散歩主義

2003年04月07日(月) 何かが変わる

万葉集にこういう歌があります。
『うぐいすの かひごの中にはほととぎす 独り生まれて
   己(な)が父に似ては鳴かず 己か母に似ては鳴かず』

まったく情報というのはどこにあるか、わかったものではなくて、今日、昼ご飯に「にしんそば」をつくり、「笑っていいとも」を見ながら食べてたら、タモリ、宮崎美子のお二方が自然界の異常の情報を交換し合っていたんです。

動植物が好きな人はいろんなところにいますよね。この二人もそうでした。宮崎さんからの情報は、ウミイグアナとリクイグアナのハイブリッドが誕生している、ということ。そもそもイグアナが海に住むものと陸に住むものにわかれたのは、はるかな太古のこと。このハイブリッドというのは全くの新種の出現と考えていいでしょう。

イグアナという動物はとんでもない数の種類がいますから、そういう「可塑性」みたいな柔軟さを太古の昔から確保しつづけているのかもしれませんね。だから、それぞれの環境にあった種類を産みだしてきたといえるかも。

タモリさんからの情報が、ウグイスがホトトギス(実はカッコウ)の悪巧みに気がついた、ということ。はるか昔から、ホトトギスはウグイスの巣に卵を産みつけていたのです。その卵はどの卵よりもはやく孵り、その背中のくぼみを利用して他の卵を全部巣から落とし、自分だけがウグイスに育ててもらうのです。もちろん身体はウグイスより大きくなるし、「ホーホケキョ」とは鳴きません。

いったいいつから続いていたのでしょうね。万葉集に歌があるくらいですからね。
そのことに、とうとうウグイスが気がついたというんです。ホトトギスは、だからほかの鳥の巣にうみつけに行っているようです。
突然気づいた、というのはあきらかになにかとのシンクロでしょう。そして、今西進化論でいけば、ひとりが気づくと、種全体が一斉に気がつくんですね。

今年は何かが変わる気がします。たぶん大かがりな変化は、人間の「しかけ」よりも大規模で静かにあっという間に変わるものだと思います。しかも、当然のように。

人も変わるでしょうか。「なにか」に人が気づく。それも「あるひとり」が。そしてそれが燎原の火のごとくにひろがっていく。そんなことをイメージしていました。


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にしはら ただし [MAIL] [HOMEPAGE]