生きる。を消費する

2003年07月29日(火) 久しぶりの更新

は〜!
やっと更新する気になった。
何でかしらんが、ここ数日PCの前で悶える日々だったのだ。日記を書く気にならない。でも無理して書いてもつまらない文章しか書けないだろうから、そのままほっといたの。

私はこうすることでしか自分の精神を解放出来ないし、これがあるから自殺しないでこうして生きてるのかもしれないし、だからある意味他人に見せるために自分を題材にして文を書いてるのだと思う。だからココに書いてある文章の全てが私な訳ではないの・・・全く違うわけでもないけどね。

他人のために生きるのも、全てを捧げるのもいいけれど、でもその道を選んだらその対象(例えば旦那とか)が無くなったとき私はどうなるのか。私は人に頼ってばかりでココまで生きてきた。でももうそれはしたくない。私の人生に併走してくれる人が居ればいい。同じ線路ではなく、同じ駅に止まればいい。中央線と総武線とか、京浜東北線と東海道線とか(合ってる?)そんな感じで。恋人に限らず、ね?

死にたければ死ねばいい。
でもアンタよりも何倍も苦しんで、悲しんで、絶望のどん底でもがき苦しんでも生きてる奴が居るんだ。ソイツに比べたらアンタの命なんて死んだ所で痛くもカユくもないんだよ。どうせ死ぬ勇気も無いくせに、見ず知らずの他人に泣きつくな!自分のことは自分でしか解決出来ないんだよ、それを一番アンタにとって責任のない人間に泣きつくなんて最低だよ。慰めて欲しいなら死にたいなんて言うな。女はすぐに男に泣きつく。何故って男は女の涙に弱いって本能で解ってるから。そしてそれが通用する男を嗅ぎ分ける能力に長けている女は自分の不幸や不満をウリにそういう男に近づくのだ。

は〜やだやだ。
依存する女にはなりたくないね。
それも自分が置かれているポジションを否定する奴。
最低。
その状態で出来ることを精一杯やればいいのに。
それだけで十分じゃない?


korekara doushiyo
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