| ∈生きる意味?とか?∋ |
| 2007年10月15日(月) |
相変わらず、痛み(腹痛と腰痛)は続いておりますが… 痛み止めで、何とかしのいでおります。
話は、変わりますが…(書き始まっていきなりかよ!)。
あたしは、何のために、生きてるのか? ということについて、考えたり。
例えば、病気が良くなりたい。 ならば、良くなったら、何をしたいのか?
「旅行に行きたい。」 「仕事をしたい。」
でも、それは、病気が良くならないと、できないことなのか?
前々から、仕事について、在宅ワークをやってみない?と言われてて、テレワークの研修が始まるので、受講登録してみない?とお誘いを受けたのですが…。 (行政の主催するのなので、怪しげな詐欺ではなさそう…。)
3ヶ月の研修で、その後、在宅ワークとして、登録でき、依頼先がみつかり、働けたとして。 果たして、この体で働けるのか? ということです…。
たぶん、在宅ワークでは、とても食べていけなさそう…。 世間で言う、小遣い程度の収入でしょう。 でも、あたしにとっては、得るものは多いとも思う。
ですが、仕事には責任はつきもので、納期は守らないといけない。 社会人としての当たり前の責任が生まれ、そこに病気だからと言って、言い訳はできないでしょう。
たぶん、仕事のために、自分の体を削ることになるとも思う。 それで、再発とかして、より障害や病状が進行するかもしれない。
今日、訪問看護師さんから、「やってみたら、できるかもよ!」と言われました。
正直、なんて無責任なこと言ってくれるんだ!と感じてしまった…。
自分の体のことは、自分でわかります。 今の体で、仕事ができるか、できないかくらいは…。
「やってみて、ダメならば、やめれば、よい。」とも、よく言われます。 ですが、今までのあたしの人生では、そんなことばかり…。 中途半端で、あきらめた結果の残骸が、後ろに、たくさん残っているばっか…。
あんなに頑張ったのに、できなかった。 その空しさは、想像する以上に、残酷です。
やる気は、モリモリあるのに、体が付いて来ない…。 病気になったのは、誰の何のせいでもない、もはや自分のせいでもないならば、何を反省したらいいんでしょう?
考えてみれば、そういう挫折感ばかりを、あたしは、人生において、味わってきました…。 自分には、自信はありません。 だって、何もできないダメ人間だから…。
自分に自信を失ってしまうならば、始めから、チャレンジしなければいい。
そうも思ってしまうけれど…
だけど、止まったままでは、イライラしてしまい…
何かできないか?と、動いてしまう。
あたしは、そんな人みたいです…。
今、生きる意味を、見失ってしまっているようです(いつも?)
看護師さんからは、「何かボランティアをしてみれば?」と、言われました。 言われなくったって、小中学校の講演活動、大学のボランティア授業などに、参加してきました。 全て、交通費さえ自費の、ボランティア活動です。
「障害者の方の、お話を聞きましょう。」と題しながら、「障害者の話を聞いてやってる。(聞く場を作ってあげてる。)」とばかりに、報酬はありません。 いや、出会う方々は、いい方ばかりなんですが… たぶん…予算がないんでしょうね(汗)
ですが、ボランティアと言っても、引き受けたからには、責任が生まれるのは同じだと思ってるので、当日のキャンセルはできないし、どんなに体調が悪かろが、熱が出ていようが、生命に関わりがない(またはドクターストップしない)限り、中止はできません。 そういうのが、重荷というか、プレッシャーになって、引き受けなくなっていたんですが…。(今年に入って、また引き受けたりです。)
生きるのに、意味っているのかな? あたしが今、精一杯頑張ってると思ってて、幸せならば、これでもいいんじゃないかな?
いや、せめて精一杯頑張るんじゃなくて、腹八分目くらいで、過ごしたいんですが…。
だけど、グータラ暮らしてるように見えるあたしを、責められてるようにも見えてね。
「毎日、何してるん?」 「昨日、何してたん?」 これ、聞かれるの、かなり苦痛です…。。。
見た目は、手足が悪いだけ〜に見えて、何でもできそうに見えるみたいだし。 「車椅子でも、働いてる人いるよ。」とか、時々言われるし。
看護師さんは、同世代か、ちょっと上くらいなんだけど、ちょうど仕事にも慣れて、プラス働くことに疲れてきて、結婚してやめたいなぁ〜って思う頃みたいで。 あたしの「働けるならば、働きたい。」という思いに、ぶっちゃけ、「元気やな〜!」って言われます(汗) 「いつまでも若くないんだから、これから老化していくことも、考えや〜。」って言われたり。 あんた、いくつやねん!30前後の人が、そんな言葉を、つぶやく社会って…。
確かに、障害プラス加齢で、二次障害も起きてくるだろうし。 障害があるからと、当たり前に、生き物としての老いも、年々重ねていくわけで。 いつまでも、今と同じ考え方や、歩み方では、良くないんかもしれないね。
だけど、あたし青春何もしてへんのに! 闘病生活ばかりやったのに…。
と、思ってしまう…。 やり終えれてない、青春を、まだしたいんですかねぇ…。
在宅の医療スタッフでも、腰痛や、心の病気などを抱えながら、働いてる人も多いし、自分も病気持ちながら、勤務してるって、時にはしんどいだろうなぁって、思いもわかるし。 あたしも、よく「健康な人も、いつでも健康なわけではない。体調を崩す時もあるし、体がしんどい時もある。」と言って、「健康体なんだから!」と、患者から常に完璧なケアを求める辛さを聞いて、「そうだね。辛さはわかるよ。」と、共感したりしてます。
だけど、報酬をもらってるプロなんだから、元気を運ぶ人になって、辛い時こそ、もうちょっとだけ頑張って、笑顔を運んであげて、と思ってしまう時がある。 だって、あたしは、患者の立場だからね。
在宅は、病状も重くて、回復の見込みがない患者さん対象だから、抱え過ぎて、心がしんどくなるスタッフも、多い。 スタッフも、当たり前に、人間だからね。
理解はしてるけど、愚痴とか聞くと、まだ働けるだけいいなぁ〜とか感じてもしまう…。
個々が大変な状況だと、結局は、自分のことで精一杯になってしまい、自分のこと中心にしてしか、世界は見れなくて、
他者の立場に立って、思いやることは、できなくなるのかなぁ?
結局は、あたしも、自分の病気を中心に、物事を考えてしまって…、在宅スタッフの気持ちとかを、ほんとに、受け止めたりできてないのかもしれない。
だけど、ちょっと待て! 気持ちを受け止めなきゃいけないのは、むしろ、在宅スタッフなんじゃないの?とも、思ったり…。 結局、どっちがケアされてるんだか…?!
今まで、あたしは、結構、聞き役が好きなんで、反論しないで、来たんだけど…
今日は、今まで「それは、違う!」とか、「勝手に理解しないでよ!(理解してないじゃん…)」とか、心の中に、しまってた気持ちを、ちょっぴり吐き出しちゃいました…。
あーこれで、スタッフの1人から、また嫌われたかな…。
そのまんま、その人の思い込んではる通りに、例え違う!と思っても、反論しない方が、人間関係は、円滑なんかな…。
そこまでスタッフに、理解してもらわなくても、仕事だけやってもらったら、いいのかな?
この日記始めた時は、先生に、「薬飲まない!」と反論したり、悪い子でもあったけど…
今では、薬はもらって、勝手に飲んでない患者さんになってるからなぁ…。 こんなあたしを、おりこうさんになったと、言ってくれるなんて…申し訳ない…(汗)
何を書いてるか、わからんちんな文章になってしまいました…。
とりあえず、今あたしは、生きてるぞぉ〜!って、書いて、叫びたくなったの!…(汗)
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