独白「文字式」

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2002年10月31日(木) 自分さがし(アルバムの整理をはじめる編)

突然だが、生まれ変わろうと思っている。
といっても、もう何度もそんなことを考えては
のどかに日々を過ごしているのだが。

で、今回はちょっと大掛かりに生まれ変わるべく
いままでずっと(一人暮しはじめて数年)手をつけてなかった
学生時代の写真をアルバムに整理したのである。

これは学生時代の写真をキチンと整理して
過去の自分に決別するの、ってわけでなく、
アルバムに写真を整理すれば、本棚に並べられるためだ。
今まではビニール袋にしまいっ放しで、
収納箱にただ入れていたため、なんとなく場所をとっていたのだ。

昔の写真を袋からとりだして、アルバムにしまい出す。
アルバムに淡々としまう作業をはじめたのだが、
やはり(というかあんのじょうというか)
昔の自分と友人の姿に目が釘づけになってしまった。

昔の自分。
数年前の自分。
若かりし頃の自分。

痩せている・・・。
目が輝いている・・・。
そして、なぜだか髪型がバラついている・・・。
なぜ、俺はこんな髪型をしぱているのだろうか。
思わず昔の自分に「こざっぱりとしなさい」と説教をしたくなった。

そんな自分の姿をながめつつアルバムの整理を続けるうちに
謎や不思議やその他もろもろの感情が沸いてきたのである。

で、なんだか次回に続くのである。


2002年10月21日(月) そのものへの熱中

最近、またマンドリンを弾いている。
後輩の演奏会に、またまた参加するのである。
卒業以来、なんやかんやと賛助として若き後輩に混じって演奏をしているのだが、
そのたんびに、
演奏の喜びと、過去への追憶でため息がでそうになってしまう。

で、こんなことを書いていると、
「趣味」としてマンドリンオーケストラをやるのは難しいかなあ、と
ふと思ってしまうのだ。

もし、後輩に混じっての演奏で、
「ああ演奏は楽しいぜ」とか「若いエキスはええのう」とか
そういう充実感がメインだとしたら、
社会人団体に加わっても十分楽しめるであろう。

そこには演奏も若いエキス(はあまりないのが実際のところだが)も
あるからだ。

しかし充実感の中に、
後輩に混じることで、過去の記憶をたどり楽しむような部分が多いようだと
ちょっと事情が変わってくる。

社会人の趣味としての演奏活動は、
時間が無駄にあった学生時代の活動のノリとは当然異なってこよう。
なんといっても、かける時間、熱意のウェイトが違うのだ。
そうなると、社会人の団体で演奏しても、あの学生時代の
面影は見当たらず、なまじ熱中した記憶があるだけに
そのギャップになんか打ちひしがれてしまいそうだ。

「詩を書く」ということが
上記のような状態になったらちょっといやだなあ。

幸い、過去の青春時代において、
「詩を書く」ことにまつわる明るい話はないので、
過去を振り返るのではなく、「書くこと、そのものへの熱中」で
もそもそと書き連ねているが、
最近、「詩を書く」ことから派生した楽しいことが多くなってきたのだ。

「書くこと、そのものへの熱中」の源泉を
忘れないようにしないと。

さて、実は、
後輩(私も出た)のマンドリンCD演奏を
リーディングに使ってください!と売り込みをしたことがあり、
そのイベント当日だ、と家を飛び出し、向かったのだが、

雨天中止になっていた…。

まあ、どのみち散歩するつもりだったので良しとしよう。


2002年10月16日(水) ヰタ・セクスアリス

どうも10月は不調気味である。
ご飯食べて、お酒飲んで、いねむりして、保険に入る毎日。
で、そんななか面白いことといえば、
机を整理していたら高校時代に書いたポエムが発掘されたことである。

そのポエムは、高校時代の現国の授業中に書いたものである。
1時間時間が与えられて、詩を書ければ書く、
書かなくても良い、という授業であったが、

書いた詩は印刷してみんなに見せる、ということに
妙に触発されたのか、前日夜中2時まで下書きまでして
提出したのであった。

思えば、これは初の詩作だったと思う。
(ものごころついてからね)
でも、妙に燃えあがったのは、きっと
心の中にもやもやもやしたものを押し出したくて、
でも、詩を作る、という方法論はわからなくて
無理やり安穏と暮らしていたところに
きっかけを見出したのからであろう。

あるいみ、この国語の先生は、恩人ということになる。
人が試験中で必死に問題に取り組んでいるのに、
試験監督をしながら、
教室の片隅でピッチングのまねをする
うっとおしい先生であったが。

で、なにを言いたいか、というと、
詩を押しつけられるのではなくて、
ぶつかるような形でであえてよかったなあ、
としみじみしたんだよ、ということなのである。

他にも、いろんな人、物事にぶつかって
しみじみとするんだろうなあ

ちなみに、その授業時にかいた詩のタイトル
上下のヒト・アコーディオン・夜・ちぢむ・食人
夏(1)・夏(2)〜ラジオ・いいわけのような午前2時
なんか、あんま今とかわんないか?


2002年10月07日(月) 今さらジロー

さて、日記である。

9月は一行詩ばっか書いていて、
それというのもザンボア(http://www.web-corrado.com/zamboa/index.html)
というホームページの1コンテンツで
投稿を募集しているためなのだが、
その、お世話になっているザンボアで、
公開座談会を10/1〜7までやっていた。

HPの掲示板を活用する企画なので、
宣伝が遅れても、後からゆっくり読めるであろう、
と思っていたら、過去ログを最初の記事までたどりつけなかった・・・・。

個人的にはちらほらと読んでいたのだが、
確かに刺激になった。
頑張らねばならん。
そこで、夕飯に3膳食べていたのを2膳にして、
おなかいっぱいになって寝てしまわないようにしようと思う。

ところで、
先日ケンタッキーに行ったのだが、
ちょうどチキンの在庫が切れていたらしく、
少し待った後、あつあつあげたてのチキンが出てきた。

でも、ケンタッキーは
少し冷めて、脂っこくなっているほうが美味しい気がするのだが
いかがであろうか。

では


2002年10月05日(土) 朗読報告

さて、またまたひさびさに日記である。

これまでの日記はレポート風に、出来事があるたんびに
そのディテールを書いていたのだが、
この10月以降は、ある程度定期的に、かつタイムリーに
思ったことをつらつらと書くようにする。

とはいいつつも、まずは出来事報告
先日、「詩を朗読する千葉県民の会2〜脱力の秋〜」に参加してきた。
私自身は1から参加しているので、
久しぶりにお会いできた方もいて良かった。
そういうホームグラウンドみたいなものがあると、やはり落ちつく。
ただ落ちついてばかりいるのも何なので、
HPを通じての知り合いや、プライベートの知り合いを
ひっぱってこれるくらいのパワーを身につけたい。

個人的には「朗読文字式 組曲とその他」と称して
おやつの時間、乙女新聞、組曲「雨の成長」を読んできた。
朗読前半部が若干受けていたのではなかろうか。
今度またなんかやれる機会があるときは、
背中の羽、月影No.1、月影失明団、書き下ろし、の
空シリーズをやりたいなあ。

一番印象に残った朗読は、
ゲストの松岡宮さんの朗読であった。
彼女がステージに立った時から
一種異なったオーラが漂う感じがするのである。
で、朗読が始まっていくとどんどん吸いこまれるのだ。
全般的には危うげな感じ。
こういうのがステージなんだろうねえ。
(なにげに松岡さんちにはうちからリンクが貼ってあります)

長くなったのでこの辺で。


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