| 2003年02月12日(水) |
「しょっぱいドライブ」を読む。 |
よく晴れました。寒さが戻っておりますよ。 文春3月号で芥川賞受賞作品の「しょっぱいドライブ」を読みました。作者は大道珠貴さんです。
物語は64歳の「九十九さん」と30歳代の「わたし」のドライブを軸に、ふたりの関係、取り巻く関係、それぞれを巡るお話が語られていきます。「わたし」も「九十九さん」もそうやって、じんわりと、それぞれ浮き彫りにされていきます。
最後にふたりはともに暮らすということを選んでいくんですが、そこに至るまでのボケと突っ込み。開き直りと生々しさ。それが読んでいて「ふふっ」となるところでありました。じつは「開き直り」の小説なんじゃないかな、などとも思えるところもありました。
ぼくが気になった言葉は、なんどかでてくる「仲間はずれ」という言葉。あるいは「のけ者」という感覚。 「わたし」と「九十九さん」に共通しているのは「疎外されている」ということと、実は「頑固な自分」。このことをぼくは意識しました。
レモンの匂いのする石鹸で指の1本1本をていねいに洗ってやるシーンが好きだったかな。
選者では石原慎太郎、村上龍両氏がなんの感慨も持てなかった、と。古井由吉さんなどは評の中に一言の言及もいれていないほど。 かわりにこの方たちが評価し、ほかの選者の方もいろんな意味で触れている「銃」という作品の方が、たぶん話題性という点では上なのかもしれません。
「選」というのはことほどさように、ブレの激しいものなのであります。 とまれ、透けて見える「疎外」のただなかから、実につましく(可愛らしく)生きだす二人。この感性がわかるかどうか、なのでしょうね。 いいとか悪いとかではなしに。
ぼくは「ふふふっ」と読みました。
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