散歩主義

2003年02月24日(月) 猫と詩を書く

(これから書く文章は、ノートにボールペンで書いたものをそのままPCに写したものです)

さて、と。文机に座りノートを開きます。「文机」といっても、若い頃から使っている家具としては唯一、残っているもので、今は猫たちに占領されている机。

さて、「写経」ならぬ「写詩」をしてみます。で、手にはお気に入りのボールペン。このダイアリーでも一度書いたことのあるハワイ土産のコナ材のボールペンです。軽すぎないのがいい。中の芯はけっこう汎用ができて、ぼくはシェーファーのにしてます。

では…さらさらさら。
全文書き写すのはことの他面白いですね。

こんなこと、松本隆さんの詞、以来です。
「はつぴいえんど」の「風街ろまん」がでた高校2年の時、ジャケットに印刷された松本さんのペン字に憧れて、なんどもなんども写したなぁ。
だから、ぼくの字は「風街ろまん」の内ジャケのノートの字にそっくりのままです。

昔のLP盤のジャケットは30cm×30cmだから、グラフィックとしての魅力も今よりあったんだ。

で、ですね、、、いま背中にキキが乗ってます。右足の横にルル。机の上にピピがいます。
猫3匹といる時はパソコンは使えません。キーボードの上を歩くし、、あーーっノートの上を歩いていきました。だから、万年筆もダメです。
彼らが電気カーペットの上か出窓の座布団の上で黙想してくれるといいんだけども。

今、ハードカバーの本のしおりをキキがしがんでいます。
お、隣の家の屋根で猫がないてる。はい、全員、出窓に飛んでいきました。

詩を全部写すのは、ふつうに読むよりも「読む」からです。小説ではよくある事ですね。知人の高校の国語の先生が「平野啓一郎のあの、古風な文体がいいよね」ってこの前いってたんですよ。

彼は平野氏が何をしてたか知らなかったみたい。べつに京大でしてたわけじゃないけれど、かれは森鴎外をなんども丸写しにしてたんです。あの文体に惚れこんでいたのですね。
それは剽窃でもなんでもない。優れた文を見習う一つの方法です。それと同じことを車谷長吉さんもしていたようで。彼は平野さんの作品を読んで、すぐ、ぴんときたみたい。で、ご本人がそういうことを堂々と語られていたので、大好きなったと書いておられました。(文春の特別号)

実は今回の婦人公論の井坂洋子さんの選評に、「無菌状態」故に陥りやすい「ひとりよがり」から脱するべく、もっと人の詩を読みなさい、という事がかかれていたのです。それで、さいきん読んだ詩をもっとよく「読む」ために、書き写したわけなのです。

似るぐらいの事、怖れるな、と井坂さん。先人の詩、確かに書くと違います。
昔は、漢詩を書写してたんだな。そういえば。

と、背後で音がします。紙を噛む音。。。。うーむ、文庫の紙の栞を噛んでおられる。うむむむむ。
かわいいなぁぁぁぁぁぁぁ。

あ、失礼しました。あすも何か書き写します。ではでは。


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