、ダイエットなんてしちゃいないのに日常化、もしくは普遍化された朝寝坊のために200kcalしか摂取することしか許されず、おまけに仕事中はメールなんてできないし。いや、メールがしたいわけじゃないんだよ。ポテトが食べたいんだ。いや、これも違う。えっと、もっと早起きがしたいんだ。いや、もっと朝寝坊したいんだ。
 
羽毛布団。そもそもあれがいけないんだ。あれが諸悪の根源なんだ。布団に羽毛なんて詰まってるからいけないんだ。すげぇ暖かいし。入ったが最後、尋常じゃない勇気を振り絞らないと出られない。これじゃまるでぼったくりバーじゃないか。僕はね、尋常じゃない勇気とか情熱とか努力とかハイテンションな感情表現が苦手なんだ。やたらと感情の波を刺激することはナンセンスだ。ね。ハイよりロウなんだ。だから羽毛布団、あれはどうもいけない。羽、詰まりすぎ。気持ち良すぎ。あの温もり、人肌なんかじゃ再現できないよ。あの羽毛で温められたら玉子の殻が割れてヒヨコが生まれるはずだよ。母性の象徴だよ。たまんないよ。母性から逃れるなんて簡単なことじゃないよ。
 
はっ。ははっ。えー、今日は、朝寝坊のお話です。してるじゃん。さっきからずっと。
2003年01月25日(土)  すき焼きを食べました。
「こないだパソコン買ってネットしたいんだけど設定の仕方がわかんなーい」
 
だって。へー。大変ですよねぇ。あれって結構難しいですもんねぇ。他人事、他人事。僕はもう、パソコン初心者に懇切丁寧にエクセルの使い方を教えるとか、得意満面の鼻歌混じりでインターネットの設定をするとか、「あー、このIDとポート番号間違えてたんだ。えっと、プロコトルは……」なんてそんなもの頭ん中だけで考えればいいのに、わざと声を出して、さも独り言のように、自分でもよくわかってないくせに、やはり得意満面の表情でパソコンを操り、初心者の感嘆を誘うのはやめることにしたんだ。他人事、他人事。僕は知らないよ。優しくないよ。仕事終わったらさっさと帰っちゃうよ。
 
「パソコン買った店のサービスで設定とかしてくれないんですか?」
「だって何って言ったらいいのかわかんないんだもーん」
「いや、だから、インターネットしたいので設定して下さいって」
「だって設定の仕方わかんないんだもーん」
「いや、だから、買った店の人がサービスでしてく……」
「ねぇ、すき焼き好き?」
「わぁ、大好きです。そういえばもう何年も食べてないなぁ」
 
「昨日ね、実家からいっぱい牛肉送ってきたの」
「へぇ」
「でね、1人じゃ食べきれないから」
「隣の人に分けちゃったとか。わぁ、勿体無いなぁ」
「分けてないわよ。隣の部屋にどんな人が住んでるのかしらないし」
「僕のアパートの隣の部屋には綺麗なお姉ちゃんが住んでますよ。彼氏はいつもポケットの部分に変な犬の刺繍が入ったジーパンを履いてますよ」
 
「エッチの声とか聞こえる?」
「わかんないです。大衆が性交に勤しむ時間は僕はたいてい寝てるんです」
「ねぇ」
「なんですか」
「そういうのって興奮しない?」
「犬の刺繍のポケットですか」
「違うわよ。壁の薄いアパートのエッチって」
「ベニヤセックスですか」
「何よその造語」
「それにしても僕はすき焼きが大好きです」
 
「なんだか無理矢理ね。そうそう、でね、お肉がいっぱいあるのよ」
「下腹部に?」
「そういう冗談は私以外の人に言わないことね。言っていいことと悪いことがあるの。わかる? 女って怖いのよ。刃物で刺されるわよ」
「下腹部に?」
「まぁ あきれた」
 
「それにしても実家から食べきれないほどお肉が送ってきたんですか?」
「そういうのって余計なお世話だと思わない?」
「下腹部がですか」
「あなたもう死んじゃえばいいのに」
 
「誘ってますか?」
「誘ってないわよ! お肉いっぱいあるからすき焼きでもしようかなって思っただけよ!」
「僕はあなたとすき焼きが食べたいです」
「素直なのか偏屈なのかわかんないわよ!」
「今夜7時くらいに遊びに行きます」
「待ってるね」
 
というわけでペットボトルの爽健美茶と6缶セットの発泡酒と食べてる途中で玉子がきれたらイヤなので1パック168円の玉子を買って看護婦さんのマンションへ行ってクレヨンしんちゃんを見ながらすき焼きを食べてその後インターネットの設定をしました。
2003年01月24日(金)  男は根気、女は色気。
昨日、鹿児島空港に着いてバスを待っていた。僕の隣にはやけに多い荷物を抱えた20代前半の女性。ボストンバッグと書類のようなものを抱え携帯で何か話している。とにかく彼女の荷物は多くて、両手で抱えるには多少無理があるような、ほら、書類落ちちゃった。
 
「あっ!」という彼女の声と同時に散乱する数十枚の書類。今日は本当にあったドラマティックな話をしたいと思います。バスの停留所には僕と彼女だけ。この状況で次に生まれるドラマティックな展開。そう、突風が吹くんですね。北風が力を込めて旅人の服を吹き飛ばさんとする如く、数十枚の書類をぴゅぅぅっとね。
 
「きゃぁ!」彼女の声が小さな悲鳴に変わる。滑走路を走る飛行機の如く、風に乗って飛んでいく書類たち。その時僕は彼女とは全く違う方向を向いていて、バッグは地面に置き、両手はポケットに入れ、ブルブルガクガク震えながら「畜生、鹿児島も寒みぃじゃねぇかよ」と暗に故郷を呪いながらいつまで経っても来ないバスを待っていたが、彼女の悲鳴が耳に入り、我に返って「あっ!」でも「やばい!」でもなく、なぜか「ドラマ!」と頭の中で閃いて、その後「拾わなきゃ!」とか「走らなきゃ!」でもなく、「役者!」とか「俳優!」などと閃いて、遂には「その後食事!」「満を期してホテル!」とか、何がなんだかわからないことを考え出す始末で、とにかく彼女は両手に大きな荷物を抱えていてすぐに書類を拾いに走れるような状況ではなく、僕は名古屋にまで行って、友人にお土産など買わず、唯一買ったお土産といえば「サザエさん八丁味噌煮込みうどんパイ」ぐらいで、バッグの他の荷物はほぼ皆無で、唯一の荷物も地面にだらしなく置いていて、靴はプーマだし、パンツはストレート。ジャケットとシャツはアバハウスのやつで少し高めのやつだけど、すぐにでも走って羽ばたく書類を取りに行くことができるので取りに行った。
 
あぁ、書類取りに行っている間にバスが来たら嫌だなぁと考えながら草原を闊歩する兎の如く右へ左へ飛んでいく書類を追った。周囲はすでに薄暗く、飛んでいく書類もおぼろげながらにしか見ることができない。しかし、しかしだ。もし僕が書類を全て拾い終えたと思い込んで彼女の元へ帰ったとする。彼女は感謝の笑顔で僕を迎える。うん、ドラマだね。「ありがとうございます。何? 王子様とか? あなたは白馬に乗った私の王子様とか?」なんて今にも抱きつかれんばかりの感謝を表し、拾った書類を確認する。1枚足りない。だけど彼女は1枚足りないながらも、書類1枚不足相応の笑顔でそれなりに感謝するであろう。しかし書類が1枚不足してるからそればかりが気になってこれから食事に行きましょうなんてドラマティックな、悠長な、阿呆のような展開など考えられるワケがない。ここはなんとしてでも書類をコンプリートして彼女の元へ持って返り、白馬の王子様になって阿呆のような展開にしなければならない。あぁ、それにしてもいったい何メートル走ってんだ。彼女の姿まで見えなくなっちまった。彼女の姿も書類も見えねぇ。とうとう僕は独りぼっちだ。あぁ、こんな間にバスが来たら嫌だなぁ。
 
それでも僕はお爺ちゃんが言っていた「男は根気、女は色気」という言葉を思い出し、噛み締め、気骨を振り絞り、粒々辛苦しながら1枚1枚拾い集め、とうとう自分的にコンプリートを達成した。あとは彼女の元へ駆け戻り、いや、駆け戻っちゃいけねぇ。こう、襟を正して何? 書類? 飛んでたの? 歩いてたんじゃないの? ノロいよ書類。みたいな、余裕を持った表情をして飄々と歩きながら彼女の元へ戻って行くと、バスが来て、まるで突如として舞い降りた辛酸を舐めた僕の存在を無視するがの如く、バスまで、飄々と去っていってしまった。ていうか彼女止めろよ! バスをよ! と叫んでみたかったけど、叫ぶと彼女が恐縮してしまって、白馬の王子様っていうか山賊? なんて思われて、その後の阿呆のような展開は訪れないかもしれない。いや、彼女はあえてバスを見逃して、その後訪れる「有難うお礼に食事行きませんか無論、暗に1泊覚悟を想定して」という場面設定をしているのだ。ありがとう。彼女。僕はさすがに白馬の王子様じゃないけど山賊でもない。森の熊さんくらいが妥当だろう。お礼に歌いましょう。白い貝殻の小さなプレゼントー。ん? 歌詞が違うような気がするけど、まぁ、そんな感じだろう。
 
「ありがとうございますっ!」
 
童顔の彼女の声は僕の予想と反してかなりハスキーボイスだったけど、ほら見ろ。僕って王子様? みたいな得意満面な反面、余裕に満ちた笑顔で返す。「いや、いいよ、このくらい。大丈夫。ねぇ、書類全部揃ってる?」全部揃ってないと阿呆のような展開にならないの。
 
「いや、別にいいんです。捨てようと思ってたやつだから」
 
もうすごくやるせない。
2003年01月23日(木)  3日目。
カプセルホテル。あぁ、そうだ、昨日は酔っ払ってカプセルホテルに入って風呂にも入らずカプセルに篭ってしまったんだ。まずは、と、あ、頭痛い。飲み過ぎだよ。しょうがないなア。お風呂入ろっと。
 
午前10時。風呂とサウナに入る。サウナには誰も入ってなかったので、灼熱の床に仰向けになり、意味もなく死んだフリなんてしてみる。あぁ熱ちぃよ、溢れんばかりの発汗だよ、干からびちまうよ。
風呂に浸かり、手頃な段差を利用して寝そべって、やはり死んだフリをしてみる。あぁ浮かんでるよ。プカプカしてるよ。土左衛門みたいだよ。
 
名古屋駅構内の喫茶店。足早に通り過ぎていく人々を眺めながらのエスプレッソ。あぁみんな平日の顔してるよ。スーツなんて着てさ、携帯片手に手帳なんて確認してさ、うわ、ヒール高けぇなおい。転ばないで頂戴。可愛いあんよが折れちゃうよ。ふわぁぁ。あー、これから何しよー。とりあえずエスプレッソお代わりー。
 
1時間後、名古屋駅ロータリーにhrbysさんが愛車ソアラで迎えに来てくれる。
僕はhrbysさんが来るまでの1時間、エスプレッソをお代わりして、平日の大衆の顔を眺めていたら隣に座っていたやはり平日の大衆の一員である疲労困憊したサラリーマンがコーヒーをこぼしたのを期に立ち上がり、会計を済まして、相変わらずノドが痛いので薬局で「のどぬーるスプレー」を買ったはいいけど、一向に患部にピュッピュッと当たらないのでイライラしていたら便意を催して、トイレに駆け込みたい衝動に駆られたけど、駅のトイレの入口で50円のポケットティッシュを購入することがもどかしく、どうしてケツ拭くのに50円も払わなきゃいけないんだという不条理とそれに基づく怒りで駅のトイレは諦め、近くのUFJ銀行に行って、すぐにトイレに行くわけにもいかないので、ワケのわからないパンフレットを少し眺めてハッと思い出したように受け付けの女性に「トイレどこですか?」と聞いて、それからようやく便意を解消できて、あぁ、これで自由の身だ。外は雨だけど僕の心は実に晴れやかだ。さぁ、心機一転、もう一度「のどぬーるスプレー」を患部にピュッピュッと当ててみよう。次は、きっと、上手くいく。と思っていたらhrbysさんが愛車ソアラで迎えに来てくれた。
 
ハ「腹減りましたねぇ」
歪「うん。腹減ったねぇ」
ハ「何か食べたいのありますか? 名古屋名物とか」
歪「名古屋名物 名古屋ラーメンが食べたい」
ハ「そんなものねぇっスよ」
 
hrbysさんはとても優しいので、ご要望に御答えしようと必死の努力。お奨めのラーメン屋に連れてってもらいました。お奨めなだけあって本当に美味しい。薬膳ラーメンと謂う。基本的にしょうゆ味で、コクがあり、勿論まろやかさもあり、スープに10種類以上の漢方薬がブレンドされている美容と健康にとても良いラーメン。
 
ラーメン屋を出てしばらく車を走らせると名古屋ドームがそびえ立っている。
歪「名古屋ドームに行きたいです」
ハ「よぉし。行きましょうか」
 
スタスタスタ……。ガチャ。ガチャガチャ……。
 
閉館シテマスヨ(;´Д`)
 
まぁ、しょうがない。北朝鮮だって核開発をするし水族館だって閉店するし名古屋ドームだって閉館するんだ。それにしても僕たちの行く場所行く場所閉館してるよね。
ハ「名古屋は閉まってナンボですからね」
歪「閉店の美学だね」
ハ「そうです。どう? もう閉めちゃったよ。カッコいい? みたいな」
歪「何? これ何? まだ開いてんの? ダセェなおい。みたいな」
 
いい加減な会話ばっかり。これがまた妙に楽しいのです。
 
歪「お土産買おうと思います」
ハ「それがいいと思います」
 
名古屋城。いいよ、入場料は僕が払うよ。いろいろお世話になりっぱなしだから。
ハ「やった。城、ゴチになっちゃった」
いや、食ってないから。
 
2人して散々迷った挙句、最終的に手にしたお土産は
「サザエさん八丁味噌煮込みうどんパイ」
という、結局どの言葉がメインなんだ、プッシュしたいんだという荒唐無稽なネーミングのお菓子。どうして名古屋でサザエさんなのかわからない。どうして?
ハ「いや、オレこう見えても結構名古屋のことわかんないんスよ」
そういう問題なのか。
 
その後、名古屋城のベンチで男2人缶コーヒーを飲んでいたら、遠足の小学生の集団に囲まれて、あまりの学級崩壊っぷりにビクビクし出して、教師に同情し、そそくさとその場を去り、名古屋空港に向かった。
 
空港に向かう最中、トイザラスに寄って近代の玩具屋の発展に驚愕し、コンビニを探したけれど、空港周辺にはコンビニがなく、ようやく発見したファミリーマートで無印良品のコンドーム250円の怪しさについて討論した。
 
「また会いましょう」
「うん。またぶらりと遊びに来るよ」
 
搭乗口でがっしりと握手を交わす2人。
今回の旅で、新たな男の友情が、始まりました。
2003年01月22日(水)  蟻の悲鳴。
蟻の悲鳴のようなホテルの目覚まし音。午前5時30分。人影まばらな駅の構内。前を歩く女性2人。ぷりさんと人ジェコさん。やや後ろからおぼつかない足取りで歩く僕。シャッターが閉じたキオスク。公衆電話に向かって怒鳴っているオヤジ。止まったエレベーターを往復するメガネのオバサン。柱に隠れるようにキスをしているカップル。もうしわけございません、そのようなことは駅の構外で、もしくは万人の理解力の範疇でしていただけませんでしょうか。通路にはダンボール。階段にはホームレス。午前5時30分。世の中はまだ正常に機能していない早朝5時30分。
 
「またね」
 
ぷりさんと人ジェコさんを見送った僕はとうとう1人になる。喫茶店に入りタバコを取り出しゴホゴホゲフゲフ。喉頭痛。僕はどうやら風邪をひいてしまいました。いや、アルコールだ。アルコールで喉の粘膜とかノドちんこの陰茎の部分が溶けてしまったんだ。ゴホゴホゲフゲフ。昨日は、楽しかったなア。さて、今日は、何しよう。
 
新着メール1件受信しました。
>さて、今日は、何しましょう?
前回、大学のスクーリングで名古屋に来たときに、同じグループだった女性。わぁ、久し振りぃ、なんて言ってみたけど、前回からまだ3ヶ月しか経っていない。
「さぁ、どこ行きましょう」
「うん。どこでもいいよ」
もっと僕は、こう、なんていうか、旅情とか、1人旅のセンチメンタリズムとか、そういう、若干、ストーリー性のあることを言えばいいのに、実際の話、本当に僕はどこに行ってもいいんだけど、それじゃあ、ねぇ、それだったとしても、それなりに僕は名古屋まで来たんだから! 名古屋でしか経験できないことを! よし! 言ってみよう。たまには僕からこれからの行動を誘導するんだ!
 
「まず、ご飯食べに行こう」
「何食べる?」
「パスタ」
 
名古屋でパスタなんて聞いたことないよ! パスタを食べてお話をしたら夜になりました。
 
とあるフードバー。湯葉をつつきながら焼酎を飲む。鹿児島でも焼酎、名古屋でも焼酎。
1つの店で5時間半も話続けて、その間、7回も小便に行って、あの段差が、トイレの前の小さな段差が、どうもいけない。酔うと学習能力が著しく損なわれるから、7回トイレに行って7回足を引っ掛けて7回店員に笑われる。店の照明が暗いから、僕は何度もつまずく羽目になるんだ。
 
「申し訳ございません」
 
店員が笑いをこらえきれない表情で謝る。何も謝ることはない、この床の小さな段差がいけないんだ。お姉ちゃんは何もしてないから謝らなくていいよ。ていうか頭ん中では「こいつバカ?」とか思ってるんでしょ。失礼な。バカじゃないよ僕は。ただ少し酔っているだけだよ。謝んな。ヒック。
 
今回は、彼女の終電の時間に間に合うようにお酒を飲みました。
 
それから夜の名古屋を徘徊。深夜1時の千鳥足。駅の構内の柱の陰でまたカップルがキスをしている。
あー、キスしたいなー。うへー。キスっていいよなー。たまんねぇよなー。
なにしろ酔っているので、そういう目でカップルの横を通り過ぎる。さて、どこ行こう。hrbysさんから電話。
 
「今日どこ泊まるんですか?」
「いや、わかんない」
 
本当にいい加減な1人旅。
2003年01月21日(火)  コンパンナな日。
「歪さん、今どこですか?」
「まだ名古屋空港の中にいるよ。寒くて外に出られないんだ」

今日の鹿児島はあんなに暖かかったのに、名古屋のこの寒さは何だ。
空港入り口の自動ドアが開くたびに僕は身震いをする。約10分後、

「歪さん、今どこですか?」
「まだ空港の中にいるよ。夏の訪れを待っているんだ」

なんて悠長な人なんだ(;´Д`)

空港までhrbysさんが迎えに来てくれるという待遇。
一向に行動しようとしない僕に対してhrbysさんはどこまでも優しい。
そして名古屋はどこまでも寒い。hrbysさんにメールをうつ。

>名古屋すげぇ寒いっ!しくじった!

ツーカ、歪さん寒いしか言わねぇ( ´д`)

hrbysさんとは初対面。初対面なのに
「えとね、ホニャララがね、ウヘヘ、あれだもんね」
「そうっスよ。マジで、フハハ、そんな気がしますたよ」
どうしてこんなに意気投合しているんだ。
 
喫茶店でコーヒーを飲みながら、柿ピーを食べていると、ぷりさん登場。
 
や……大和撫子(゚∀゚)
 
ぷりさんはおしとやかな和服姿で登場。
綺麗です。立てば芍薬,座れば牡丹,歩く姿は百合の花です。
 
その後、hrbysさんの彼女も来て、時は来た! サイは投げられた! さぁ! どこ行こう!
 
どこ行こうって……歪さん予定とかないんスか……(;´Д`)
 
あいにくさま僕は今回予定というものがほぼ皆無なのだ。
友人達とスキーに行くつもりだったけど中止になってしまって、
中止になってしまったけど名古屋行きの飛行機のチケットは買ってしまっていて、
「ちょっと名古屋まで行ってくる」「何しに?」「いや、わかんない」
という具合で名古屋まで来てしまったのだ。
 
「水族館行きましょう」
 
近代水族館の役割は生涯教育や健全なリクリエーション施設としての機能を果たすことの他に研究や自然保護活動等が大切であるといわれています。
これは水族館が単に生きものを見せる施設から、積極的に地域の自然環境や、地球環境を理解してもらうための場としての役割を果たさなければならなくなってきているということです。
 
能書きがスゴイぞ! のっぴきならない感じがするぞ! 楽しそうだぞ!
 
スタスタスタ……。ガチャ。ガチャガチャ……。
 
閉館シテマスヨ(;´Д`)
 
まぁ、しょうがない。北朝鮮だって核開発をするし水族館だって閉館するんだ。
近くのカフェに寄り、名古屋名物コンパンナを飲む。やられた。
名古屋名物コンパンナのことは、hrbysさんのサイトの日記で、書いてくれたらいいのに。
 
空も暗くなり、ビルディングやネオンに様々な光が灯る頃、名古屋駅に人ジェコさん到着。
寒い寒いを連呼する僕にマフラーのプレゼント。
たまには連呼してみるものだと思った。
 
グルメに関してはあまり興味のない僕も、名古屋の手羽先には一目置いている。
ビールが進む。焼酎美味い。青汁不味い。
 
それにしてもhrbysさんは面白い。僕たちの言う
「言葉の投球練習」「会話のブルペン」
など、周囲の人たちが聞いてもおおよそ意味のわからないことばかりだけど、
そんなこと気にせずにとにかく面白い。もう、投げっぱなし。
 
ね? 何はなしてたの?
 
「ヒミツ」
 
hrbysさんの彼女が艶っぽい目つきで言う。
女性には女性にしか話せないことがあって、男性には男性にしか話せないことがないでもない。
とにかく時間を忘れるくらい酒と料理と会話が進む。
時間を忘れるのでぷりさんと人ジェコさんの終電の時間も過ぎてしまう。
 
「3人で1万2000円です」
 
ビジネスホテルに泊まる。こういうときはドキドキすればいいのだけどなにしろ僕は酔っていて、焼酎は美味しかったけど、やっぱり青汁は飲めないなぁ。アイスを食べよう。僕が買ってやります。クレンジングも買ってあげます。メイクを落とさなきゃね。その前に僕は髭を剃らなきゃ。それにしてもhrbysさんは面白かった。ぷりさん、着物の帯は僕が、って駄目かい。人ジェコさん、マフラーありがとう。すごく暖かいよ。あぁ眠い。明日は、何をしよう。
2003年01月20日(月)  9行。
たった9行のメールで、こんなに打ちひしがれたような感覚に陥るのは、
僕がまだキミを忘れていない証拠。
 
忘却の彼方に佇んでいるように思えて
キミはいつも僕の後ろに、横に、前に立っている。
勿論、手は届かない。顔も、うまく思い出せない。
 
思えばこの1年間、キミの幻影をただ拭う為に生きてきたようなものだ。
 
キミは何処に居て、何をしているのか、僕にはもうわからない。
キミが誰と居て、何を話しているのか、僕にはもうわからない。
キミが僕と居て、何を話していたのか、僕にはもう思い出せない。
 
たった9行のメールに、僕は返信することができない。
ただただ打ちひしがれて、何度も読み返して、涙? どうして涙なんか。
 
キミを愛しているなんて、今じゃ冗談に聞こえてしまうけど、
僕の口から発する愛の言葉なんて、皆、相手にしてくれないけど、
それはね、僕の中の真実はね、あの時に、既に失われてしまったからなんだよ。
 
無意味な時間を過ごしてしまった。
無意味な罪を重ねてしまった。
 
キミが見えなくなってしまう前に
僕が遠くに行ってしまう前に
 
もう一度キミに逢いたい。
 
おそらく永遠に成就されることのない「再会」の意味は
これからも僕を、成長させてくれるだろう。
 
たった9行のメールでいいから、僕を。
2003年01月19日(日)  恋とはどんなものかしら。
「大吉が出たらプロポーズだからね!」

そんなことてっきり忘れていると思ったけど、友人はしっかりと覚えていた。
今年3度目の初詣。
前回の初詣で「今度おみくじ引いたとき私が大吉を引いたらアナタがプロポーズするのよ」と何がなんだかわからないことを言われて、僕も例の安請け合いなんかしちゃって「よし。わかった。大吉が出たら結婚しよう」なんて言ったはいいけど内心ドキドキ。僕はまだ結婚なんてしたくない。
この友人となら結婚してもいいとは思うけど、やっぱり時期尚早だよ。
 
「すいませーん! おみくじ出てこないんですけどー!」
 
100円入れたら自動的におみくじが出てくるというご利益もへったくれもあったものじゃない自動販売機式のおみくじ。
まず友人が100円入れたが出てこない。イライラしている。関係ないけど僕はこのとき小便に行きたくて仕様がなかった。曇天模様で小雨がぱらついてトイレはすごく遠かった。
大吉でも出てさっさとプロポーズして一目散にトイレへ走りたかった。
 
係の人が自動販売機の裏側を開けて、内側に詰まったおみくじを取る。
すごく人為的で、嫌な気持ちになる。
 
小吉。
 
「てゆうかムカつくー!」
 
友人は人為的に選別されたおみくじに大いに不満なご様子。
僕は僕で末吉。今年3回も初詣に行って3回とも末吉。ていうかムカつくー。
一目散にトイレへ。現在午後4時30分。午後5時30分に他の女性と待ち合わせ。

「ゴメン、遅れちゃって」
 
いつもの如く僕は待ち合わせ場所に遅れて登場する。
初詣とは一変して比較的シックな服装に着替えて、向かう場所はコンサート会場。

『高嶋ちさ子&加羽沢美濃 カジュアルクラシックス』
 
彼女はピアノ教室の先生をしていて、趣味がクラシックとオペラという、なんとも優雅な。
僕の趣味は読書と洗濯。昔は少々万引きも、たしなんでいました。
 
「二階席の方がね、音が綺麗に聞こえるのよ。近くで聞くと、音が割れちゃうの」
 
さすがだね。ということは二階席に座る人達は音に関して少々こだわりがある人なんだね。
会場へ行く途中、車の中でモーツァルトを聞きながら曲名を当てるという、なんとも優雅なお遊戯をしました。

「Le Nozze di Figaro。フィガロの結婚『恋とはどんなものなのか』 ね。当たってる?」
 
当たってる!
恋とはどんなものなのか知っていらっしゃるご婦人方、どうぞ僕の胸のうちをご覧ください。ってね。
 
コンサート会場は満員。高嶋ちさ子も御満悦。
3000万円のヴァイオリンから奏でられる洗練された演奏。目を閉じて耳を澄ます。
高嶋ちさ子の洗練された鎖骨が目に浮かぶ。僕の考えていることって鎖骨ばっかり!

加羽沢美濃って結構有名な人なんだって事実を今日知りました。
彼女は昔から作詞・作曲・即興音楽の「天才」と言われていたそうで、帰り道、「天才」について語り合いました。
 
「彼女の音楽はね、どこかしら聞いたことがあるような曲を作るの」
「ということは万人受けするってことだね」
「そうなのよ。作詞にしても作曲にしても即興音楽にしても、耳に馴染みやすいフレーズを使ってるの」
「多分、天才ってそういうものだと思うよ。万人受けしてこそ天才なんだ。天才だと評価する対象は何を隠そう凡人なんだからね。凡人がこれは、すごいぞ、素晴らしいぞって思わなければ天才になれないんだ。人智を越えた天才なんているわけがないんだよ」
「私もそう思う」
 
この想いをご説明するならば初めてのことでよく分からないのです。
あるときは喜びでいっぱいになり、またあるときは苦しみにもなる。
凍るかと思えば、燃え上がり、幸福を求めても、それが何かさえ分からない。
 
車内では『フィガロの結婚』がいつまでも流れ続けていました。
2003年01月18日(土)  建前、是即ち、防衛機制。
僕は気が小さいというかなんというか、いや、どうしようもないと言った方がしっくりくるな。
僕はどうしようもない人間だ。恐喝窃盗強姦を繰り返すタイプのどうしようもない人間じゃなく、
誰にも迷惑を掛けることなく、知られることなく、悟られることなく、思考の一人相撲をして、いちいち自爆してしまうのだ。
 
ドカンとね、僕の脳内で爆発音が聞こえてその後は聞くものに靄がかかり、見るもの全て不鮮明。
要するに真っ白になるということで、考えることなんてよせばいいのに、あ、あぁ、どうしよう。なんて。
 
スマイル0円なんて馬鹿な話があるか。僕はね、現実を知っているんだ。裏の世界を見ているんだ。
「いらっしゃいませこんにちは。はい。フィレオフィッシュバーガーをセットでお1つですね」
ニコニコニコニコ。嘘だい。そんなの嘘だい。
だってキミは、「休憩入りまーす」なんて言って休憩室でむくんだふくらはぎなんか撫でながらタバコを吸って、プリングルスと厨房からくすねてきたポテトを手に取り、その2つの共通点はジャガイモでできているとも知らずに阿呆のように交互に食べながら
「あー、やべー、つれぇー、やってらんねー、バイト8時間とかありえねー」
とか言っているんだろ。そうでしょ。僕は裏の世界を知っているんだ。
 
だから僕はスマイル0円はもとより、人の笑顔なんて信じない。
アパートのドアを1歩でたその時からその笑顔は全て建前なんだ。
裏ではみんな「バイト8時間なんてありえねー」なんて言ってるんだ。
 
風俗。風俗といってもソープじゃないよ。そもそも僕はあまり経済も性欲も旺盛な方ではないので
専らピンサロなんだけど。って旺盛じゃないのにピンサロになんてどうして行くんだい。
答えは意外と明快であります。僕には彼女がいないのであります。彼女がいないと夜の2時くらいに突然目覚めて何が何だかわからずにただ天井を眺めていると天井にうなじととか鎖骨とかくびれとか、部分的なものが次第に形作られてきて、できた! 見えた! 女体が見えたよ! 悶々としてきたよ! 行き場のないこの思い、まるで思春期のようだよ!
 
だから30分6000円のピンサロに行って真っ暗闇の中で「今日は寒いねー」なんて
隣家の農業を生業としているお婆さんとでさえできるような普遍的な会話をして
温かいおしぼりを、美味しいキノコに当てられて、拭かれて、それから、云々。
キスもOKなんだってさ。「んー。カワイイ」なんて褒められてるのか見下されてるのかわからないことを言われて深い闇の中で深く舌を入れられて、
その頃は美味しいキノコはすでに食べ頃になっていて、女の子は腰をかがめて、美味しいキノコを、云々。
 
僕はその暗闇の中でその女の子を見下ろしながら、全く快感を感じることができない。
ピンサロでオーガニズムなんて縁遠い話だ。気を遣ってどうしようもなくなる。
風俗嬢も好きでこんなことやってるんじゃないと思うと、どうも駄目になる。
金払ってるんだから堂々としろよ、なんて思うかもしれないけど、威風堂々とさらけ出せるような下半身でもないし、女の子だってタイプじゃないってそういう話じゃなく、要するに、そういうものさえ信じられないのだ。
 
僕は常に建前の裏に隠されている本音に怯えている。
患者さんの治療が終わってから「お大事に」と言うけれど、僕はちっとも「お大事に」と思っていない。
それはもはや「おはよう」とか「おやすみ」とか、本来の意味を失った挨拶と化していて、しばし自己嫌悪に陥る。
 
嗚呼、本音と建前。神はなぜこのような難解な意味付けを作ったのか。
まぁ、建前で守られてる部分があるからなんだろうね。世の中全て本音ばかりだったら気が滅入っちゃうもの。
だから自ら建前を作り、他人の建前を利用して、自分自身の社会を形成してるんだろうね。
建前、是即ち、防衛機制。おっ。なんかそれっぽいぞ。
2003年01月17日(金)  女心と夏の夜、冬の風。
そういえばそうだよ。去年の8月のビヤホール。そう、あの日は花火が見えたんだ。
僕たちはホテルの最上階ビアホールで花火を見ながらビールを飲んだんだ。
 
お互い独身で、結婚について、希望とか理想とか将来とか現実とか。
そういうときって不思議なもので、もしかして僕たちは結婚するんじゃないかしら。なんて思ってしまうんだよ。半端に仲が良かったりすると、どうもいけない。
友達以上恋人未満とはよくいったものだよ。こういう状況はどうもいけない。なんだかくすぐったい。
 
僕たちは同じ年で、ある程度似たような考え方を持っていて、結婚に対してもどちらかといえば否定的で、
結婚なんて別にしなくてもいいんだけど、いかんせん、周りの友人たちがどんどん家庭を持ち出すことに焦る。
そう、その通り。実際僕たちは何にも焦っていないんだ。周りが急かすからいけなんだ。
 
あの日の約束を覚えてる? 30までに独身だったら結婚しよう。
お互い、変な誓いだね、と言って笑ったけど、多分、僕はこのままずっと独身で30歳くらいになると、あんまり笑い事じゃ済まされなくなって、だけど相変わらず僕の下半身は、種の繁栄という霊長類の使命を忘れてしまい、日夜セコセコとシコシコと、猿のように腰を振り、種の大砲はゴムに包まれているんだ。
 
あの日の夜だって、子供作っちゃおうかなんて冗談で言ったつもりなのに、キミは洒落の通じない皇室のお姫様みたいに表情を硬化させて、今にも下着を履いて洋服を着てホテルから出て行きそうな勢いで、そんな顔されるものだからホクトにも負けない美味しいキノコも活力を失ってしまい、ほら、見て御覧、お笑いオンエアバトルやってるよ。ハハハッ。つまらないじゃないか。なぁ、なぁ、……寝てるじゃないか。
 
しかし驚いた。その横に立っている男は、誰だい。
おい、キミは誰だい。このコの何かい? 彼氏かい? 婚約者? ほぅ、婚約者か、それはめでたい。
いや、ちっともめでたくないっておい! キミ! 去年の夏のビヤホールの誓いを忘れたのかい!
 
よぅ、オトコ。自らを婚約者と名乗るオトコ。そういう怖い顔をするな。口をへの字にするな。誤解をするな。
僕と彼女は何もしていない。何を具体的に指す言葉はセックスなんだけどね。
要するに交わっていないんだ。美味しいキノコはホクトが萎えてしまったんだ。キノコノコノコ呑気ノコ。
2003年01月16日(木)  投資信託。
所用で職場に来た銀行員に投資信託を勧められた。
この銀行員は僕と同じ歳で、よく行くショットバーでよく顔を合わすのだけど、
ことあるごとに「ノルマがねぇ、ノルマが大変でねぇ」と口から出るのはノルマばかり。
口調も動作もなんだか疲れ果てた中年のような匂いがする。
こっちはいい気分でカティーサークなんて飲んでいるんだけど、こうノルマノルマ言われるとさすがに気が滅入ってしまう。
 
「で、投資信託どうですか?」
銀行員がいつもの泣き笑いのような困った顔をして僕に勧める。
今日はいつものショットバーじゃなくて、僕はヨレヨレの白衣を着て銀行員は洋服の青山的なスーツを着ている。
僕はこれから病室へ血圧測定をして点滴をうって内服薬の整理をしなければならないのだ。
投資信託どころじゃない。「で、投資信託……」あぁうるさい。
 
「そもそもね、僕には資産といえるものがまるで無いんだもの。無理な話だよ」
「大丈夫です。投資信託とはお客様から集めた資金をひとつにまとめ、投信会社から複数の株式や債券などに投資し、その成果をお客様に分配する仕組みの商品です」
「全く資産がないと言っている僕に、どこがどう具体的に大丈夫なんだ」
「まぁ、そう言わずに」
 
多分、営業には不向きな人間なんだと思う。
 
「いやいや専門化が運用するからその点は大丈夫ですよ」
「だから! 『その点』を指す意味を間違えているんだ! 僕はさっきからお金がないって言ってるじゃないか!」
「それでは安定重視型タイプなんていかがでしょうか」
「よーよーよー銀行員さん、僕はすっかり疲れてしまったよ。まだ仕事も数えきれないほど残ってるんだ。それなのに見てみろ。キミの話を聞いているだけでやつれてきたじゃないか。投資信託だか投身自殺だか知らないけどそんな成金趣味にうつつを抜かすほど生活に潤いがあるわけじゃないんだ。毎日が精一杯なんだ。ほら見てみろこの消毒液で荒れ果てた両手を。手が荒れるけど手取り20万。この金は家賃と車のローンとキリン一番搾りに変わって手元に残るのは小銭ばかり。虚し。だいたいね、僕はこれだけ女の子に投資してるってのに、利益がまったくないんだ。さんざん資産を注ぎ込んだ挙句さようならの元本割れだよ。たまんないよ。投資信託はハイリスク・ハイリターン? ふん、悠長なもんだよ。恋愛はね、ハイリスク・ハイリスクなんだよ。仕事に戻る!」
2003年01月15日(水)  キリギリス賛歌。
今月の通信大学のレポートの提出期限が明後日で締め切りということは、
明日までにレポートを仕上げて、速達で大学へ送らないと間に合わないということ。
 
今月は4科目分のレポートを提出するということは
1科目あたりレポート用紙8枚だから合計32枚書かなければいけないということ。
 
よく考えても考えてみなくても僕はまだレポートを1枚も書いていない。
謂うなれば、8月30日現在、夏休みの宿題を何一つ終わらせていない小学生だ。
 
不思議なもので崖っ縁に立たされると、危機感を感じない。
危機感というものは「崖っ縁に立たされるかもしれない」というときに生じるものだ。
崖っ縁に立った現在、考えなければならないことは、いかに優雅に、悔いも諦めも感じさせずに、その崖から落ちる事ができるかということだ。
 
僕は典型的な「キリギリス」タイプなのだ。
崖っ縁に立たされるまで、暖かかった日の余韻に浸る。
周囲に北風が吹き、雪が舞い落ちても夏の日とかき氷と彼女の笑顔を思い出す。
 
着実に、計画的に、レポートを書いていた他の学生たちは
今頃とっくにレポートを提出してしまってコタツに入ったりストーブに当たったりしているのかもしれない。
フン。働きアリどもが!
 
崖っ縁に立った今でも僕はキリギリスのプライドを誇示しつづけている。
そのプライドに意味がなくても僕は胸を張っている。
 
さぁ! 働きアリどもよ見るがいい! 憐れなキリギリスのちっぽけなプライドを!
僕は32枚ものレポートを今現在1枚も書かずに、まるで一瞬でレポート32枚仕上げる魔法を持っているのかと思うほどに!
呑気に性交に励み! 悠長に毎日を送り! 今日に至る。
 
とにかく悲しい。
嗚呼! 時間が巻き戻しできるのならば!
 
僕はやっぱりレポートなんて見向きもせずに夏の日を謳歌するだろう。
 
それが悲しい。
2003年01月14日(火)  自棄。
この「好色一代男。」という日記は2000年の7月から毎日休まずに更新していて、
ものすごい数の出来事があって、思いがあって、彼女がいたりフラれたり。
浮気をしたり不倫をしたり、喧嘩をしたり慰められたり。
元気になったり病気になったり、決意を固めたり血尿が出たり。
 
とにかくよくもこんなに毎日書けるもんだと我ながら関心しますが、
全然日記なんて書きたくない日だって勿論あります。それが今日。
 
今日は何も書く気がしません。あらゆる気力さえ沸きません。
もし今 僕のベッドで小池栄子が下着1枚であの挑発的な瞳で誘っていたとしても
僕は「風邪ひいちゃうよ」なんて言いながら上着を着ることを勧めるでしょう。
 
無気力は性欲さえも減退させるのです。嗚呼だるい。只々だるい。
何もしたくない。何もされたくない。
ストーブの灯油が切れてしまったけど灯油を入れる気力さえない。
風呂にも入りたくない。眠りたくもない。布団に入ることさえ億劫だ。
 
愛しの生理痛の女性は長電話が大好きで、人生是只倦怠感の僕は長電話はあまり好きじゃなくて僕が電話を切ろうとすると
「ダメっ!」
なんて例の可愛らしい声で引き止めて困らせるのだけど、先ほど掛かってきた電話では珍しく
「寝るっ!」
と言って電話を切ってしまった。
僕だって「寝るっ!」と言って潔く布団の中に入りたい。入りたいけど布団に入る事さえ億劫なのだ。
 
おそらくこんな自棄っぱちな日記を書くのは初めてだと思う。
2003年01月13日(月)  愛する人の生理痛。
何にしても共感するということは、その対象となるものを、現に体験しなければ、
真の共感など得ることができない。
 
だから僕は生理痛が何たるかを理解することができない。
痛みの程度とか苦しみとかそれに付随する精神的な影響とか、まったくさっぱり。
対岸の火事というか、もはや他国の火事。
 
「痛いのっ!!」
 
ある女性からの電話。生理痛が痛くてたまらないらしい。
我慢できないほど痛いのならば、わざわざ電話することないじゃないかと思うけど、
そこは男にはわからない独特の女性心理が隠れていると思う。
 
「薬飲んだ?」
「飲んだのっ!」
「お大事にね」
「冷たいっ!」
 
僕だっていい加減なことは言いたくないのだ。
わぁ、生理痛かぁ、たまんないねぇ、キミも右下腹部が痛くなるたち? 僕のお母さんもそうなんだ。
お母さんはね、生理痛がひどいと晩ご飯だって作ってくれないんだ。たまんないよね。
なんて知ったか振りする方が余程冷たいと思う。
 
だから男は生理痛で苦しむ女性には言葉少なめに「薬飲んだ?」「お大事にね」と言えばいいのである。
どこが痛いの? どれくらい続いてるの? いつもより酷いの? なんて言及したらいけない。
言及すればするほど「どうせアンタにはわかんないわよ!」なんて斬る捨てられるのがオチである。
 
その女性は「もう、いい、キライ」と言って電話を切って、3時間後にまた携帯が鳴った。
 
「痛いのっ!」
生理痛は単純計算して3時間以上も続いているということになる。憐れだ。
僕はこの3時間の間に晩ご飯を食べて鼻唄混じりにシャワーを浴びてリビングのテーブルの上に足を放り出して小説を読んでいた。
彼女はこの3時間、悶々と「アンタにはわからない」痛みに耐えていたのだ。憐れだ。
 
「そろそろ薬効いてくる頃でしょ」
「効かないのっ!」
「じゃあしばらく安静にするといいよ」
「冷たいっ!」
 
僕が愛してやまないこの女性は、愛してやまないのにどう対応していいのかわからない。
生理痛に執着するからいけないんだ。こういう時は話題の転換。
 
「好きだよ」
「うるさいっ!」
 
……。
2003年01月12日(日)  奉仕とエゴ。
たまには気前のいいところも見せておこうと思い、後輩3人を引き連れて居酒屋に行った。
 
「今日は全部僕が払うからなんでも食べていいよ」
「マジっすか!」
「今夜は僕の経済力を満天下に見せつけてやれ」
「オッス!」
 
たかが居酒屋で4人分の会計を全て請け負うくらいたいした苦労じゃないと思ったけど
レジでうちのアパートの家賃分くらい請求されたときは 逃げたい、もしくは死にたいと思った。
結局僕の財政は想像以上の打撃を受けることになり、僕の経済力の恥を満天下に見せつけることになった。
 
それはともかく、僕は昔からそういうところがあって、
例えば今日のことだって、僕がお金のことなんか気にせずにメニューを片っ端から選んでいって気兼ねなく食べて吐くまで飲んでみたいけれど、
お金のことを気にせずにメニューを片っ端から食べさせてくれる人なんて そういないので、
結局僕が、僕の「願望を満たしてくれる人」になり、今日の場合、後輩が「願望が満たされる僕」になり
僕は少し悲しいけれど、少し満足した気分になるのである。
 
奉仕の精神と、エゴが複雑に絡まり合っているのである。
 
例えば、僕がわがままを言いいたくなったとする。
だけどわがままをいちいち丁寧に聞いて、そのニードを充分に満たしてくれる人なんて そういないので、
結局僕が、僕の「わがままを満たしてくれる人」になり、彼女が「わがままが満たされる僕」になるのである。
 
実際、わがままを言っているのは彼女なんだけど、
それでも僕は少し悲しいけれど、少し満足した気分になる。
 
じゃんけんゲーム。
司会者と、参加者。多数の参加者は同時に司会者とじゃんけんをして負けたら座る。勝ったら次の勝負。
勝ち残ったら1万円。忘年会などの類でよく見られるゲーム。
 
1万円が欲しくてたまらない。僕は勝ち続ける。そして勝者は2人だけになる。
 
「さぁ残り2人になりました! この勝負で勝った方に1万円差し上げます!」
 
司会者が威勢良く叫ぶ。僕の相手は腕まくりをして1万円獲得に運と力を注ぐ。
この時点で僕はもう1万円なんて欲しくはない。願わくば負けてしまって相手が喜ぶ姿を見たい。
 
どうしてそう思うのか僕にもよくわからないけれど
とにかく僕の思考はそういう風になっているのです。
2003年01月11日(土)  スケジュール。
毎日の予定は携帯のスケジュール帳機能で管理している。
管理しているというか、スケジュールは毎日確認しなければ意味がないので、
実際、僕のスケジュール帳はあってないようなもの。
 
僕の予定なんて酸素と一緒で、あるとすごく助かるけど、その存在を忘れたとしても生きていける。
僕は忘れたままの状態で呼吸を続けることができるし、酸素は忘れ去られても地球上に存在し続ける。
友人との約束を忘れたぐらいで死にはしないよ。
 
さて、僕のスケジュール帳の今日の予定に
「飲む。お酒」
と書いてある。「食べる。ご飯」とか「寝る。女」みたいな感じの全く味気ない文章で
いったい僕は誰とお酒を飲む予定があったのかさえ思い出せない。
 
携帯で予定を管理すると、長文打つのが面倒臭いのでいつもこのような抽象的と言っても過言ではないような予定を書いてしまう。
「地球」と書くと、丸い、緑、人間、戦争、宗教、云々とそれなりに連想できるけど、
「飲む。お酒」では全く連想できない。
 
その時、スケジュールを記入した当の本人は「飲む。お酒」だけで思い出せるだろうなんて実に安直な考えで記入したに違いない。
違いないも何も当の本人とは僕のことなんだけど。
そして過去の当の本人の願い虚しく現在の当の本人は何が何やらさっぱり。
 
今日僕は、誰かとお酒を飲む予定があった。
現在午後11時。誰かとお酒を飲んでいたらもう二軒目あたりに居る頃だろうし或いは うへぇ、このホテル、まだ正月料金かよ。と言っている頃かもしれない。
 
しかし連絡が来ない。
「今夜飲みに行くっていったじゃない!」とか「何時間待たせれば買ったばかりのブーツ褒めてくれるのよ!」などといった文句の電話がかかってこない。
 
誰かが何処かで凍えながら待っていたらどうしよう。
誰かが何処かで手酌酒してカウンターで突っ伏してたらどうしよう。
 
なんて想像が駆け巡る。
この世の中で一番恐怖するものは想像だという。
考えれば考えるほど、僕は頭を抱え、何処かの誰かに謝り続ける。
 
まァ自体はそんなに深刻じゃないんだけどね。
僕は今チュッパチャップスを食べながらタバコを吸っています。
どっちがタバコなのかチュッパチャップスの棒なのかわからなくなります。
いろんなことを考えるのは、もうよそう。
2003年01月10日(金)  プロポーズ。
昨夜未明、友人から電話。
「眠れないから相手してよ」
多分、僕は眠れない時の電話相手にうってつけなのかもしれない。
断らない文句言わない煙たがらない。
 
最近は寝る時間が早くなって、たいてい眠れい人が眠れなくて悩んでる時間は眠っているんだけど、
眠れない人のことを考えるとそうおちおち眠っていられないので眠るのをやめて
眠れない人の眠れない時間を共感することにしている。
 
この友人は風水に凝っていて
「今年は第六金精人の20年に1度の最高の年なのよ!」
と耳にタコができて墨を吐いて顔中真っ黒になって目も開けないし鼻も効かなくなるくらいことあるごとに言うのでうんざりしてしまう。
 
「しかも昭和51年生まれの乙女座は10年に一度の好運気なのよ!」
もういいとこ取りの寄せ集めである。
 
「だから早くプロポーズしてよ!」
何十年に一度の幸運気に僕と結婚してどうするというんだ。
そもそも僕たちは付き合っていないし、順序があべこべだ。
帯だって締めたことないのに
「背負い投げで金メダル取ってよ!」
って言ってることと同じだよ。わかる?
 
「ん? わかんない」
 
ていうかもう眠いんでしょ。電話切るよ。僕だって明日は早いんだ。
 
「待って待って! 初詣行こうよ」
 
行ったじゃないか。元旦の日に行ったじゃないか。
おみくじでキミは吉をひいて僕は末吉だったじゃないか。
吉と末吉はどっちが上か散々揉めて周囲の初詣客の嘲笑を買ったじゃないか。
 
僕は1月5日に他の女性と温泉帰りに初詣に行ったんだ。
そしてまた末吉をひいたんだ。どうやら僕の今年の運勢は、あまり良くないらしい。
良かった試しがないけどね。たいてい何をするにも末吉なんだ。
温泉旅行はすごく楽しかった。どうやら僕はあの温泉旅行で1年の運を全部使い果たしたようだ。
あんな贅沢と幸福に満ちた時間は一生過ごせないと思う。
 
「じゃあプロポーズしてよ」
 
じゃあの意味がわかんないよ。あべこべだよ。あべこべ。へへ。あべこべって言葉久々に使ったよ。
 
「結婚は妥協の産物なのよ」
 
キミはこれからプロポーズしようって相手になんてこと言うんだ。
2003年01月09日(木)  ママよママなのよ。
母と同じ歳くらいの看護婦さんが最近携帯電話を買った。
僕と同じ歳くらいの娘とメール交換をしたいらしい。
娘からメールが来るたびにウキウキして仕事中にも関わらず僕の元へ携帯を持ってくる。
 
「メール見せて」
 
看護婦さんは自分の携帯に届いたメールを開く事ができない。
だから僕が看護婦さんの携帯に届いたメールを開く。
 
「メール読んで」
 
看護婦さんは小さい字を読めない。
本当は読めるのだけど、キタキツネのように目を細めないと読む事ができない。
だから僕が声を出して看護婦さんの携帯に届いたメールを読む。
 
「お母さん、マユミは今お昼休みだよ。ちょっと風邪気味でノドが痛いです。
もうメールの使い方わかった? わからないとこがあったらメールしてね……って書いてます」
 
他人の携帯に届いたメールを声に出して読むなんて、得体の知れない罪悪感がつきまとうのだが、
看護婦さんは嬉しそうに僕が読むメールにウンウンと頷いている。
それにしても「わからないとこがあったらメールしてね」とメールに書く娘さんもどうかと思う。
 
NTTのハローページに「電話が故障したら113番」と書いてあるけど
そもそも電話が故障したら113番になんてかけられないし
メールの使い方がわからなかったらメールなんて送れない。
 
「ありがとう、それじゃ返事書いといてね」
 
この際、仕事中という問題は度外視するとして、メールの返信を、しかも顔さえ見たこともない看護婦さんの娘に、母親の気持ちになってメールをするなんて。
 
「あ、看護婦さん、今度の夜勤いつですか?」
「えっと、明後日よ」
「わかりました」
 
僕は片手に看護婦さんの携帯を持って、仕事中にも関わらず休憩室へ行く。
そして小さな溜息をついて無駄な決心を固め、メールの返信ボタンを押す。
 
「マユミ、お母さんですよ。メールありがとう。少しずつメールの使い方も慣れてきました。
風邪は大丈夫? 最近冷えるからあまり無理をしないようにね。風邪の予防は薬よりもうがいが一番です。
お母さんは明後日が夜勤です。鹿児島も夜はすごく冷え込むからお母さんも風邪ひかないように気を付けます」
 
……。複雑な気持ちで送信ボタンを押す。
この世には、実に様々な方法で、人を助ける方法があると思った。
2003年01月08日(水)  浪漫主義狼少年と現実主義現金少女。
かの昔、「狼だ! 狼が来たぞ!」と懲りもせずに叫んでいた少年への切ない同情。
村人はたいてい僕の嘘に騙されてしまうのに、真実の言葉は
 
「あなたは誰にでも言ってるから」
 
いつも嘲笑と共にかわされてしまう。
こんなにキミのことが好きなのに、愛してるのに、と揚々と叫ぶほどに
その言葉は重みを無くし、慢性化され、意味が失われてしまう。
 
僕は焦る。意味も無く焦燥し、混乱する。
本当に愛しているのに、伝わらない想いに苦悩する。
複雑な迷宮の出口には嘲笑うキミが立っている。
 
「私は現実主義で合理主義なの」
 
キミはロマンシズムを真っ向から否定する。
ロマンシズムから抽出されるあの独特の麻薬を拒絶する。
僕は右手に注射器を持ち、左手に自ら針を刺してその効能に酔っているというのに。
 
「そういうのを恋愛中毒っていうのよ」
 
なるほど。ん? なるほど? 駄目だ、納得しちゃいけない。
相手のペースに巻き込まれちゃいけない。リアリズムになんかに負けちゃいけない。
対極するもので挑むしかない。浪漫主義を声高々に掲げ、キミをいつか、僕のものに。
 
「共働きはイヤだからね」
 
気付いてくれ! リアリズムの悲劇はそこにあるんだ! 共働きとか専業主婦とか! その現実的な響き!
よしてくれ、その艶っぽい唇から、雨露さえ受け止めんとする滑らかな舌から、そういう言葉を発しないでおくれ!
 
「お金欲ちぃの」
 
金? M・O・N・E・Y MONEY?
なんだ。いったいそれに何の意味があるんだ!
言っとくけどね、この国に財務省なんて存在しなかったらインフレもデフレも存在しないんだ。
わかるかい? 僕たちに必要な省庁は法務省だけで充分なんだ。
婚姻届をね、受理してくれる場所があったら、富士山の火口でも月の裏側にでも行ってやるよ。
 
法務省に月の裏側。立派なリアリズムとロマンシズムの共存じゃないか。
だから通販の! カタログなんか見ずに! 僕を見つめてくれ!
こうなったら香水もコスメもパンティーもみんなリアリズムだ! 畜生!
 
キミさえ傍に居てくれたら、それだけで生きていける。
これは過言じゃないし誇張でもない。真実なんだ。
共働きなんてさせないから、お金もいっぱい稼ぐから、香水もコスメもパンティーもいっぱいプレゼントするから
 
この卑屈な狼少年と、どうか、結婚を考えてくれないだろうか。
2003年01月07日(火)  無意味な桁違い。
僕は元来小心者なんだ。すぐ謝るしすぐに泣く。
とまぁ、小心者という概念をね、内向的に考えるとそういう特徴があるのかもしれない。
 
しかし実際は違う意味で気が小さいんだ。僕は今日泣いているんだよ。
泣きながら小さなアパートの小さなリビングで凍えながらビールを飲んでいるんだよ。
 
とにかく悲しいんだ。漠然的に、或いは具体的に悲しいんだ。
世の中のあらゆる出来事が滞りなく進んで欲しい。それを思うだけで涙が出るんだ。
全ての人がいつも笑っていて、楽しんでいて、
意志の疎通も、そういう言葉なんて必要ないくらい皆の気持ちが自然に通じ合っていて、
争いなんて全く起こらない。
 
宗教とか戦争とか、そういう大きな問題じゃなくて、
もっと日常に密接している問題なんだ。
周囲を見てみろ。どれだけの擦れ違い、勘違い、思い違いが存在するのか。
まさに桁違いだよ。
 
意志の疎通が ――それは言葉であったり動作であったり―― 上手くいかないが故の悲劇。
その悲劇の根底に眠るものの無意味さ。
その無意味さの為に僕たちは愛する人と別れたり、友情が崩壊したり、職場での確執が生まれたりするんじゃないのか。
 
その無意味な歪みにはさまってもがいているんじゃないのか。
 
よし! 決めた! 僕はもう、誰とも一切言葉を交えない! なんて極論を言おうとしてるんじゃないんだよ。
いや、それが理想かもしれないけどね、そういうわけにはいかないんだ。キミにだってわかるだろう。
 
この切実な問題は僕自身の問題じゃないんだ。この世の全ての人たちの問題なんだ。
まぁ、「生」そのものが無意味だと言えなくもないんだけどこれも極論になってしまうし。
自ら歪みを生み出してそこに意味付けしているんだ。なんてね。
 
兎に角、悲しい。意味も無く悲しい。
酒ももう切れてしまった。それがまたその悲哀に拍車を掛けている! 酒を持ってこい!
僕が駄目になってしまう!
 
今こうやって阿呆のように酔っ払って、少し頭だって痛くなってきた。
この無自覚な矛盾を抱えてだね、無意味な涙を浮かべてだね、こうやって1人で、
いつだって1人で、陰気臭い日記を書いているんだよ。
 
鼻の下伸ばして恋だの愛だの嘆く振りなんてして、
それを壁にして、隠れみのにして、誰も知らない違う場所で嘆いているんだ。
畜生。酒が切れた。僕はもう、駄目なのかもしれない。
2003年01月06日(月)  子供扱い。
昼休み、弁当を広げたままトイレに行って用を足して帰ってきたら
「あっ!僕の唐揚げ!」
唐揚げが1個消えていた。
 
「どうしたの?」
あからさまに口の中を膨らませた看護婦さんが僕に近付いてくる。
明らかに唐揚げが口の中に入っている様子だけど、万が一、僕の思い違いだったら恥かしいし、
何よりも濡れ衣を被せられた看護婦さんの復讐が怖いので
「……僕の唐揚げ」
と呟くのみにした。
 
「どうしたの〜?」
もう1人の看護婦さんが近付いてくる。なぜかこの看護婦さんもあからさまに口の中を膨らませている。
「ボクの唐揚げが消えたんでちゅー」
看護婦さんが笑いながら困った顔をして言う。
「あらあら、唐揚げが消えちゃいましたか。よしよし」
もう1人の看護婦さんも笑いながら困った顔をして僕の頭を撫でる。
確実に子供扱いだ。
 
僕はムッとして
「俺の唐揚げがない!」
と大人びた口調で言ってみたけど更に嘲笑されるだけで逆効果。
明らかにどちらかが僕の唐揚げを食べたのだけど、追従することのできないこのもどかしさ。そして空腹!
僕は腹が減っている。唐揚げは今日の弁当のメインディッシュとも言っても過言ではないおかず。
その唐揚げが1個消えているあっ!
 
「ん〜美味しい〜っ」
 
看護婦さんが残り1個の唐揚げまで食べてしまった。
 
「あーーっ! 僕の唐揚げーー!!」
 
子供扱いされるのも無理はない。

2003年01月05日(日)  背徳の合理化。
「僕は明日、7時に起きるんだ。7時に起きて露天風呂に入るんだ。雪も積もってるし、キミも入ればいいよ」
 
午前3時30分。僕はまだ起きていて窓の外を眺めながらタバコを吸っている。
深々と降り注ぐ雪は深夜の暗闇を白く染めている。
室内の暖房は30度に設定されているけど体が小刻みに震えているのは僕が衣類を一切身にまとっていないからであって、
着ればいいんだけど、浴衣や下着があらゆるところに散乱してしまって、部屋の中は外の景色より暗くてうっすらとしかわからない。
 
「はいはい勝手に起きて勝手に入って。私は寝てるからね」
 
彼女は布団に包まり小さな顔だけを出している。
今にも眠ってしまいそうな弱々しい声は、早起きの決意と睡眠の誘惑とを葛藤させる。
僕はタバコを消して残りのビールを飲み干して彼女の背中に寄り添うように眠った。
 
コツコツコツ。
 
「ほら、起きて。7時よ。温泉入るんじゃないの」
 
彼女が僕の頭を小突きながら言う。早朝7時。眠い。温泉? あと30分。
午前7時30分。「起きないの?」彼女の催促。僕はまだ起きない。
午前8時。「朝ご飯行くよ。ほら、支度して」コツコツ。僕の頭を小突く。
彼女はもう洋服に着替えている。僕はまだ浴衣を着ている。
 
夜は部屋食だったが、朝はバイキング。別棟のレストランへ行く。
僕の頭はまだ夢の中で、今思い返してみても何を食べて、何を話したか覚えていない。
朝陽は窓の外の銀世界を嫌味なほどに反射している。僕は目を細めて彼女を見る。
コンタクトを外して眼鏡をかけている彼女は、とても落ち着いて見えて、
コーヒーを飲まずにミルクを飲んで、パンを食べずにご飯を食べていた。
 
露天風呂に入る頃、ようやく目が覚めてくる。
子供たちが真っ裸で雪ダルマを作っている。僕は微笑みながらその温かくて冷た過ぎる光景を眺める。
 
 
 
僕たちの背徳に満ちた1泊2日の温泉旅行はこうして終わった。
初雪という特別な舞台設定を施されたこの旅行は、実世界との隔たりを作り上げるのに充分過ぎて、
こうして1人でキーボードを叩いている今も、まだ夢から抜け出せないでいる。
まだ僕の頭は午前7時のままでいる。
2003年01月04日(土)  温泉旅行。
そこに意味があるとするならば、僕たちはただ、残り少ない正月休みを、僕にとっては今年初めての休日を満喫しようと、
 
そこに背徳とか、罪悪とか、いろいろ面倒臭いものは考えずに、
考えたとしても、追及せずに問責せずに、彼女は僕と一緒にお酒が飲みたくて、
僕も彼女と一緒にお酒が飲みたくて、そこに意味があるとすれば、ただそれだけで、
 
副次的に、主たるものに従属した位置に、観光ホテルが空いていて、
屋上には展望風呂、1階には露天風呂があって、ビールを買い込み、
誰から見ても、僕らはカップルのように肩を寄せ合い、
おそらく今年1番になるであろう豪華な料理を食べ、風呂に入り、酒を飲み、また風呂に入り、
 
「あなたたちは運が良いです。初雪の日に来るなんて」
 
ホテルの支配人が連休で鍛えられた笑顔で話す。
初雪。山奥の観光地に雪が降る。
僕たちの――僕はいつも仕事で、彼女は2年も付き合っている彼氏がいる――世界との隔たりを作るように、静かに雪が舞い落ちる。
 
「今夜は、積もるかもね」
 
料理を食べながら、外の景色を見て彼女が言う。
僕は3本目のビールを飲みながら雪と酒と温泉と、彼女について考える。
 
そこに背徳とか、罪悪とか、いろいろ面倒臭いものは考えずに、
考えたとしても、追及せずに問責せずに、露天風呂に入る。肩まで浸かり夜空を眺める。
午前0時。露天風呂には僕以外、誰もいない。
彼女は部屋に残り、テレビを見ている。もう寝てしまったかもしれない。
空からは絶えることなく温泉の上に、僕の肩に雪が舞い落ちる。
 
彼女の笑顔は可愛くて、本当に心から笑っているけれど、
時々見せる憂いに満ちた横顔は、本当に哀しんでいる。
理由はわかるようなわからないような。いや、わからない振りをしているような。
 
昨日、突然決まった1泊2日の温泉旅行。
雪が静かな音を立てて大地を覆い尽くす頃、僕たちは眠りについた。
2003年01月03日(金)  棒はちきれる。
今年初めてのキスは突然で、不意をつかれて、何が何やらわからぬままに。
愛の確認といえば嘘臭い。遊びといえば軽薄すぎる。
不慮の事故では言い訳がましい。適切な言葉が見つからない。
 
今年は誠実に生きてみようと、思っていた矢先の出来事だった。
誠実へ忠実に着実な道を歩み始めようとしていた第1歩目で起きた事故だった。
やはり事故という表現が適切なのかもしれない。
少なくとも僕の意思ではないし、第三者への責任転嫁でもない。
世の中の様々な事故(正月の帰省時の交通事故や喉に餅を詰まらせること)のうちの1つ。
なんでもないことだ。ましてキスなどなんでもないことだ。たかが接吻で!
 
しかし何故こんなに動揺し焦燥しているのか。
僕は元々真面目な生き物なのだ。どちらかというと考え方も古風で古典的なのだ。
不器用で無愛想で不安定な人間なのだ。
このキスが本年初めてのキスだったということが、相手にではなく、自分自身へ癪にさわるのだ。
 
嗚呼また意中の人でもない人に意味のわからぬ時間の穴埋めの為だけに、
意味もわからぬ!周囲を見回して見よ!全て意味がわからぬ。真意が見えぬ!
靄がかかり、霧に覆われ、露に濡れ、霜で荒れ果てたその唇が晴天の霹靂の如く、僕の唇を奪ったのだ。
 
今年こそ誠実に生きてみようと思っていた。
墨と筆さえあれば、あらんばかりの力と、溢れんばかりの命を込めて、「誠実」と書いて
茶の間さえあれば、それを飾り、来客の度に、ほら見て御覧、僕は誠実に生きることにしたんだ。
と胸を張り、嘲笑にも耐え得る自信を、手に入れるはずだった。
 
誠実に生きたい!初日の出を眺めて涙し、あれだけ祈ったというのに、神は十代の唇を差し出した。
十代の唇。僕より十も年下の女性の唇。あの感触は何だ。不可解。不愉快。不愉快!
もう僕に寄らないでくれ。そういう悪戯はよしてくれ。
キミの所為で、今年1年を、早くも、棒に振ってしまった。棒がはちきれてしまった。
2003年01月02日(木)  多事多事。
ある女性と食事に行った。渡しそびれていた誕生日プレゼントを渡す。
行き付けの雑貨屋で買ったそのプレゼントは、行き付けの雑貨屋のお兄さんが丁寧にラッピングしてくれた。
 
この雑貨屋のお兄さんは僕のことを師匠と呼ぶ。
毎回店に入ると「師匠!今日はどういったご用件で!」と大声で言う。
その度に客が振り返り僕を見るので、僕のことをわけもわからず師匠と呼ぶなとお兄さんに言うのだけど
お兄さんはそれでも僕のことを師匠と呼ぶ。だけどお兄さんは僕の弟子ではない。
 
雑貨屋の話はともかく、僕はようやくこの女性に誕生日プレゼントを渡すことができた。
最近、いろいろお世話になって、助けてもらって、愚痴を聞いてもらって、
お礼を言いたくて、そのまま誕生日も過ぎて、クリスマスも過ぎて、元旦も過ぎて、
ようやく、今日、プレゼントを渡すことができた。
 
アパートの駐車場に午後7時に待ち合わせ。
時間ぴったりに来る彼女。彼女はとても律儀で優しい。
 
待ち合わせ1時間前に事務のお姉さんから電話がきて
「今パソコン買おうと思って電器屋に来てんだけどどれ買えばいいのかわかんないからちょっと来てよ!」
となぜか怒っている口調で言うので、僕はすっかり怖気づいてしまって電器屋に行き、
事務のお姉さんに丁寧に(半ば適当に)パソコンの説明をし、
店員の態度が少し鼻についたので少し困らせてやろうと思って無茶な値引きと要求をして
それでも店員は怯まないので僕は諦めて(何にしても僕は諦めが早い)
事務のお姉さんにも「これでいいよ。これしかないよ。これがカッコいいよ」
なんて本当に適当なことを言ってパソコンを勧め、何よりも待ち合わせ30分前を切っていたのでそればかりが気になって
店員は相変わらず鼻につくようなことばかり言っているけど、人は人、自分は自分、
事務のお姉さんはお姉さん、待ち合わせの女性が、待っている。僕は足早に駐車場へ走った。
 
待ち合わせの時間になんとか間に合って食事に行った。
焼き肉を食べてコーヒーを飲みに行った。
遅ればせながら、誕生日おめでとう。
彼女はとても律儀で、とても優しい。
2003年01月01日(水)  吉がもたらすもの。
昨夜は夜勤だったので、職場で年を越しました。
クリスマスイブも大晦日も夜勤だなんて誰かの策略に違いない。黒幕が存在するはずだ。
 
まぁ策略も黒幕もなにも夜勤決めてるのは婦長さんなんだけどね。
婦長さんがつきたてのお餅とおせち料理をタッパーに入れて持ってきてくれました。
独身男性にはひどく優しいのです。
世の中のイベントごとに僕を夜勤にする婦長さんの罪悪感がその優しさに結びついていると思います。
 
夜勤明け。午後から友人と初詣へ。
おみくじをひいた途端、友人の顔色が一瞬にして曇った。
 
吉:恋愛 ― あきらめろ
 
「なんなのよこの命令口調! あきらめろってどういうことよ!」
 
おみくじの内容なんてひと月もすれば忘れるんだから気にすることはないよと僕は慰めたが
友人の新春の怒りは一向に収まらず、
 
「ねぇ、もう1つの神社におみくじひきに行こうよ」
 
と言う始末で、あっさりと断って、彼女に運転させると本当に別の神社に行きそうな勢いなので
僕が彼女の車のキーを預かって、運転をした。
新春の陽気と車の中の暖気と夜勤明けの所為で春眠暁を覚えなかった。
 
ちなみに僕がひいたおみくじは末吉。
恋愛は「努力すれば実る」
そんなこと言われなくてもわかってる。おみくじの文章は往々にして稚拙だ。
 
仕事は「高望みせず着実に」
やはり稚拙な文章。当然のことを今更、しかも元旦に言われても。
 
病は「治る」
もう、いい加減にもほどがあると思った。病を患う前から治ると言われてもね。
 
その後友人と「末吉」と「吉」はどっちが上なのか1時間くらい口論した。
口論になると毎回自ら折れる僕も、元旦というこの日ばかりは頑張って応戦した。
 
部屋に戻り、友人が10分くらい寝かせてと言って眠ってしまって
僕も眠ってしまったら3時間も寝てしまって友人はもう帰っていた。
目覚めたら朝か夜かわからなくて混乱して、とりあえず仕事の準備をしたらまだ午後8時だった。

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