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やぶく人  2008年10月27日(月)
他の誰でもない誰かが紙きれをやぶりながら歩いている。「おい、何をやぶいているのですか」と問うと、そいつはおれの名前を書いた紙をやぶいていた。「おい、不吉だなオイ、それはおれの名前だ」ご丁寧にもフルネーム、漢字で書いてある。自分というものが煩わしいのでしょう? そいつは女だった。大した奴だ、人の心でも読んだのか、戸籍を調べたのか、ずいぶんと挑発的だ。「この野郎!人の名前をやぶくんじゃねえ!」
ほほ、と女は笑い、「あら、野郎だなんて。私は女性よ」などと涼しい口調でぬかす。だが顔が見えない。強烈な逆光で首から上は太陽にガッチリと守られているように見えないのだ。少しでもそいつの眼や唇を見抜こうとすれば、強烈な太陽光線に射抜かれてしまう。だが手元の紙は見える。確かにおれの名前だ。この野郎!
「あなたは自分を煩わしがっている」 解っている!そんなことは!
「けれどどうしたらよいか解らないでいる」 それも知っている!そんなこと!
「だからこうしてあげているのよ、あなたの命の願いを聞き入れてね」
だからおまえは誰だ!!
その問いには答えはない。だがどうやらおれは深刻な事態に陥っているらしい。もしかしたらオーバードーズの果てで見える不確かな超現実、白昼夢とも何ともつかぬ知覚の世界かもしれない。それともボウガンの流れ弾に当たって今まさに死にかけているのか? 分からない。分からないことを考えても仕方がない。やめろ、その紙を、と言ったら女は数百枚のおれのなまえを書いた紙を取り出した。何枚あるんだ。
「ほほほ、あなたは幾らでもいる。ただしこれはあなたではない。本当にあなたを司るものが自筆で書いた紙をコピーしたもの」てめえ!「今、破いたのも、そう。コピーなのよ」くそったれ!「本物を破けば…あなたは死ぬわ。自我が引き裂かれてね。そして同じ人間のまま、切り裂かれた名に従って、別の人間になる。そう、別の人間たちに」

という人が夜な夜な現れて、己を破き始めるとよろしくありません。軽々しい気持ちで自分の名や生命を粗末に曝さないように。




ソレガワタシノ  2008年10月21日(火)
なぜだか知らぬがこの世にはひどく気になる人間というものがいる。それは地上を掠めて闇夜を切り裂いてゆく彗星のように明らかに、唐突に目の前に現れる。だが所詮は彗星。流れるままに、たとえ主観時間をぎゅっと圧縮して、1秒を永久に感じられるまでに脳細胞を焼き尽くしても、この両腕に何百という思い出と言葉を拾い集めても、別れは絶対に来る。彗星は地平線の向こう側に飛び去り、地上には、出会う前とはもう別の人間となってしまった私という一つの事後状態が取り残される。そこから歩みだして体感する世界というのは、面白いぐらい彗星の輝きの記憶に引っ張られている。もう無いはずの引力。支配は確実に行き渡っている。次の巨大な星と出会うまで、おそらくは魂を抜かれたように、音の無いフロアで残響だけで踊ってみるように、おぼろげな足取りでしか歩くことはできない。思いっきり踊り、夜という夜、闇という闇に跨って支配していた瞬間のことを、忘れることもなければ、それに立ち返ることもできない。そして咽喉が涸れ過ぎて苦しくて仕方のない日々の向こうに、また新しい、新種の星が現れるだろう。薄情なまでに心の帳を張り替えなおしてまた新しい夜に挑むことになるだろう。主観時間をぎゅっと圧縮しながら脳細胞を再び燃やしつくして、不毛な地上の夜を鮮やかに染め上げて、躍るように眠る。それが私の恋愛。




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