生きる。を消費する
職場を退職した子とメールのやりとりをしている。
仕事中はあまりやりとりが出来なかったのだが、メルアドを教えたら 凄く沢山の文章のやりとりが始まり、そして濃い関係を繋いでる。
人は生きた年数ではなく、その中で経験した事をどれだけ真剣に向きあって そして学んでいったかの数で、魅力的になるのだと思う。 男性より女性の方が、そういう事に真摯に向き合うのかなとも思った。 何も考えずに過ごして来た人は、底が浅い。付き合っていても飽きる。 でも、自分に降り掛かった事に向き合って来た人は、話が深くて魅力がある。 そういう人は、これからも付き合っていきたいと思える。 生きてる年数が長くなる程に、それはより一層魅力に繋がるのだろう。
人は、死ぬ。 だから私は死に向かって全力で突き進む。まさに死ぬ気で。 心臓が止まるその瞬間、私は笑っていたいんだ。 「ほら、私は生きていたでしょ?」と全力で叫びたいんだ。 日々の小さい事は所詮ゴミの様な事かもしれない。 でも、私はそれをゴミとして処理するが、些細な事とは思わない。 それが私の生きる為に必要な、ルールなのかもしれないと。 メールをやりとりしながら、考えた。
私は心を開かない。特に職場の人には開かない。 でも、多分相手が開いて来たら私は全開にしてウェルカムにするんだろう。 今回のやりとりで、そう思った。結局自分を守るためなのかもしれない。 自分の気持ちを傷つけない為の防衛手段としての。 1つ前の日記で書いた事も私の気持ち。この日記の内容も私の気持ち。 私は相手次第で開示する所を変えているのかもしれない。
それにしても、沢山の文章に想いが沢山詰まったやりとり。 私の大事な宝物をまた見つけた。 大事に暖めていきたい。
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