心の色から未来へ
mailhomebbs
2012年10月24日(水)<<<ありがとう お父さん

お父さんの妹
おばさんの電話に出た瞬間
涙が止まらなかった

お父さんが
きっと そうしてくれたんだな〜って
嬉しかった


兄に負けじと頑張ってたけど
やっぱりもう限界だった

今日は お母さんの兄弟の
おじさんちまで行って
話してきた

良かった
皆 助けてくれる

お前の考えでいいよ
正しいよ
頑張れって、ちゃんとお母さんを
守ってあげてって

色んな助言をいただいてきた

私がまけちゃいけないんだ
頑張らなきゃ

明日はお母さんの誕生日だ
お父さん お母さんのとこにくるかな

やっぱり
まだまだ お父さんいるみたいで
涙が止まらないよ〜



2012年10月23日(火)<<<お父さんの力なの?

こないだ お母さんの内科受診日だった

いつものように、迎えに行って、病院に行き
一緒にお昼を自宅で食べた


洗濯に掃除に、さぁ
帰るね〜
って ふと見つけたペットボトル


え?


ペットボトルの中には
タンスの中の乾燥剤。

そして水

「お母さん!もしかして これに水入れて飲んだの?」



もう 涙が出る思いだった


「こんなの飲んじゃだめでしょ
死んじゃうよ!」


いくら 私が怒鳴った所で
わかるわけない


ただ 母は ごめんねって



ゴミ箱も一杯
ただ ご飯と薬だけみてもらってるだけ



苦しくて・・・。


兄に電話してお願いした


もう少し 毎日 身の回りを見てほしいって




久しぶりに兄と話すと

冗談ぽく


『お前は ○○家じゃないんだから、通帳持ってるのおかしいんだよな
本当は、俺が長男なんだから、法廷でもかければ、俺が管理するようになるんだからな』

みたいな・・・


は?

すぐ言い返した。
「お父さんに、私が頼まれたんだから、わかってるでしょ?」

『そんなの遺言書があるわけじゃないから、実際は俺なんだよな』


もう 腹がたってしょうがなかった


最近 だんだんと 私に言い始めてきた




おかしい
絶対 おかしい



で、うまく聞き出した
借金がやっぱりあった

○百万!



危なかった 通帳渡さなくて良かった。



実際私は、兄夫婦よりも年下
まだお母さんが実家にいる


喧嘩はできない


でもこのままじゃ
もう私が苦しくて



あの家から お母さんさえ出してあげられたら




すぐ 施設へ電話した



来月の判定会でお母さんは入所できそうなのか・・・

まだダメそうっていわれちゃった
他の 高い所なら空いてるけど
慣れた所じゃないと やっぱり可哀想だし・・・

兄夫婦の件も 施設の人には話した
それでも やっぱりダメ

そんな電話をしてる時に
携帯が鳴った



本当に お父さんが私を助けに来てくれたって
そう思った


電話は お父さんの妹 
私のおばさんからだった

2012年10月15日(月)<<<お父さんに会いたくて・・・

3か月がたった

お父さんがいなくなってから
早いようで まだ三か月しかたたない

なんだか かなり日にちが過ぎたみたいに思う


1日1日が忙しく フル活動してたからかな


「じぃ〜じに会いたいね。ままお墓行こう〜」
子供たちが誘ってくれた

毎日でも時間があれば 行きたい所
一緒に行ってくれるの凄く嬉しい。


お墓に着くと、真っ先に 
「私 バケツに水くむ!」

「私は 雑巾でふく!」

って 駆け足で飛んでく
お寺と違って 庭園墓地みたいな所だから
心地よい音楽が流れてる
またそれが、やけに寂しくて
お父さんに、会いたくなる。


私が お線香に火をつけている間
一生懸命 お墓に話しかけながら
掃除をする 娘たち

本当に 嬉しくて
涙がボロボロこぼれ出る


この子たちが 旅立つ時まで いてほしかったな〜

そればっかり 考えちゃう。


お父さん そばにいるかな?


帰り道 肌寒くなったのに
車まで戻る道で 私たちの目の前を
蛇が通りぬけて行った


三人で じ〜じだったかな〜?
なんて言いながら 

また来るね〜って!

お父さん もうすぐお母さんの誕生日だね
お母さんに 会いに来てね

2012年10月14日(日)<<<あれから・・・

結局 兄にはストレートに言えず
ただ、少しは話が冷静にできた。

兄夫婦の離婚問題も
なんだか降り出し

義姉の本心は・・・

最終的には、この家と土地がある
ローンのない暮らし

きっとそこ

兄に「これからは ちゃんと掃除とかします」
みたいな事言ったらしいが、

それもどーだか


実家に行ってみると
仏壇のあるリビング
本当にゴミ屋敷

私が掃除するのは
お母さんの部屋のみ

お父さんがいた頃とは大違い


なんだかんだ 結局 離婚するな〜
そう思う


お母さんが ホームに入り、私の出入りがなくなったら
あの家は 終わり

それならそれでいいと・・・


私は思ってる




昨夜の夢
久しぶりにお父さん出てきて
私に言ったんだよ



「なんだぁ これは こんなの許したらだめだ!」
って、一枚の紙をもって私の所にとんできた父



その紙は 離婚届だった



きっと 兄には離婚してほしくないんだね〜
死んでも 過保護だよ。
お父さん。


2012年10月11日(木)<<<爆発しちゃった

もう かなり前回の日記を書いたときは
いっぱいいっぱいだった

かなりの ストレスだった

原因は、やっぱり兄夫婦の事


色々 義姉とのメールでのやり取りの中
やっぱり発言してしまった

我慢できなかった

全部 心の中で思ってることを
兄に電話してぶちまけた


で、結局 私の生意気な発言が
気に入らない兄は、怒り、
怒鳴る寸前まで来てる私自身がわかったから
私から、「だめだ、またにしよう」って終わりにした



もう 本当にかかわりたくない
そう思う


それからも色々と考え
とりあえず、冷静に 私の考えを少し変え
明日 兄と話そうと思う


結局 借金をする人は治らず
パチンコも我慢はできず
そんな兄を 一時でも信じようとした自分が
なんだか悔しい


早く お母さんをあの家から解放させてあげたい
そしたら 私も 重荷は少しなくなる


もう兄夫婦とは かかわりたくない
2012年10月03日(水)<<<泣きたい

わぁ〜わぁ〜と、泣いちゃいたい

ここ2〜3日 そんな感覚になる


なんか ひたすら泣きたい
声をあげて


自分で感じる
いろんなストレス


なんか 苦しい


色んな事を色んな人に話し、
沢山 助言をしてもらい

もう考えるのよそう
って思っても あれやこれやと考え

結局 決めるのは自分
答えを出すのも自分

そんな 自分の中の心の葛藤が
もう  苦しい


仕事もある
商品のお届け
それだけでも おっくう

学校の役員
果たさなければならない 行事 会合 イベント

あと少しなのに
苦しい

姑との事も
変わらす 苦しい



なんか な〜んにもしない
考えない
だらだらな そんな日が1週間でも1日でも欲しい


10月 11月 12月

本当に考えること、スケジュール多すぎる


そんな中
早く 治してあげなきゃ
お母さんの 白内障
一番は それなんだ


oldlistfuture


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

My追加