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2004年08月16日(月) 若手社員でも会社は変えられる(その2)

〜(その1)から読んでね〜

僕は5つの施策を考えた。

� ̄超抜浜�システムの徹底改善
�▲�ライアントサーバーソリューションの開発
�H稜簑緲�店活用と経営診断ツール
�た型猶超箸�話せるツール作りと経営セミナーの定時開催
�ケ超函■咤邸�販売代理店の再教育

� ̄超抜浜�システムの徹底改善
まず、システム部門にお願いし、企業情報のDBと営業情報管理システムの改善を行なった。
当時は、CRMという言葉もSFAという言葉もなかった。
僕がやろうとしたのは今で言うまさに、CRMとSFAのシステム構築である。
システム部門は、営業が既存のシステムを全く活用してくれない事を嘆いていた。
当時の営業部門はそれぞれの営業部ごとにバラバラのフォーマットで営業の管理を行なっていた。
僕は事業部内で唯一の営業システム利用者だったのだ。
システム部門は、僕の営業システム改革の依頼を大喜びで、引き受けてくれた。
僕は、システム部門と議論しながら、数ヶ月かけて従来システムを全て変更した。
事業部のシステム部門のユーザーは事実上、僕ひとりだったので、僕の意見は全面的に受け入れられた。

�▲�ライアントサーバーソリューションの開発
外部のシステム開発会社を何社か回り、ソリューションの「型」をつくってもらった。
中型サーバーの情報をミドルウエアを介して、PCに落とし、PC上のEXCELのマクロやVBAを使って、ボタンを押すだけで、経営情報のグラフが表示できるソリューションを作った。
外部のシステム開発会社とは協業、という形にしたので、お金はかかっていない。
協業会社は自社が保有しているミドルウエア製品が売れれば良かったのだ。
このソリューションを使えば、ダム端末と呼ばれるただの表示ディスプレイにキーボードがついただけの端末が、一斉にPCに置き換わる。
加えて、サーバー側の機能もフル活用することになる。
フル活用されるにしたがって、サーバーはどんどんアップグレードされるはずだ。

�H稜簑緲�店活用と経営診断ツール
販売代理店の営業はヤンキー上がりのにいちゃんとかもいて、とんでもなくレベルが低かった。
僕は既に社内に存在していたが、まるで活用されていなかった簡単企業診断ツールを発見した。
アンケートに答えていくと、自動的に企業の改善点が、ビジュアルとともに即座にプリントアウトできる、という優れモノだった。
ビジネスショー等のイベント会場等でのみ使われていた。
僕はこの企業診断ツールに目をつけた。
できあがってきた新営業情報システムを活用し、有望そうな顧客リストを抽出し、アンケート部分のみをDMにして数万通送った。
アンケートに答えると、診断結果と記念品がもれなくもらえるようにした。
そして、診断結果と記念品は手渡し。
郵送はしない。
代理店営業が、直接、診断書と記念品をもって、クライアント候補を訪問する。
同時にクライアント企業の企業情報を帝国データバンクのDBから引き出し、一緒に営業担当者に渡した。
既に診断書が出ているので、話はしやすい。
即座に、システム改善の提案を開始できるようになった。
しかも、僕は診断結果は�△離�ライアントサーバーソリューションに結びつくように細工をしていた。

�た型猶超箸�話せるツール作りと経営セミナーの定時開催
上記の診断ツールに加えて、会社のセミナールームにクライアント候補を連れ込む必要があった。また、新人が話すネタ作りが必要だった。
僕は、数ヶ所存在していたセミナールームでそれぞれ月に1回のペースで「経営セミナー」を開くことにした。
ワザとシステムの話ではなく、経営セミナー、という形を選択した。
社内で暇そうにしていたコンサルタントのおじさんに僕の戦略を話し、講師をお願いしたら、二つ返事で受けてくれた。
これで、新人営業は、キャンバスコールや初対面のクライアント訪問に、セミナー案内、という大義名分ができた。
��の診断書とあわせて、経営セミナーの案内状をクライアントに持っていけば、簡単にセミナーに案内できるようになった。
クライアントがセミナールームに来たら最後、そこには百戦錬磨の営業が待受けている。
そして、経営セミナーでは、経営の話に加えて、�△悩遒辰織�ライアントサーバーのしくみのデモを行なった。

�ケ超函■咤邸�販売代理店の再教育
�,�ら�い砲茲蝓△靴�みはできた。
最後は、営業、SE,販売代理店の再教育。
しくみができても、使われなくてはならない。
僕は数多有る営業部を行脚し、�,�ら�い砲弔い討諒拔�会をして回った。
同じ営業部でも浸透するまで何度もしつこく勉強会を行なった。
事業本部長にお願いし、勉強会には、出席を必須にしてもらった。
SEにはクライアントサーバーシステムの勉強会を別途用意。
デモシステムも各営業部に配布した。
その頃には、賛同者も増え、僕は既に一人ではなかった。
ヴァーチャルではあったけれど、社内外で構成されたチームができていた。

� 銑イ里靴�みはうまく機能した。
僕の所属してい事業部はビリから全国で最も売れる事業部になった。
そして、モデルケースとして僕のしくみは全国に展開されていった。
もともとは、僕が「大嫌いだったキャンバスコールをいかにやらなくては済むか?」というところから始めた個人的な活動だったのだけれど、1年後には、僕の所属していた800人で構成される事業部そのものの改革になり、噂が広まり、全社営業改革になっていった。
上司からの指示で始めた活動ではない。
最初は、単に僕が「楽をしたかった」がための行動だった。

それから僕は、オクノ総研の前身とも言える個人ニュースレターを勝手に作り始め、800人の営業部隊に対して、発信をはじめた。
年間に50本以上、僕の個人ニュースレターが営業部隊に流れた。
僕の個人発行のニュースレターは会社のお知らせ用の掲示板にも貼られていた。

結果はもちろん、僕の7000台の目標はクリア。
続いて、僕は、社長賞をもらうことになった。
特別報奨金をもらい(お世話になった方々と大宴会を開き全額散財)、シンガポールへのご褒美旅行もオマケについてきた。

若手社員にだって、会社を変えられる。
行動する前に、戦略を練ることが重要だ。
とことんまで考える事。
若手社員には部下もいなければ、予算もない。
使えるのは自分の手と足と頭だけだ。
僕は最初は一人だったけど、徐々に賛同者が増え、最後には事業部全体、全社営業部隊を巻き込むこととなった。
戦略が正しく機能すれば、人も結果もついてくる。
若くて権限がないから、なんてことは言い訳にはならない。
勝手にやってしまえば、良いのだ。
部下も予算もなくても、考え抜いたうえで、行動することにより、会社を変える事ができる。

これは、僕が将来戦略コンサルタントになることになろうとは夢にも思っていなかった、25歳、入社3年めの時の話だ。

P.S.
同僚の皆さんへ
僕は法人営業改革も代理店営業改革もBPRも戦略コンサルタントとしてはやりません。
でも、皆さんがベストプラクティスだと信じて研究している某社のしくみの基本を作ったのは僕です・・・。




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