| ∈食欲不振と喉が痛い。。。∋ |
| 2005年12月21日(水) |
どうやら、風邪を引いてしまったみたい・・・。 朝起きたら、喉が痛い。。。 食欲もなく、胃がムカムカするし。。。 とりあえず、風邪薬飲んで、イソジンでうがいをした。
昨夜は、病院から帰ってから、「あいのり」と「1リットルの涙」を観た。 「鬼嫁日記」は、ビデオが、途中までしか撮れてなくて、ショック・・・。 そういえば、昨日は、最終回で15分?延長だったのね・・・。 いつも「1リットルの涙」の後に、「鬼嫁日記」を続けてみると、どうも頭の中のテンポがおかしくなっちゃうので、ビデオに録って観た。 「鬼嫁日記」自体は、好きなんだけどね。 「1リットルの涙」の後は、精神的に何も考えられなくなってしまうから。。。
さて、「1リットルの涙」の最終回。 私的には、あの飛んだ5年間が、観たかった。 しゃべられなくなって、文字も書けなくなって、車椅子に乗れなくなって、日記も書けなくなった。 でも、亜也さんは、そこで、生きていた。 その日々は、お母様の綴られた、「いのちのハードル」に綴られています。 ドラマ的には、5年間の表現が難しかったのかもしれないけど、亜也さんは、「生きるんだっ」と、日々を生きていた。 最後の最後が、綺麗事に感じてしまったのは、ちょっと、残念に思えました。
お母様のその「いのちのハードル」を読むと、病院へ亜也さんに会いに行く場面での、化粧や綺麗な服と、思いが重なった。 亜也さんが、「自分のために、お母さんを苦労させている。」と感じさせたくなくて、若く化粧をして、服も綺麗に着て、元気はつらつに見えるようにと。 そのドラマの風景には、原作の亜也さんのお母様の言葉を思い出し、涙になりました。
ドラマは、やはり制作上、脚色もしていて、現実とはまた違う部分もあると思う。 だけど、1リットルの涙は、原作に近く、作られていたと思う。 特に、亜也さんの言葉に、大切な何かを感じた人は、多かったのではないかな?と思う。
現実では、大学病院では、何年も長く入院は続けられないし、別に患者を見放さす思いがなくても、主治医の先生も転勤が多く、1人の先生にずっと診てもらうのは難しい。 原作では、あれからの5年間は、亜也さんは、何度もの転院を繰り返し、その度に、亜也さんやお母様は、医師と格闘し、どうすれば、亜也さんのことを理解してもらえるのか? 生きる場所を、探し続けた。
「治癒できる可能性のない病気は、入院させられない。ベットは、もっと治療できる患者のために、有効的に使われるべきですから。」 2年半前に、ものすごい痙攣に、救急外来を受診した時に、当直していた医師に言われた言葉。 もっと人の気持ちに、やさしい医療になって欲しい。
あれから、20年経っても、わたしの病気もそうだけど、寛治できる治療薬は開発されてないことは、悲しい。 だけど、日々少しずつ、医学は進歩していると、期待したいです。
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