生きる。を消費する

2004年12月11日(土) おかんとして生きる

今日はおかん全開の一日だった。
人それぞれ性格があって、何かを成し遂げるためには
それぞれの性格の良い所をそれぞれ生かすからこそ
素晴らしいパワーが出たりするんだと思う、というか思いたい。
だから他人のことを「こういう所が良くない」とか言いたくない。
批判するのは簡単であって、それは私にとっては「逃げ」でしかないから。

データセンターで待ってる間に色々と考えた。
こうした方がいいとか、こういう風にしようとか、色々。
高層住宅街の様に立ち並ぶサーバーの前で考える。
人の気持ちを知るのは大変だ。ある意味このサーバー達のように繊細で。
負荷がかかりすぎないようにしなくてはならないし
メンテナンスしなくてはいけないし。
私はもしかして会社の中でその役目を担ってるのかもしれない。
それがわたしの使命なのかな、と思い始めてる。

帰りがけに「君はホントにおかんになったらどうなるんだろうね」とか
話しながら帰った。本当に助かってるし、心の支えになるとも言われた。
突然一度に20人近くの息子を持つおかんになったのだが、
でも、それでもいいと思えるようになった私は
もしかしたら今の仕事が実は探し求めていた「天職」で、
おかんは才能として重宝されてるのかもしれないと思ってる。
果たして実際結婚して「おかん」になれるかどうかは別として。

私のプライベートは死んでもイイから、とにかく仕事を続けたい。
もう女としての幸せはあんまりどうでも良くなっている。
もし、結婚したいと思う人が現れたらまた話は変わるだろうけれど
何だか自分から人を好きになったり、結婚したいと思ったりしないような
そんな気がしてならないのだ。
別に負け犬だろうがオニババだろうが何とでも言ったらいい。
今の私は何とも思わないし、何だかもうそんなことはどうでもよくなってるから。

女の子でいるのは大変だなぁ。
だからおかんで居る方が心地いいのかもしれないな。
男の子に頼って生きていきたいのはやまやまだけれども
でも、何だか今の私には全く想像が付かないし
自分の全てをさらけ出すのはとても大変だ。
そんな男の人はこれから先見つからないかもしれないし。
切ないけれど、それは仕方がないなと諦め始めている。

電車の中で彼氏に甘えてる女子を見るたびに羨ましくなる。
私にはそれが出来なくて、失った物が沢山あるから。
あの時甘えられたら良かったのになって思ったことがあるから。
アタシだってワガママ言いたいし、甘えたいし、いいじゃんたまには。
でもそれが出来ないんだからしょうがない、自分が悪いんだから。
何もかも捨てて「行かないで」と叫べたらどんなにイイか。
ふとそれを考えて、そして最後にはそれを諦める。

10年後も一人で生きている、そんな気がする。
多分それが私の人生なのだろう。


korekara doushiyo
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