2001年08月31日(金)  ズボンを脱いで横になる。
いい加減毎回毎回トイレに行く度に憂鬱になるのはやめてしまおう。と思い、
意を決して、午後から休みをもらって泌尿器科の病院の門を叩いた。
  
ここ2・3日、血尿がなくなり、もう完治したかなと思いきや、
今朝から何事もなかったかのように真っ赤な血尿が現れたのだ。
  
検尿をするので、トイレを我慢して病院へ行く。
頻尿な状態で我慢を強いられるのは酷な話である。自然と内股になる。
  
「今、院長先生は手術に入ってますので診察は1時間後になります。それまでおしっこは我慢して下さい」
  
まったく酷な話である。人の尿意を何だと思ってるんだ。
1時間待合室に座り、小刻みな貧乏ゆすりを続ける。顔が青くなる。
1時間後、ようやく名前を呼ばれ診察室に入る。
  
簡単な問診の後、
「エコー(超音波診断)をとりますのでズボンを脱いで横になって下さい」
  
ズボンを ・ 脱いで ・ 横になって ・ 下さい。
こんなセリフ、僕は今まで風俗でしか聞いたことがない。
ズボンなんて ・ 看護婦さんの前では ・ 脱げません。
  
「は〜い。ちょっと冷たいですよ〜」
「は〜い。・・・ちめてっ!」
  
3分後には開き直って下半身丸出しでベットに横たわる私がいた。
僕は話の飲み込みが早いというか、諦めが人一倍早いのだ。
冷たい機械が前から横から後ろから私の下半身を滑る。
  
「う〜ん。出血は膀胱からの出血じゃなさそうだねぇ。
ちょっと前立腺を調べてみるので、寝たまま両足を上げて両腕で抱えて下さい」
  
ん?聞こえない。というか聞こえない振り。
下半身丸出しで両足を上げる?そんな馬鹿な。いったい何をするというんだ。
  
あ、先生!!
2001年08月30日(木)  心を休めて嘘をつく。
今日は休日だったので図書館でレポートを作成しようと思ったが、
昨日の練習で全身が痛むのと、もう少し自分を労わらなければという思いから、
午前中は布団の中で過ごした。
  
今まで病気らしい病気をした事ないので、今病気を患っているということを
いまいち実感できない。そもそもこれが病気なのか何なのかわからないが。
  
正午前に起きて部屋の整理をして、サラダを作って食べて、顔を洗って買い物に出掛けた。
  
雑貨屋に行き、便箋を買った。
久々に直筆で手紙を書いた。
手紙を書くなんて何年振りだろう。
テレビの音も音楽も消して、雨の音を聞きながらペンを走らす。
  
夕食はパスタを作った。
久々に作ったので少し余ってしまった。
すぐつかまって尚且つ空腹そうな友人達を呼ぶ。
2人呼んだのだが、3人来てしまったので、僕の分のパスタを出す。
  
「いいよ。僕は食べたから」
  
カップラーメンがあったから、後で食べよう。
友人達が帰ってから、お湯を沸かすころ、先程の友人の1人から電話。
  
「あなた本当は食べてなかったでしょ」
  
こういう嘘を見破られると、顔が赤くなってしまう。
2001年08月29日(水)  住みよい社会。
血尿がトイレ3回に1度くらいに減ったとはいえ、
僕はまだ安静を保たなければならない。
しかも夜勤明けで昨日からほとんど寝ていない。
昼寝の時間には部屋の大掃除をしていた。
  
今夜はソフトボールの練習。
僕はまだ安静を保たなければならない。
回数が減ったとはいえ、現に3回に1度は膀胱から「血」が出ているのだ。
  
チームメイトから誘いの電話。
「今夜8時ですよ。試合が近いので絶対来てくださいね!」
「いや、今日はいけないんだ。膀胱から血が出てるんだ」
「膀胱から血?何言ってんですか!僕なんて小学校の頃、
ジャングルジムから落っこちて指の骨2本も折ったんですよ!」
  
こいつとは話にならない。誰か助けてくれ。
  
「絶対来て下さいね!ではグランドで!ガチャン・・・」
  
職場では性病と言われるし、チームメイトは強制的だし、
どうも現代社会は僕に優しくない。
  
ランニング、守備練習、打撃練習・・・気を失いそうになる。
僕はショートを守っていて先ほどの電話のチームメイトはセカンドを守っていた。
僕はチームメイトの元へ走り寄った。

「ごめん、少し休むよ。昨日から寝てないから気を失いそうだし、なによりも小便に行きたい。
かれこれ1時間ほど我慢してるんだ」
「なに言ってんですか!僕なんて小学校の頃、体育の」
「わかった、もういい。頑張るよ」
  
誰か助けてくれ。
  
2時間みっちり練習したあと、休憩。
もう走れないほど足が棒になっているはずなのに、トイレにはダッシュで行く。
グランドの暗くて臭いトイレで小さな無数の虫に襲われながら、小便をする。

そして下をうつむきながら呟きました。
  
「このままじゃ、治んないよな」
2001年08月28日(火)  「へちま」を考える。
化粧品の広告を見ていた。
僕は一般的な男性なので、特に化粧品に強い興味を示しているわけではない。
むしろ、日本の構造改革と同じくらい化粧品には無関心である。
  
化粧品の広告を見る度に女性は本当に大変な生き物だと感じる。
ある程度の規則正しい生活を送っているとたいして気にならないはずなのに、
「くすみ・乾燥・ざらつきが気になる肌にこの1本!」を買わなければならないし、
3食欠かさずペロリと食べて、間髪入れず間食などして十分元気なはずなのに、
「たっぷりコラーゲンで元気を取り戻すこの1本!」を買わなければならない。
  
化粧品の会社に勤めている友人に一度、そのような事を尋ねたことがある。
「あんたは男だからわかんないのよ!女性はねえ・・・云々」
と説教を含んだ化粧品に関する教育を受けたことがある。
僕は別に化粧品を買うことが悪いと言っているのではない。
化粧品を買う女性って大変なんだな。と素直に感じているだけである。
  
昔、化粧にひどく凝っている女性と付き合った事がある。
近所のスーパーに出掛けるだけでもいちいち鏡の前に座って、
これじゃないわ。あぁこれは違うわ。これはこれと相性が悪いのよ。
など1時間も2時間も独り言を言っている女性だった。
   
毎晩寝る前、頬にキスをする度、ひどく妙な味がしたものだった。
「キミは寝る前にいったい何をしてるんだ」と問うと、
「へちまよ」と彼女は言った。寝る前に鼻歌を唄いながらベタベタと「へちま」を塗っていたらしい。
「へちま」が彼女にいったいどのような影響を及ぼすのかまったくわからないが、
彼女曰く「へちま」を塗ると「肌が長生きする」らしい。
「肌が長生きしても22歳は22歳でしょ?」「22歳が18歳になるのよ」
別にいいじゃないか。22歳は22歳の肌をまとっていればいいんだ。
  
「へちま」が理由かわからないけど結局彼女とは別れてしまったが、
今でも化粧品の広告を見る度に、
彼女が鼻歌を唄いながら「へちま」を塗っていた事を思い出す。
  
あの時の彼女の後ろ姿は、
血眼になって新作の化粧品を探し求める世の女性とオーバーラップしてならない。
  
時々、化粧品を購入している女性をみかけると、
この女性も寝る前に「へちま」を顔全体に塗って、
緑黄食野菜的味覚のするキスを彼氏に提供しているのだろうか。と思う。
2001年08月27日(月)  ケンタッキーフライドメール。
昨日は試験が終わった後、隣に座っていた女性とケンタッキーで昼食を摂った。
年齢は21歳だと言っていたが、23歳と言っても僕は素直に信じただろう。
   
「あんな課題与えられて何を書けっていうのよ!」
彼女はとても怒っていた。すいません。と何故か僕が謝りたくなった。
僕だってあんな課題与えられて怒りたいのだけど、
怒る相手もいないし、仮に目の前の女性に怒りをぶつけるとしても、
彼女は初対面である。たまたま受験番号が僕の1つ下だっただけだ。   
しかし彼女は初対面ということなどお構いなしに僕に怒りをぶつける。
 
次第に彼女は僕達の共通した怒り(大学の試験について)から、
極個人的な怒りについて話し出す。
「仕事がねぇ!云々」「この前私の彼氏って言ったら!云々」
  
この時点で、僕達の役割分担は決まっていた。
彼女は僕に怒りをぶつけ、僕はただひたすら聞き役に徹すればよい。
肯いて頷いて決して批判しない。この状況では僕の批判は必要とされない。
  
「ねぇ。あなた彼女いるの?」
「いない」
彼女は僕に彼女がいない事よりも血尿が止まらないことに頭を悩ましていることを知る由もない。
「ふぅん。作ればいいじゃん」
彼女なんてマックのハンバーガーのようにオーダーして10秒でできるものじゃないのだ。
  
「じゃ、メールアドレス書くね」
と帰り際、彼女はテーブルの上に乗っていたケンタッキーのレシートの裏に
携帯のメールアドレスを記入した。
   
「ありがとう。あとでメールするよ。その時に僕のアドレスは登録すればいい」
「うん、そうする。ありがとう」
「こちらこそ」
「気を付けて帰ってね」
「そうするつもり」
「ふふふ」
「ふふふ」
   
そうして僕は彼女の名前も知らぬまま別れた。
僕は人に名前を尋ねない悪い癖がある。いつまでも「あなた」とか「キミ」などと読んでいる。 
   
そしてメールアドレスが書かれたレシートは、
ポケットの中の他のレシートやティッシュと一緒に、どこかのゴミ箱に捨ててしまった。
決して故意に捨てたわけじゃない。いつもの癖がそうしたのだ。
  
よって僕は彼女に連絡できなくなったし、彼女も連絡する術を絶たれてしまった。
血尿と発熱と倦怠感に見舞われた見知らぬ土地で。
2001年08月26日(日)  「梅干」と「ボランティア」
6時に起きて顔洗って歯磨きして勉強します。
福岡の星空にそう誓って、ビジネスホテルの糊の効き過ぎたシーツをかぶり就寝。
  
起床8時30分。
嗚呼、どうして昔から僕は「早朝」と「勉強」の組み合わせに弱いのだろう!
多分これは、「梅干し」と「天ぷら」の関係の概念と似ているのだと思う。
要するに食い合わせが悪いのだ。
そうして、夏休みの誓いにも似た、僕の小さな目標は、当然の如く達成できなかった。
  
9時40分には試験会場へ来場すること。
急いで準備をする。デジタル時計が9時を表示する。あと40分。
  
勉強なんて1分もできないじゃないか!(残響音)
  
9時20分、会場到着。
あと20分は勉強ができる。なんて考えない。ここは潔く諦めた方が良い。
今、教科書を開いたりすると、かえって混乱を招く事になる。
  
席に着き、会場へ行く途中に買った雑誌を読んでいると、
「余裕ですね」
と、隣に座っている女性に話しかけられた。
「平然を装って心では号泣しているんだ」
「ふふふ」
彼女の机には教科書、参考書、ノート、蛍光ペン、消しゴム等、
テスト前に勉強する一般的な道具が全て揃っていた。
僕の机には「asayan」が一冊。
彼女が開いている教科書には「政策・制度的視点と臨床実践的視点の統合」
僕が開いている雑誌には「No1.ドメスティックが魅せる新しいスタイル!」
どちらが馬鹿かは一目瞭然。
  
そして試験が始まった。
「ボランタリズムの考え方及び歴史におけるその役割と使命について述べなさい」
なんていう繰り返し唱えていると火が出てきそうな問題。
「ボランタリズム」とは何かわからないのに、
これについて1000字程度にまとめなければならない。
  
ボランタリズム→ボランティア・イズム(精神)→ボランティア精神
→ボランティアを動機づける意思。
と勝手に考察し、解答開始。  
適当なことをわかったような顔して書いていたら30分程で終了。
隣の女性はまだ半分も書いていない。しきりにペンシルでこめかみを押さえている。
なんだか、申し訳なくなったので、同じところを消したり書いたりしながら時間を潰す。
  
そしてボランタリズムとの戦いが済んだ後は言うまでもなく尿意との戦いが待っていた。

尿意を克服したご褒美か何かわからないが、隣に座っていた女性と昼食を摂ることになる。
2001年08月25日(土)  ホテルの一室、億劫、発熱、赤、赤、赤。
午前9時起床。昨夜は体が重く、何をするにも億劫になり、
いくつかのやらなければならない事も全て放棄し、
食事も摂らず、電話も取らず、ソファーに横になり、
テレビをつけ、巨人が勝っている事を確認してから、目を閉じた。
  
今日から福岡に行かなければならない。
布団から抜け出る。体が重いのは、覚醒直後の倦怠感だけではなさそうだ。
まだ福岡行きの切符も買っていないし、ホテルも予約していない。
パソコンを開き、福岡行きの切符を買い、ホテルを予約する。
いつものホテルが満席だったので、違うホテルを予約する。
そうして不安の種が1つずつ増える。
  
淡い希望を抱いてトイレに行き、決定されていた失望を得る。
母さん、今日も赤いです。
  
冷汗を感じる。体が重くて冷汗が出る。
医療職じゃない人だってこの症状が意味することはわかる。
熱が、出ている。
体温計を手に取り、躊躇して、元の場所に戻る。
仮に38度だったとしても、福岡に行くことには変わりない。
 
特急つばめは僕にとって寝台列車以外の何物でもなかった。
重い体を線路の揺れに委ねる。
ガタンゴトンガタンゴトンゴトンガタンオトンオカン。
  
頭の中でビジネスホテルを思い浮かべて下さい。
と問い掛けたとき、10人中8人が思い浮かべる典型的なビジネスホテルに到着。
喜怒哀楽を自分の部屋の洋服タンスに置き忘れてしまったような顔をしている
フロントの男と一言二言、形通りの言葉を交わし、
エレベーターに乗り、部屋の前に立ち、排泄したい気持ちを抑え、
ドアを開けようとするが、なかなか開かない。
焦れば焦るほどドアは強固なものとなっていく。
   
往々にしてビジネスホテルのドアは開きにくい。
今日はもう勉強しないで寝る。ふて寝。ぷぅ。
2001年08月24日(金)  病は気から。
生涯初血尿から一夜明ける。
高鳴る心臓を抑え、トイレのドアを明ける。
洗濯機が1日だけ調子が悪かったけど、一夜明けると、
なんでもなかったように元の調子に戻っているように、
昨日の忌まわしき赤い液体も、一夜明けると、元の淡黄色に戻っているかもしれない。
  
だいたいこのような楽天的な予想及び希望は覆されるのが常であって、
案の条、当然、勿論、英訳してイェス オフコース!
今日も元気に赤い液体が我が物顔で水洗トイレへまっしぐら。
  
冗談ばかり書いているけど、冗談で済まされない状況。
しかし冗談でも言わないと、元気にアパートのドアを開けて仕事へ行けない状況。
  
職場へ着くなり、検尿施行。
案の定、当然、勿論、英訳してイェス オフコース!!
潜血反応250。これはただ事ではない。昨日は50だった。
一晩寝ただけで検査値5倍。昨日の夜、夢の中で一体何が起きたんだと意味のない自問自答。
  
診察室のドアを叩く。「先生、血尿が出ます」
熱は?ありません。血圧は?正常です。排尿痛は?ありません。残尿感は?ありません。
排尿回数は?頻尿です。腰痛は?少し痛みます。最近は?ちょっと疲れてます。
問診終了。病名発表。
「おそらく出血性膀胱炎でしょう。原因はストレスでしょう」
  
ストレス!
最近は良く眠れているし、特に悩みらしい悩みも見当たらない僕が
ストレスが原因の疾患に罹るなんて!
ストレスを抱えている時は、過敏性大腸炎や偏頭痛を発症するものだが、
今回は下痢も腹痛も頭痛もなかった。
ただトイレで赤い血を流しただけだ。
  
肩を落としてナースステーションへ戻る。
笑顔と好奇の目で迎える看護婦さん達。
「ねぇ、どうだった?どうだった?」
「出血性膀胱炎らしいです」
「ワッハッハッハ!!日頃の不謹慎な性生活の罰が当たったのよ!」
  
今まで以上に赤い尿を出すことは明らかだった。
2001年08月23日(木)  口笛、出血、平然を装う格好悪い男。
口笛を吹きながら職場のトイレで小便をしていた。
別に珍しいことではない。この職場では誰だって小便をする。
この職場に限らず人間だったら誰だって小便をする。
口笛吹いて小便したって誰も関心しないし、驚かない。
   
しかし、今日は違った。「うわっ!」と叫んで驚いた。
生まれて初めて小便しながら叫んだ。
  
血尿。
  
腎臓からの淡黄色の排泄物が、職場のトイレで赤く姿を変えた。
「なんじゃこりゃぁ!!」太陽にほえろの松田優作みたく血を見て叫ぶ。
松田優作は格好良いので、銃に撃たれて下腹部から出血して叫んで大往生だが、
僕は格好悪いので、職場のトイレで膀胱から出血して叫んでこれから仕事である。
  
平然とナースステーションに戻るが、すでに挙動不振。
平然とした顔で「泌尿器疾患」という日頃見向きもしない参考書を引っ張りだす。
平然を装った鬼気迫る表情で、項をめくる。血尿、血尿・・・。
  
急性糸球体腎炎・・・ネフローゼ症候群・・・結節性糸球体硬化症・・・アミロイド腎・・・パタン。
平然とした顔で参考書を閉じる。
解説の意味がわからないし、全ての疾患が重症のように見えるし、
全ての疾患にあてはまっているような気がする。
  
とりあえず、検尿しよう。
平然とした顔(今日のポイントは平然とした顔の維持だった)でトイレへ再び入る。
そして一人で検尿。・・・・・・潜血反応!!当然の反応だが、当然ビビる。
  
「すいません看護士さん、おしっこに血が混じっているですけど・・・」
たまたま私と同じ症状の患者さんに話し掛けられる。
「気持ちはわかります」
もう動揺しまくり。
2001年08月22日(水)  テラサキに会う。
仕事が早く終わったので、シャワーを早めに浴びて、
食欲もあまりないのでインスタントラーメンを食べて、
煙草を吸って、コーヒーを煎れて、もう一本煙草を吸って、
欠伸をして、もう一度欠伸をして、あぁ、やってらんねぇ。と呟いて、
机に向かって、果物ナイフで鉛筆(3本)をこりこり削って、
レポート用紙を前にして、あぁ、やってらんねぇ。ともう一度呟いて、
6畳1間に大の字になり、天井を見上げ、
大学のレポートの事なんて忘れて、誰も知らない場所に行ってみたい。3日間。
3日間でいい。3日以上誰も知らない場所に行ったら、寂しいので。
  
「外向的なくせに孤独を好んでました」
  
テラサキが僕に話しかける。話し掛けているのか、独り言かわからないけれど。
  
「孤独じゃないくせに社交的でした」
  
パラドックスだ。惑わされては、いけない。思考の袋小路へすぐ誘おうとする。
  
テラサキは隣の部屋で正座をして、クリスティの「七つの時計殺人事件」を読んでいる。
僕が仕事から帰ってきてから部屋に入ってきたのか、もともと部屋にいたのかわからない。
部屋の鍵はこれからちゃんと閉めなければならない。
   
「いつからそこに座って七個の時計の謎を考えているんだ」
「死んだ客の枕元に並んでいるということが、怪しいのです」
  
テラサキは眼鏡を外した。僕はテラサキが眼鏡を取ったところを初めて見た。
唇は綺麗な三日月の形をしている。

「何か?」テラサキが首を傾けて言う。
「誰も知らない場所に行きたい。3日間」
「じゃ、私が知ってる誰も知らない場所を教えてあげる」
「それは駄目だ。その誰も知らない場所はテラサキの知ってる誰も知らない場所じゃないか」
「じゃ、私は知らなかったってことにすればいい」
「あ。そうか」
  
テラサキは昔からすごく頭がいい。
2001年08月21日(火)  捨て休み。
てっきり、今日一日、外は暴風雨かと思い込んでいたため、
昨日小説3冊とビデオ3本と1日分の食料を買い込んで、ゆっくり部屋の中で過ごそうと決めていた。
  
が、今日は曇り。気象情報を見ていないため、台風がどこで猛威を振るっているかわからない。
テレビをつければいいのだけど、そのまま下らない番組をダラダラと見続けてしまう危険性があるので、
まぁ、いいや。という漠然的結論へ持っていく。
  
午前9時。僕の休日にしては早起き。
さて、今日はどうやって時間を潰していこう。
  
まず昨日借りたビデオを2本立て続けに見る。
「ギャラクシー・クエスト」と「PARTY 7」どちらも大当たり。
なぜかすこぶる機嫌が良くなる。
  
興奮冷めやらぬうちにサイトを更新。これで午前終了。
  
午後から、昨日買った小説を読む。外は曇り。風もない。台風は一体どこにいるんだ。
そのまま昼寝。目が覚める。小説を読む。風もない。
部屋を掃除する。小説が本棚に収まりきらない。
  
髭を剃り、歯を磨く。17時。まだ何も食べていないが、腹は減らない。
着替えをして、外に出る。外は曇り。台風はこれから来るのだろうか。
家具屋へ本棚を探しに行くが、気に入った本棚は見つからず。
帰り道、行き着けの服屋に行く。秋物を一点購入。そこで店員と長話。
昔の彼女がつい先程まで来ていたらしい。
  
「あと30分早く髭を剃ってたら会えたのに」店員が言う。
「たぶんあと30分早く剃っても、あいつも30分早くこの店に来てると思う」僕が言う。
  
長い間、彼女とは会っていない。すぐ近くにいるはずなのに、すれ違いもしない。
多分、これからも偶然会う事もないと思う。彼女に関してだけは、そう感じる。
右腕の古傷が疼く。
  
アパートに帰る。20時。「電気給湯器修理しました」の張り紙。
いつの間に終わったんだろう。嬉しくなってシャワーを浴びる。お湯だお湯だお湯が出るぞ。
  
お湯だお湯だお湯が出るぞ。お湯だお湯だお湯がでるぞ・・・。
2001年08月20日(月)  台風が私に直接及ぼすもの。
今夜は専門学校の頃、大好きだった人と食事に行く予定だった。
現在23時。行く予定だった。もはや過去形。
原因は、今もなおアパートの窓を強く打ちつけるこの強風。
当時、君の為なら嵐にも耐えられる。と強く思っていたものだが、
あれから3年程経った今となっては、台風如きに負ける始末。諦めが良い大人になった。
  
その女性に僕は本当にのめりこんだ。
女性にのめりこむというのは稀なことで(稀と言ってもつい最近も烈火の如くのめりこんだが)
周りが見えなくなって、とにかくあばたもえくぼ精神でその人だけ真っ直ぐ思い続けるという、
なんとも可愛い(可愛い!)傾向があるのだが、
当時のそののめりこみようといったら!
  
やっぱり食事に誘ったり、部屋でお茶したりするのだが、
当時は双方内気なもので。手が触合っただけで、顔を真っ赤にして、
うつむいて、小さな声で独り言を言う有様で、
少々過大表現をしてしまったが、まぁ、そのような感じで、
  
告白できるわけもなく。
  
ただ、時々食事に行ったり、部屋で危ういムードになっても、思い切り話題を転換して、あとで自己嫌悪に陥ったりで、
彼女も告白を待っているような気もしたのだが、
こういう考えは自意識過剰というものだ。と自分自身に言い聞かせて、
同時にそれが自分に対する言い訳にもなって、
とうとう告白ができないまま、卒業して、
  
3年経った。
  
3年経ってたまたま会った。本屋で僕は小説を立ち読みしていて、
彼女はその後ろで雑誌を読んでいた。神様の粋な設定。
  
食事に行く約束をした。8月20日。
次の日は休日を取った。何が起きても万全の対応をする為に。姑息。
  
一日千秋の気持ちで待ち続ける。夜勤も頑張る。夜が明ける。8月20日。
気象情報のおじさんがブラウン管から私に向けて、嫌味を言う。
「大型で非常に風の強い台風11号は・・・」
神様の粋な設定。
  
だけど、僕はわかっているんです。
もう、その女性に恋愛感情は抱かないことを。
その人に対するロウソクは火がつくべき時期だけ燃え上がり、
時期がすぎると、そのロウソクは跡形もなく、床にへばりつくただのロウとなり、
昔の面影を残すに至るのです。
  
もう一度、あのロウソクに火をつけてみたかったけど、
僕のチャッカマンは風速35メートルの強風で、どこかへ飛んでしまいました。
2001年08月19日(日)  「浮」わついた「気」持ち。
浮気について話す。
なぜ、今日、突然浮気について話し出すかというと、
単に書く事が無いのです。
朝起きて、仕事行って、家帰って、誰かと酒飲んで、水のシャワー浴びて、寝る。
今夜は夜勤だけれど。
この過程に特別な物語が発生するなど、もはや皆無。
皆無という名の平和。ボケボケ。ボケボケボケ。
  
さて、浮気について。
恋愛を語るにおいて、切っても切れない話題。浮気。
「あなたはどこまでが浮気だと思う?」
これまで何回もこの難解な質問をぶつけられた。
  
「あなたはまだ地球は青いと思う?」
何て漠然的なんでしょう!
 
僕も、浮気に関してはこれといった答えを持っていないため、
質問の度に答える内容が違ってしまうので、ここで確固とした答えを。ボケボケボケ。
  
僕は彼女以外の女性とセックスしても、そこに愛がなければ、浮気ではないと思っています。
愛のないセックスなんて、所詮、満腹で食べる牛丼と同じなのです。
彼氏のいる女性の部屋で、電気を暗くして、そのあと何が起きようとも、
その行為には、愛を前提としていないので、
その問題を追求するならば生物学の教科書を開けばいいのです。
  
愛について追求したければ、小学校の道徳の教科書でも開きなさい。
  
浮気の背景には愛と憎悪と嫉妬と罪悪感と、あとなにがなにやら。ボケボケボケ。
兎に角、行き当たりばったりの何の哲学もない出会いに、
愛を求めようという事自体間違っています。
  
よって、体の関係を持った時点で、それは立派な浮気なのです。
許せません。社会的にも、そして何より人間的にも!
  
現代人の思考は変幻自在且つ本末転倒且つ荒唐無稽且つ朝令暮改。
嗚呼今日も平和に日が暮れる。ボケボケボケ。
2001年08月18日(土)  コンビニ、煙草、自尊心。
仕事に行く途中、カロリーメイトとコーヒーとタバコを買いに(この3品は日課)
いつものコンビニに寄った。
 
自動ドアが開いた途端、店内に罵声が響き渡る。
店長らしき人がバイトらしき若者に大声で注意している。
何も客に聞こえるくらいの大声で注意しなくてもいいのに。と思いながら、    
雑誌を見る→カロリーメイト→コーヒーといういつもの決まった順序で店内を歩く。
   
店長はまだ小さなバイトの青年に罵声を浴びせている。
まるで私達に見せつけるかのように。
注意をすることが罰ではなく、私達に恥をさらすことを罰としているように。
   
カロリーメイトとコーヒーを手に持って、レジへ。
店長は、小さなバイトの青年に、何か捨て台詞を吐いて、奥の方へ消えてしまった。
「いらっしゃいませ」
蚊の泣くような声で、挨拶をする。気持ちはわかる。僕だったら確実に泣いている。
  
「マイルドセブンライト」
僕は幾分優しさを込めた言い方(日頃はあまり愛想良くない)をして、タバコを頼む。
バイトの青年「これですね」と言って、マイルドセブンライトをレジに3個置く。
   
・・・3個?
  
聞き間違えたのかしら。「マイルドセブンライト」が「マイルドセブン3個」に聞こえたのかもしれない。
しかし、それではおかしい。それだったらマイルドセブンライトではなく、
マイルドセブンが3個レジの前にあるはずだ。
僕は「マイルドセブンライト」と一言しか言っていない。「マイルドセブンライト3個」とは言っていない。
  
このバイトの青年は3個1組でタバコ1個という間違った認識をしているのかもしれない。
いや、そうではないかもしれないが、そういう可能性も少なからずあるということだ。
いや、もしかしてマイルドセブンライトは3個1組でないと売ったらいけないと
日本タバコ産業からお達しがあって、僕だけがその事実を知らないだけかもしれない。
   
そういう可能性も少なからずあるというコト!
  
ただ店長に怒られて動揺しているだけかもしれないけどね。
たぶん、というか、きっとそうです。
    
まぁ、1個でも3個でもタバコは消耗品だから、いくつあってもいいのだけど。
だから、バイト青年の自尊心をこれ以上傷つけないように、
ありがたく、マイルドセブン3箱をいただくのであった。
2001年08月17日(金)  水中で考察。携帯の慟哭。
東京から帰ってきて、運動らしい運動をまったくしていなかったので、
久々にプールに行った。
   
ゆっくり泳ぎながら、悩み事の解決策を考えようと思ったが、
たいした悩み事が見つからなかったので、仕方なくクロールの左手の使い方について延々と考えた。
どうもクロールで左手で水を掻くときがおかしいような気がする。
泳いでる本人はフォームなんて見えないのだけど。
  
とかなんとかいいつつ、結局、水の中が一番心休まる。
明日の事を考える前に、残り10mのことを考えなければならない。
誰も干渉しない。
  
誰も干渉しない?
  
たぶん、これは間違い。
僕は、誰かに、干渉されたいのではないか?
どうだろう。
  
内向的な面が強調されるときもあるし、外交的な面が助長されるときもある。
本当の自分はどっちだ。なんて考えない。
たぶんどちらも本当の自分だろう。
  
アパートに帰り、携帯の電源を入れる。
今日は、休日だったので、一日携帯の電源を切っていた。
久々に僕だけの時間を満喫したかった。
   
携帯のメールをチェックする。
   
20:10「みんな集まってるよー。なにしてんのー」
20:22「電話でろー!!!」
20:40「おーい。電話でろー」
21:06「○○ちゃんキレてます。早く来て。マジで」
21:18「次の店行くからね。○○○にいます」  
  
あ。忘れてた。
冷や冷やしながら、もう一度携帯の電源を切る。
今日は部屋の電気を消して、ロウソクの明かりで小説を読もう。
2001年08月16日(木)  隣に座る意味。
昨夜遅く、突然、友人に呼ばれてタクシーを呼んで、
待ち合わせ場所に指定されたバーに行った。
   
バーにつくと、友人はもうジーマを飲んでいた。
そのバーには、友人しかいなかったので、ドアを開けてすぐ友人のテーブルに行った。
店は空いているのに関わらず、友人は壁際についている小さなテーブルに座っていた。
しょうがないので、僕は友人の隣に座った。
   
友人は、深刻な顔をしている割には、「ただ暇だから呼んだだけ」という理由で呼んだらしい。
「僕はそんなに暇じゃないんだ。明日も仕事だし、読みかけの小説だっていっぱいあるんだ」
「だからそれが暇って言うのよ」
僕は黙っていた。これ以上口論する気はないし、
友人だってこんな夜遅くに僕を呼んで、申し訳ないと思っていることも理解できる。
  
隣り合わせで酒を飲むというのは、なんとも変な感じがする。
僕はたいてい相手の目を見て話をするのだが、
この場合、相手の目を見るには、首を90度傾けなければならない。
彼女でもない友人に、隣合わせで、目を見ながら話をするのは、
なんとも、くすぐったい。
   
そういえば、3年前、このバーで、嫌な思い出を作った。
   
あれはまだ、看護学校に行っていた頃だった。
「彼氏と別れたいのだけど・・・」
退屈な講義をゲームボーイをしながら終えて、やっと休憩時間だ、と背筋を伸ばしていると、
クラスメイトの女性から声を掛けられた。
「そうですか、そりゃご愁傷様」
僕は一時期、他人に対して、ものすごく応対が冷たい時があった。
人と話す事が面倒臭くて、学校ではいつも小説を読んでいるか、ゲームボーイをしていた。
友人は親友が2人いればそれで十分だったし、彼女も欲しいとは思わなかった。
   
そのクラスメイトは、この時期の僕の性格を、大いに利用しようとした。
そしてそれは大成功に終わった。
  
僕は、その夜、その友人にこのバーに呼ばれて、
その友人は、僕の隣に座って、
   
僕の前には、友人の彼氏が両手を小刻みに震わせて座っていた。
  
そして僕は「別れさせ屋」を演じることになる。
首をを90度傾けて、彼女でもない友人の目を見ながら。
煙草3箱の報酬の為に。
2001年08月15日(水)  ピザと現実。冷めたピザが語る過去。
昨日は仕事が終わって、どこにも寄らずにアパートに帰って、
身体が熱いうちに、水のシャワーを浴びて、ソファーの上で小説を読んでいた。
   
19時頃、友人が頭痛薬をもらいに来た。
階段を駆け昇る足音がして、下着1枚の僕は急いでズボンをはいた。
今から家族で食事に行くらしい。昨日も家族で食事に行ったじゃないか。と言うと、
「私の家族、美食家なの」と言って、薬をもらって急いで部屋から出ていった。
   
20時頃、空腹を感じ始めた。
もうシャワーも浴びたし、美食家でもないので、宅配ピザを頼んだ。
ナイターを見ながらピザを食べて、ビールを飲んでいたら自然にあくびが出てきて、
USJに行った友人のお土産のETの人形を抱きながらソファーに横になっていたら、
そのまま眠ってしまった。
  
「起きろーっ!!」以前、どこかで聞いたことのある声がして目が覚める。
部屋の電気もテレビもパソコンの電源も入ったまま。
テーブルには食べかけのピザとビール。タバスコとタバコ。携帯と灰皿。
テレビでは無言の天気予報が流れている。
3時57分。あと2時間もすれば朝日が顔を出す。
  
声が聞こえたのは気のせいだった。
夢を見ていた。その夢が意識の上辺まで上がってきて、あの声が聞こえたのだ。
  
日常ではあの時感じていたいろいろな複雑な感情が、
時が経つにつれて適応という名の鈍麻をしていくなか、
僕の夢の中では、まだ僕は正直に、素直に生きている。
あの声は、夢のかけらとなって、まだ色あせることなく、僕の聴覚を刺激する。
  
早朝4時。うっすらと空は青色に染まっていく。
あの声を、また聞いてみたい、と思ったが、
日が昇る頃には、食べかけのピザとビールが語る現実に戻っていくのだと思う。
2001年08月14日(火)  覆水盆に帰らず。
数日前からアパートの給湯器が壊れている。
お陰で僕はこの数日、冷水のシャワーを浴びることを余儀なくされている。
   
ここで、水のシャワーと季節の因果関係は考えるべきではない。
夏でも冷たいものは冷たい。
心地よい冷たさではなく、苦痛を伴う冷たさなのだ。
   
僕は伸びきったゴムのように気がとても長いので、
滅多なことでもない限り怒ることはない。
あぁ、そういえば、うちの給湯器、壊れてたなあぁ。
こういう感じである。我に降りかかっている災難も人ごとと考えている傾向がある。
  
しかし、服を脱ぎ、浴室に入り、いざシャワーを浴びだすと、
「○ァック!!水しか出ねぇ!!」
と怒りを露にして叫ぶのである。
ここではじめて対岸の火事の火の粉が我が身にかかるのである。
というかもともとこの問題は対岸の火事ではないのだけど。
   
しかし、シャワーを終え、服を着て、部屋に戻り、タバコを一服する頃には、
「まぁ、修理は今度(至極曖昧な定義)でいいかなぁ」
と思うのである。
  
そして、翌日、浴室に入り、再び怒りを露にする。馬鹿な歴史は繰り返される。
  
馬鹿な歴史が6回ほど繰り返されると、さすがに対応策を考えることになる。
うちのアパートの不動産屋に行こう。
不動産屋さん、数日前から給湯器が壊れているんです。修理頼めますか?
  
「あぁ、電気給湯器ね、九州電力に問い合わせてみて下さい」
はぁい。九州電力さん、数日前から給湯器が壊れているんです。修理頼めますか?
  
「あぁ、電気給湯器ね、業者に問い合わせてみますので、折り返し電話差し上げます」
はぁい。ジリリリリン。ジリリリリン。
  
「こんにちわ。電気給湯器の業者の者です。只今お盆休みなので修理はできません」
はぁい。っておい!!
2001年08月13日(月)  刻印。
万策尽き果て、理由も無くなり、軌道修正を余儀なくされた僕は、
ようやく緩やかな気流を発見して、快適なフライトが再び始まろうとしていた。
   
が、
  
やはり、快適な空の旅は退屈なのか、いつの間にか乱気流へと突入している自分に気付く。
  
南米にある小さな鳥がいる。
安息の地を求め、羽根を休め、ハリケーンが見えると両手を挙げて喜び、
突風に身を委ねて、小石に当たり、木の葉のように舞い、
傷だらけになって、地面へ叩き落とされる。
そして、再び安息の地を求め、羽根を休め、また悲劇が繰り返される。
  
「自虐的」
 
19歳の頃、半同棲している彼女がいた。
彼女は時々、僕の右腕を長い時間、強くつまむ癖を持っていた。
    
無表情で、僕の目を見つめ、力のある限り、つまんでいる手を震わせて、
僕の右腕を強く、強くつまむのが癖だった。
  
そこには、愛情も、悲哀も、憎悪も感じられなかった。
ただそこには「痛み」という直接的な感覚だけがいつまでも残った。
彼女はその行為によって一体何を求めていたか今でもわからない。
しかし、僕は彼女の気が済むまで、無表情でその痛みに耐えた。
  
彼女はそのつまむ行為を終えると、
キスをすることもあったし、トイレに行くこともあったし、
何事もなかったようにそのままテレビを見ていることもあった。
  
今でも僕の右腕には、当時の名残が、
彼女のあらゆる感情を集約した刻印のごとくたたずんでいる。
  
  
   
自虐について書きたかったのだが、これは正確な意味での自虐ではい。
他人の意思を借りた自虐と表したほうが適切だろう。
  
僕は今でも時々、あの6畳1間で行われた、あの空虚な「痛み」を思い出す。
そして、あのあらゆる感情が消えた彼女の顔を思い出す。
みんな救いを求めていた。
2001年08月12日(日)  新女会兼瓢駒的御深会。
今回で3回目となる新女会御深会。
今回は今までと少々趣向が違う。
我がサイト「歪乃瓢駒」からも数名参加。
「歪乃瓢駒」ではオフ会はしないものだと思っていたが、
3代目幹事、MIUMIUのナイスな提案で、
「新女会兼瓢駒的御深会」となることに決定。
   
管理人の私。今夜に備えて午後から休暇をとる。
今夜に備えてゆっくりソファーの上で休息をとる。
そして寝過ごす。
  
30分程遅れて登場。そういえば前回の御深会も遅れて登場した。
結構、僕は自覚していないだけで、時間にルーズなのかもしれない。
    
総勢13名参加。飲めや歌えやの大騒ぎ。大騒ぎ。
大はしゃぎ。妙な顔がデジタルカメラに収まる。一生の不覚。
  
しかし、全員、まったく違う場所でそれぞれの日常を送っているというのに、
ああいう一体感を作れるということは、
やっぱり1人1人がああいう場で適応する才能を持っているということだろう。
僕も人見知りするはずなのに、最近の御深会では、そんなことはまったくなくなった。
   
僕は所用で1時間程(2時間だったような気もする)、会を抜けてしまったが、
3次会まで参加する。怪しい雰囲気のお洒落なバー。お洒落な雰囲気の怪しいバー。
  
時計を見る、3時。明日も仕事。否。今日も仕事。
そしてホテルへ。シャワーを浴びて、ベッドに横になって。
2001年08月11日(土)  ファイナルアンサー。
突然、決断を迫られる時が来た。
突然というか、ある程度予想はしていたのだが。
  
嫌いな人からの電話を居留守するように、
伸ばし伸ばし、いつかは電話をとるだろう。というような気持ちで、
月日は経ってしまい、とうとうその嫌いな友達に電話することができなくなるような。
  
そのような感じで、答えを伸ばし伸ばししている内に、
相手の心のゴムは伸びきってしまって、
すまないと思いながらも優柔不断な私。
うん。優柔不断だから。という理由で逃げよう。と思っていた私。
  
そんな事も長くは続かず、とうとう決断を迫られる時が来た。
  
2択。
  
そう、2択問題。正解の確立50パーセント。というわけではない。
どちらが正解だなんて考える問題じゃない。
 
Aを選ぶとBが傷つく。Bを選ぶとAが悲しむ。
 
決していい状況ではない。誰かが微笑み、誰かか涙する。
そういう2択。
 
「さぁ!今こそ答えを!!」
 
壇上に立たされ、裁きを受ける気持ち。好奇の目で見つめる人々。
絶え間ない雑騒。えなりかずきのように眉を八の字にする僕。
 
「さぁ!今こそ答えを!!」
 
観衆が声を揃えて叫ぶ。額から汗が吹き出す。絶え間ない雑騒。
大きく息を吸い込む。周囲が一瞬静かになる。
 
「僕は、僕は・・・」
  
壇上から飛び降り、その場から逃げ出した。
2001年08月10日(金)  エビバデポジティブ。
最近は朝からテンションを上げるために、
コンポの目覚ましから大音量のヒップホップを流しているのだが、
いかんせん何を言っているか叫んでいるかわからないので、
本当に、気分だけでテンションを上げている感じで、
あまり脳味噌を使わないので、お得な感じである。
もしかして、
   
「早起きなんてクソ喰らえ!陽が沈んでから起きたらいいんだ!」
   
と、叫んでいるかもしれない。
だけど、僕は日本人なので、英語はわからない。
ニュアンスさえ伝わってこない。インスピレーションも感じない。
僕はただ、気合を入れて、アパートのドアを開けることができたらいいのだ。
  
いつもは朝からジャズやボサノヴァを流していたのだが、
心休まることはいいことだけど、
心休まり過ぎて体も休ませたくなるので、
夏の朝日の暑さも相重なって、あぁやだなぁ。とネガティブな感情ばかり出てきて
ネガティブな感情が、なんだか、自分の人生にまで感染して、
あぁやだなぁ、生きることって。など端的な感情まで表出してしまうのです。
  
勿論、このような厭世的な考えは、朝だけに限られるのであって、
寝ても覚めても悲観的な考えを持っているわけではないのです。
そりゃあ、時々、部屋の隅で体育座りをして小説など読んでいるのだが、
大抵は、愛想が良くて、お調子者で、お洒落をして、流行りの音楽を聞いて、
相手が笑う前にこちらが笑って、相手が喜ぶとちょっと悔しくて、

という具合に、実に普通の一般青年。選挙だって行ったことないし。
苦手な物はおでんの玉子と2人で食事をして、
相手がトイレに行って手持ち無沙汰になっている時のみ。

本当に気ままに生きています。
2001年08月09日(木)  復帰れる。
今日から職場へ復帰。朝からちょっとした緊張感。
こういう緊張感を長らく忘れていた。
職場へ向かういつもの道も、行く手の真正面に昇る朝陽も新鮮に感じられる。
久々の白衣。ドキドキしながらナースステーションへ入る。

「おかえり〜っ!!」

みんなの声。今の職場が大好きな理由は、みんなの声が大好きだから。
僕は、こういう恵まれた職場で6年も働いている。
いざ、なんらかの理由でこの職場を離れる時が来る事を考えると・・・
と、それ以上はあまり考えないようにしている。

カンガエチャダメ!!

と思考回路にブレーキがかかる。
想定を想定したらいけないのです。想定はあくまで想定。

だけど、いつかは、やっぱり、始まりは終わりの始まりなのであって、

僕のこの今の生活も、
この働いている職場も、
居留守し続けてたらキレてしまった友人も、
夜中に突然忘れ物を取りに来る女性も、
時々電話をくれるあの人も、
時々メールをくれるあの知らない人も、
明るい道へ導いた人も、
暗い部屋に追い込んでしまった人も、
愛する人も、
愛した人も、

みんないつかはどっかに行っちゃうんだな。って。
2001年08月08日(水)  池袋 9
長かったビジネスホテル生活も今日で最後。
荷物をまとめてフロントへ向かう。
エレベーターの中で外国人夫婦に声を掛けられる。
しきりに笑顔で何か話し掛けてくるが、まったく聞き取れない。
目線はエレベーターの階表示を見つめる。
6F・・・4F・・・2F・・・
1Fへ降りるまで、想像を絶する時間の長さ。
話し掛けられている間、常に愛想笑いという日本人丸出しの応対。
自己嫌悪に陥る。

エレベーターを降りる。フロントへ向かい、チェックアウトする。
駅に向かう途中、胸のど真中に「東京」とプリントされたTシャツを来た外国人を見た。
私が、職場で胸のど真中に「病院」とプリントされた白衣を着るのと同じ事だ。

渋谷で降りて少し買い物をする。
どこに何のショップがあるかわからない。
計画性がまったくない。ただ山手線に乗っていて「渋谷」と聞いてそのまま降りた。

「あなたってこう見えて結構行き当たりばったりの生活してるよね」

食事に行く約束を忘れてそのまま東京に行ってしまって、
その約束を今日思い出して、慌てて(遅すぎる焦躁感)電話して、
謝った後に、その女性に皮肉半分そう言われた。

行き当たりばったり。

飛行機の中でそのことについて考える。
なにが計画的で何が行き当たりばったりなのか。
計画的行動の中の行き当たりばったりを立証するものは何か。

行き当たりばったりの乱気流で飛行機が揺れる。

アパートに帰る前に、ある所に寄って、
形而的状況で形式的な自分なりの儀式を終わらせる。
そしてそれはある形を残して全てが終わった。

全てが終わって、この時から新しい何かが終わり出した。
(始まりは全てが終わりへ向かうことを意味する)

前を向いて歩こう。下を向いても涙なんて出ないから大丈夫。

東京編終わり。
2001年08月07日(火)  池袋 8(後編)
スクーリング初日に、

たまたま僕の前の席が空いていて、
彼女が遅れて登校して、
空いていた僕の前の席に座って、
同じグループになって、
全く一緒の考え方(彼女の方の知識は深く、崇高だが)
を持っていた。

ただ、それだけである。それを偶然とみるか必然と見るか。
そういうのは神か宗教家か心理学者が決めればいいことなのだ。
僕達が決めることじゃない。

僕達は、結局こうやって、池袋のビルの8階の居酒屋で、
3杯目にソルティードッグを頼んで、焼酎をシングルで頼んでいるのだ。

東京に来て初めての雨。

池袋駅の前で別れて、僕はホテルへ向かう。
生活感がまったく感じられないあのビジネスホテルへ。
東京でああいう部屋にずっと住んでいたら、おそらく無感動な人間になってしまうだろう。
ベッド、シャンプー、冷蔵庫、トイレットペーパー。最低限度の備品。
僕達の生活は雑貨があってこそ成立してるのだ。
壁に飾る絵画だって、ベランダに佇む鉢植えだって必要なのだ。

そろそろ、東京生活も終わりを迎える。
ホテルへ通じる裏道は、いたる所で露出度の高い外人のお姉さんたちが
通りすがりのサラリーマンをホテルへ誘い込もうとしている。
いつもはお姉さんの誘いをただ黙って断っていたのだが、
今日は、少し、話をしてみよう。と何故か思う。
欲情ではなく好奇心で。

「こういうのっていくら?」
「ニマエンデース」
「え!?高くない?だってホテルのお金もこっちが払うんでしょ」
「じゃ、イチマンゴセーンで」
「ん〜。・・・やっぱ高いよ。僕、お金持ってないし」
「マッサージ、マッサージ・・・」

そう言いながら、なぜか僕の上腕部をマッサージしだす。
僕はこれで欲情するほど、やわじゃない。

僕には壁に飾る絵画だって、ベランダに佇む鉢植えだって必要なのだ。
2001年08月06日(月)  池袋 7(前編)
スクーリングが終わった後、高校社会教師と食事に行く。
今は、受けている講義が別々なのだが、退屈さと僕達の偏屈さは共通している。
こっちは今日も精神福祉的なビデオを延々と流され、
彼女の方は、国際福祉的なビデオを延々と流される。
一方は眠り、一方は耐える。
垂れ流しの情報を自分で拾い分けて解釈するのがどうやら大学の教育方針らしい。

「ビデオばかり流すのなら、みんなに配って家で見せたらいいのよ」
不服そうに彼女が言う。
「そりゃそうだ」僕が言う。
そりゃそうだ。ビデオばかりなら鹿児島でも見れる。

今夜は居酒屋へ。

僕はビールを飲む、彼女もビールを飲む。
カティーサーク。ふふ。

彼女と話をするうちに、異常に共通点が多いことに気付く。
異常に考え方が似ている。
ただ、僕が実家が九州で、彼女の実家は東北という地理的条件を除いては。

性格的な傾向も似ているので、日頃、人に話せないような内容も、少しずつ、
内に眠る、秘密の扉を少しずつ開いていく。
そして、その扉から出てきたものが、双方一致する。そして感動する。

僕達はある一種の共通した特別な性格傾向(感情?行動?)を持っている。
「物の見方」と表現することが一番適切かもしれない。
しかし、こういった種類の物の見方は他人の目には往々にして馬鹿げたものとして映る
ものだということが僕達にはよくわかっていた。

だから、今まで誰にも話したことがなかった。
どう考えても馬鹿げている。
僕達はこの世に生を受けて3年目ですでに馬鹿げていたのだ。
2001年08月05日(日)  池袋 6
今日より「精神保健福祉論」。
この辺りの学問は、職場で専門的知識を養っているため、
昨日の「社会福祉原論」に比較すると、雲泥の差。

雲泥の差?

どちらが雲でどちらが泥だろう。
まぁ、どっちだっていい。
求めるものは、講義の内容、若しくは過程ではなく、
単位修得という結果なのだ。
簡単な科目でも難解な科目でも、2日机に座っていれば1単位もらえる。

何もせずに机に座って、7月に自動的にボーナスが出る政治家と一緒だ。
要は偉い人の真似をすればいいのだ。

講義は、講師は何もせず、ただ退屈な精神保健的なビデオを流す。
質問すると、
「こういう質問が出ましたが、みなさんどう思いますか」
と生徒に答えを委ねる。
「それは現在の社会復帰施設が整備されていないからだと思います」
と目を輝かせてとある生徒が僕を見て答える。
生徒が生徒に答えを教えてもらっている。なんだこりゃ。

「次はこの社会復帰施設についてのディスカッションをしてもらいます」
痩せた金正日のような講師が言う。ディスカッションの定義が曖昧すぎる。
「次は果物の美味しさについてのディスカッションをしてもらいます」
と言っているのと同じだ。
レモンは酸っぱいし、イチゴは甘いのだ。

「ちょっとトイレに行って来ます」
グループの人にそう言って席を立つ。
教室を出て、トイレを横切り、廊下を渡り、階段を降り、校舎のベランダへ出る。
ズボンの左ポケットに入れていたタバコを取り出し、
あらゆる曲がり方をしたタバコをくわえて、溜息と一緒に煙を出す。

鹿児島から東京まで片道33000円。
今回、修得できる単位3単位。
講義を抜け出してタバコを吸っている生徒3人。
3本目のタバコを吸い終わって教室へ戻る。

「ウンコ?」
ニヤニヤしながら同じグループの女性がおおよそ都会的ではない下品なことを言う。
「3本出た」
ニヤニヤしながら僕がおおよそ都会的ではない返し方をする。
かといって九州的でもないのだが。
2001年08月04日(土)  池袋 5
今日で福祉系の講義は終わり。
毛沢東似の講師が「措置費制度問題」とか「普遍主義的主体性」など
訳のわからないことばかり言うので、僕には全部中国語に聞こえる。
他の人を見渡してみると、皆、次々に発せられる中国語にしきりに肯いているので、
僕は池袋ではなく、天安門広場に来てしまったのではないかしら。
と、うつろな目で思っているうちに午前の講義終了。

「では、昼食の時間にします」

という言葉と同時に、僕の顔に生気が蘇る。
「イヤッホォォォォイ!!」
と叫びたいくらいだが、周囲は知らない人ばかり。
天安門広場で叫ぶと、銃殺されかねないので、与えられた50分の嬉しさを1人で噛み殺す。

さて、昼食。さて、どうしよう。
あ。高校教師さん。ご飯食べに行きましょう。

というわけで、昼食はパスタ。気が付けば13時5分。
午後の講義はもう始まっている。

走って(走ってない)、早歩きで(早歩きでもない)、
ただ普通に歩いて(普通より遅い)学校へ戻る。
そして午後からも何事もなかったかのように中国語講座は続く。
ニィハォ。シェイシェイ。ゴールドプラン。

難解なディスカッション抜け出して、外でタバコ吸ってたら注意を受けた。
高校生レベルの怒られ方をされた25歳。

この日記を毎日見てくれている職場の看護部長さん。
僕は、有給いっぱい使って、このように毎日頑張ってます。
皆さんに頑張っているとよろしくお伝え下さい。
そして後輩にはこの日記を見せないで下さい。
後輩から電話がきて、ひどく、怒られました。
2001年08月03日(金)  池袋 4
今日から福祉系の講義。
福祉系は大の苦手。全然面白くない。
心理系と比べて、自分の考える余地がない。
講師が言うことを、そのまま覚えなければいけない。

というわけで、講義開始と共に僕の目は、
鯛の生き造りを全て食べ終わってしまってから見る鯛の目のように、

息絶えてしまった。

講師が言うことが頭には入ってくるが、それを解釈しようとしない。
講師の言葉は、頭の中でしばらく回り続けて、ふっとどこかへ消えてしまう。
そして、その頭の空席を見計らってまた次の難解な言葉が頭の中へ入ってくる。

そして、それを追い払う。
おい、追い払っちゃダメじゃん。

10分間の短い休憩時間。
講義の時と全く変わらない姿勢で無表情で座っていると、声を掛けられた。
振り向くと、先々日より登場している高校教師。
昨日に引き続き、今日も同じ講義を選択していた。

「ほら、見て、目が死んでるでしょ。あの講義の内容じゃ、目だって死にます」
僕は同じ姿勢で表情を変えずに言う。
「私もこの講義、つら〜い」

そう言う割には、その後の講義で、ものすごく難解な質問をいくつかして、
講師を困らせていた。

講義が終わり、駅まで一緒に帰った。
彼女の言う言葉一つ一つに、想像を絶する知識が眠っていて、
その知識を刺激すると、それは元気よく、
よくぞ起こしてくれました!
と言わんばかりに、次々に新鮮な言葉に形を変え、口から発せられる。

彼女の言葉は、歩く私たちの後ろにそびえ立つサンシャインビルのように、

高くて、大きくて、手を伸ばしても、届くはずもなかった。
2001年08月02日(木)  池袋 3
昨日、登場した高校教師。
月並みな表現だが、兎に角、頭がもの凄く良い。
底無しの知識を持っている。

格好は、キックボードで通学したりして、今時の女性という感じだが、
いざ、面と向かって話すると、その知識の深さに飲み込まれてしまう。
蛇ににらまれた蛙のように。

いまいち上手く伝えることができない。

例えるならば、
「じゃぁ、君は、いつ噴火するかわからない富士山大噴火に備えて、
毎日、ヘルメットをかぶるのか」
ということ。
ありとあらゆる可能性を、その細かな1つ1つにまで万全の知識を備えている。

話は変わるが、今日でやっと一科目終了した。
終了試験も、想像を絶する険しい顔をしながら、なんとか終わらせた。
そういうことで、今日は、疲れました。

講義が終わってから、
同じクラスの人に「カラオケでも行きませんか」と誘われたが、
その人とは初対面ということと、
テストが終わって散々疲れていたということと、
慣れない標準語を使うということと、
自分の知識の浅はかさに気付いたということと、
「カラオケでも行きませんか」の「でも」という言いまわしがなんだか気に入らなかったので、

あっさり断って、

東急ハンズで少し買い物をして、迷子にならないように、
人だらけの池袋3丁目を歩き、柄の悪い兄ちゃんの柄の悪い風俗への誘いも

あっさり断って、

一目散に、ホテルへと向かうのであった。
池袋生活3日目終わり。
2001年08月01日(水)  池袋 2
講義内容「心理学基礎実験」

グループでディスカッションを行う。今日初めて出会った人と。
通信学部なので、生徒のバックボーンも様々。
1グループ4人。
高校の社会教師。女性。
養護学校教論。女性。
現役心理カウンセラー。男性。
そして、
駅より徒歩5分のところを徒歩30分かかった看護士。25歳。

ディスカッションの内容
「ある心理実験の独立変数、従属変数、剰余変数を考察せよ」

問題内容なんてどうでもいい。ここで説明しろと言われたら、
何時間あっても足りなくなる。
足りなくなるというか、説明できる知識が僕にはない。

要はディスカッションの内容なのだ。
最初は、皆、遠慮深く自分の意見を控えめに言っていたのだが、
それぞれ、違う方法である程度の心理学を学んできている身。
その違いがディスカッションが続くうちに、露に出てきてしまった。

皆、ものすごい知識を持っている。
僕なんて、井の中の蛙だね。否。井の中の蛙が産んだオタマジャクシだね。

皆、心理学の根底に流れているものに違いがあった。
高校の社会教師は、ユングの影響を強く受けていた。
現役カウンセラーは、ロジャースの影響を強く受けていた。
私は、フロイトの影響を強く受けている。

「行動療法的に言うと、オペラント条件付けに基づいて・・・」
「いや、違うね、確かにそうだとは思うけれど、精神分析学的にいうと・・・」
「う〜ん。それもちょっと違うわよ。ユングが言うには・・・」

という具合。日常ではとても話すことのできないマニアックな会話に身を浸らせる。

19:30  講義終了。

結論がまとまらなかったので、場所を近くの喫茶店に移し、
延々と、自分の心理学的な考え方を討論しつづけるのであった。

今日、初めて会った、生まれも育ちも違う人たちというのは、
この際、考えないようにする。
人見知りをせずに初対面の人と話せる僕は少しずつ成長しています。

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