浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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2006年10月24日(火) F1最終戦

『最終戦』

98年、鈴鹿。

タイヤがバーストし、
タイトルの夢破れたとき、
フェラーリの総帥は言った。

「運命は、我々にNOと言った」と。

06年、ブラジル。

再び、運命はそう言ったのか。

ライバルチームのマシンをオーバーテイクした瞬間、
フロントウィングがタイヤを切り裂いた。

ちぎれるタイヤ。
破片が、路面を打つ。

挙動を乱しながら、
彼は、ピットに戻っていく。

ドライバーズタイトルへの望みは、前戦でついえた。

それでもまだ、
チームのための戦いが、残っている。

残されているチャンスを、
少しでも引き寄せるために。

最後の瞬間まで、
レースには、何が起こるかわからないのだから。

最後尾に落ち、
それでも、
彼は、攻め続ける。

コースにいる多くのドライバー達と戦いながら。

いつの間にか、
彼とともに走っていた者達の顔ぶれは、
大きく変わっていた。

最後のレース。
はるかに若い、ドライバー達。

情熱は、誰にも負けない。

タイミングモニターに現れる、自己ベストタイムは緑。
紫の数字、ファステストが更新される。

誰よりも速いタイムを刻み、
走り抜けていく、赤いマシン。

順位が変わる。
紫の数字が、モニター上に輝く。

ファステストが更新される。

どんなトラブルが、彼を襲おうと。
どんなライバルが、彼を阻もうと。

数えあげる事も出来ぬほど、
幾度となく繰り返されてきた光景。

こうして彼は、チームに奇跡をもたらしてきたのだ。

彼なら、やってくれると。
彼のために、さらに力をつくさなければと。
チームに見せ続けた、その走りを。

最後の瞬間まで。
ただの一瞬もあきらめることなく。
ファステストを更新し続けて。

サーキットから、今、
皇帝が、去っていく。

誰よりも激しく、
誰よりも貪欲に勝利を追い続け、
毀誉褒貶を浴びせられても、
輝かしい時代を築き上げた男。

その手に、タイトルはなく。
その首筋をぬらすシャンペンもないけれど。

それでも。

彼が、最速の男であることを、
疑う者はいない。

記録の中に。
記憶の中に。

あざやかな軌跡を残して。

地上で最も速い男のまま、
彼は、去っていくのだ。


2006年10月08日(日) 鈴鹿

…鈴鹿は、不思議ワールドだったよ。

そこは、人々の集うお祭りの場。
地上に生まれた、異空間だ。

マン/マシン。
カーボンと金属と。

エンジンの轟く音。
咆哮どころではない。
これは、まるで絶叫だ。

血を吐くように叫びながら、地上を飛ぶ鳥。
大地を踏みしだき、地鳴りを呼び、駆け抜けていく竜。

その中で、ひときわ輝く。
赤いマシン。

逆バンク、S字。
飛ぶように駆け上がっていく、その鮮やかさ。

炎熱の大地を。
雨まじりの風の中を。

信じがたい速さで、タイムを縮めていった。

兄さんとマシンがひとつになった時。
その瞬間にだけ生まれる。
美しい、うつくしい生き物。

もう少し見ていたいと。
その美しさを、見つめていたいと。
そう思っていたけれど。

エンジンが耐えられなかった。

白煙を見た瞬間。
「いやー! やめてー! にいさーん!」
そう絶叫してしまった。

”やめて!”は、兄さんを襲った運命に対しての叫びだったのだろうな。
頭の中で、ポイント計算をしてしまう。

それからは、レースに、兄さんがいない、その空白を見つめていたよ。

兄さんに出会ってから。
何度も経験させられた、天国と地獄。

最後まで兄さんは、劇的過ぎるその姿を見せてくれるんだな。
なんとまあ。
その激烈さは、笑えてしまうくらいだよ。

ほんとに。なんという人なんだろう。
うん、笑うしかない。
そんな激しすぎる道を歩いてきた人なんだよな。
そんな人に惚れたんだから。

マシンを降り、ヘルメットをぬいで。
かつて見た中で、もっともおそろしい兄さんの形相を見た。

けれど。
ピットに戻ってきた時。
兄さんの顔は、とても、とても優しかったよ。

誰が悪いのでもない。
君達は、ベストをつくしてくれたと。
仲間をいたわり抱きしめる、兄さんの表情。

ああ。
そんな人だから。
心から愛することが出来たんだ。

最後まで、悔いがないよう、走らせてあげたかったなあ。

もう、彼が鈴鹿でレースをすることはない。
あれほどの速さを見せつけ。
人々を魅了しながら。

そう思うと。
涙がこぼれた。

悔しいよ。
哀しいよ。

負けてしまったことじゃない。
勝ったのが誰であろうと、関係ない。

どんな結果であろうと、最後まで走ってもらいたかったから。

たくさん泣いたよ。
サーキットで。
家路をたどる道の途中で。
何度も、何度も。

おそろしいほどの速さを見せていながら。
唐突に断ち切られたレース。
まるで、兄さんの引退の仕方のようじゃないか。

そう。
そう思って私は、笑うことが出来るんだけどね。

涙は、とめどなく流れるけれど。
サバサバと、今の気持ちは吹っ切れている。

うつくしい生き物。

これ以上に愛することの出来るドライバーには、もう出会うことはないのかもしれないけれど。

あの人と同じときを生き。
あの人に出会えた喜びがあるから。

あの人を、この目で見つめることが出来たから。


2006年10月03日(火) F1中国GPが終わり、次は鈴鹿

兄さん、ミハエル兄さん。
上海のレースがスタートし。
やるせない痛みと悲しみに襲われ。
なんという、せつなさだろう。
そう思って見始めたレースだったのに。

予選6位となったあなたを、雨は苦しめるだろうと思っていたのに。
またあなたは、なんという逆転劇を見せてくれたのか。

これほど心臓の痛む思いは、かつてミカとのタイトル争いで感じて以来。

おそろしいほどに速かったミカ。
フェラーリのマシンが、マクラーレンに追いつくことがあるだろうかと。
絶望的な差に、キリキリと胸が痛んだ。
それでもあきらめず、ひたむきに追い続けていったあなたを、好きになったんだ。

追いつけない悔しさの中に突き落とされ。
プレスの批判に、憤りを覚え。
その中で、希望を作り出していく。
目くるめくような歓喜を与えてくれる。
そんなあなたを、好きになったんだ。

ミカとの息づまるような予選争い。
鈴鹿の地で。
ミカがタイムを縮めたのをモニターで見つめ。
手強いライバルの存在に、喜びを覚えたか。
その目元が、かすかに微笑んでいた。
そして、走り出したあなたは、再びタイムを縮めてみせた。
そんなあなたの姿に感じた、しびれるような戦慄。

あなたは、戦いを、誰より楽しんでいる。

ああ、引退を口にしたのに。
今のあなたは、楽しそうだ。
なんという、美しい笑顔。
心から勝利を喜び、心からレースを楽しみ。
これほど楽しいものはないと。
そんな顔で笑ってみせる。

あなたの走る1周1周が、最後の戦いを刻んでいく。
どの1周も、あなたのかけがえのない時を刻んでいく。

その最後のシーズンに。
これほど拮抗した激しい戦いを見つめることは。
安らぐことを許されない、苦しみなのか。
このうえない、喜びなのか。

胸をかきむしるような悲しみと。
喪失の痛みと。
絶望と、涙と。
くるおしい歓喜と。
こみあげる愛しさと。

そのすべてを与えてくれた人。

愛しい人。

会いに行きます。

鈴鹿へ。


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